43.たとえ世界が空から落ちても ⑱
「こっちは片付いたわ!シエル、みんなをよろしく」
「うん!」
シエルとスイッチし、彼女が仲間を運ぶ隙に私が無数の魔物を相手にする。
まるで波のように押し寄せる魔物たち――だが、一歩も引かずに敵をなぎ倒す。
「お嬢様、やっぱりすごいです!」
「――なにが?」
戦いながらも、エレシアと会話する。
「こんなにも戦う中で、息ひとつ乱れていない。それにさっきの戦い、この世界に来た時とは桁違いに強くなっています。確実に!」
「うん、エレシアのおかげかな、私も少しは強くなれたよ」
「考えられません。あんなにも病に伏していたお嬢様が……私は涙が出そうです」
「そういうのは」
そんなことを言いながらエレシアの背後に近づいた魔物をぶん殴る。
「全部終わってからね」
敵が周囲から飛びかかる。油断しているのではない。エレシアを信じての行動だ。
私の背後の敵がエレシアのシールドで飛び散った。
「はい!」
まるで舞踏のように、エレシアと私は戦闘を繰り広げた。
「終わったよ!後は二人だけ!」
シエルの声が響いた。
「ナイス、シエル!」
その声とともにエレシアはシエルに抱えられ、素早くエレベーター内を飛び上がった。
私は今度こそ壁とシャフトを伝ってエレベーター内を自分の力で駆け上がった。
上階の研究施設へ、――そしてその最上階にあるエーテルコアへと。
ようやくたどり着いた5階。その扉は、すでに大きく破壊されていた。ミカの力だろう。鉄の扉は無惨にひしゃげ、破壊の痕跡がそこかしこに残っている。
そしてここでも、闇の中から魔物たちが一斉に飛び出してきた。無数の足音と共に鋭い爪が光り、牙がむき出しになって私たちに迫る。一瞬のためらいもなく剣を構え、魔物たちの群れに飛び込んだ。冷静に、そして正確に剣と拳を振り下ろし、敵を次々と倒していく。
「後退するな!ここで全て片付けるんだ!」
シエルとエレシアも戦いに加わり、一丸となって魔物たちを片付けていく。だが、数は無限かと思うほどに湧き続ける。終わりの見えない戦闘に、少しずつ疲労が溜まっていくのがわかる。
「くっ……これじゃキリがない!」
エレベーター前へと駆け込むと、シエルが予備電源を操作し、それを起動させる準備に取り掛かった。
その時だった。
――『……きて』
突然、頭の中に誰かの声が響き渡った。
――『……連れてきて』
――『私は、ここにいる。』
その声は私の意識を引き裂くように響き、思わず足が止まる。周囲の戦闘音が遠ざかり、声の正体に全神経が集中する。
ユウリではない。彼女の声ではない……。
シエルでもない。なぜならばシエルは目の前でエレベーターの予備電源を一生懸命にいじっている。だったら、この声は誰だ?
何かがおかしい――。最初の施設でシエルが私を呼んでいた時と同じように、あの声が確かに頭の中に響いたのだ。
――『私を、ここに連れてきて。』
「まただ……」
再び声が響く。この声は……何を求めている?誰の声なんだ?
「また……声が聞こえる。私を呼ぶ声が……」
呟いたその瞬間、シエルの手が止まった。背中が固まり、彼女の動きが一瞬だけ凍りついたのがわかる。そして、まるでその一瞬がなかったかのように、再び電源の操作を続け始める。
彼女は何か、この声の正体について何かを知っているのではないだろうか。ユウリの言っていたあの言葉、――「シエルを信用するな」。その言葉が私の中で反芻する。恐怖と焦りが入り混じり、心が騒ぎ立つ。
「シエル……」
問いただそうとしたその瞬間――
「何かが近づいてる!」
フェンの鋭い声が空気を裂いた。次の瞬間、私たちの前に巨大な影が現れる。廊下の奥からこれまでの魔物とは桁違いの存在感を持つ獣が、ゆっくりと姿を現した。
「くそっ、こいつは……!」
その魔物の体は黒く、まるで闇そのものが形を持ったかのような異様な姿だ。鋭い爪が床を削り、目は闇の中で光を放つ。重々しい足音が響き渡り、私たちの方向へとまっすぐ迫ってくる。
剣を構え、全身に魔力を集中させた。この相手は今までの雑魚とは明らかに様相が違う。だが、ここで止まるわけにはいかない。
「来い……!」
挑発するように声を上げると、魔物は低く唸り、その巨大な爪を一気に振りかざして襲いかかってきた。私はその攻撃をぎりぎりのところでかわし、反撃の一閃を浴びせた。だが――
「なんて硬さだ……!」
私の剣が魔物の硬い外皮に触れた瞬間、火花が散った。鋼鉄のような硬さに、剣がまったく通らない。手に感じるのは、凍るような衝撃。これまでの敵とは防御力が段違いだ。
