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36.たとえ世界が空から落ちても ⑪

 私には、誰にも言えない秘密があった。


 それは、「視える」ということ。

 幼いころから、私の目には他の人には見えないものが映り込んでいた。大気中に漂うエネルギーの流れが、薄い煙のように、時には繊細な糸のように、空中を舞っているのが見えたのだ。その光は絶え間なく揺らめき、広がったり、消えたりを繰り返していた。まるで私にしか見えない特別な世界が存在するかのようだった。


 最初はただの幻想だと思っていた。けれども、それが他の誰にも見えていないことに気付くのに、時間はかからなかった。


 ある日、母が台所で料理をしているときのことだった。


「あら、火がつかないわね……」


 母は少し困ったように、ガスコンロをじっと見つめていた。


「どうしたの?」


「あらシエル、ちょっと上手く火が着かなくて……危ないから近づかないようにね」


 その時、私はふと、視界に漂うエネルギーがコンロの周りで滞っているのを見た。手を伸ばして軽く触れると、それは私の意志に応じるかのように集まり、コンロに向かって流れ込んだ。すると、火が突然、勢いよく燃え上がった。


「これでどう?」


 私は無邪気に尋ねた。

 その瞬間、母は驚きのあまり動きを止めた。目が見開かれ、その視線が私とコンロの間を行き来する。


「シエル、今、何をしたの……?」


 母は震える声で言った。

 私は、その時初めて、自分が何をしたのか、そしてそれがどれほど異常なことなのかを理解した。普通の人間には決してできないことを、私は無意識にやってしまったのだ。


 その夜、母は父にそのことを打ち明けた。父は町の優秀な技術者で、エネルギーの研究をしていた。普段は厳格で冷静な父が、私の話を聞くと、驚きと興奮を隠せない様子だった。


「すごいじゃないか!」


 父の声はいつもよりも少し上ずっていた。

 彼は私の目を覗き込んだ。その視線は、ただの父親のものではなかった。まるで発見したばかりの新しい機械を観察するような目つきだった。


「それは……魔力だ。何千年も前に失われたとされていた力が、まだ存在していたとは……」


 父はその言葉を呟くと、しばらく考え込むように沈黙した。


 その後、父は私に「魔力」と呼ばれる、遥か昔に失われた力について説明してくれた。魔力は、かつて人々の生活を支えていた強力なエネルギーであり、文明を支える重要な要素だった。しかし、歴史のどこかでその力は失われ、今では伝説として語られるのみで、存在すら疑われるようになっていた。


「シエル、これを他の誰にも見せてはいけないよ。学校のみんなには、特にね」


 父が私に警告した時、その目には何かを恐れているかのような緊張と好奇な光が宿っていた。


 父は、私が持つこの力を周囲の信頼できる科学者数人にだけ相談した。全ては秘密裏に進められ、私は次第にその秘密の中心に置かれるようになった。


 学校が終わると、私は決まって研究所に通うようになった。そして翌日にはまた学校へ戻るという日々が続いた。それは奇妙な生活だったが、私はそれを幸せだと感じていた。学校が終わると父に会えるし、研究所では科学者たちが私に優しく接してくれた。何よりも、私は何か大きなことに関わっているという使命感に満ちていた。


「シエルちゃん、今日も来たんだね。お菓子食べる?」


 研究所の科学者たちは、私を温かく迎えてくれた。


「うん!」


「シエルちゃん、えらいね。いつもお父さんに協力して」


「うん!」


「君のパパは優秀な研究者だ。大丈夫、きっと上手くいくよ」


 最初は楽しかった。研究所での時間は、家族と一緒にいるような温かさがあり、私は喜んで父や科学者たちの要望に応えた。私の体は事細かに調べられ、様々な検査が行われた。それはただの軽い検査で、少しの間だけ腕に針を刺して、血液やその他のサンプルを採取する程度のものだった。


