94,義妹は疑心の中なのです
「お義姉様。私からもお話があるのです」
互いの会話を楽しみ、それが落ち着いた頃。エデ様が真剣な目で私を見てそう言った。
その眼差しを受けとめる。改まった様子に少し背筋が伸びる。「何でしょう」と問うと、エデ様は少し瞼を震わせた。
「その…ドゥル様の事でご相談があるのです」
「ドゥル様…?」
思っていない名前に少し驚く。
私は詳しくドゥル様を存じ上げない。夜会で少しお話した内容や口調、物腰からどんな方なのか想像するくらい。
ランサが言うには、ドゥル様は現在、城の中で宝物の保管や管理、美術品や骨董品に関する役職に就いているらしい。優れた目をお持ちなんだろう。
「彼、今日のお昼にはスンシュ領へ帰って来るんです」
「そうなのですか? お二人で過ごせる時間ができますね」
「えぇ…。ですが、今日以外にも度々、王都からこっちへ戻っていて…」
エデ様の言葉に少し首を傾げた。そんな私の前でエデ様は一度深呼吸をすると、詳しく話して下さった。
お二人は最近まで王都の屋敷で共に過ごしていたらしい。城に勤めるドゥル様と妻であるエデ様。二人は使用人達と王都の屋敷で過ごし、長期で休みが取れた時や年始には領地へ帰って来る。そういうふうに過ごしていたそうだ。
「ですが、三月程前から、ドゥル様は一人で領地へ戻る事が増えました。私も同行を申し出たのですが、用事があるだけだと言って止められました。何度も行き来する彼を見て私…居ても立っても居られなくて、こっちへ帰って来たんです。そして皆に聞いたのですが、ドゥル様…こちらでも出かける事がほとんどで、行先も皆知らないそうなのです」
エデ様の視線と声音が下がっていく。
成程…。ドゥル様にも勿論個人的なお付き合いはあるだろう。自分が育った領地なのだから、友人だっているだろうし。
だけど、エデ様の気持ちも分かる。何も言ってもらえないのは少し…寂しい。エデ様もきっとそう思って…
「…浮気じゃないかしら」
「へ…?」
「お義姉様。その言葉はよくないわ」
「すみません…」
不安一転、ぴしゃりと窘められる。
どうやら、私の想像とは違った事を考えていらしたみたい。驚きすぎて言葉が出て来ない。
私も推測だけで言うわけにはいかない。だけど、ドゥル様は夜会でもエデ様のお傍で優しい目をして。とても大切に想っているように見えた。思い出してもとてもそんな事をするとは思えない。
「まさか…」
「私だって! 信じたくは…ないのです。お父様やお兄様のように一途な方もいると…。でもメイド達は「本当にあの本のように愛してくれる男性がいるんですね。羨ましいです」とか「恋人が別の女性と浮気してしかも開き直ってる」とか! 私だって学びました!」
メイド達はそんな話をしてるんですか…。それはそれで少々問題が…。
少し頭を悩ませるけれど、エデ様の言葉も解る。
私も、ランサのような男性がどこにでもいるとは思っていない。
あんなにも一途に。まっすぐに。想ってくれる人は。
誰だって誰か一人だけを生涯想えるわけじゃない。残念だけど離縁する事になったり、浮気したり、喧嘩が絶えなかったり。そういう夫婦もいる。
私も平民暮らしをしていた頃には色んな町中の夫婦を見た。喧嘩したり。笑ったり。そっけなかったり。夫婦の関係は難しい。
一番手本になったんだろう両親は、生憎と記憶に薄い。だけど父様を見ていると今も想っているのが分かる。
「確かに男女の関係は色々と複雑ですが。…ドゥル様はとてもそうとは。証拠もないですし」
「見つかる証拠なんてすぐ消してるに決まっています!」
…段々と浮気をしている前提になっている。それは駄目だ。
エデ様、信じてるんですよね?
