86,三人の友の再会です
辺境伯が二人揃っているとやはり周囲の注目を浴びる。
だけど当の二人は、一切そんな視線を感じていないようで平然としている。…どうしてそうなれるのかな? 私にまで刺さる視線が居心地悪い。
「リーレイ。コイツは美しいもの好きの変わった奴だ。だからあまり近づかないでくれ。一応、腕だけは信用できる」
「ランサ。僕は美しい人も物も好きなだけ。だから美しくて強い君も好きなだけ」
シーラット辺境伯様にとってはランサは美しいって人になるのか…。
もう色々と突き抜けた私の頭は呑気な思考に入り始めた。…もう、いいかな。
「リーレイ嬢も美しいよ。最初に聞いた君の言葉には、とても強い意思があって、まっすぐな美しいものを感じたから」
「ありがとうございます」
「だから、そんな君が美しいランサの婚約者ですごく嬉しいな。ランサは努力家で…役目だけじゃない苦労もあったけど、それでも頑張り続けて今もまっすぐな、美しい人だからね」
「シャルドゥカ。ベラベラ喋るな」
「…はい。ランサ様が役目に誇りを持ち、大切に勤められているのは傍で感じます。…だから私も、御力になりたいと思っています」
シーラット辺境伯様もきっと子供の頃から鍛錬して、ランサと違えど苦しさや葛藤があったのかもしれない。だからきっとランサの事も解っておられるんだろう。
国も。領地も。領民も。ランサは全てを大切にしている。
一つひとつを大切に考えて、手を抜かない。そんな事が出来るのは、とても素晴らしい事だと思うから。
シーラット辺境伯様をまっすぐ見つめて言うと、瞬いて、そしてすぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうリーレイ嬢。お礼に良い事教えてあげる」
「? 何でしょう?」
「剣術馬術、勿論心も美しいランサだけど。一番美しいのは鍛え抜かれた彼のから…」
「お前は本当に碌な事を言わないな」
ランサの手が私の耳を塞いだ所為で、シーラット辺境伯様の言葉が途中で途切れた。
…だけどうん。ごめん。言いかけの言葉から察してしまった。
頭上から感じるランサの圧が、まっすぐシーラット辺境伯様に向けられている。でも、シーラット辺境伯様はそんな圧もひらひらと躱してしまうみたい。
私は耳を塞がれたままランサを見上げた。そうするとランサは手を放す。
そして盛大なため息を吐いた。
「…いい加減にしろ。くだらない話よりも、夫人はどうした? お前はともかくリーレイに会わせたい人なんだが?」
「僕だけ放置する気だったんだね君は」
「あぁ」
あぁ…って、そんな当然のように。
最早何も言えない私だけど、シーラット辺境伯様はひらりひらりと慣れた様子。
「クリビアは今回欠席」
「…そうか」
「あぁ、体調が悪いとかそういうのじゃないよ。身重の身だからやめさせたんだ」
「そうだったのか…。馬車も楽ではないからな」
納得のランサにシーラット辺境伯様は頷かれた。
シーラット辺境伯様は既婚者だ。…もしももう一家の辺境伯家の方に会えたら、色々と辺境伯家としてのお話を伺いたい気持ちもあったけれど、それなら仕方ない。
無理は禁物だ。シーラット辺境伯様がやめさせたのも解る。
「二人…三人目か? めでたいな。夫人にも祝いを伝えておいてくれ」
「うん、伝えておくよ。ついでにランサの美しい婚約者にも会ったって」
「…お前の伝え方は信用出来んな」
シーラット辺境伯様、すでにお二人のお子様がいるんだ。そうは見えない。
笑うシーラット辺境伯様に、ランサは不意にニヤリと笑みを浮かべた。
「いや。屋敷へ戻ったら俺から文を書いておこう。また夜会でフラフラして美しい御令嬢方に声をかけ、俺の婚約者にも付きまとってくれやがったと」
「嘘伝えようとしないでくれない!?」
「どうせ全て嘘ではないだろう? 声をかけられればすぐに乗る。すぐに声をかける。それがお前だ」
意地悪と呆れを混ぜているようなランサはシーラット辺境伯様を見やる。対して、シーラット辺境伯様はやれやれって困ったように額に手を当てていた。
…自覚があるのかな? 確かに奥様がいらっしゃるのならあまり良いとも思えないけれど。
こればかりはランサに同意した。そんな私達の前でシーラット辺境伯様は顔を上げる。
「ランサ。僕を薄情で軽薄な男のように言わないでくれるかい? 美しい女性が声をかけてくれたら聞くのが当然。美しいものを大切にするのは当然。だからこれは全て必然なんだ」
「真面目な顔をして何を言っているお前は」
急に凛々しいお顔でそんな事を仰るから、ランサもまた呆れに顔を歪めた。私も乾いた笑みしかこぼれない。
「お前達。いつもそんな顔をし合っているな」
その時、不意に聞いた事のある声が耳に入った。
私達の視線が動いた先に、金色の髪と熱色の瞳を持つ端正な顔立ちの青年、ローレン王太子殿下が立っていた。
私達はすぐに礼をする。ローレン殿下は鷹揚とそれを受け、私達の側に立った。
…三人が揃うとさらに人目を引いてしまう。私はお邪魔ではないですか?
