99,乗り込むのではありません
翌日。私はランサと共にツェシャ領に帰ることになった。
ランサに「急ごう」と言われた私は、それまで見せなかった男装をして馬に乗ることにした。
屋敷の前で皆様が見送って下さる。
アグウィ伯爵やドゥル様がランサと何かを話していると、エデ様が私の元へやって来た。
「お義姉様。今度またお茶をしましょう?」
「是非」
ドゥル様に言いたかった事が言えたエデ様は、翌日にはとてもすっきりした表情をされていた。
その様子を見て私もホッとしていると、エデ様はニコリと笑みを浮かべてそっと私の耳元へ口を寄せた。
「お義姉様と子育て話ができるの、楽しみにしていますね」
「っ…!?」
がばりとエデ様を見ると、心底楽しそうな笑みを浮かべている。
…本当にこの兄妹は。
私の周囲は皆、話を先へ先へと進めすぎだと今回は本当によく感じた。
これは改めた方がいい。ランサにも改めてちゃんと言わないと。
ひそかにそんな決意をして、私達はツェシャ領へと帰ることにした。
ツェシャ領へと帰った私達だけど、続けてセルケイ公爵家の夜会へ参加する為の準備に追われた。
王家の夜会に参加するって時ほどの緊張はない。だけど代わりに、エデ様やドゥル様の顔が浮かんで身が引き締まる。
昼間は準備と合わせてシスやセルカ達との時間ももって。夕方からはランサとの時間を過ごす。
そんな日が過ぎて、私達はセルケイ公爵家が治める地、クールイ領へ向けて出発した。
ツェシャ領から南へ進んだ所にあるクールイ領は、南が海に、東がカランサ国に面している。
この地の国境警備隊は海と陸の両方を警戒している。
クールイ領はカランサ国に接しているけれど、国境沿いは山と湿地で、越えるのも危険だから人は近づかない。
だから必然、カランサ国側の人や商隊はツェシャ領を通る。勿論クールイ領でも不法入国の警戒はしている。
そんなクールイ領へやって来た。
中心地から海は見えない。もう一つ南の町からは海が見えるそうだ。町全体の建物の壁は白くて、太陽の光に眩しく輝いている。
「シャルドゥカの治める地も海沿いだ。あちらは建物が色とりどりであまり見ない光景だ」
「そうなんだ。行ったことあるの?」
「あぁ。何度か演習にな」
同じ辺境伯家はずっと交流があるのかな…。シャルドゥカ様を思い出すと珍しいランサの表情も思い出して頬が緩む。
今の私は男装姿で馬に乗っている。これは昨夜のランサとの話し合いで決まったことだった。
『公爵家に行くのにそれは駄目。私は反対』
『モク家なら俺もそうする。あそこは王妹殿下がいらっしゃるからな。だがセルケイ家は問題ない』
『どうして? …ランサはセルケイ公爵と親しいの?』
『いや。ただ…セルケイ家はミシュリー夫人が育った家だ。だから問題ない』
…それの何が問題ない、なのかは私には分からなかった。
ミシュリー夫人はセルケイ公爵の一番最初の子供であり、ダルク様と、ローレン殿下の婚約者であるレイウィ様の姉君である。今は、アーグン公爵家御子息でありガルポ騎士団長の兄君の妻。
その方には、私も王家の夜会で少しだけ言葉を交わした。公爵家の令嬢であり、次期公爵夫人として、とても気品を感じる方だった。
寧ろ、馬車の方がいいんじゃないかと思うけれど、ランサはどこか確信あるような目をしていて、ヴァンやバールートさんも怪訝な様子だった。
