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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
御前試合と夜会編

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84/258

84,社交は知らない人との出会いの場です

 ゼア様達と少し話をした後、彼らは別の方の元へ去っていった。

 公爵子息方との話は少し緊張したけど、不快な気持ちにさせなくてホッとした。やり取り一つも緊張する。


「ラグン様。少々宜しいですか?」


 傍に居るラグン様が男性から声をかけられた。ラグン様は男性を見て一つ頷く。

 と、すぐに私を見た。


「リーレイ。少し離れる。俺が戻るまでにクンツェ辺境伯がお戻りになられればいいが、そうでなければダンスは断れ。こういう場が初めてでダンスは不慣れだと言えば無理やりは来ない。いいな?」


「はい」


 …あんなダンスは他の人とは踊れない。足踏んで激怒させるのが目に見えている。

 それに、いつまでもラグン様に甘えているわけにはいかない。ラグン様にとっても社交の場は大事なものなのだから。


 去っていくラグン様を見て、少し不安な気持ちに気合いを入れ直す。よし。頑張るぞ。


 まずは会場をザッと見た。

 リランとスイ様はまだ一緒にいるみたい。スイ様の傍には男性が居て、御夫君みたい。父様と叔父様は一緒にまだ囲まれている。ラグン様や公爵家の方々も楽しみながらも忙しそう。ダンスを踊る方々もいらっしゃる。


 そんな中でランサを探す。まだアーグン将軍といるのかな…?

 視線を動かしていた私の元に、近付いて来る男性達が見えた。一気に緊張が走る。


「初めまして。リーレイ・ティウィル御令嬢。キルサルング伯爵家当主、グアン・キルサルングと申します」


「ハーメル子爵家、ルトゥ・ハーメルと申します」


「息子のマーキル・ハーメルと申します」


「初めまして。リーレイ・ティウィルと申します」


 …大丈夫。落ち着け私。

 お三方は人の好さそうな笑みを浮かべている。それでも安心できない胸の内。


「まさか、クンツェ辺境伯が御婚約なさったとは。リーレイ様はご苦労も多いでしょう? ツェシャ領は国境に接する大変な土地だ」


「いえ。国を守る最前線に立つ騎士達の姿には、いつも敬意を抱きます。大変なのは彼らです」


「…ははっ。リーレイ様はティウィル公爵の姪とは言え、公爵家の御令嬢。ご不便も多いのではないですか? 我がハーメル子爵の地は現在街道も整備され、豊かになっておりまして。是非一目見て頂きたい!」


「えぇえぇ是非! リーレイ様にもきっと、お気に召していただけると思います! 我が家に長期滞在してください!」


 ハーメル子爵とその御子息も笑みを浮かべて私に勧めてくる。それを少し頭の中で反復させた。


 …これはつまり、国の片隅の不便な土地よりも良いぞ、という事かな?

 辺境伯を「田舎貴族」と揶揄う者はこの国にはいない。だけど領地は国の片隅で、やはり不便はある。

 それに、御子息マーキル様の言葉はまるで…。


 だから私は、三人にニコリと笑みを返した。


「街道が整備されれば町は豊かになり、ひいては、領民の豊かにも繋がりますね」


「えぇ勿論」


「ツェシャ領でも、領民が利用する街道の整備にはランサ様も力を入れておられます。しかし…同時に行き交う方々を狙う盗賊対応もまた強化なされます。危険な事も増えますね」


「は…?」


「私も、王都で暮らしていた時は…不甲斐ない事にこのような事には目が向きませんでした。安全は守ってくれる方々がいてこそ成り立つ事…。そんな安全を守って下さるランサ様をお慕いし、お支えできればと思いこそすれ、危険だけを任せて安全な場所でなど…国と民を守る貴族がなさる事では、ありませんよね?」


