表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/37

20


 何事もないかのように、私たちは手を繋ぎながら城下町を見回っている。

 知らない世界に夢中になり、気が付けば周りが暗くなり始めた。

 晩秋だからなのか、体感ではいつもよりも早く暗くなった気がする。それでも、城下町は賑わっている。


 いや、どうやら皆が何かを準備しているようだ。


「ランタン?」


 ある人は花の形をしているものを。ある人はフルメニアの伝統模様が描かれたものを。

 色んな種類があったが、その共通点は皆ランタンを手にしている。


「祭りの一番の見どころだ」


 彼は身を翻した。急な行動に体が僅かに硬直した。


「こっちだ」


 彼に手を引かれ、光が集まる所から離れる。

 徐々に暗闇が深くなり、どこに向かうのかは全くわからない。慣れない雰囲気に心臓が少し早くなったが、左手から伝わる温度は私を安心させる。


 彼となら大丈夫、と。


 どれくらい歩いたのかがわからないが、周りがすっかり暗くなった。

 月明かりを頼りに歩いたが、やはり心もとないものだ。いつもより警戒しながら歩いたせいなのか、息が少し上がった頃、彼は歩を止めた。


 薄ぼんやりとしか見えないが、どうやら彼は指差している……みたいだ。

 その指に従い、顔の向きを変えれば。


「わぁ……」


 目の前に広がる風景をもっとはっきり見たくて、仮面を外した。

 暗闇の中に小さな橙と黄色の光が数多に散らばっている。

 静かに、ゆらゆらと。真夜中の暖炉のような色。

 この方角、この色。


「城下町と、火ですか?」

「ああ」


 その幻想的な風景に、言葉を無くした。


「祭りの最終日に、ろうそくを灯す習慣がある」


 雰囲気を壊さないためなのか、彼の声はいつもよりも小さい。


「ゼベランは、竜の力で建国できた国だ。その竜が力を貸した理由は、一人の人間に見初められたからだ。竜は、花嫁が亡くなった後、子孫を残し、ゼベランから離れた。だが、晩秋の時期だけ、彼はここに戻ると言われている。このろうそくは彼を見送るため、『ゼベランはここにある』と彼に忘れられないために灯された」


 この美しい風景の裏にそんな寂しい理由があるとは。

 それを知ると、この光景から切なさが漂う。


「……昔の言い伝えだ。おそらく多くの人にはもう覚えていないだろう」


 彼も仮面を脱ぎ、白い吐息を吐きながら町に視線を向けた。


「祭りの終わりを、いつも皆とここから眺めている」


 追憶に浸るように、彼は静かに目蓋を閉じる。

 月に照らされたその横顔はあまりにも儚い。


 彼は、誰を思っているのだろうか。

 いつも一人でここに来たのか。それとも、大切な人と一緒に来たのか。


 そんな寂しさを漂わせた横顔だった。


「小さい頃からこの光景を見る度に、決心が固まる。ゼベランを守りたい。この国に生きる人達、子供たちの未来を守りたい」


 あまりにも、素直で一直線な想いだった。


(羨ましい)


 こんなに、綺麗な気持ちを抱ける彼に。

 こんなに、暖かい気持ちに向けられた相手に。


 涙が出そう。彼の前ではもう泣かないと決めたのに。


「あんなこと、言われてもですか?」


 可愛くないことを言った。ここでいつも通り「そうなんですね」と受け止めればいいのに。

 だけど、純粋な気持ちを目の当たりにして、納得できない気持ちが膨れ上がる。


「私には、無理です」


 思わず彼と自分を比較してしまった。

 家族を守りたい。大切な人達を守りたい。だけど、裏で陰口をする人達まで守りたいと思えるほど、私は大人ではない。

 そんなどうしようもない気持ちから目を逸らすために、「貴族だから」という口実を利用した。


 ではないと、心が壊れてしまうから。


 彼は、私を見つめる。ただただ、私を見つめる。

 背中に冷や汗が流れ、目を逸らした。

 暗闇の中でも、その視線で私の中に潜む醜さが看破されそうで、耐えられなかった。


「城下町の様子を見て、どう思うか?」

「城下町、ですか?」

「ああ」

「賑やかで、皆様が楽しそうにしています。それと、逞しく生きている、そんな印象でした」


 今日の様子を思い出しながら答えると、彼は目を細めた。


「それが、愛しいんだ」


 その短く、素朴な想いに胸が締め付けられる。


「……それに、あの噂は事実だ」


 返答を期待していない疑問に答えが与えられた。

 光源を背中にしたせいで彼の表情がはっきり見えない。


「あれは、俺が十五歳の時だった。あれは初陣で、魔獣を討伐するためにあの村に行った。任務自体は問題なく無事に終わった。だが……」


 言葉を切り、彼は顔の向きを何回か変えた。

 彼は、今どんな表情をしているのだろうか。暗闇が、とてももどかしい。

 そんな彼に相槌を打つことすらできず、私は言葉の続きを待つことしかできなかった。


「急に、あの村に住んでいる住民に襲われた」

「そんな……」

「守りたいもの達に裏切られて、絶望した。意識が飛んで、気がつけば周りは焼け野原になっていた。襲撃した人々も、無関係な住民たちも、多くの仲間も。……そして、俺を止めようとした父も」