『俺は…子供の頃から殿下とも交流があったから、殿下と親しい公爵家の御子息や御令嬢の事は少し知っている。おおっぴらに遊ぶ事は本当に少なかったが、ミシュリー夫人は…うん。とても活発というか…強い人だから。セルケイ公爵もそういうご息女を見て望むままにさせていた方だから、リーレイの事も咎めない。それで俺への評価を下げる程、セルケイ公爵は浅慮な方ではない。それに、知っておいてもらう方が、今回は動きやすいかもしれない』
少し気になるところはあったけれど、ランサが問題ないとする理由は分かった。それに今回の事態に対する対応でもあるということも。
だから私も私なりに考えてランサの判断に従うことにした。
ランサは色んな人を見て。色んな考えを持って。そして自分の答えを出す。私も見習わないと。
そう思ってランサを見ると、不思議そうに首を傾げ、不意に口角を上げた。
「一緒の馬に乗りたいか? おいで」
「!? 大丈夫です…!」
思わずぎゅっと手綱を握った。
すぐに視線を逸らすと「そうか」ってどうしてか笑みを含んだ声が聞こえた。
馬を進めた私達は町の中を進み、セルケイ公爵邸へとやって来た。
上品で風格漂う屋敷。私まで馬である事に、馬を引き取った使用人には驚かれたけれど、教育が行き届いているようで何も言わず下がった。
そして私達は、セルケイ公爵家の方々に出迎えられた。
セルケイ公爵は父様よりも年上で、落ち着いた風貌の方。その隣に立つ見るからに育ちの良い御子息ダルク様。ダルク様は領地に戻っておられたんだ…。
「よくお越しくださいました。クンツェ辺境伯」
「お招き下さり感謝いたします。セルケイ公爵」
両家の当主が握手を交わす。
私もお二人には王家の夜会で一度ご挨拶をさせていただいている。私もセルケイ公爵に頭を下げると、セルケイ公爵はその眼差しを優し気にさせて私を見た。
「お久しぶりです。しかし…以前お会いした時とは見間違うお姿をされておりますな。辺境領よりここまで、そのまま?」
「はい。馬には慣れておりますので」
ランサが良いとしてくれたなら、私もおっかなびっくりにならず、堂々とあろう。
甘えてはいけない。私が頷きそれを実行しているのだから。
隣で堂々とあるため――
セルケイ公爵は「ほぉ」と声を漏らし、ダルク様は私を見てからランサを見る。
少しだけ緊張していると、それを見抜いたように隣の腕に抱き寄せられた。
「逞しい婚約者でしょう? 翼が生えているように好きに駆けてしまって、捕まえるのはなかなか難しいですが、そんな生き生きとした姿に惚れてしまいましたので、こればかりは止めさせたくないのです」
惚気と羞恥で頬に熱が集まる。
さらさら告げたランサには、セルケイ公爵も一瞬虚を突かれ、そしてすぐに笑った。そんな父の隣でダルク様は少々眉間に皺を寄せてしまわれる。
「いやはや。逞しい女性にはヒヤヒヤしつつも止めろと言えない。そのお気持ちには同感です」
「おや。公爵にもお心当たりが?」
「クンツェ辺境伯なら私の上の娘の事は御存知でしょう? さながら子を守る母のような娘を見ていれば、耐性はつきますとも」
何かを知っているらしいランサとセルケイ公爵は、顔を合わせてクツクツと喉を震わせた。
…一体どういう話なんだろう。私みたいに馬もこなす方なのかな?
