Ex.【たとえ世界が空から落ちても】 陸
地面を強く踏みしめ、体に魔力を充填する。
足を踏ん張ったその瞬間。
ガクン。と体が沈んだ。
「……っ!」
敵が閃光のような速度で、私との距離を詰めてくる。すべてがスローモーションのように感じられる。
影の騎士の瞳が光り輝いた。
チャンスだと……そう思ったのだろうな。
――いらつく。
左目は、なおも紅く輝き、灼熱の光を放つ。
「ぐっふぅ!」
槍が私を跳ね飛ばすように突き刺さった。腹に走る激痛――だが、それでいい。今はこれで!
吹き飛ばされそうになりながら。攻撃を食らいながら。私は横からヴェルトアトラスを打ち付けた。全力を込めた一撃だ。
どうだ。こいつの威力なら。誰よりも、私自身が――痛いほど知って――いる!
槍に貫かれた体勢のまま、力任せに振り抜いたヴェルトが轟音を立てて影の騎士の側面を貫く。
バキィ――ン!
影の騎士の黒い鎧に、はっきりと蜘蛛の糸のように亀裂が入るのが見えた。
だが、同時に私の体も吹き飛ばされる。体が宙を舞い、世界が回る。もはや自分が飛ばされているのか、落ちているのか、世界が落ちたのかすらよくわからないような視界になりながらも。
ドゴォン――!と。
壁に激突したことで自分の位置をようやく認識する。
「ハァ……絶対、ハァ……『絶対反撃』……!!」
立つ膝に、ダメージが蓄積されているのがわかる。
左目の炎が――消えかかっている。
さっき膝に来たのは、これが原因か。
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HP:113 / 1108
MP:19 / 649
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もう、魔力が尽きそうだ。
勝負をかけるしかない。
これが最後だ。戦闘の中で、一瞬の隙を。チャンスを、見出す!!
残り少ない魔力を全て燃やし尽くすかのように、戦闘は激しさを増していった。
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轟音で、目を覚ました。
聞こえる。
戦いの音が。
――主様が……お嬢様が、戦っている……。
私が……私が、あの人を……お守りしなくては……
でも、どうやって?
「もう力が……」
両手の指、全て折れている。
出血で体が冷たくなり、視界がどんどん霞んでいく。痛みは感じないが、意識を保つのがやっとだ。
――寒い。
それでも。それでも……あの人のためならば。
立ち上がろうとするが、力が入らない。指一本、もう動かせない。
それでもかろうじて首を動かし、ぼんやりと前を見た瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
目の前で……
透明な板が、飛び跳ねていた。
形容し難いがそう言い表すしか無かった。軽快な動きでぴょんぴょんと跳ねている。
まるでこの世の物質で構成されたと思えないようなその板には、奇妙な文字が浮かんでいた。
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スキル:「聖域」を発動しますか?
『聖域』:
その戦闘中、一度だけ発動可能。対象への攻撃を無効化して消滅させる
※対象変更 不可。
※譲渡・改変・吸収 不可。
※本人のみ使用可。
▷はい いいえ
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板が、早く使えとでも言いたげにぴょんぴょんと跳ねて訴えかけてくる。
訳が分からないが、なんとなく、それは本能だったのかもしれないが理解した。
もう随分遠い記憶のように感じられるが、お嬢様が時折、虚空をじっと見つめていることがよくあった。空中で何かを操作していたかのような――。
それはもしかして、これが見えていたのではないだろうか。
空中に浮かぶ、この透明な板を――。
そしてすべてを悟った。
あぁそうか。
私が生きていた意味、それは――この瞬間のためだったんだ。
お嬢様にもらったこの命を。今、お嬢様に還す時が来たんだ。
視界が暗くなっていく。意識が遠のく中、私はゆっくりと頷いた。
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対象を指定してください。
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対象……そんなのもちろん、あそこで戦うお嬢様を……。
駄目だ、手を伸ばしているのに、指が折れ曲がっていて上手く指定できない……。
その板に、視線を送った。
お願い。と。私の意思が通じているのなら。どうか、この指を……。
板が、私の指の上にのしかかった。
バキィ――ッ
人差し指を、正常な方向に折り曲げてくれた。
――あぁ。もう、痛みも感じないや。
「……お嬢様……」
かすれた声で呟く。
私は。――エレシアは、幸せでした。
どうか、その手に……勝利を。
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「今だ!」
ヴェルトを片手に握りしめ、浮遊する槍の猛攻をかわし続けながら壁を駆け上がる。疾走する足音が戦場に響き渡り、遥か上空の天井で敵を見据えた。
ヴェルトが蒸気を噴き上げ、唸りを上げながら形態を変化させていく――あの時ミカが使った、ドリルの形態だ。
もう身を守るほどの魔力なんて残っていない。
――だから、すべてをこの攻撃に賭ける!