 三人は私の言葉に、唖然として「何言ってるんだ」と言いたげな顔をしていた。「ね?」ともう一度首を傾げて問うと、その顔つきが少し変わる。


 不便? 安全? ランサが街道整備に力を入れるのはただ領民の為じゃない。それが国の豊かにも繋がるから。同時にランサは騎士として、その安全を担う。

 領主として。貴族として。


「そ、そうですな。民の事を考え、地と民の為に考え動くのが、貴族たる者ですから」


「さすがキルサルング伯爵。私もそう思います。私もこの場に立つ以上一人の貴族ですが、皆様の民と国を想う御心には感服するばかりです」


「…いやはや。リーレイ様こそ…」


 心なしか三人の顔色は少し悪いようにも見えたけれど。きっと気のせいですね。


 私はにっこりと笑みを浮かべつつ、この三人から離れる方法を考えた。

 ではここで…って言ってもおかしくないし、多分引き留められないけれど…。


「おや。キルサルング伯爵にハーメル子爵、それにハーメル子爵子息まで。お揃いですか?」


 突然やって来た第三者の声。その声に私達の視線が向いた。

 一人の男性が軽く手を上げてやって来る。見た事のない男性だ。誰だろうと思っていると、急に私の前が騒がしくなる。


「こっ、これはっ…! いえ、少々リーレイ様とお話を…」


「あぁ。邪魔をしてしまって申し訳ない。私もリーレイ様と話をしたかったんだけど…後にしようか?」


「いえっ。我々はこれで…」


 そう言うと、三人が揃ってそそくさと去っていった。

 あまりにも迷いない行動に、私が置いてけぼりを喰らったみたいで呆気に取られる。


 その背を見送るしかないままいると、クスクスと喉を震わせる抑えた笑い声が耳に入った。

 見ればそれは、やって来たその男性からのもの。


「あれは見ものだね。だけど、君が彼らに言い返したのも、なかなか面白かったよ」


「…見ていたのですか?」


「うん。声をかけようと思ったら彼らが来たから少しね。何て言うか…令嬢ならまずしないような返し方だったよ」


 まだ面白いと思っているのか、男性はまたクスクスと笑う。…そんなに笑われると少し居心地が悪い。


「…おかしかったですか?」


「ううん。寧ろ…嬉しかったよ。見てくれてる人なんだなって思えて。びっくりしたけど…ランサが婚約したのも解る」


「? ランサ様の…お知り合いですか?」


 首を傾げて問うた私に、男性はニコリと笑みをくれた。


 私は改めて男性を見る。

 年齢は多分ランサよりも上だ。ランサと同じくらいか少し高い背。一見老いを思わせる白い髪だけど、一切そんな印象を与えない程に一本一本が綺麗で、首の後ろで一つに結んである。その瞳は澄んだ青い色。端正で見目麗しい容貌に微笑みが乗っている。

 この方、どこかで…。


「ところで彼はどこに?」


「え。えーっと…」


 男性の言葉に私はハッとなって視線を会場に戻した。

 見つけることができたランサは、丁度こっちへ戻ってくるところだった。目が合うと優しく口角を上げる。…けれど、その顔つきがなぜかとても険しいものに変わった。


 その変わり様に、少し不安になって心臓が音をたてた。

 私、何か良くない事をしたかな…?


 ずんずんとやって来たランサはすぐに私を引き寄せた。そのいきなりの力に少し驚いて足元がよろける。けれどランサがすぐに支えてくれた。


「駄目だよランサ。そんなに乱暴にしちゃ」


「うるさい。リーレイに近づくな」


「美しい君の美しい婚約者。話くらいしたいな」


「来るな。そこから百歩離れて話すならいいが?」


 …ランサ。そんな粗略な事を言って良いの? 多分だけど高位貴族の方だよね?


 ムッとした顔をするランサに対して、男性はニコリと笑みを浮かべている。不快は与えていないみたいで少しだけホッとする。

 男性の笑みは一切揺るがない。ニコニコしている顔にやがてランサも諦めのような息を吐いた。


 傍で見ていると、なんというかとても人目を引きそうな二人だなと思った。端正で精悍なランサ。見目麗しい男性。二人とも若く、背も高くてどこか逞しい。

 そんな二人が揃っていると、女性が近づいてくるわけで…。


「クンツェ辺境伯様」


 一人の女性が、ランサへ声をかけた。ランサは視線をその人へ向ける。

 …なぜか男性が、関わらないようにかススッと後退するのが見えた。どうして?


 唖然とする私の傍で、ランサは「何か?」と砦で部下に対するような口調で答える。

 それでも、その女性は微笑みを浮かべた。社交の場にも慣れているような、自信あるような微笑み。


 …少し、胸がツキリと痛んだ。嫌だな。この気持ち。


「お久しぶりです。私を…覚えていらっしゃいますか?」


「…クロンツ侯爵令嬢、カーナル嬢、でしょう」


「まぁ。覚えて下さっていたのですね。嬉しい」


 嬉しそうにカーナル嬢は笑みを浮かべる。少し赤く染まった頬が、可愛らしくも見えた。


 私は思わずランサを見た。

 ランサは淡々としていて一切表情を動かしていなかった。カーナル嬢を見る目も、そんな表情と同じ。


「久方ぶりにお姿を拝見できてとても嬉しく思います。…ご婚約なされたのですね」


「えぇ」


「これまで一切社交の場でお見かけした事のない方でしたので、少し驚きました。ティウィル公爵家の御令嬢と…。クンツェ辺境伯様。私や父で御力になれる事があれば、いつでも遠慮なく仰ってください。大変なお役目をなされているのですもの。御力になりたいです」


「そのお気持ちだけで十分です。国境は辺境騎士団が守りますし。…私にはリーレイがいてくれますので」


 カーナル嬢の頬がピクリと動いた。その一瞬にランサの目は細められる。


「…ですが、社交に不慣れでは少々大変でしょう。辺境伯様は我が国で特別な御方…。公爵家の方、御当主の姪とはいえ、そんな方との婚約に皆様も驚かれていらっしゃいますし…色々と差し障りがあるのでは?」


「いいえ。社交には今後慣れていけば問題ありません。それに私の母、ティウィル公爵夫人、彼女の従妹君もいる。いくらでも学べる相手はおりますので」


「ではダンスも心配なさそうですね。ねぇリーレイ様。辺境伯様の婚約者として、幾人かの方と踊られたらいかがかしら? 婚約者とだけなんて、今後を見据えてよろしくないのではないかしら?」


 ニコリとしたカーナル嬢の笑みが私に向けられる。


 その言葉にドキリとした。

 確かに、社交は私の役割だ。ランサの力になれるように。ツェシャ領の力になれるように。繋がりを作る。

 今の私には、まだまだできていない部分だ。


 ダンスは不慣れでどうしようもない。だけど、カーナル嬢の言葉には一理ある。


「わ…」


「それではラグン様にでもお願いしようか?」


「え…」


 傍のランサが私の言葉を遮った。驚いて見るとランサの笑みが私に向いていた。






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