 しかし、次第にその検査はエスカレートしていった。最初は何気ないものだったが、時間が経つにつれ、私の右腕は見る見るうちにボロボロになっていった。私の身体、特に右腕は大気中の魔力を探知し、変換するという特殊な能力を持っているようだった。無数の注射痕が刻まれ、次々と新しい機械装置が埋め込まれていった。


 それでも、私は父のため、そして自分が持つ特別な力のために耐えた。その力が研究所の人々にとってどれほど重要かを理解していたからだ。


「痛い……でも、これも大事なことなんだ……」


 そう自分に言い聞かせながら、私は日々の検査に耐え続けた。科学者たちの眼差しは次第に熱を帯び、私に対する要求はますます厳しくなっていった。それでも、私は自分の役割を果たすことに全力を尽くした。苦しさを誰にも見せることなく、父や科学者たちの期待に応えようと努力した。


 母は、私の苦しみに気づいていたのかもしれない。だが、母にもそれを止めることはできなかった。父が喜びに満ちて語る発見が、どれほど重要なものかを知っていたからだ。


「どうだ、エリナ?これが、今後は新たなエネルギーに代わるんだ」


 父は誇らしげに言った。


「……」


 母は答えず、ただ私の腕をじっと見つめた。


「この発見で、世界は大きく変わる。な、シエル?」


 父は私に問いかける。その目は希望に満ちていた。


「うん!」


 私はいつもと変わらず、元気よく応えた。


「……でも、本当に大丈夫なのかしら」


 母は不安を隠せない様子で、私の腕を見やった。そこには既に幾つもの傷痕が残り、無数の機械装置が埋め込まれていた。


「大丈夫だ!シエルは強い子だからな」


 父は自信満々に答えた。


「うん!」


 私は再び笑顔で答えた。父が喜ぶ姿を見るたびに、私は自分が正しいことをしていると信じることができた。


 父はそれから一層忙しくなっていった。研究が進むにつれ、ますます多忙を極め、研究所で過ごす時間が増えていった。時折、私を研究所に連れて行き、進行中のプロジェクトを見せてくれた。


「できましたね、フランツさん。これが魔力を抽出したカートリッジです。なんとかうまくいきましたね」


 研究員の一人が、父にそう報告した。


「ああ。本当に色々あったが……どうにか実現できたな。こんな小さいものでもあれだけの爆発が起きるなんて。やはり魔力というのは元々の力を増幅させる起爆剤のような存在だ。扱い方を誤れば、とんでもないことになる……」


 父は、その小さなカートリッジを手に取りながら慎重に言った。

 私は、そのカートリッジが私の魔力を使って作られたことを知っていた。父はそれを見て、満足げに微笑んだ。


「シエル、お前のおかげでようやくできたぞ!すごいぞ!シエル!これで長年悩んでいたエネルギー問題はすべて解決する。私たち……いや、私とお前は歴史に名を残すような偉大な人間になれるんだ」


 父の言葉に、私は心の中で誇りを感じた。自分が成し遂げたことがどれほど大きなものであるかを実感した。


 研究がひと段落ついたとき、私の右腕はもはや原型を留めていなかった。無数の機械装置が埋め込まれていた。それでも私は悲しくなかった。父が、私の存在を喜んでくれていたからだ。


「うん!パパ、嬉しい?」


 私は無邪気に尋ねた。


「ああ!嬉しいさ!」


 父の目は喜びに輝いていた。その姿を見るたびに、私は自分が正しいことをしたのだと信じることができた。

 そして、研究が進むにつれて事態はさらに大規模になっていった。ある日、国から派遣されたという研究員たちがここを訪れた。


「君がこのプロジェクトの第一人者のフランツか?」


 一人の男が、少し硬い表情で父に尋ねた。


「国から派遣された研究員のドルマ・ロッソだ。今後は私たちもこのプロジェクトに関わらせてもらうよ。これからよろしく」


 その男は父に手を差し出した。


「あ、ああ……心強いよ。よろしく」


 父は少し戸惑いながらも、その手を握り返した。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます!

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