92,護衛官は大切な人
互いに軽く挨拶を終え、エデ様は改めて私を見た。
「今回は、社交に不慣れなリーレイ様のため他の御令嬢はお呼びしていません。お兄様の為にも、しっかりとしていただいてから他家の茶会にも参加してくださらないと、困りますから!」
「はい。頑張りますので、色々とご指導お願いします!」
がばりと頭を下げると、もうそこから「そんな下げ方をなさらない!」って御声が飛んでくる。
これは……かなり厳しく為になる事を教わる事ができるかもしれない。シスにも教わってるから酷い様は見せないと思うけど。
エデ様が御指導くださるのは偏に、ランサの為だ。兄想いの気持ちがよく伝わる。
本当に良い兄妹だな…。ランサだって「エデは根は優しい子なんだ」って言ってたし。
「ではリーレイ様。また後程」
「はい。ありがとうございます。エデ様」
礼をしてエデ様が退室なさる。
それを見送り、無意識にホッと息を吐いた。
「お嬢。早速指導されましたね? やる気落ちました?」
「まさか。寧ろ、あぁして言っていただけて。しかも私だけを相手に茶会までしてくれるなんて、ありがたいよ」
私も、ランサの婚約者としてきちんと振る舞えるようにならないと。
特に私は屋敷では好きにさせてもらっているから、社交界での振る舞いには一層気を付けないと。普段の行動が出ちゃいけない。
「エデ様は流石の振る舞いだものね…。私も普段からあぁしてみようかな…」
「リーレイ様。それはあまりお勧めできません」
考えてみた私に、遠慮がちというか困ったようにエレンさんが言った。
どうして? そう思ってエレンさんを見ると、言葉通りの表情をしていた。
「リーレイ様がそうなされてしまうと…。「リーレイが態度を変えた。なぜだ。俺に何か至らないところがあったか?」と、将軍が真剣に悩まれます」
「……そう、なりますか…?」
「なります。出会ったばかりの距離に戻ってしまうと危惧した将軍がどういう手に出るか…」
「すみませんやめますしないです。使い分けを頑張ります」
そうだった…。始まりはそこだったんだ。
今更のように思い出す。
今これを崩すと、それこそランサが何て言うか…。距離はそのままにするつもりだけど、やっぱり態度や口調を変えるのは駄目かな…。「やめてくれ」って言われそうだ。
夜会ではランサが傍に居てくれたから何とかなった。だけど、これからは女性だけの茶会なんかにも呼ばれるだろう。
まだまだ頑張らないと。
ひとまず私はエレンさんと一緒に荷物を解くことにした。
今回はエデ様のご要望で、数日滞在する事になっている。だからドレスも数着持って来た。道中の物も合わせると数があるけれど、必要なものだけ出しておく。
「エレンさんには侍女のような事までさせてしまって、すみません」
「いえ。女性の警護は必然、男性では手が回らない所がありますから。私にしかできない事ですので光栄です。それに今後の為にもなります」
「今後…?」
「はい。将軍とリーレイ様が御結婚されれば、身の回りの事をすると同時に警護も必要です。両方できれば尚良しとの事で、今は私が奥様警護の筆頭候補者です」
「おくっ…!?」
ちょっと待って! もしかしてランサの周り…辺境騎士団や屋敷の中ではそんな話が出てるの!? 私知らないよ!?
