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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
御前試合と夜会編

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87,え…知らなかった

「殿下。リーレイ。何か?」


「いや。お前達は本当に仲が良いなと思ってな」


 あ。ほら。ランサの顔が少々納得したくないって歪んでる。それにはローレン殿下も喉を震わせた。

 二人を見て、笑みで頷くのがシャルドゥカ様。


「勿論。だけどそれはローレン殿下も同じですよ。僕らは三人の友ですから。年長の僕はいつだって二人を見守ってきたと自負しています」


「お前は昔からくだらない奴だと思うが? 大体、お前がくだらない事を言い出してローレン殿下と動き回るから、俺まで付き合わされたんだ」


「なんだランサ。不満だったのか?」


「そうではありません。ローレン殿下は聡明な御方ですので、私の話も聞いてくださった。コイツが違ったのです」


「そう? 聞いた話だけど、ランサ。子供の頃にローレン殿下と町に二人だけでお忍びで出掛けて、後でとっても怒られたそうじゃないか」


「あれは…」


「あれは面白かったな!」


「…殿下」


 本当に親しい友なんだな…。ランサがちょっと苦労してそうだけど。


 でも。いいな。こんな友達。

 ランサも疲労を滲ませつつも、決して不快は見せていない。困って、怒って。でも気の許せる人にしか見せない、そんな顔をしてる。

 見てて分かる。だって役目に務め、『将軍』である普段のランサには、見ない顔だもの。


 あぁ…初めて見る。初めて知る。

 ランサの友との会話も。友に見せる顔も。年相応のただの青年の姿。


 素敵だな。好きだな。そんな姿も。


 そう思ってランサを見ていると、視線に気付いたのかランサの視線が私を見る。

 そして少し目を瞠った。言葉の出ない面食らったような表情をしている。


「……リーレイ」


「うん?」


「……いや。なんでもない」


 何か言いかけたランサが視線を逸らした。どうしてか口許を覆ってしまって、傍のシャルドゥカ様がクスクスと喉を震わせている。

 それに、私の隣からもクスクスと笑う声が聞こえた。


「やはり。ランサにはリーレイ嬢だな。お前のそんな顔、他者相手に見たことがない」


「殿下…。そうですね。私にはリーレイだけです」


 ランサの目がローレン殿下を見て、私を見た。

 優しくて。愛しさを伝えてくれる目。その目と合うと心臓の鼓動が少し早まる。


 ローレン殿下はそんなランサから私へ視線を向けた。まるで「リーレイ嬢はどうだ」と聞いてくるような目に私もしかと頷いた。


「私も…ランサ様にお会い出来て、とても嬉しく…幸せに思います。殿下。私はツェシャ領へ行き、ランサ様の事を少しずつ知ることが出来ました。今も初めて見る姿が沢山あって、知れる度に嬉しくなります。それに何より…私はランサ様の御力になれるようになりたいと思います。これからも」


「そうか…。それは良かった。今後とも二人で手を取り合い、役目に務めてくれ」


「「はい」」


 ローレン殿下がいなければ私はランサに出会えていない。ランサに出会えていなければ、こんなにも誰かの想いに戸惑うことも。誰かを愛しく想う事もなかった。


 私の傍へやって来たランサが自然な動作で私の腰に腕を回し、引き寄せる。その力にまっすぐな想いを感じて、恥ずかしくも…嬉しく思った。






 シャルドゥカ様とローレン殿下とも別れ、私とランサはガドゥン様とシルビ様と合流した。

 もっと緊張すると思っていた夜会だけど、初めて出会う皆様が良い方々ばかりでとても安心して臨めてる。


「こんばんは。ランサ様」


 そんな私達の元に、一人の女性がやって来た。

 声をかけられたランサはその人を見て、少しだけ驚いたような目をする。けれどすぐにその女性と向かい合った。


 微笑みを浮かべた綺麗な人。歳は私と同じくらいに見える。白銀の髪は丁寧に結われ、光る金色の目が揺れる。

 ランサと目が合った女性はその笑みを深めた。微笑み合う二人は、まるで絵に描いたような姿で。


「久しぶりだな」


「お久しぶりです。しばらくお会いできず寂しく思っておりました。ですが変わらぬ御高名、流石です」


「俺はただ務めを全うしているだけだ」


 ランサの表情が少し、柔らかいように見えた。シャルドゥカ様やローレン殿下とはまた違う、けれど冷たくない瞳。少し前に見た、カーナル嬢に向ける目とは違う。優しさがある目。

 それに今、目の前のその方は「ランサ様」と呼んだ。辺境伯ではなく、名前で。


 少し、胸が痛んだ気がした。

 ランサ…知ってる人? 誰? どういう知り合い?


 聞きたいのに。聞くのが恐い。


 女性の知り合いだっていてもおかしくない。ランサだって六年前までは社交の場にも出ていたんだから。

 私がそれを、知らないだけ。

 思わずぎゅっと自分の手を握りしめた。


 ランサは女性に向けていた目を私へ向けた。


「リーレイ。彼女は…」


「ランサ様の御婚約者、リーレイ・ティウィル様ですね。初めまして。ドゥル・アグウィ様の妻、エデ・アグウィと申します」


 女性が私を見て名乗り、綺麗な所作で礼をする。それを見て私もなんとか礼を返した。


「リーレイ・ティウィルです」


 スッと、胸の内が冷えていくような。さっきまでの楽しさが消え去るような感覚に陥った。

 笑みがぎこちなくなっていないか。見えない自分じゃ分からない。こんな風になっちゃ駄目なのに…。


 何かを言おうとしたランサより先にエデ様が私へ一歩を踏み出す。談笑するには少し近くも、無礼にはならない距離。

 絶妙な距離に言葉が出ない。そんな私を見て、エデ様は微笑みを消し、その金色の目を細めた。


「駄目ですわね」


 ランサと話していた口調から一転。ぴしゃりと冷たく放たれた言葉に、私は目を瞠った。

 こんな風にはっきりと物を言われたのは、この場では初めてだった。


「場に慣れていない様子。自信のなさ。婚約者に近づく女性に対して小さくなる。それでは駄目です。もっと背筋を正し堂々となさって」


「はい…」


「失礼ながらずっと見ていました。キルサルング伯爵やハーメル子爵には堂々となされておられましたね。あれでよいのです。女性にも強気になって」


「はい…!」


 …見てた? ずっと?