 あまりにも重い事実に私は言葉を呑み込んだ。

 黒い手袋に覆われた己の手を見つめながら、彼は話の続きを口にする。


「後日、裏にルナードが糸を引いたと判明したが、俺にはどうでもいいことだ。村も、同僚も、父も、守りたかったものを全部、俺が殺したから。……国がそれを隠ぺいしてもな」


 隠ぺいされても、隠しきれないものがある。

 彼らの悪名はその事実を物語った。


「確かに、あの日俺は裏切られた。だが、それは国の一部に過ぎなかった。それは、彼らを見捨てる理由にはなれない」


 彼は再び町の方に視線を向けた。


「こうやって祭りの終わりを見ると実感できる。ちゃんと、守れたんだと」


 彼は目を閉じて、小さく微笑んだ。


「俺は、それだけで充分だ」


 今まで見た中で一番美しい笑顔だった。満たされたと言わんばかりの、そんな表情。


 どうしよう。

 彼が眩しすぎる。

 彼は、誰よりも柵に縛られているはずなのに。

 生まれに、経歴に、名声に。彼に付属する物のほとんどが彼を縛り付けるだけのはずなのに。


 でも、何故彼がこんなに自由に映るのだろう。


 自己完結的な愛。

 見返りがなくても、愛を与える。

 愛する喜びそのものを目撃した。


 彼の力になりたい。


 不躾にそう思った。

 理解できたとしても、納得できない気持ちは今でも変わらなかった。

 もっと感謝されるべきだ、もっと認められるべきだ。

 同時に、彼にこのままでいて欲しい。

 隣でもいい、後ろでもいい、どこでもいい。不必要と思うが、彼が己を貫く姿を支えたい。


 矛盾している気持ちは私の胸を乱す。

 乱されればされるほど、それが一つの塊になりつつある。


「……いらない話をしてしまったな。すまなかった」

「っ! そんなことは! そんなことは……全くありません」

「そうか?」

「はい。……むしろ、話してくださって、ありがとうございます」

「……そうか」


 感謝を述べると、彼は指先で私の頬をそっと触れる。ほんの少し温かくて、気持ちいい。

 いらなくはない。

 迷惑でもない。むしろ、心が喜びで踊る。

 話してくれたことに、心を開いてくれたことに。

 私を、信じてくれたことに。


「それでも、君の息抜きになれば、と思ったが……本末転倒だな」

「私の、ですか?」

「ああ」


 息が苦しい。

 お願い、やめて。これ以上、私の気持ちをかき乱さないで。

 形が。感情の形が、はっきりになってしまうから。


 直感が私に語る。

 その塊の正体に気づくべきではない。自覚すると、今のぬるま湯のような心地よい関係に波が立つ。

 そして、出来上がったとしても、その塊に未来がないから。そんな塊を、今度はどこに捨てればいいのだろうか。


「それと、これ」


 彼は包みを差し出している。首を傾げながらそれを受け取った。


(軽い……なんだろう?)


 その中身を覗いた瞬間、心臓が止まった。震える手で、その中身を取り出す。

 それは、一本の黄色いリボンだ。

 月の光を反射するそれは、昼と違う美しさを放っている。


「君が、あまりにも一心にそれを見つめたから」


 気づかれたんだ。あの時、私の心を奪ったものは赤でも橙でも青でもない。

 彼の瞳の色を連想させる、透明感のある蜂蜜色だった。


 だが、それを買おうとは微塵も思っていなかった。

 あの店主の話を聞かなくても、おそらく青系統の物を選んだのだろう。


 今までの私みたいに。


「青、ではなくても……いいんですか?」


 苦しい。喉が熱くて痛い。

 震えている声で、意味不明な質問をした。

 今まではそれしかない。青しかない。私の人生には「青」以外の選択肢が存在しない。

 それが自然で当たり前だと思った。今日だって、嫁いだ時に持ってきた服や手袋の青で固められている。


 でも、最近違う意識が芽生え始めた。気付いたけど、一生懸命その事実から目を逸らした。


「……青ではないといけないのか?」


 彼の返答に、私は首を横に振った。

 そうか、そうなんだ。

 もう、青である必要はないんだ。


「そんなことは、ないです」


 顔が熱い。心臓が破裂しそうだ。

 塊の形が、完成してしまった。


「いやだったのか?」


 ずるい。本当に、この人はずるい。

 そんなの、決まっているでしょう。


「……好きです」


 ああ、懲りないものだな。

 私は、本当にバカだな。いつも、いつも、同じ失敗を繰り返すばかりではないか。


「黄色が、とても好きです」


 また、報われない恋に落ちてしまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