4.王都襲撃
雷鳴ではなく、まるで何かが大きく爆発したような音だった。
突然の音に身を硬くした。
その時、突如として目の前の闇から雷に照らされ人影が現れた。
フードを深くかぶったその姿は、一見して誰なのか判別できないものだった。不審な人物の出現に、一層の警戒心を抱く。
「誰?」
緊張を込めて声をかけた。
おそらく、体格からして家令だとは思った。
シルヴァン……いや、もしくはアスターか……暗すぎてはっきりしない。
近づこうとした瞬間、人影は腰からナイフを抜き、一瞬のうちに襲いかかってきた。
驚きながらも反射的に身をかわし、攻撃を避けていた。
敵の手首を掴んで捻り、続けて肘打ちとボディブローを繰り出し、ついには失神させた。
全てが一瞬のうちに起きたため、私自身もまだ息が上がっていた。
「そんな……侵入者? ――なんで、それに……結界は?」
困惑しながらつぶやいた。
母が構築した城の結界が容易に破られることはかつてなかった。
どうして敵が城内に忍び込むことができたのか、心は疑問と混乱でいっぱいだった。
何か大きな事態が起きていると直感した。
危険を感じながらも真実を確かめるために爆発音の方向へと急いだ。
私は城と、その住人たちを守るための使命感に駆られていた。
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夜が更けても、王妃と王は眠りにつくことがなかった。
彼らは、収穫祭の翌日に予定されている後片付け、整理作業、そして残った報告書の作成について、メイドや家令と共に王宮の一室で会議を行っていた。
その時、結界が破られたことに気づいたのは王妃だけだった。
王宮には何重にも張り巡らされた異なる結界構造の術式が施されていたが、それが一瞬のうちに破られたのだった。あまりにも異常な事態に、王妃は驚愕の声を漏らした。
「ありえない……」
彼女の頭の中で構築された精巧な術式が、まるで砂の城が崩れるように一瞬で崩壊していった。
「どうした?」
王が王妃に声をかける。
「急いで城内の全員を再配置して!何者かが侵入――」
彼女が即座に隣にいた家令に指示を出そうとしたところ、その言葉を言い終わる前に、
部屋の入口に佇む謎の人影に気づいた。
フードを目深にかぶっていて、正体は確認できない。
その存在を視認すると同時に目の前の空間が突如爆発し、その衝撃で部屋は大きく揺れた。
部屋にいたものは抵抗する間もなく全員吹き飛ばされた。
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私が音の発生源にたどり着いたとき、メイドと家令が血を流して無数に倒れているのを目にした。
ショックと恐怖で吐き気を感じたが、必死でそれを押さえつけた。
近くでまた新たな衝撃音が響いた。私の心は恐怖で跳ね上がった。
家令の死体から剣を取り、それでもその音の方向に向かった。
そこで目にしたのは、母の胸に剣が突き刺さって動かなくなっている姿だった。
「お母様!」
父は必死に戦っていたが、刺客の発生させた魔法の衝撃により吹き飛ばされ、部屋の奥の壁に身体を打ち付けた。
「ユリアーナ! 逃げろ!!!」
と父が叫んだその声が、耳に響いた。
気づけば刺客に切りかかっていた。ありえない状況なのに心は不思議と冷静だった。
それに、父の実力なら知っている。
私たちが一緒なら負けることはないと信じていた。
刺客のもとに一瞬で踏み込み剣を抜いた。
その瞬間、刺客が振り返り私を見た。その顔は、とても見覚えのある顔だった。
一振りの剣閃が輝くと、深刻な傷を負っているのは私の方だった。
一瞬で全身を切り刻まれ、目にしたのはボトりと落ちる血まみれの右腕だった。
遅れて全身に激痛がやってくる。その激痛で絶叫した。
「ユリアーナ!!」
父の声が遠くで聞こえた気がした。
痛みと恐怖で意識が朦朧となり、その場で崩れ落ちた。
「"ルミナスフリート"!!」
部屋の外からセリーナの声が聞こえてると同時に、まぶしい輝きが視界を覆った。
駆け付けたセリーナが私を抱え、その場から逃走していた。
「逃げるよ!ユリアーナ!」
セリーナは戦闘のあった部屋を抜け出し、走りながらも必死に私の傷ついた腕を癒やそうとした。
しかしその努力は実らず、流血を抑えることしかできなかった。
「入り口はもう使えない。封鎖されてたわ。裏口まで行くしかない!」
激しい痛みを抑えながら、姉に抱えられ王城内を逃げ回った。
