91,いざ、義妹の元へ
エデ様のお誘いを受ける事にして、私はまたメイド達とドレスを選んだり、お茶会の作法を復習し直したり。色々と準備をした。
そして出発当日を迎える。
やっぱり馬車で行くかな…って思ってたけれど、ランサが用意していたのは馬だった。それに少し驚いてランサを見ると、コテンと首を傾げられた。
…それを見て、ちょっと嬉しくなった。ランサはいつも私の心を見通している。
だけど馬車も用意してある。荷物も載せないといけないし、ゆっくり行く道中だから時折休憩してもいい。
ランサの心遣いを嬉しく思いながら、男装の私は腰にランサに貰った剣を佩いた。
そんな私を見ていたランサがふと、思い出したような声で言った。
「そういえば…以前の夜会でシャルドゥカに聞いたんだが、緋国では最近、女性が馬に乗って走るのが流行っているらしい」
「そうなの? シャルドゥカ様、そんな緋国の情報に詳しいんだ」
「アイツの領地は緋国沿いで人もよく行き来しているから、緋国の者とはよく話もするらしい。アイツの性格上、美しいものを見ると声をかけずにいられないというか…。それで緋国の事はよく知っている」
「そうなんだ」
顔を歪めるランサには苦笑いだけど、シャルドゥカ様のそんな様子がすぐに浮かんでしまう。まだ一度しかお会いしていないのに納得できる。
ランサはすぐに表情を戻すと続けた。
「それで夫人が…クリビア殿と言うんだが、馬に乗りたいと。本格的に馬で駆ける事を考えているらしい」
「えっ…。夫人は貴族の方だよね…?」
「あぁ。…今度リーレイを連れて行く事があると、夫人が教えてくれと言いそうだなと」
「それは…どうしよう。…でもそれってつまり、そんな時は私は馬で行く事が決まってない?」
「そうだろう?」
そうなの?
思わずキョトンとしてランサを見ると、ランサも当然だろうと言いた気に首を傾げる。
あ。そうなのね。でも確かに他の貴族ではなく辺境伯であるシャルドゥカ様なら、嫌な顔はなさらないかもしれない。そんな日が来れば楽しみだな。クリビア様にもお会いしたい。
「お嬢。行けますよ」
「うん」
ヴァンの声に、私はすぐに出発を決めた。
愛馬の傍に立つ私をランサは優しく見つめ、次にはその視線をヴァンとエレンさんに向けた。
「ヴァン。エレン。全ての危険からリーレイを守れ」
「「はい」」
二人が頼もしく頷いてくれる。今回の私の頼もしい仲間だ。
今回のエデ様の元での滞在は長くはない。領地へ行くまでの日数の方がかかる。気心知れた同行者で助かる。
ランサは二人へ向けていたその視線を私に向けた。
「気を付けて、リーレイ。エデは少し元気がすぎるところがあって、素直じゃないところもある。けれど根は優しい妹だ。仲良くしてくれると嬉しい」
「勿論!」
エデ様が作ってくださったこのお茶会。せっかくだから少しでもお近づきになりたい。
そう思って今からワクワクしてる。
そんな私にランサも頬を緩め、そっと抱きしめてくれた。
「いってらっしゃい」
そう言って、額に優しい口づけを落とす。
恥ずかしいけれど。嬉しくて。心が満たされて頑張ろうと思える。
「行ってきます!」
私は、ランサや見送りに出てきてくれた皆に手を振って、屋敷を後にした。
エデ様が嫁入りされたのは、スンシュ領を治めるアグウィ伯爵家。御夫君であるドゥル様はアグウィ伯爵家の一人息子で、家督を継ぐ立場にある。そんなドゥル様は温和な方で御年二十九歳。エデ様は今二十歳で、十八歳の時に結婚されたらしい。
貴族間では年齢差がある事は珍しくはない。領地の関係、運営や資金の事を優先し娘を嫁がせる事もある。
ガドゥン様がそんな事をなさるとは思えない私に、シスが教えてくれた。
『ドゥル様との婚約は、エデ様たっての希望でした。大旦那様も大奥様も反対の理由はございませんでしたので、話が進んだのです』
『エデ様が…』
『はい。ただ…アグウィ伯爵家の方が驚かれたようで。年齢差もあるからとドゥル様は了承されずにいたのですが、エデ様が…その…ご自分で説得なされて』
『…成程』
言葉に詰まって困ったような顔をしたシスから、なんとなく察した。
夜会でも見たからね。エデ様のしっかりしたガドゥン様に似ているところ。
そんなアグウィ伯爵家が治めるスンシュ領は、ツェシャ領からそれほど遠くない。
王都とツェシャ領の中程には、モク公爵家が治める領地がある。そのモク公爵家の領地の南にあり、馬に慣れていて急げば十日程で行けなくもない。
スンシュ領に着く当日には私は他家を訪問するのに失礼のない服装に着替えた。
おかげで馬には乗れないけれど、思ったよりずっと心は晴れやかだった。途中まで馬だったから十分楽しかった。ランサのおかげだ。
そして道中は問題もなく進み、私達はスンシュ領に着いた。
馬車の中から町を見てみると、走り回る子供達や行き交う人々が見える。
ただ、商店や娯楽で賑わっているというよりも、作業場のような建物が多く見える。中から出て来る人は作業服を着て、煤や塗料で汚れているようにも見えた。
スンシュ領は確か、工芸品や磁器、絵、などの芸術方面で人が集まると聞いた。有名な画家や作品もスンシュ領から生まれている事が多いそうだ。それに宝飾の細工も手掛けているらしい。
…生憎と、装飾品同様私には少し縁遠い。屋敷にある絵画も一通りは見たけれど。
街の様子を見ながら進むと馬車が止まった。
そしてすぐ扉が開き、ヴァンが「どうぞ」と手を差し出してくれる。