確かにドレスを着るには女性の手が必要だ。男性よりは傍に居やすいっていうのは分かるけど。
驚いて言葉も出ない私にエレンさんはクスリと笑った。
「やっ…その……まだ結婚とか…そんな話は一切…」
「そうなんですか? ですが将軍は「最速でリーレイと結婚できる時期はいつだろうか…」と、思案されているようですが?」
最早、言葉は出ない。
床に手をつく私にエレンさんは「将軍の暴走ですね」ってクスクスと笑いながら言う。
多分、その暴走を辺境騎士団の皆さんは真に受けているんだろう…。駄目だ。もう砦に行けない…。
「お嬢。エレンさん。茶を淹れましたよー。ってお嬢。何してんです?」
流石に寝室への入室は固辞したヴァンが、扉から顔を覗かせる。と、すぐに怪訝な声を向けてきた。
応える気力もない私に代わって、エレンさんが笑み混じりに答えてくれた。
「知らない間に将軍が結婚を考えていた事を知って、言葉を失くしたようです」
「え。今更?」
「!? なっ、なんでそう言うの!?」
「いやだって。夜会から戻ってすぐランサ様が「よし披露目は終えた。後は式だ」って言ってましたよ」
二度目の心臓への強烈なダメージ。グハッて食らって倒れる私にエレンさんは笑う。
私の知らない所で勝手に話が進んでいく…。どうして。
今度ランサときっちり話をしないと。
ひとまず荷を整理し終えて、私達はヴァンが淹れてくれたお茶を頂く。室内にはある程度の物が用意されているから、ヴァンはそれを使って用意してくれたんだろう。
「ヴァンが淹れたお茶なんて久しぶり…」
「そういや…そうですね」
「美味しいです」
ヴァンは護衛の仕事も出来るし、家事も一通りできる。料理だって出来る。家に居た時には一緒にやってくれたし、いつの間にかやり終えていたりして。協力しながらやっていた。
最近は護衛の姿ばかり見てるけど、こういうところは変わらなくて少し嬉しい。
その日の夕食の席。アグウィ伯爵家は私がいることもあって豪勢な料理でもてなしてくれた。
「とても美味しいです」
「お気に召してよかった」
王都での夜会以降貴族間は社交に勤しんでいる。王都にいる貴族も多いのに、アグウィ伯爵は領地の屋敷でのんびりと過ごしていらっしゃる。
王都に御子息のドゥル様がいるからそちらは任せてあるのだとしても、エデ様が領地にいる事には何か理由があるのかなとふと思った。
「クンツェ辺境伯は領地でお役目を?」
「はい。今日も厳しい警戒を騎士達とされておられます」
「クンツェ辺境伯は本当に、お若いがご立派な方だ。国の為に務めておられる事、我々も頼もしく思っております」
「ランサ様は…揺るがないまっすぐな御方ですので。本当に役目には一途に真摯に向き合っていらっしゃいます」
己の為すべき事をただひたすらに。
ランサの働きを認めて、それが自分達の為でもあるのだと、解ってくださる方がいることがとても嬉しい。
そういう方の家だからエデ様も嫁がれたのかもしれない。
そう思ってちらりとエデ様を見ると、兄を褒められ少し頬を緩めながらも、その前に置かれた料理にはあまり手をつけていないように見えた。
食の細い方なのかなと思いながらも、私はアグウィ伯爵夫妻との会話を楽しんだ。エデ様も会話に加わると一層に楽しくて、義理の御両親との関係も良いのだとすぐに見て取れた。
夕食を終えて部屋に戻った私は、寛げるドレスに着替える為に着ていたドレスを緩めた。着替えながらエレンさんに聞いてみる。
「エレンさんは、エデ様とはこれまでお会いした事はありますか?」
「いえ。私が砦を訪れてからはお見かけしたことはありません。もっとも…騎士になる為に必死な下っ端でしたので、将軍のお傍にいる人を知らなかっただけかもしれませんが」
「エレンさんは戦が終わってから直属隊に入ったんですよね? ガドゥン様がまだいらした頃ですか?」
「はい。私が入った頃はまだガドゥン様が『将軍』でした。ガドゥン様は戦が終わり半年ほどで『将軍』を降り、少ししてから隠居したと聞いています」
…ん? つまり、エデ様が嫁入りする以前にガドゥン様は引退を決め、王都へ移り住んだのか…。
ガドゥン様は引退したのが早かった。シルビ様の為でもあるけれど。
つまり、屋敷にはその頃まだランサとエデ様が二人で暮らしていたんだ。そしてその後エデ様は嫁がれた。
