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婚約破棄系統

虐げられた令嬢が溺愛されるお伽噺を聞かされた夫人の選択

作者: 美香

本当に虐げられた令嬢の設定って、真面目に考えたら救い様が無い気がします……。

 彼女に「里帰りしてくれ」と頼んだのは夫だった。騎士の道を選んだ彼は第二研修で3年、辺境に行かねばならない。第一研修の1年間は共に居られ、夫婦として特に問題が無かった2人の間には新たな命が宿っていた。

 初の妊娠で慣れない辺境に一緒に行くのは不安が大きい。しかし慣れ親しんだ我が家とは言え、身重の妻を1人残すのも同じくらい不安が大きい。長男でない夫もその夫に嫁いだ彼女も家を出ているが、どちらも決して家族と仲が悪い訳ではない。故にどちらも相談すれば、快く「家に来なさい」と言ってくれるだろう。


 何事もなければ。


 彼の実家は家を継ぐ長男夫婦が今、双子を宿していると判明しててんやわんや、双子の妊娠は出産含めて、かなり危険なものだからだ。長男の妻の実家までの道のりを馬車を使うのも危ないと、里帰りも出来ていない。……3回目の妊娠となる為、妊娠に慣れているし、育児もあるしで元々予定になかった事が幸いだとさえなっている。そんな環境で彼女まで引き受ける等、流石に難しい事は分かり切っていた。

 それに夫の家族は妻にとっては気を遣う対象だ。そもそもそれよりも自身の実家に頼った方が心身共に安らぐ筈だと考えた夫は自身が辺境から帰って来るまで、里帰りしないかと提案したのは自然の流れだった。しかし。


 彼女はそれを嫌がった。


 正直、嫌がるとは思わなかった夫は驚いたし、訳も分からなかったが、事は彼女の身体に関わる事で、新たな命に関わる事だ、懸命に説得した。否、頼み込んだ、と言うのが正解だったかも知れない。結局、初めての妊娠で1人きりも慣れない辺境での生活は彼女自身も不安があった事もあり、最後には引き受けてくれたのだ。

 ホッとして早速準備を、と考えた夫だったが、彼女は夫の出発を見送りたいと希望したので、結局、夫は彼女の里帰りを見送る事にはならなかった。







 3年経った。辺境での研修は厳しく、情報規制等の訓練より辺境から手紙を書く事も出来なかった。代わりに彼女からは手紙は沢山やって来た。返事を書く事は出来なかった。逆にそれが許される時は悪い意味で特別な時だけだ。もし彼女が共に辺境に来ていれば、絶対に巻き込まれるルールであった。やはり初めてでなくとも、妊婦を連れて来る等、正気では無かっただろう。

 3年の内に子は生まれ、可愛盛りに育っている筈で、漸く帰還出来た彼は嬉しくて堪らなかった。帰還時期に合わせて(出発時に教えられる)、彼女はいち早く帰って来てくれていたので、より嬉しかった。


 そんな彼は知らない。


 実の処、彼女が里帰りしていなかった事を。彼女は訳ありの妊婦の為の、教会の妊婦一時預かり制度を利用した事を。

 そして彼は一生知る事は無い。家族仲の良い妻の実家に隠されていた真実を。








 彼女がまだ幼い頃、彼女の母は死んだ。その2年後、後妻が来た。彼女からすれば継母となる。継母は若く、父の年齢を考えると釣り合うとは言えなかった。これで父よりもずっと身分が低いならば話も分かるが、そう言う訳でもない。

 しかしそう言った事実に気付ける様な年ではなかった彼女は、継母に懐き、継母も可愛がってくれた。父も年の離れた妻が可愛かった様で、随分と溺愛していた。


 そんな彼女があるお伽噺を語ってくれた。


 それは虐げられた令嬢が婚姻後、夫に溺愛されるお伽噺だ。当主だった母親の死。葬式も禄に挙げず、一月もせずに婿入りの父親が再婚。再婚相手とその連れ子の異母妹。……ほぼ乗っ取りだ。本来ならば跡継ぎである令嬢はどんどん追い遣られた。

 母親の形見も、令嬢のドレスもアクセサリーも奪われて、身なりも整えてくれるメイドもいない。一応、死なない程度に食事を与えられたが栄養が足りず、ガリガリでみすぼらしい身体だった。

 そんな彼女は母親が亡くなる前に婚約が決まっていたが、その婚約者は汚らしいと彼女を嫌った。そして異母妹と浮気する様になった。

 更に異母妹は姉に虐められていると婚約者に訴え出した。それを信じた婚約者は彼女との婚約を破棄した。そして、傷物になった令嬢に当主等不可能だと当主代理だった父は主張し、彼女は跡継ぎからも外され、修道院へ送られた。家は異母妹と元・婚約者のものになった。

