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 季節が変わる度に、ふと思う。

 毎日は同じ秒数で形成されるはずなのに、遅く感じる時があれば、早く感じる時もある。

 果たして、今の私にとって、時間の流れは早く感じられるのだろうか。それとも遅く感じているのだろうか。


 そんな無意味なことを考えながら、窓の外を眺める。

 雪が溶け、花があちらこちらに咲いている。

 この窓からこの風景を見たのはこれで五回目。

 ゼベランに嫁いでから、早くも五年がすぎた。


 花瓶の中には、一輪のリュゼラナが飾られている。私が選んで、私が飾ったものだ。


「奥様、おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか?」

「おはよう、ソフィ。ええ、おかげさまで今日の目覚めはすごくいいよ」


 いつも通りの日、いつも通りのやり取り。

 違うのは朝食と晩食の席では、向かいが空席になっていた。

 最初は違和感を抱いたのに、今はもう日常に変わってしまった。その事実に、ほんのりとした寂しさを感じる。


 ハンナの手料理を食べた後、ニコルと家のことを話す。

 最初はわからないものが沢山あったが、ニコルの助けもあり、経験を積めばなんとかできるものになった。


「奥様、本当に誕生日を祝わなくてもいいんですか?」

「いいのよ。そこでお金を使うよりは、北部の復興支援や孤児院たちの生活支援に使いたい。それに、今はまだ警戒を解いてはいけないと思う」

「……ですが、せっかく開かれるようになりましたので、小さくてもいいのではないかと」


 彼の意図に気付き、私の胸の内が複雑に絡み合う。


「ニコル、気遣ってくれてありがとう。でも、本当にいいの。パーティーは、あまり好きではないもの。……もし、開いた方がいいのなら、孤児院の子供たちと一緒に小さなものを開くわ」

「かしこまりました」


 別に遠慮しているわけではない。もともとパーティーにいい記憶がなかったから。

 だから、むしろ開かなくてもいいのがとてもありがたいと、前から思っている。


「では、今日はいかがなさいますか?」

「そうだね、昨日は視察もしたから、家でゆっくりしてから書類を確認したい」

「かしこまりました」

「あ、それと、そういえば今日は彼が帰る予定だよね?」

「ええ、そうです」


 そして、もう一つ。私の生活に大きな変化と言えば――。


「義姉上、ニコル、ただいま!」

「おかえりなさい、ライヤ様」

「おかえり、ライヤ。朝から元気だね」


 勢いよく開かれた扉から現れたのは、十四歳の少年だった。

 黒髪で、蜂蜜色の瞳をしている少年、ライヤ・ロートネジュ。

 旦那様の跡を継ぐために、はるばるから王都に来た分家の子供だ。


 私とニコルを見て、ライヤは急に申し訳なさそうに顔を俯かせた。


「あの、もしかすると義姉上とニコルの邪魔をしちゃった?」

「ううん、そんなことはないよ。丁度話が終わったところなの」

「そっか!」


 後ろに控えているソフィに一瞥すれば、彼女は私の意図を読み取ってくれた。

 キッチンの方に向かうソフィを確認して、首をかしげるライヤに話しかけた。


「じゃあ、今度はライヤの話を聞きたいな。騎士学校の話、聞かせてくれる?」

「もちろん! 義姉上に話したいことが沢山あるよ!」


 喜んでいる彼の姿を見て、心が温まる。自然と笑顔がこぼれた。


 ライヤは旦那様が戦争に赴いた直後、この屋敷に送られた。

 今、こうやって笑い合えるのはとても喜ばしいことだ。あの頃は笑顔どころか、彼の感情が削ぎ落された表情しか見せなかった。


 ニコルに確認をすると、どうやら竜の血を濃く受け継ぐロートネジュ家の人はそういう風に育てられたらしい。感情に呑み込まれず、力をちゃんと制御できるように、と。

 そして、私なんかよりもロートネジュ家に詳しいニコルが旦那様の代わりに彼の教育をすることになった。私にはできることがあるだろうかと悩み出すと、ニコルは「いつも通りの奥様で接してあげてください」と言われただけ。

 その時、ヴィルト様からの手紙が届いた。彼に貴族の基本を教えて欲しいという内容だった。ヴィルト様に何か目論見があると感じたが、これからのロートネジュのためにと考えると、あっても損はしないだろうと思い、二つ返事で快諾した。