…明日エデ様に聞いてみたいな。
思いながら私は着替えを終え、夜を迎えた室内でしばしエレンさんとお話をした。
ヴァンは男性だし、夜だからとすでに下がっている。屋敷なら構わないのだけど、流石に他家だから振る舞いには慎重みたい。私が寝るまでの護衛はエレンさんに任せ、多分のんびりしているのかきっちりしているのかって風に護衛の役目を果たしているんだろうと思う。
「私ならまずは階の部屋の位置。どういう部屋があるのか。隣室。それから非常時用の出入り口は確認します」
「成程。どの屋敷でもですか?」
「はい。いざという時迷っては話になりませんから。護衛には重要な行動です。しないと落ち着きません」
「エレンさんは、ランサの遠出に同行したことは?」
「ありません。今回が初めてです。今言った確認はすでに終えてますからご心配なく」
流石です…。エレンさんもランサに鍛えられたんだなって感じる。ランサの危機意識がしっかり伝わってるから。
ヴァンもそういう事は叔父様に習ったのかな? 私はあまりヴァンがティウィル公爵邸に居た頃にどう過ごしていたのかは知らない。
「エレンさん。参考までにお聞きしたいのですが…ヴァンは女性から見てどういう風に見えますか?」
「…ヴァンさん…ですか?」
思い切ってしてみた質問にエレンさんは目を丸くして瞬いた。ぱちぱちと音がしているけれど、私は「はい」と頷いた。
ただ、どうしていきなりそんな事を? って問う目を感じて、私は少し胸の内を話す事にした。
「ヴァンは…勿論自分がやりたいから私の護衛をしてくれていますし。それがヴァンのやりたい事ならそれでいいんです。ただ…私がヴァンの…誰かと生きる幸せの邪魔になってないかって…思ってしまって」
夜会で色んな男女を見た。親し気な男女も。男性に声をかける女性も。女性をダンスに誘う男性も。
貴族だから一概には言えないけれど、幸せである人もいると思うし、パートナーを探して幸せになろうって人もいる。
幸せには色んな形がある。私は家族皆で暮らしていた日々も幸せだ。それに、ランサに出逢って初めて知った幸せもある。父様も知っていて、今後はリランも知るかもしれない幸せ。
だけどヴァンは…。ヴァンは叔父様に拾われて我が家に来て。私とツェシャ領に来て。
ヴァンがやりたい事だと解ってる。やりたい事を自由にしてほしいと思う。
それでも、思ってしまう。
誰かと。愛する人と生きる幸せは、ヴァンにはないのかな…。
それだけが幸せだとは言わない。ヴァンが今幸せならそれでいい。
「もし、ヴァンが…誰かを好きになった時、その時…私はヴァンの手を放せるのかなって…」
行かないでと、言ってしまいそうで少し怖い。思わず自分の手をぎゅっと握った。
私はもう長く、ヴァンに甘えてる。
初めて家に来た時から一緒に暮らして、ヴァンの事を知って。いつの間にか隣にいたヴァンに頼ってきた。助けられてきた。
隣でヴァンがケラケラ笑っているのが当たり前になってしまった。
なんて――…
「ヴァンさんは幸せですね。主にそう思っていただけるなんて。仕える者として羨ましいです」
エレンさんがクスクスと笑っていた。そんな反応をされると少し驚く。
見つめて言葉が出ずにいると、エレンさんは笑みのまま私を見た。
「ヴァンさんは良い方だと思いますよ。リーレイ様の心配は大丈夫だと思います」
「…と、言いますと?」
「ヴァンさんはきっと、大事な人が出来てもリーレイ様のお傍にいると思いますよ。ヴァンさんは確かに力の抜けているところがありますが、意思のすぐ揺れる人ではないでしょう? 案外、器用にどちらも大切にするのではないでしょうか。私個人としては、騎士としてとても嫉妬します」
「嫉妬…」
「はい。気だるそうなのにあんなに強いなんて、狡いじゃないですか」
少し頬を膨らませるような。拗ねるような声音に少し驚いて、どうしてか吹き出してしまった。
エレンさんが言った言葉は全て私でもそうだなと頷けるもので。思わずブンブンと首を縦に振ってしまった。
しばらくの間、部屋には私とエレンさんの笑い声が満ちていた。そんな話をしていてふと思った。
私がこんな話をできたのは、相手がヴァンでもランサでもなく、同性であるエレンさんだったからかもしれない。
そう思うと、同行してくれたのがエレンさんで良かったと、心から思えた。




