3.収穫祭と不穏な気配
夢を見た。
夢の中に現れたのは、見知らぬ場所にいる少女だった。彼女は、病に冒された身体に苦しみながら耐えていた。彼女が横たわる暗い部屋は、わずかな灯りでほのかに照らされ、薄暗い雰囲気が漂っていた。
ベッドに横たわる少女の顔は青白く、汗に濡れていた。
傍らには黒髪のメイドが立っており、慈愛に満ちた目で少女を見守っていた。
メイドは時折、少女の額の汗を拭いたり、薬を与えたりしながら、微笑みかけて優しい言葉をかけていた。
私は夢の中で、その光景をただ見つめていた。
彼女の痛みを少しでも和らげることができたらと祈ることしかできなかった。
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翌日、天気は快晴だった。
朝食のために食堂に向かうと、そこには母だけが座っていた。
収穫祭の準備で忙しく、姉と父は既に他の用事で出かけていたようだった。
母は急いで食事をとっていたが、声をかけると、一緒に食事を始めた。
食事を終えると、母が包みを持って私に話しかけてきた。
「17歳の誕生日、おめでとうユリアーナ。私もあなたの年の頃は本当に色々な経験をしたわ。つらいことも多かったけれど、その全てが私を成長させてくれたの」
そして、母は真っ赤なペンダントを取り出した。それは母や私の瞳と同じ、紅い色だった。
「このペンダントはその時、私が苦しい時に身につけていたものよ。あなたが辛い時には、このペンダントがきっと助けになるはずよ。忘れないで、私はいつでもあなたを見守っているわ」
「こんな大切なものを……ありがとうございます」
私は強く感激した。母が自分のことをこんなにも思ってくれるとは考えていなかったからだ。
そのペンダントは母の愛と強さの象徴のように輝いていた。
母は微笑みながら立ち上がり、忙しくも優雅に食堂を後にした。
ペンダントを手に、母の背中を見送りながら、心の中で決意を新たにした。
17歳のこの年が、自分にとっても成長と学びの一年になることを願いながら。
王都ヴァリアスでは、年に一度の収穫祭を迎えていた。
都市は喜びと活気に満ち溢れ、市民たちは一年間の豊かな収穫を祝っていた。街の至る所で、楽しい音楽が流れ、美しい装飾が施された屋台や店が並び、人々は笑顔で食べ物や飲み物を楽しんでいた。
そんな中、私は多忙を極めていた。
朝早くから、王室の正装に身を包み、城から出て市民たちと交流していた。
私が歩く度に、人々は敬意を表して会釈したり、花を手渡したりしていた。
「もう少し遊んで歩けると思ったのだけれど……まぁ落ち着いたらそのうち抜け出しましょう」
こういう時、行きつけのお店は特別な食事メニューを提供していたりするので一刻も早く抜け出したい気持ちはあったのだが、大人しく政務に取り組むことにした。
収穫祭では、セリーナが市民たちの前で演説を行い、豊かな収穫に対する感謝の言葉を述べた。
彼女のはっきりとした声は、聴衆に深い印象を与えた。
演説が終わると、私は市民たちと共に収穫された新鮮な果物や野菜を味わった。
祭りだからかなんとなくいつもより美味しく感じて笑顔になった。
休憩に訪れたメイドや家令たちも、私服姿で楽しそうに過ごしているのが目に入った。
午後には都市の子供たちと一緒に遊び、彼らの笑顔を引き出すために尽力した。
子供たちとダンスを踊ったりゲームをしたり、王女としての立場はあったが、人々と心を通わせるのはとても楽しかった。
メイドのテレサと家令見習いのライアンには何度も遭遇し、彼らに度々声をかけた。
どうやら祭りの雰囲気を心から楽しんでいる様子だった。
彼らの幸せそうな笑顔を見て、自分もまた彼らを守り、幸せな日々を続けさせる責任を感じた。
夕方になると、収穫祭のクライマックスである灯籠流しの儀式を執り行った。
丁寧に灯籠を川に流し、豊かな収穫と市民たちの幸福を願った。
灯籠が水面をゆっくりと漂いながら進む様子は、まるで魔法のように美しく、見守る市民たちはその美しさに見とれていた。
家族や市民たちと共に、彼女は一年に一度のお祭りで心を解放し、普段の厳しい日常を忘れて笑顔に包まれた瞬間を味わっていた。
年に一度の収穫祭は何事もなく、無事に幕を閉じた。
かのように思われた。
夜になると、にぎやかだった光景は一変した。昼間の温かな日差しとは対照的に、空は急速に暗く曇り、やがて強い嵐が吹き荒れ、雷が鳴り響き始めた。
王都は、雷と雨音に包まれ、一面の暗闇に覆われた。
私は寝室から、嵐の中を照らす雷の光を眺めていた。
一日中続いた収穫祭の喜びと成功に心は晴れやかに満たされていた。
「収穫祭が無事に終わって本当に良かった」と、心の中で思い返していた。
市民たちの笑顔、子供たちの歓声、そして夜空を彩った花火の美しさが、記憶に深く刻まれていた。
しかし、一つ心残りがあった。
「イア……結局会えなかったな……」
前日、政務の合間にイアと会う約束をしていたが、約束の時間になってもイアの姿はなかった。収穫祭の間も探したが、やはりどこにも見当たらなかった。
心残りはあったが、イアは収穫祭の翌日もまだ滞在しているはずだったので、明日なら挨拶できるだろうと自分に言い聞かせた。
その夜は何となく落ち着かず、疲れた体を休めようとしても眠れなかった。
そこで、いつものようにアルフレッドの冒険日誌を手に取った。
少し読み進めると、第1巻が終わってしまった。
宝物庫にある第2巻の続きが気になり、こっそりと宝物庫に忍び込む決心をした。
祭りで皆が疲れて眠っているだろうし、雷の音で足音は気付かれないだろうと考えた。我ながら大胆な計画だった。
地下の宝物庫へ向かう途中、雷の轟音に不安を抱きながら進んだ。
雷が光る度に廊下が一瞬明るく照らされ、その瞬間の明るさが周囲を少しだけ不気味に見せた。
その時、遠くからとびきり大きな轟音が聞こえてきた。