歯を食いしばりながら、すぐに後退して距離を取る。敵の攻撃は重い。そしてその硬い外皮が私たちの攻撃を完全に遮り、圧倒的な防御力で守られている。攻撃をかわしながら、どうすればこの強敵を突破できるのか、考え続ける。
「縛るぞ!」
ミカの叫びが背後から響く。彼女がヴェルトアトラスを掲げると、周囲の空気が一変した。重力が歪み、圧倒的な力で魔物の動きを封じ込める。巨獣は唸り声を上げながら、重力に押さえつけられてその場に縛りつけられた。
「早くしろ、シエル!」
「やってる!」
シエルはパネルを巧みに操作し、ついにエレベーターの電源が起動する音が響いた。私たちに残された唯一の脱出経路が、今や開かれようとしている。しかし、その瞬間、魔物の呻き声が次第に大きくなり、重力の束縛から逃れようと激しくもがき始めた。体を振り回し、そのたびに廊下全体が揺れ、瓦礫が落ちてくる。
「乗って!」
シエルの叫び声に、全員が反応した。私たちは一斉にエレベーターに駆け込み、その狭い空間に滑り込む。ミカは依然として重力を維持していたが、その力を解除しない限り彼女も動けない。
「ミカ!」
彼女はその瞬間をじっと見極めていた。魔物がさらに力を入れて縛りから逃れようとする。今だ。彼女はついに重力の魔法を解除し、そして――
「手を!」
私は全力でミカの手を掴んで引き寄せた。彼女は転がるようにエレベーターへ飛び込み、その瞬間、扉が音を立てて閉まった。ギリギリのタイミングで、私たちはその場からの脱出に成功した。
エレベーターがゆっくりと動き始め、重力が一瞬だけ軽くなる感覚が体に広がる。張り詰めていた緊張がわずかに和らぐ瞬間だった。
「ふぅ……」
誰からともなく安堵の息が漏れた。しかし、エレベーター内に漂う緊張感は依然として張り詰めていた。次に何が起こるのか誰にも予想がつかない。皆が無言のまま黙り込みただエレベーターの動きに身を任せている。
私の脳裏には、あの謎めいた声が何度も繰り返し響いていた。
シエルに声をかけようとした瞬間、彼女は集中した表情でエレベーターのパネルに向かい始めた。次々にボタンを押して、全ての階のボタンが光ったかと思うと、9階と8階のボタンを高速で連打する。そして「開く」と「閉まる」のボタンを同時に押した。
突然、エレベーターが不気味な音を立てて停止した。
チン、と。小さな音とともに、扉がゆっくりと開かれた。目の前には薄暗い空間が広がり、その不気味さに思わず息を飲んだ。
「こうすることで開くの……パパの秘密の研究場よ」
シエルの言葉は、あまりに静かで重かった。扉の向こうには何かが待っている。シエルの父、あの科学者が隠していた場所だ。何があるのかは分からないが、ただならぬ緊張感が空気に充満している。
目の前に見える扉には、以前見たことがある窪みがあった。
「きっと……」
シエルの声が微かに震えている。彼女の横顔に何か尋ねたくなる衝動を抑え、私はただ黙って見守った。シエルは静かに前に進み、手に持った電磁カッターを窪みに差し込む。緊張に包まれたその場に、カチリ、とカッターがはまる音が響いた。
「みんな……後は――いや、なんでもない」
シエルが言葉を飲み込んだ。その言葉には、何か覚悟を決めたような響きがあった。彼女自身、この先に待っているものが何かを知っているのかもしれない。そして、その不安と恐怖を押し隠しているように感じた。
扉の向こうに広がっていたのは、想像以上に異様な光景だった。巨大なモニターが壁いっぱいに設置され、その中央にはふわふわと宙に浮かぶあの魔力の塊が揺らめいていた。
そして突然、モニターが勝手に点灯した。暗闇の中に、不気味な光が浮かび上がる。画面には大きく「X」という文字が表示されていた。
――『あぁ、やっと会えた!』
機械的でありながら、どこか感情を感じさせるその声が、静寂を破って響き渡った。声の発信源は、そのモニターからだった。
――『私のボディも、よくやってくれたわ。ここまで来られて……本当によかった』
その言葉の意味を理解する間もなく、シエルが意を決したように魔力の塊に手を伸ばした。
視界が揺らぎ、意識が遠のくような感覚が広がった。
魔力の残滓がペンダントに流れる。
左目にビリっとした鈍痛が走る。
そうしてまた、私は夢を見た。
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