思い当たる一面を知らない私がちらりとダルク様に視線を向けると、笑っている隣の二人とは違い額に手を当てていた。何やらご苦労があるらしい…。
「クンツェ辺境伯。リーレイ様。どうぞ中へ」
「えぇ。その前にセルケイ公爵。私や護衛達の帯剣をお許しいただけないでしょうか? 出来ぬなら護衛は外に控えさせますので」
「いえいえ。どうぞ」
躊躇も考えることもない許可に、ランサも礼を返す。
私達は敷地内の客棟へ通された。遠地からやって来てすでに滞在している方もいるらしい。
私の部屋。ランサの部屋。ヴァンとバールートさんの部屋。エレンさんは私の部屋で一緒。また侍女のように身支度等の助けをしてくれる。
夜会用のドレスは客棟のメイド達にも手伝ってもらう事になるけれど…。
エレンさんと一緒に少しだけ部屋でのんびりしていると…
「リーレイ」
「将軍。ノックを」
いつかのように、ノックなしにランサがやって来た。
私はもう慣れているけれど、エレンさんはすぐさま注意をする。…「そうだったな」ってランサはそれすらすぐに流した。うん。これは多分直らないかな。
「どうしたの?」
「階を見回っていると会った」
さらっと危機意識を見せながらも、そう言ってどうしてか笑みを浮かべるランサの後ろから、ひょいと顔を覗かせたのは…
「お姉様。お久しぶりです」
「久しぶり、リーレイ」
「リラン!? スイ様まで!」
王都にいるはずの妹と、滅多に会うことのない従妹。
驚いて立ち上がる私の元に、ランサと二人がやって来る。間違いなく二人だけどどうして…。
ひとまず、リランとスイ様をソファに促すと、すぐにエレンさんはスッと立ち上がって身を引いた。私の隣にはランサが座る。
「どうしてここに?」
「お父様と叔父様の勧めで、夜会に参加してみてはどうかと」
「…もしかして縁談の?」
「はい。一人は不安だと叔父様が仰られて、それでスイ様が手を上げて下さったのです」
そうだったんだ…。
驚いてしまったけど、二人に会えたのは嬉しい。
スイ様の事は王家の夜会でランサにも紹介済み。スイ様はすでに侯爵家の夫人だから、ランサも丁寧に接していた。
「スイ様。旦那様は?」
「いないわ。私だけ。だって目的はリランの相手に会う事だもの」
「…そうなのですね」
スイ様…頼もしいです。リランにもきっと心強い相手だ。
二人が「見極めるのよ」「はい」と意気投合しているみたい。ホッとするけれど、なんだろうこの感情は。
「あ。そうだ、せっかくですしヴァンを呼びましょう。スイ様、会われていませんよね?」
「そうなの! 前も会わずじまいだったのよ」
「エレン。ヴァンを呼んできてくれ」
「分かりました」
ランサがすぐにエレンさんに命じると、エレンさんはすぐに部屋を出た。
ヴァンもきっと驚くだろうな。ちょっと楽しみ。
ヴァンが来るまでの間、昔話に花が咲く…と思っていたのだけど…
「クンツェ辺境伯様。そちらでのリーレイはどんな風かしら? ずっと王都で暮らしていたから貴族には慣れないと思うのだけど」
「当初からとても頑張ってくれている。全て変えろと言うつもりなど毛頭ないから、リーレイのまま好きにしてくれればそれで俺は十分だ」
「あら。では当然、リーレイを大切にしてくださると、思っていていいのよね? 私の大事な姉なのだもの」
「勿論。夫人の姉を傷つけるような事はしない」
ちょっと怖くて。でも想ってくれているのが分かる二人の会話。
…うん。嬉しいんだけど。
「スイ様。大丈夫です。お姉様が真っ赤になるなんてお姿、私もお義兄様でしか見ていませんから」
「あら。なら安心ね。ねぇ? リーレイ。クンツェ辺境伯様の事、好き?」
「っ…!?」
「それは俺も是非聞きたい。リーレイ」
いきなりすぎるスイ様の笑顔の問いに、私は一瞬言葉がなくなる。
それ本人の前で聞く事ですか!? ランサもこっちを見ないでほしい…!
何か言わないとと思うのに言葉が出て来ない。だんだんと全身が熱くなる。
「お嬢呼びましたー? ってあれ。スイ様じゃないです?」
「ヴァン助けてっ…!」
「え。なんで盾にされるんです? なんか視線が刺さって来るんですけど」
「ヴァン。そこを退け」
「退きたいけど退けられないんです。ランサ様楽しんでるんだか睨んでるんだか分かんない目やめてくれません?」
私の助けはヴァンだけだ。
お願いだから動かないで! ランサにだけ伝えるなら頑張るけれど、いきなりスイ様やリランもいる場所でなんて言えないっ!