城内は既に無数の刺客で溢れており、彼らは容赦なく攻撃を仕掛けてきた。
通過してきた廊下には戦闘の激しさを物語るように至る所が血で染まり、地面には無残にも死体が転がっていた。
その中には、メイドのテレサと家令見習いのライアンの姿もあった。
「そんな……どうして……」
弟妹のように思っていた彼らの死に、心が引き裂かれるような悲痛を感じ、言葉を失った。
セリーナは逃げながらも、一人また一人と刺客たちを撃退していった。彼女の動きは素早く、刃を交わすたびに刺客を倒していく。しかし、敵は絶え間なく襲い掛かり、逃走路は限られていた。
王の間まで必死に逃げて来たところで、
突如として部屋の壁が爆音と共に横殴りに崩壊した。爆発の衝撃は凄まじく、避ける間もなく吹き飛ばされた。
空中で宙を舞い、床に激しく叩きつけられる。痛みと衝撃で一瞬意識が遠のきかけたが、なんとか我に返り苦痛に身をよじった。粉塵が舞い上がる中から、先程の刺客の姿が現れた。
セリーナは瞬時に起き上がり、刺客に飛びかかると同時に魔法を放った。
「走って、ユリアーナ!」
声が響くと同時に、その刺客は容赦なくセリーナに襲いかかり、首を掴み上げ、そのまま心臓を突き刺した。
あまりにも一瞬の出来事だった。
一瞬の出来事のはずなのに、それは永遠のことのようにも長く感じられた。
セリーナが、目の前で、死んだ。為すすべもなく――
遠くで雷鳴が轟く中、
刺客は無表情でセリーナを私の前に投げ捨てた。
セリーナの体は動かず、刺された傷口から血が流れ出していた。
声も出せなかった、ただ茫然とすることしかできなかった。
動けない身体で、白くなった姉の顔を見つめていた。
視界に刺客の足が映った。震える顔でその刺客の顔を見上げると、そこにはイアがいた。
イアは鮮血を浴びながら、冷酷な表情で剣を振り下ろそうとしていた。
絶望感に打ちのめされ、何も考えられず、声も出せなかった。
その時、聞いたことのない不思議な音が空間に響き渡った。
コーーーーン……コーーーーン……コーーーーン……
鐘のようなその音が鳴り響き、私は強烈なめまいに襲われた。そして目の前の虚空に、稲妻のような輝きが一瞬現れた。
「これは……! そんな、次元――」
次の瞬間、イアの声は爆音にかき消された。電光が走った場所から槍のような真っ白な物体が轟音と共に突如私たちの前に突き刺さった。その爆風と衝撃で私とイアは強く吹き飛ばされた。
「何者だ!」
イアが叫んでいるのが聞こえたが、一目散に逃げ出していた。
どれだけ逃げたかわからない。
私は王宮の裏手にある海の断崖絶壁までたどり着いた。
イアは私に追いつくと、もう終わりだ。と言わんばかりに冷酷に剣を突き付けた。
「イア……」
震える声で呼びかけたが、イアは何の反応も示さなかった。
それでも涙を流しながら続けた。
「楽しかったよね……お祭り……みんなが笑って……最高だった……」
体がガタガタと震え、涙と鼻水と雨で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
全身からの流血が激しく、体温が急激に下がっていることを自分でも感じた。
イアは何も答えず静かに歩みを進めた。
「イア!!!」
絶望の中で声を荒げた。
イアの足が止まる。
イアに背を向け、自分から断崖絶壁の先端に立った。
そこで振り返り、叫んだ。
「私がもし、生きていたら……私がもし生きてたら!」
「お前を、絶対に……」
泣きながら言葉を続けた。
「必ず……お前を……皆と同じ目に合わせてやる……!」
イアは冷たい笑みを浮かべ、彼女の目は不敵に輝いていた。彼女の態度はまるで「やってみろ」と言っているかのようだった。
周囲が一瞬だけ静まり、その静寂の中でイアが目の前から消えたと思うと
私は脇腹を貫かれていた。心臓を避け、あえて脇腹だけを。
もう痛みすら感じられなかった。イアが脇腹から剣を抜き、私はその場に崩れ落ちる。
朦朧とした意識の中、
彼女はその場から離れ剣を振るった。
世界が落ちていった。
いや、私が立っていた断崖の縁が切り崩され、荒れ狂う海へと吸い込まれるように落下していた。
まるで時間がゆっくりと流れるかのように感じられた。心臓の鼓動が耳元で響く中、意識は暗く、深い闇へと沈んでいった。
波立つ海に投げ出され、身体は容赦なく荒波に揉まれた。その力強く、乱暴な波が私を押し下げ、引き裂くように激しく打ち付ける。次第に、意識は薄れていった。
記憶が途切れる寸前、母からもらったペンダントが輝いたような気がした。