11.酒場で
最後に、図書館に情報収集に向かった。
図書館の中は古代の石造りの壁と高く空に向かって伸びるアーチ型の天井の威厳ある姿が印象的で、壁に沿って設置された長い木製の棚には、背の高い古書が整然と並べられていた。
その中から様々な歴史書を手に取る。
目を通す書物には、聞いたことのない地名や地図が描かれており、故郷である王都ヴァリアスの名はどこにも見当たらない。
やはり予想通り、異世界に転生してしまったのは間違いが無いようだ。
続いて亀裂の情報に関して探したが、「ここ最近頻発している出来事である」ということ以外に詳細なことはわからなかった。
まだ書物に表すほどの分量が提示されていないのだろうか。
最後に帰還の情報だ。
どれだけ探しても、元の世界に帰還する方法は見つからなかった。
魔法書や学術書、歴史書に目を通しても、この異世界から元の世界へ戻る手がかりはどこにもない。そもそも、この世界から帰還することが可能なのかどうかさえ、疑わしい。
亀裂が異世界につながっていて、そのままその異世界に定住したような記述が見つかるのがベストだったのだが...
このあたりの情報は本で探すよりも実際に体験した詳しい人物、例えば熟練の冒険者に聞くのが一番だと感じていた。
それこそ、この後会う予定の「エレシアの知り合いの冒険者」だ。その人から亀裂の情報と帰還の情報をうまく聞き出すこと。
そして、その上で協力を仰ぐこと。それが今の私に課せられたミッションだ。
会うのが楽しみであり、その時への緊張感が次第に高まっていった。
図書館の静かな空間で、時の流れを忘れて書物に没頭していた。
ページをめくる音だけが静寂の中響き渡る。
それほど集中していたので、エレシアの声が耳に届いたとき、私は思わず驚いた。
「お嬢様……ユリアーナお嬢様!」
声の主を振り返ると、エレシアが私の背後に立っていた。
「あ……ごめんなさい。集中してたわ。どうしたの?」
「そろそろ、酒場が開く時間です。向かいましょう」
外を見遣るとすでに辺りは夕焼けに染まり始めていた。
私たちは遂に、冒険者がいると言われている酒場へと足を運ぶ決意をした。
夕闇に染まる古都を歩いていく。路地を曲がり、奥の小道をずうっと進むと古都の中心に川が流れている。
そこにある階段を降り、奥まった道を進むと、目的の酒場が見えてきた。
酒場の前に立つと、古都の夜に照らされるその姿は、まるで昔話の中から出てきたような薄暗く、不気味な雰囲気だった。
そして店の前の看板には、こう書かれていた。
"本日 貸切"
「貸切……」
「困りましたね……」
本来ならここの酒場にエレシアの知り合い冒険者がよく足を運ぶとのことだが……貸切では調査のしようがない。
よくよく考えたらそう上手く事が運ぶはずがない。たまたま亀裂を見つけて、その日に冒険者が見つかるなんて。考えが甘かったか。いや、それでも。少しでも手がかりが欲しい。
私は一歩踏み出し、その居酒屋の扉を開いた。
カラン、コロン、と音が鳴る。
入り口に佇む屈強な男たちと目が合う。部屋の奥には何十人もの人がいた。
酒の匂いが鼻をつく。薄暗い店内は異様な活気に満ち溢れていた。
立ち去らない私に、一人の男が近寄り話しかけてきた。
「おい嬢ちゃん。入り口の札が見えねぇか? 今日は貸切だ」
「聞きたいことがあります。忙しいところすみませんが、教えてください」
「他所で聞けよ。ここはお前らの来る場所じゃねぇぞ」
その屈強な男が私を睨みつけ、私に手を伸ばした瞬間。
エレシアがシールドを貼り、私を守った。
少し怒ったような顔をしたその男に対して構わずエレシアが続けた。
「ミカという、冒険者を探しています。よくここに来ると聞いたのですが――」
「あ~ん?」
男はその名前を聞くと、幾分か警戒を解いたようだ。
「姐さんに何の用だ?」
「以前お世話になったので、そのお礼をと思いまして……少しだけ話したいのですが……」
男は奥に引っ込むと、他に様子を見守っていた男たちと色々と会話していた。
「エレシア、あいつらを安心させるにしても、お礼って……よく思いついたわね」
「はい。警戒を解くには良いかと。それに冒険の誘いですし、向こうも報酬が手に入るならお礼と変わらないので……」
確かに、と私は笑った。
その男が戻ってくると言った。
「もうすぐ来るぜ。あんたらも中に入って待ってな」
そう言われ、奥まった小さなテーブルに案内された。
他の男たちが驚きの声を上げている。
「おい、なんだ新人か!?ずいぶん可愛い奴が入ってきたな!」
「ヒョロヒョロじゃねぇか!仕事はできるのか?」
「そのプレート、Fランクか?めちゃくちゃ初心者じゃねぇか」
「酒飲むだろ!?こっちにビール持ってきてくれ」
中に入ると一層うるさかった。既に酒の匂いが充満しており、酒場の熱気はヒートアップしていた。
「あ、いえ……未成年なので大丈夫です」
「もう直ぐ来るって言ってたけど――、これはすごいわね。すでに出来上がっちゃってるわ」
「大丈夫でしょうか……」
「本当にね」
私は苦笑した。エレシアが勧めた冒険者だが、本当に信頼するに値する人物ならよいのだけれど。
こんな荒くれ者を統率する人物がどんな人間なのかも気になったし、不安が少し強かった。
それから少しして、カランコロンと、酒場の扉が静かに開かれた。
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