必死な様子に私もどうしようか頭を悩ませる。
エデ様が相談してくれた悩み。「ないです」の一言では済まないし、他人事だと突き放す事もできない。
「エデ様。ではまず、男性からの第三者意見を聞いてみましょう」
このままじゃ、エデ様の思考がだんだんとドゥル様有罪で進んでしまう。それだけはまず阻止したい。
エデ様が得ている疑惑の根拠も、言ってしまえばメイド達と言う女性からの視点。今度は男性からの視点が加わる事で別の見方ができるかもしれない。
渋々と言うように頷いたエデ様に、私は離れているヴァンへ視線を向けた。…君今欠伸したね。気付いてるからね。ちょっとは隠そうとかしないのかな。
少々呆れも覚える私の視線にはエレンさんがすぐに気付いて、ヴァンに教えてくれた。
まるで、俺? って言いたげに自分を指差すヴァンに頷き、私は手招く。ヴァンはささっと来てくれた。…こういうところはちゃんとしてるよね。
「何です?」
「ヴァン。正直に教えて欲しいんだけど…」
「やはり浮気に走るのは簡単なのかしら!? こちらの想いは関係なしなの!?」
「は? 五分五分?」
…ヴァン。さらっとそんな。
あまり考えずに出たような答えに、エデ様は「ほら!」と私に身を乗り出す。…ちょっと待ってください。
ヴァンは私とエデ様を見て、コテンと首を傾げて続けた。
「まぁ…ガドゥン様とかランサ様みたいな人もいないわけじゃないと思いますよ。ただ逆もいます。常に刺激が欲しいとか。嫌いじゃないけど魔が差してとか。時間が経って冷めるとか」
「ヴァンもうやめて…」
私の心にまで痛い。耳を塞ぎたい。
いや、うん。浮気だって女性がする事もあるもんね。一概には言えない。
正直に教えてとは言ったけど…さらさら出てきすぎた。
「なんで二人してそんな顔するんです? 俺答えただけなんですけど…」
「…ヴァン。ヴァンは浮気する…?」
「俺は一途ですよ。ってか誤解を招く言い方しないでくれます?」
「ごめんなさい」
これは私が悪かった。そしてヴァンは一途だと私は信じてるからね。
ヴァンの言葉を聞いてふと思う。
ランサは一途だ。一途に想ってくれる。…浮気なんてきっとしない。もしそんな事があればきっと今のようには接してくれない。だからきっと判る。
じゃあ、私はどうなんだろう?
ランサじゃない誰かから好意を向けられた事がないから分からないけれど、好意だと分かった時どう思うだろう。
…一般的好意が未だに判りづらいんだけど。
でも今は。今は、ランサが好きだ。
そしてこれからもずっと、そうありたい。そうあり続けられるようにしたい。ランサに好きでいてもらえるように出来る事をしたい。
「お義姉様。私ははっきりさせたいのです。協力していただけませんか?」
エデ様の、ガドゥン様に似たまっすぐな強い目が私を見る。
返す言葉は決まってる。
「はい。ご協力させてください」
義姉と呼んでくれる義妹の頼み、断る理由はない。
強く頷くと、エデ様は少し安心したように表情を柔らかくした。
「ありがとうございます…」
「いえ。エデ様の疑問を他に伝えている者は?」
「いません。屋敷の皆に余計な不安は与えられませんから」
ホッとした様子だったエデ様は毅然と言った。その姿に感心の息が出た。
疑問で不安になりながらも周りの事も見えている。証拠ない疑問は広がるのも早いし、広めてしまえばドゥル様と屋敷の皆との関係に悪影響になりかねない。
「ではエデ様。ヴァンとエレンさんには伝えてもよろしいですか? 共に行動する事になりますので」
「そうですね…。分かりました」
私はエデ様の了承を得てエレンさんも呼んだ。すぐに来てくれたエレンさんとヴァンにエデ様の不安を伝える。
何も言わず聞いてくれた二人は「分かりました」とすぐに、迷いなく頷いてくれた。
調べて。そして真実が分かれば、後はご夫婦の問題。私に出来るのは調べる手伝いだけ。
頷いたエレンさんはその目をエデ様に向けて問う。
「では、どう調べますか?」
「勿論。出掛ける彼の後をつけます」
エデ様の言葉に、心なしかヴァンとエレンさんが「それでいくの?」って言いたげな顔をした。私も何とも言えない。
現行犯ということですね…。浮気なんてしていないと思いますが、もし本当だったらその方法はちょっと…。
とも思うけど、それはどうにもお伝えしづらい。
「確たる証拠、掴んでみせます!」
…エデ様。信じているんですよね?