「シャルドゥカ。ランサ。現在目立つ辺境伯家当主が揃っていると人目を引くぞ?」
「おや。皆がランサの美しさに気付いてるってことですかね?」
「ハハッ。そうかもな」
「殿下…」
ローレン殿下はシーラット辺境伯様に乗っかるみたい。ランサが何とも言えない顔をしている。
「話の邪魔をしたか?」
「いえ。…殿下からも何とか言ってやってください。コイツの美しいもの好きと社交での振る舞いを」
「ん? んー…シャルドゥカはこういう奴だからな。フラフラしているようで夫人に一途である事も大体の者は知っているぞ?」
「知っています。呆れています」
シーラット辺境伯様は奥方に一途なのか…。それでも御令嬢方に声を掛けられれば無下にしない。
…これは、美しいものが好きっていう心の表れ?
ランサの隠すことないため息に、ローレン殿下はクスクスと喉を震わせた。
そんな三人を見て、私はふとある疑問を持った。このままだとずっとランサの顔が歪みそうだし。あんまりこの場でそういう顔もよろしくないから、話を切り替えるつもりで聞いてみることにする。
「シーラット辺境伯様」
「シャルドゥカでいいよ。リーレイ嬢」
「…では、シャルドゥカ様。先日の御前試合にはお出になられませんでしたよね?」
「うん。出てない。話は聞いていたんだけど」
そうなの? 御前試合の誘いは受けてないのかな? ランサは断れず受けたのに。
驚いて見るけれど、シャルドゥカ様はニコリと笑みを崩さない。
それを見てランサが僅か眉を寄せた。「伝えていたのですか?」ってローレン殿下に問うと「あぁ」って間違いない返事が返って来る。
「シャルドゥカ」
「一応言っておくけど、参加の誘いは受けてないからね。御前試合の話は殿下に聞いて知ったんだ」
「? 殿下、俺のように無理…誘ってはいないのですか?」
「ないな」
…ランサ。今のは流しておくね。殿下もそうなさるみたいだから。笑いを堪えてるけれど。
ランサは殿下からシャルドゥカ様に視線を戻す。そこには真剣な目があった。
「殿下からはランサが出るって話を聞いたんだよ。それでね…僕は思った。美しい君が出る試合、観戦しないわけにはいかないって!」
「参戦しろ」
ランサの鋭く冷たい言葉がシャルドゥカ様に突き刺さったように見えた。あまりの容赦なさがはっきり見えるようで、ぐさって音が聞こえた気がした。
それを見ていたローレン殿下が必死に口許を抑えている。…声を上げて笑わないように堪えてるみたい。
「僕が出る必要なんて全くなかっただろう? 君の姿を見る方がよほど重要だったよ」
「出る方が重要だ。お前個人が勝手に満たされるなど毛程もどうでもいい」
「なら今度は出るよ。代わりにランサ。今から踊ってくれる?」
「断る」
「じゃあリーレイ嬢…」
「もっと断る」
私は何も言えず、ローレン殿下は笑いを堪えている。
私は話に夢中のランサの傍からそっと離れ、ローレン殿下のお隣に失礼した。
「…あの二人、昔からの仲なのですか? とても仲が良いですね」
「だろう? この二人は見ていて本当に飽きない。俺とランサ、シャルドゥカは幼馴染だ。と言っても年に数度会うだけで、シャルドゥカは五つ年上だがな」
「そうなのですね。道理で仲が良いわけです。昔からこうなのですか?」
「んー…。シャルドゥカのランサに対する熱烈は、ランサが成長する中でこうなったという感じだな。どうやら役目に一途で。鍛錬も欠かさない。重圧にも己の足で立つ。そういう姿を見ていて、美しいとなったらしい」
あらまぁ…。
だけどそれは。シャルドゥカ様はランサを幼馴染と言う縁だけでなく、同じ辺境伯家の者として見ていたという事。
同じ役目を担うからこそ。その重圧も。責任も。共有できる。
それにランサは、子供の頃からずっと頑張っていたそうだから――…
シャルドゥカ様はそういうところも見ていたのかもしれない。
「俺は弟妹がいるが兄がいない。幼い頃は、幼馴染である公爵家の子息達も友だったんだが…シャルドゥカのような奴はいなかった。俺達三人の中では少し…兄のようだったかもしれない」
「シャルドゥカ様が…。では、ランサ様にとってもそうかもしれませんね」
「否定が返ってくるな」
そう言い合って笑っていると、ランサとシャルドゥカ様の視線が向く。
その動きまで揃っていて、私とローレン殿下はまた笑った。




