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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
招待と調査編

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98/258

98,すれ違いを正しましょう

 静かな室内でランサの声だけが耳に入る。


「その人物が絵を入手した町は三か所。王都。セルケイ公爵家の領地。ビレーヌ伯爵家の領地。断定はできないがこのどこかに元がある可能性はある」


「王都は僕も調べてみましたが…。それらしい家も人も場所もありませんでした」


 王都と領地を調べていたドゥル様はランサの言葉に続けた。それを受けてランサも頷く。

 そしてその視線は一瞬鋭く、アグウィ伯爵を見た。


「アグウィ伯爵。当然領地はくまなくお調べになられましたよね?」


「ランサ…!?」


 まるで、スンシュ領も候補地であるかのような鋭い声音。思わずランサを呼ぶけれどその空気は変わらない。


 ランサの視線に、アグウィ伯爵はまっすぐ、確かに頷いた。


「最も怪しいのはスンシュ領ですから。いの一番に」


「そうですか」


 思わず、ランサの服をきゅっと掴んでしまった。するとランサは少し困ったような顔を見せる。

 そんな私達にアグウィ伯爵の穏やかな声が聞こえた。


「リーレイ様。ランサ様のお言葉は正しいですので、お気になさらず」


「…はい」


「なにせ贋作とはいえ、作るにはそれなりの腕が要りますから」


 そうだ…。適当に素人が作ればいいわけじゃない。


 私はそこまで考えていなかった。エデ様の嫁ぎ先で、ドゥル様もアグウィ伯爵夫妻も良い方で…。

 だけどランサは違う。しかと可能性を考えていた。


 …駄目だな。自分の印象で判断してしまって。しっかりしないと。


 切り替えて考える。

 個人的にそれだけの腕があって行っている可能性もある。だけど、売りさばいていくとなると一人では難しい。貴族かそれなりの暮らしの者が関わっている可能性もある。


「…ってか、王都以外国境沿いじゃないですか」


「だからランサ様がこうやって動いてるんですよ、ヴァンさん」


「見つけた以上放ってはおけませんから」


 そうか。ランサの動きにはそういう理由もあるんだ。

 国境において起こった事を辺境伯が無視するわけにはいかない。何より見つけたのはランサだ。


「だが、いくら国境沿いとはいえ俺が探し回るわけにはいかない。関所案件になれば俺が出られたが、生憎とどちらもそうできない」


 ランサは思案する様子を見せる。


ツェシャ領の南にあるビレーヌ伯爵家の領地。その南にあるセルケイ公爵家の領地。どちらの領地も国境を守るのは国境警備隊。

どちらの領地も岩山や湿地が原因で関所はない。もしも関所があってそこで贋作が見つかっていれば、国境警備隊からランサに報告が上がっただろう。


辺境伯とはいえ有事でもなく他領で勝手はできない。今回は、国境沿いで動ける案件じゃなく、領内の事になる。


「…ねぇランサ。仮にセルケイ公爵家のどこかだとしても…それなら領地でも贋作は出回っている可能性があるよね? 公爵家なら目の良い鑑定士がいると思うんだけど」


「確かに可能性はあるな。…ティウィル公爵家には鑑定士がいるのか?」


「うーん…。ヴァン」


「いますよ。そういう作品の管理もやってましたね。あ。俺は芸術そっち方面からっきしなんで」


 うん。そう思う。

 素直に頷くと「素直すぎて嬉しくないです」って言われた。頷いただけなのに…。


「どちらの領地で作られていても、隣り合う領地だ。贋作がここよりは出回っている可能性がある。ただ…ビレーヌ伯爵と共に公爵領を調べるには、まずそれなりの確証が欲しい。相手が大きすぎる」


 国を支える五家の一家。相手にするには慎重になる。

 だけど、言える事もある。


「セルケイ公爵家が関わっている可能性は低いと思う。もしそうなら、絶対に四家が黙ってない」


 そう言うと皆も頷いた。


 五家は睨み合っている。他家に干渉関与しない代わりに、私利私欲は許さない。

 国を支え。王家と共に歩んで来た誇り高い家。能力を持ち、それを国と民の為に使う人達。

 つまり、公爵家も知らない領内での事案である可能性がある。だけどそれなら、セルケイ公爵家はまだ把握していないって事になる。


 そういう事はあるのかな…と考える私の隣で、ランサが断定する声音で告げた。


「それを確かめる方法ならある」


「どんな?」


「セルケイ公爵家から夜会の招待状が来ている。隣の領地ならビレーヌ伯爵も恐らく招待は受けているだろう。直接乗り込んでどちらも探ることができる」


 さらっと言うランサに一瞬何て言えばいいのか迷った。

 …うん。乗り込んで……うん、そうだね。もうちょっと穏便でもいいかな。その言い方じゃまるでセルケイ公爵家が主犯みたいだ。無関係だと思うけど。


「今…ランサ様『将軍』状態ですね」


「ですね。貴族抜けてます」


「抜けていないが?」


 バールートさんとヴァンがぼそりと言った言葉もちゃんとランサには聞こえていたみたい。

 何を言ってるんだと言いたげな声音に、二人は「なんでも」って声を揃えた。


 さして気にもせず、ランサはその視線をすぐにアグウィ伯爵とドゥル様に向けた。


「その夜会に参加し、少し探りを入れます。アグウィ伯爵とドゥル殿は、スンシュ領と王都に出回る贋作を出来るだけ回収してください。後に証拠として提出したい」


「分かりました」


「お兄様。その夜会に私も…」


「いけません、エデ様」


 身を乗り出しかけたエデ様をメイドがぴしゃりと止めた。荒げる事は無いけれど強い声音には、エデ様も口を閉ざしてその人を見る。

 フレアと呼ばれていたその人は、まっすぐと、だけどどこか心配そうにエデ様を見ていた。


 きゅっと膝の上で拳をつくるエデ様。ドゥル様もそんなエデ様を見つめる。

 ランサもまた、じっとエデ様を見つめた。


「エデ」


「はい。お兄様」


「お前が、指導するのだとリーレイに茶会の招待状を送ってきた時から、呼び寄せた事には少し疑問に思っていた。そして報告を受けてさらに疑問を持った。先程エレンから報告を受けたが、ドゥル殿の不義を疑っていたらしいな」


