3.初めてのレベルアップ
はぁ……
一旦落ち着き深呼吸をすると再び考えが頭を巡った。
「夢の中の病に倒れた女の子……あれは夢じゃなかったのかもしれない。もしかしたら実際に起きていたことだったのかも」
深く考え込んだ。
「私の体は海に落ちた時とても弱っていた。腕もなかった。少女が亡くなって、私が彼女の体に……」
少女が泡のように溶けていった時の夢が思い返される。
現実を受け入れるのは困難だったが、徐々に自分の置かれている状況を理解し始めていた。
「おそらく……私は病に倒れた同姓同名のユリアーナの体に転生したのかもしれない――」
突拍子もない考えが最も現実的な答えとして浮かんでいた。
どれだけ時が経ったのだろう。
考えを整理したりステータス画面の詳細なパラメータを見ながら思案していると、気づくと夕日が沈みかける頃だった。部屋には静けさが満ちていた。
やがてノックの音が響き、エレシアが部屋にやってきた。
「ユリアーナ様、お食事をお持ちしました」
エレシアの優しい声が聞こえた。
体を起こし、エレシアが持ってきた食事を見つめた。
何かの果物とスープ、そして粥だった。
久しぶりに感じるこの香りに、心は故郷の記憶に引き戻された。
豊かな緑と作物、収穫祭で並んだリンゴ、豪勢な料理の思い出が蘇る。
幸せだった記憶は王都が襲撃された夜の恐怖に取り込まれた。
飛び散る血、母の死体、姉の胸に突き刺さった剣……
その記憶に耐えられず、嘔吐していた。
「お嬢様!」
エレシアが駆け寄り、背中をさする。
食事すらまともにできなくなっていた。
出てくるのは淀んだ胃液だけだった。
夜が更け、私はベッドに横たわりながら、王都での出来事を思い返していた。
イアとの戦いの記憶が、私の心を重く圧迫する。
あの時、私たちの間の実力差は圧倒的だった。訓練の時の彼女の態度は、今考えると明らかに手加減していたのだ。
まるで私を舐めていたかのように。嘲笑うような笑みが、目を閉じても浮かんで消えない。
笑顔を浮かべながらも、内心いつも私を下に見ていたのだ。訓練の時も、一緒に過ごしていた間も。
「許せない……」
ベッドの中で歯を食いしばる。
私の中に燃える怒りは、静かなる炎のように、じわりと内側を焼き尽くしていた。
だが、怒りだけでは何も変わらないのはわかっていた。
私は強くならなければならない。
イアに対抗するためには、もっと力をつけなければ。
もっと強くなり、いつかあいつを討つ。
その強い決意だけが、今の私の心を支えていた。
夜が深まり、疲れた心と体は次第に睡魔に負けていった。
眠りに落ちる直前まで、私の心は未だに怒りに燃えていた。
必ず誰よりも強くなって見せる。もうあんな思いを絶対にしないためにも。
そんな決意を胸に秘めて、ようやく私は眠りにつくことができた。
翌日、まずは庭を歩くことから始めた。
初めは足取りも重く、息もすぐに切れ、疲れやすかったが、毎日の散歩で徐々に体は動くようになっていった。
次第に歩ける距離が伸び、やがては海岸までたどり着くことができるようになった。
一週間散歩を続けると、少しずつ日常の動きが戻ってきた。
食事も少量ながら受け入れることができ、肌にも少し生気が戻り始めたようだった。
ある日、その日も庭を散歩していた時だった。
不意に跳ねる透明な液体のような魔物と遭遇した。
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スライム
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魔物の傍にはあの液晶画面が浮かんでいた。
その異様な光景に一瞬凍りついたが、すぐに冷静さを取り戻し、急いで館に戻った。
私は放置されていた一振りの剣を手に取った。
庭に戻ると、スライムはまだそこをうろついていた。
剣の重さが手にしっかりと伝わる。静かに息を整え、鞘から剣を抜き放つ。その剣の重さに、手が震えた。この体に筋力が追いついていないのだろう。
思いっきり振りかぶり……
ふらふらと不格好な体勢になりながらも、力の限り振り下ろした。
が、スライムは意外なほど軽快に動き、私の攻撃を躱した。
そして、次の瞬間、スライムが私の顔に飛びついた。
「うぅ!」
衝撃で私は盛大に倒れ込んだ。
スライムの冷たくねばねばした感触が全身に張り付く。
その気持ち悪さに耐えながら、何とかスライムを跳ね除けた。
剣を再び手にし、もはや恐怖を感じる余裕もないほどに何度もスライムにグサグサと突き刺した。
そうしてスライムが動かなくなると、目の前に突如コンソール画面が浮かんだ。
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レベルアップしました
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画面にはレベルが2になったことが表示され、私の基本能力値も自動で上昇していた。
「やった……」
息を切らしながら呟いた。
これが戦いなのか?と思うほどに、みっともなく苦戦した。しかし、結果としては勝利だ。
遠くで、他のスライムたちが森に逃げ去るのが見えた。
私は迷わずその後を追おうとしたが、突然のエレシアの声が私を引き止めた。
「お嬢様!」
彼女が私の元に駆け寄ってきた。
「森は危険です、私もご一緒します」
「エレシア……見てたのね」
さっきのみっともない戦闘を見られていたと思うと、恥ずかしさと怒りと自分へのみっともなさ、様々な感情が複雑に交差した。
「大丈夫だから、ついてこないで」
「ですが……」
「いいから! お願いだから一人にさせて」
彼女に強く言い放った。
そもそも、私はこのメイドを本当に信用しているのだろうか。起きたときに側にいただけで、彼女がどんな人間なのか、本当は何も知らない。
そしてどんな事情があったとしても人間は容易く裏切るものだ。イアのように……
エレシアの優しさは、今の私にはただの重荷でしかなかった。
彼女は私の言葉に従い、静かにうなずいた。
「わかりました。ですが……日没までには帰ってきてください。それまで姿が見えなかったときは私が探しに行きます」
私は彼女に背を向け、片手を挙げて軽く返事をした。
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