 そしてその直後。とある領地で後妻を探す醜い男の話を聞いた継母によって、婚姻を組まれ、売り飛ばされるも同然で嫁いだ。

 しかし醜い男は令嬢を溺愛した。令嬢は漸く幸せを得た。そう遠くない内に跡継ぎを宿すだろう。


 内容としてはこんな感じのものだった。何度も語られたので覚えている。そして意味が理解出来る様になった頃、継母は女の子を産み、それと同時にお伽噺の最後の結びが「しかし醜い男は令嬢を溺愛した。やがて令嬢は跡継ぎを産んだ。令嬢は漸く幸せを得た。」に変わった。


 戦慄した。


 彼女からすれば継母に当たる女性が、継子を虐める話をしている。それから彼女の父。彼女の父は顔に傷がある。若い頃にヤンチャした為だ。そして令嬢の多くは傷を苦手とする。傷がある顔を醜いと言う事も決して珍しくない。


 後妻。醜い男に愛される。跡継ぎ。出産。跡継ぎに有利なのは男子……。


 幾つかの符号が不安を想起させる。何気なさを装って、継母の実家に付いて確認した。


 継母の父は婿養子となり、当主となっていた。先代当主の血を引く夫人が若くして亡くなった。この時の継母は赤ん坊。継母が5つの時、父が再婚。相手も再婚で連れ子が居た。その子も女の子だった。

 跡継ぎに有利なのは男子。どちらも女の子ならば、余程当主に向かないと判断されたり、当人が跡継ぎを嫌がったりしない限りは継母が婿を取り継ぐだろう。そうでなくても、両親の様に婿養子を取って、相手に当主になってもらい、自身は当主夫人になった筈だ。


 けれど……、家を継いだのは妹。


 詳細は分からないが、妹は婿を取っていた。その婿の容姿はお伽噺の虐げられた令嬢の元婚約者と同じ特徴を持っている。尚、その一方で継母は婚約者すら居なかった。代わりに修道院にも入っていない。それから嫁いだ時の継母にみすぼらしい等と思わなかった。若く、美しかった。


 お伽噺と重なる符号。お伽噺と重ならない符号。お伽噺の結末。それは彼女にとって、恐怖だった。そしてそんな継母をデロデロに溺愛する父が頼りにならない事に命の危機を感じた。

 ………冷静であれば、考え過ぎだとも思っただろう。彼女を冷遇するなど父が許しても、母方の親族が許さない。家政の為の再婚相手の継母よりも、政略結婚相手であった実母の方が、その価値は重いのだから。

 故にあのお伽噺の様な事は普通に起こらない。あのお伽噺に於いては母が当主で、虐げられた令嬢が跡継ぎ、だからこその代理の父だ。当主が亡くなったのに葬式もしないなどと、より親族が黙っていない。

 もし親族が黙っている様ならそもそも一族そのものが異常事態になっている。お伽噺に出てきた様な金遣いが荒い再婚相手がどうこうする前に家が潰れてる事も有り得るだろう。

 継母は単に妄想好きで、ちょっと考えが足りないだけの女性だったのかもしれない。そう片付けても良かった筈だった。まあ、そう片付けるのが正解だったとは言えないが、何にせよ思春期に一緒の家で暮らしていれば、そう冷静になれなかったのも分かる。だから彼女は「家を継がない」と決断し、それを早い内から主張し、実際、家を出たのだ。

 そしてその認識を改める機会も無かった。そして妊娠した。初めての妊娠で彼女はナーバスになっていた。心理的に里帰り出来なかったのも分かるだろう。

 況してや継母の血を引く妹は当主、或いは当主夫人になる訳で、そろそろ婚約者が居ても可笑しくないが、まだ婚約していない。中々にデリケートだ。そこに妊娠した、本来の跡継ぎがやって来たらどうなるか。薄氷を踏む感覚で仲の良い家族を演じて来た彼女はそれが恐ろしい。

 とにかく大きな問題が起こらない様に動いて来たのだ。余計な刺激を生みたくないからと、彼女は夫にも何も伝えていない。それ処か嘘を吐き、騙している。それが何時まで通用するか分からない。


 だが一番の疑問はそこではない。


 歪なのは彼女か、継母か、双方か。


 真実は誰にも分からない。

お読み頂きありがとうございます。大感謝です!

前作への評価、ブグマ、イイネ、大変嬉しく思います。重ね重ねありがとうございます。

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