 こうして、私はライヤの教育にも参加するようになった。

 最初は距離があると感じたが、それは当たり前なことだと理解した。弟のユリウスに近い年齢であるからなのか、親近感も抱いた。

 無理に距離を縮めず、変化を彼に委ねた。

 そうすると、少しずつ自然と彼の態度から固さが抜け落ちた。


 決定打は呼び方だった。

 彼は書類上、旦那様と私の養子になっている。年齢のこともあり、どうやら彼は私を母と呼ぶのに対して抵抗感を抱いたようだ。既に亡くなった母君のことを思うと、罪悪感を抱くそうだ。

 申し訳なく打ち明けられた時に好きなように呼んでもいいと言った次の日から、彼は私を「義姉上」と呼んでくれた。同時に、私たちに心を開いてくれた。


 持ち前の明るさで、この屋敷の雰囲気が明るくなった。彼がここに来てくれたことに、心から感謝している。

 それだけではなく、ライヤはすごく器用な子だ。

 旦那様やアベル様がいないため、ヴィルト様が直々彼の剣の師匠になってくれた。週に数回宮殿に通い、そこでヴィルト様のもとで剣の修業を受けた。


 その様子を見学する機会は何回かあった。

 剣を握った瞬間、ライヤの顔から表情が抜け落ちた。そこから、素人である私にでもわかるくらいの激しい訓練に真顔で挑んだ。

 ヴィルト様も「ちゃんと感情を制御できたんだ。偉いね」と楽しそうに笑いながらライヤを褒めた。だけど、ライヤは表情を崩さず、礼だけをして私の所に戻った。


 それを見て、私は旦那様が子供を欲しがらない気持ちが少しわかった気がする。

 人間に、まして子供にはあまりにも過酷な力だと、そんな気がする。


 そんなライヤだが、王都に来てから三年後、即ち半年前から再開される王都から南西にある騎士学校に通い始めた。そこにある寮に住み、騎士としての訓練を受けた。

 そして、今日は初めての長期休暇で、彼はこうやって屋敷に戻った。


「馬に逃げられて、それを同級生と二人で追いかけたら森の中で迷子になって……ものすごく大変だった」


 温室の中、紅茶を挟みながらライヤは生き生きと騎士学校生活を話している。話したいことが沢山あるからなのか、ソフィが淹れてくれた紅茶から湯気が既に漂わなかった。

 それに気付いて、彼は慌ててそれを飲み干した。

 カップをソーサーの上に置いたら、再び語ってくれると思いきや、彼はじーっとそこから視線を逸らさない。


「ライヤ?」


 急に黙った彼に首をかしげた。

 ライヤは言い辛そうに唇を噛んだ。


「……森の中で休憩している時に、同級生に色々聞かれたんだ。義姉上について」

「あら」


 立場は立場で、様々な形で話の種になるのはよくあることだ。だけど、まさか騎士学校にまでその種が広がるとは、全く想像できなかった。


「遠くから義姉上を見たことがあるんだって。綺麗とか、年齢の割には可愛いとか、義姉上を守りたいから騎士を志したとか」

「まあ、失礼ね。でも、彼の動機になれて光栄だわ」

「義姉上は優しすぎる! 割りにってなんだよって異議を唱えたら急に黙り込んでさ」


 口を尖らせながら、ライヤは文句を垂らしている。その姿が可愛くて、ふふっと小さく笑った。

 だけど、彼の次の言葉は私を凍らせた。


「……それであいつ、義姉上が再婚する気があるのかなとか、そんなふざけたことを聞き始めてさ。……兄上のことがあるのに」


 再婚、一度も考えたことはなかった。考えるつもりもない。彼が戦争に身を投げた時にそう決心した。


(でも、そう考えだす人が現れるのはおかしくないよね。だって、私の中に流れる血は、移り気味な妖精のものだから)


 髪に結ばれた蜂蜜色のリボンを左手で弄る。

 ルナードとの戦争は三年も続いた。そして、半年前、その戦争はゼベランと暗殺を生き延びたカリオール王弟の反乱軍の勝利で終止符が打たれた。


 終戦から半年。

 即ち、彼が行方不明と発表されてから半年も経ったということだ。




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