「ありがとう。なんだか従者みたい」
「みたい、じゃなくて一応そうなんですけど」
私の護衛官は従者でもあるのだけど、あんまりそんな気がしない。
そう思ってクスリと笑ってしまう。
そんな私の前で執事らしい男性が頭を下げた。
「リーレイ・ティウィル様でいらっしゃいますね」
「えぇ。エデ様より茶会の御招待をいただきました。同時に数日滞在させていただく事になっているのですが、よろしいですか?」
「勿論にございます。どうぞこちらに」
案内を受け、私は執事の後に続く。その後ろをヴァンとエレンさんが続く。
歩きながら、アグウィ伯爵家の前庭を見た。
クンツェ辺境伯邸やティウィル公爵邸ともまた違う。まるで計算されているかのような、どこから見ても美しい庭。このまま絵になってもおかしくないと思える。
「…美しい庭ですね。まるで絵画から飛び出してきたみたい」
「ありがとうございます。芸術という目に、アグウィ伯爵家は代々優れておりますので。庭一つにもその目が発揮されるのです」
成程。その家ならではの、その家にしか出せない光景なんだろう。
素晴らしいなと思いながら進み、開けられた屋敷への扉をくぐった。
そこには、アグウィ伯爵夫妻とエデ様がいらっしゃった。
その前で私は淑女らしく礼をする。
「この度はお招きくださりありがとうございます。クンツェ辺境伯婚約者、リーレイ・ティウィルと申します」
「ようこそおいで下さいました。当主サルマ・アグウィです。こちらは妻のリリクです」
「先の夜会以来ですね。どうぞ、ごゆっくりなさって」
アグウィ伯爵夫妻は息子のドゥル様と同じような、温和な印象の方々。夜会でもエデ様に会った後に少しご挨拶をした。
ガドゥン様やランサとも気さくに挨拶を交わしていらしたから、地位に物怖じしない、相手をしっかりと見る方なのだなと思う。
そんなお二人の傍でエデ様も私に礼をした。
「リーレイ様。お越しくださって感謝いたします」
「嬉しいお招きでしたので私こそ感謝したいです。今日をとても楽しみにしていました」
そう言うと、エデ様はムッとしたような顔をしつつも視線を下げた。けれどさすがは御令嬢。そんな気はすぐに消し去ると、アグウィ伯爵夫妻を見る。
「お義父様。お義母様。案内は私が致します」
「うん。ではお願いするよ。リーレイ様、また後に」
「はい」
私はそのまま「どうぞ」と案内してくれるエデ様の後に続いた。私の後ろではヴァンとエレンさんが少しだけアグウィ伯爵と何かを話していたけれどすぐに追いついた。さらにその後ろからは荷物を持ってくれるメイド達が続く。
エデ様は何も言わずに進んでいく。私はその後ろで屋敷内の陶器や絵画に視線が忙しい。キョロキョロはできないから目だけを動かしている。
どれも高そうだ。あ。あの絵の色使いは見たことない。価値がありそうだ。
「どうぞ。こちらがリーレイ様のお部屋です」
エデ様が案内して下さったのは十分な部屋だった。広くゆったりとした室内にこれまた美術品が置かれ、部屋の奥の扉は寝室に繋がっていると思われる。
細かな意匠の彫られた机や椅子。思わず見惚れてしまうような品々に感嘆の声が出てしまう。
そんな私の後ろでは「ありがとう。もういいわ」とエデ様がメイド達を下がらせていた。
と、メイド達が下がってすぐ、ヴァンとエレンさんが動き出す。室内や寝室を見て周り、目につくところは全て確認する。そんな様子をエデ様は何も言わず立って待っていた。
私は、これが何の為なのか解っているけれど、エデ様はどうなんだろう…。
少し不安に思っている私の元に二人は戻って来た。
「問題ないです」
「こちらも」
二人の報告にホッと息を吐く。そして同時に私はエデ様を見た。
私の視線に何か思うことがあったのか、エデ様は少しだけ眉を寄せてしっかりと告げた。
「主君の婚約者を守る、当然の行動です。他領の騎士ならともかくお兄様の騎士ですもの。これくらい」
「エデ様も、ランサ様やガドゥン様をいつも見ていらしたのですものね。失礼しました」
エデ様も辺境伯家のお生まれだ。騎士の行動の意味もすぐに解るのだろう。
ランサの妹の嫁ぎ先。決して信頼していないわけじゃない。信頼していても護衛の仕事はきちんと果たす。
これは彼らの心にも私の心にも少し余裕と安心をくれる。王族についている騎士でも当然の行いだろうし、ランサもそういう危機管理はしっかりしてるだろうから。
「ですが…。貴方はお兄様の騎士ではありませんね」
エデ様の視線がヴァンを見る。
エレンさんは直属隊の隊服姿だからエデ様でも分かる。だけどヴァンはいつも通り、のんびりとした空気をそのまま着ているかのような服装。
「違います。俺はお嬢専属護衛官兼、従者のヴァンです。そっちは直属隊のエレンさん」
「ヴァンは私が王都で暮らしていた頃から家族同然の存在です。ツェシャ領に共に来てくれて」
「そうなのですか…」
エデ様はヴァンを見ていたけれどさして驚きも見せず、その視線をエレンさんに向けた。
エレンさんも騎士だけれど柔らかな視線をエデ様に送る。
「エレンさん。初めまして。どうかこれからも兄の力になって差し上げて下さい」
「勿論です。我らが将軍は、他にいない唯一の御方ですから」
エレンさんもバールートさんと同じように、ランサの事を口にする時誇らしげな顔をする。
直属隊騎士としての、仕える誇りと喜びを表すその瞳が、私は好き。