魔力鎧を霧散させ、残されたすべての魔力を両腕に集中させる。魔力が爆発するかのように全身を駆け巡り、天井を力強く蹴り飛ばした。
ドォン――!
重力を超えた速度で、墜落するように一直線に敵へ向かって落ちていく。
奴の瞳が冷酷に光り、全身の力がその右腕に集中していくのが見える。――あの三連撃が来る。
ボンッ!
放たれた第一撃をユウリが身を挺して防いだ。
槍の波動がかすり、頬の皮膚が切れる。
減速してもこの威力か。あぁ、こんなの生身のこの身体で触れたら即死だろうな――。
「相棒!行け!」
その言葉に応え、私はさらに速度を上げて下降する。背後でユウリの思いを受け取り、腕に力を込める。
次の瞬間――
ボンッ!
第二撃の槍が私に向かって突き出され、空気を裂く音が耳をつんざく。鋭い槍の切っ先が視界を覆い、逃げ場はどこにもない。
今にも槍が私の体を貫こうとする、その刹那――。
「聖域……」
眩い光と共に、私の周囲に展開された魔法陣が輝きを放つ。
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『聖域』を発動します。
対象への攻撃を無効化します。
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槍の切っ先が光の壁に阻まれた瞬間、パァン! と乾いた破裂音が響き、その攻撃がまるで霧散するように消えた。
「エレシア!」
視界の隅に、横たわっていたエレシアが意識を取り戻しているのが見えた。
エレシア。やっぱり、さすがだ。こんな時まで、――こんな土壇場までスキルを隠していたなんて。
もう――邪魔するものは何もない!
「いくぞ!ヴェルトアトラス!」
掲げたヴェルトが蒸気を吹き上げ私の姿を隠す。
これで最後だ。
「浄化の炎よ――この者に、裁きの鉄槌を!」
真紅の輝きを纏い、轟音を立てて唸りを上げる。回転するドリルが空気を切り裂き、魔力が嵐のように吹き荒れる。
ボッ。と放たれた三撃目が、蒸気に紛れた私の胸を正確に捉えた。槍が肉を穿ち、鋭い痛みが全身を駆け巡る。
だが――。
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『無想の境地』が発動します。
致命傷を負いました。HPが1になります。
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レベル20で取得したスキルが発動した。
胸に深々と刺さった槍を左腕で掴み、体ごと回転させる。
バキィン――!
魔力の渦が槍の軸を飲み込み、圧力で粉砕する。砕け散った槍の破片が宙を舞い、敵の攻撃の残響をかき消すように散る。
捉えたぞ。
『絶対反撃』!
私を殺す覚悟で放った一撃だ、ならば――お前を殺し足りないほどの一撃を。
――――くれてやる。
「アトラスッッッ!」
全身の筋肉が悲鳴を上げるほどの力で、全力で振り下ろす。
ガァン――!!
腕で受け止めても、もう遅い!
ドリルの回転が加速し、地を裂くような轟音を響かせながら回り続ける。敵の腕がひしゃげ、衝撃がその体を歪ませていく。
――お前の命でこの地を飾れ!
「インパクトォォォ!!」
力の奔流が解き放たれた瞬間、敵の腕は捻じ曲がり、骨のように鋼が軋む音が戦場に響く。ドリルの回転がさらに激しさを増し、敵の胴体が崩れ、制御を失ったようにその巨体が沈んでいく。
ドォォン――!!
轟音とともに地面へ叩きつけた。
床全体が爆発的な衝撃で震え、衝撃が波紋のように周囲を駆け巡った。瓦礫が舞い上がり、戦場が一瞬にして白い粉塵に包まれる。
ヴェルトアトラスが蒸気を噴き上げ、ガシャン…ガシャンと金属音を響かせて形態を変えていく。その音は、長かった戦いの終焉を告げるかのように、静かにしかし確実に響き渡った。
潰れた敵の体から、噴き上がった黒い影が霧散していく。
荒い息を必死に整えながら、ヴェルトをゆっくりと地面に叩きつけるように突き刺した。
「……ああ!!!」
抑えきれない感情が爆発し、雄叫びを上げる。
絶対復讐!
その名を掲げ、心に誓う。
絶対帰る。
そして――。
絶対殺す!
そして……!
「待っていろ……イア」
左目には、未だ消えぬ復讐の炎が燃え盛っていた。
「お前を殺すまで、私は……絶対……!」
――絶対に許さないと、そう心に誓った。
明日、1部の最終回です。
ここまでご愛読いただいた皆さん、ありがとうございます。