 ピクリとエデ様が肩を跳ねさせた。そんな様子に、隣のドゥル様が眉を下げる。

 アグウィ伯爵夫妻もどこか心配そうに息子夫婦を見つめ、ラレットとアミーレもすまなそうに眉を下げる。


 そこを説明しないと、私達が夜に出て行った理由が言えなかった。だから今の私には何も言えない。

 こっそり調べるつもりが、思いもよらない形になってしまった。


 きゅっと拳をつくり、身体に力が入るエデ様に、ランサは声音を柔らかくして続けた。


「エデ。お前は父上に似てお転婆で活発だ。…そういうお前だから疑問だった。そんな疑心を持ったならドゥル殿を問い詰めるか、自分一人で調べてもおかしくない。なぜ、リーレイを招いて協力させた? 頼ってくれたのなら俺も嬉しいが、お前には一人で調べられない何か理由があるんじゃないのか? ただの俺の考えすぎか?」


 だんだんとエデ様が目を瞠る。その様子にドゥル様が「エデ…」と不安げな声で呼びかけた。


 私もエデ様を見る。エデ様の様子から何かあるのだとは分かる。

 だけど何が…? まさか…不調? 病?

 そういえばエデ様、夕食でも少食だったような…。茶会をしてもあまり菓子には手をつけていなかった気がする。エデ様が今好まれているお茶だって、確かモク公爵家の…。


 でもそれなら寧ろ、フレアは「早く伝えるべきだ」と言わないかな? 命に関わればアグウィ伯爵家の問題だ。

 ドゥル様は一人息子で、エデ様との間に御子はない。つまりドゥル様以降の跡取りが居ない。妻であるエデ様の命に関わると、それは大事で…。


 ……ん?

 自分の考えにふと沸き上がった疑問。


 キュッと唇を引き結んだエデ様と、不安げなドゥル様。

 そんなお二人を見て私はそっと席を立った。「リーレイ?」と隣から声がかかるけれど、そっとエデ様の傍で膝を折り、怪訝な様子を見せるエデ様の耳元にそっと口を寄せた。


 こそりと告げると、エデ様はハッと驚いたお顔で私を見る。


「…お義姉様。どうしてお分かりに…?」


「病なら、フレアはわざわざドゥル様にそんな事を言わないだろうと。ですがエデ様。そんなお身体で夜に出歩くのはさすがに怒ります。きちんと労わってください」


「…ごめんなさい」


 とても反省なさっているみたいでいつもの威勢がない。

 だけどどうしても嬉しさが出てしまうから、私も頬が緩んだ。


「エデ。リーレイ様。あの…どういう…」


 困った顔をするドゥル様を見て、私はエデ様に一つ頷いた。

 不安で。疑心で。言い出せなかったエデ様は、私を見てゆっくり頷くと、ドゥル様に向き直った。それを見て私はランサの隣へ座る。


「エデ。どこか…悪いの…?」


「いいえ。ドゥル様。…本当は、もっと早くお伝えしたかったのですが、これほど遅れてしまって申し訳ありません」


「いや。それは僕が悪いんだよね? 何?」


「…その……子が出来ました」


 少し照れくさそうに言うエデ様に、刹那室内から音が消えた。

 ランサも少し驚いているみたい。パッとすぐに表情を嬉しくさせるのはアグウィ伯爵夫妻。


「おー。おめでとうございますエデ様。でも、それで今夜のみたいなのは駄目ですね」


「おめでとうございます。以下はヴァンさんに同意です」


「身に沁みたから…。それ以上言わないで」


 ヴァンとエレンさんの祝いと諫めの言葉にはエデ様も唇を尖らせる。

 二人から視線を逸らしたエデ様は、まだ何も言ってくれない夫に視線を向け……ギョッとされた。


 ドゥル様は顔を真っ青にさせていた。


「ドゥル様…!?」


「ほ…本当に大丈夫…? 走ったり冷えたり…あぁごめん。僕が何も気付かなくて心労ばかりかけて本当にごめんっ。なんてことを…!」


「だっ大丈夫ですから!」


 ドゥル様が顔を覆って小さくなっていく。自己嫌悪に陥っていく姿にさすがにエデ様も狼狽えていらっしゃる。

 …エデ様もあんな様子があるんだなって、強い一面を見てきたからこそ少し微笑ましく思う。


 私の隣ではエデ様の行動に言葉も出ないのか、片手で顔を覆ってランサが天を仰いでいる。

 …お兄さんも心労が。


 小さくなる夫に、とうとうエデ様が声を上げた。


「ドゥル様! 喜んでくださらないの!?」


「嬉しいよとっても! いやでもね…!」


「もう結構! 子が出来たと告げた妻にはその一言で十分です!」


 エデ様の眉を吊り上げたお怒り気味の一言には、どうしてか笑みがこぼれてしまった。

 …んだけど、ランサ「そうなのか…成程」って君は何を一人で呟いてるのかな?


 気の強い妻と気弱な夫には、ラレットさんとアミーレさんもクスクスと笑い。アグウィ伯爵夫妻も笑う。フレアもどこかホッとしたような顔をしていて、やっと謎も疑惑も解けて優しくて穏やかな空気に包まれた。






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