 驚きながらも言われた通りに背筋を正す。そうするとフンッと「よろしい」と言うような息を吐かれた。


 そんな私とエデ様の傍では、ランサが頭を抱え、ガドゥン様がクツクツと喉を震わせ、シルビ様が困ったような笑みを浮かべていた。

 …皆様、なぜそんな反応を?


「…エデ。何もここで…」


「お兄様は黙ってて。あれだけ見せつけておいて甘いのはよく分かりました。だけど、それだけではいけません」


「……お兄様…?」


 エデ様はランサを見てズバッとそう言った。ランサはそれに対して長い息を吐く。

 だけど、当のエデ様は私を見てまたぴしゃりと告げる。


「そんなに小さくなってるとすぐに他の御令嬢方が現れて、お兄様の第二夫人だの愛人だのを狙って来ます! 私、お兄様にはお役目の邪魔にならない、きちんと支えてくれる人を傍に置いて欲しいの。その辺の御令嬢の牽制も出来ないような人は駄目です! すぐに蹴落とされるわ。守ってもらうだけにならないで」


 その気迫に言い返せない。


 エデ様はそこまで言うと「全く…」と息を吐いて一歩下がった。

 幸いにもその御忠告は周囲の方々には聞こえていない。だけどランサは私の傍に来て肩を抱く。


「エデ。俺にはリーレイだけだ。他の女性を傍に置くつもりなどないから心配はいらない。それに、リーレイはこういう場が初めてだ。少し長い目で見てくれ」


「…全く。だから甘いのです」


 エデ様は呆れたような怒っているような様子で言うけれど、その目は全くそんなものじゃない。その様子にはランサも困った様子で肩を竦めた。そして改めて私を見る。


「リーレイ。紹介する。彼女はエデ・アグウィ。俺の妹で、アグウィ伯爵の御子息、ドゥル殿に嫁いだ」


 ふむふむとその言葉を聞いた。けれど聞き終わってじっとランサを見た。私の視線にランサは何だって言いたそうに首を傾げる。


「…妹さんがいらしたなんて、聞いてないよ?」


「そうだったか? …そうか。リーレイには俺の事は話したが、家族の話は父上と母上しかしなかったな」


「お兄様!」


「リーレイ。父上にも母上にも聞いていなかったか?」


「なかった。…あの、ほら。ダンスの練習ばかりだったから」


「それもそうだな…」


 私達の会話にはエデ様も愕然としている。それはそうだろう。私も驚いてる。

 …でも確かに。ランサに兄弟はいるのかって、私も聞いてなかった。ランサの口から出てなかったからいないとばかり。ガドゥン様もシルビ様も口にしなくて、まさかの会ってから知る事になるとは…。


 エデ様は「お父様お母様っ」って問い詰めるような、寂しそうな目をお二人にも向ける。向けられたガドゥン様も「悪い悪い」って簡単に謝っていて、エデ様は頬を膨らませた。


 三人が居るのを見れば、確かに親子だなって感じがする。エデ様は、どちらかというとガドゥン様に似ていて、金色の目は意思が強そうだ。だけどその顔立ちはシルビ様によく似ている。


 不満そうな目を向けられたガドゥン様は笑うと、すぐに話を切り替えた。


「で。旦那はどうした?」


「ドゥル様なら…」


 エデ様は言いながらどこかを見た。そして誰かにゆっくり頷くと、一人の男性がこちらへ向かってやって来る。


 私はやって来るその方を見た。

 はきはきとしたエデ様とは違い、優し気で温和な容貌の男性。ランサやガドゥン様を常に見ていると、どうしても頼りなく見えてしまう。

 そんな男性はガドゥン様とシルビ様に礼をした。


「義父上。義母上。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


「構わねぇよ。大方、大手の商会と美術品の話で盛り上がったんだろ。それかリーレイ嬢見極めるってエデに止められてたか?」


「いや…。どちらもです」


 そう言ってドゥル様が頭を掻く。…なんだかとても素直な方だ。そんな姿にガドゥン様とシルビ様はクスクスと笑った。


 ドゥル様は美術品が好きなのかな…。

 そんな事を思う私の前で、ドゥル様はランサを見た。


「ランサ様、お久しぶりです。国境警備、お疲れ様です。辺境騎士団のおかげで我々は安心して過ごせます」


「お久しぶりです、ドゥル殿。俺は為すべき事をしているだけですので。どうかそう畏まらず。貴方は俺にとって義兄なのですから」


「そう言ってもらえるのは光栄ですが、どうにも身に沁みついてしまっていると言いますか…」


 ランサから見れば妹の夫であるドゥル様は義弟であるけれど、年齢はドゥル様の方が上のようだ。エデ様は私と変わらないと思うけど。ドゥル様は二十代後半くらいかな…?


 困ったような笑みを浮かべるドゥル様と、いつも通りのランサが握手を交わす。

 表情や空気から、立場や力関係が逆転している義兄弟に見えた。






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