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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
御前試合と夜会編

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81,友の前だから見せる顔です

「リーレイ。こっちへ」


 挨拶の最中、私はランサに手を引かれた。皆様に断って向かう先は、この夜会の主催者の元。

 そのお姿が見えてそれまでとは違う緊張が走った。


 シャグリット国国王、レイゲン国王陛下。その金色の髪が美しく、熱のように赤い瞳が私達を見ると笑みに彩られた。


「ガドゥン。ランサ。よく来てくれた」


「お久しぶりでございます陛下。ご壮健なお姿を拝謁でき、嬉しゅうございます」


「ランサは真面目だな」


 クンツェ辺境伯家を代表しランサが滑らかに挨拶をすれば、陛下は親し気に笑う。

 その表情からは辺境伯家への信頼と親しみが感じられる。


「ガドゥン。騎士団にいるなら偶にはこちらにも顔を出してくれ」


「とんでもない。俺はただの指導役ですので」


「王都にいるから気軽に会えるというのに…。私から行こうか?」


「おやめくださいよ、陛下…」


 陛下とガドゥン様のお傍で、シルビ様とゼティカ妃殿下がクスクスと笑っている。


 ガドゥン様と陛下は親しみが感じられるやり取りをしている。ランサとローレン殿下のように、お二人もずっと長い信頼を築いてきたんだろう。

 陛下の視線はシルビ様にも向き、シルビ様も微笑みを浮かべる。ゼティカ王妃殿下とシルビ様は笑みを交わして数言何かお話をしていた。


 そして陛下の視線が私を見た。


「リーレイ嬢。ランサとの婚約、私も喜ばしい」


「ありがとうございます。…この縁は、ローレン殿下のおかげです」


「だそうだぞ」


「私も頭を捻りましたから。なにせ一向に嫁を探さないランサが相手でしたので」


「…殿下。私とて考えていないわけではなかったのですが?」


「そうか? リーレイ嬢に話をつけた折に送った手紙には、嫁はいらないと返事があったが?」


 …なんだかそんな感じがします。

 少し納得する私の傍では「ちゃんとその返事は届いていたんですね」「見ていない事にしただけだ」って二人が言い合っている。


 久方に近くで見るローレン殿下はランサにクスクスと笑みを向け、ランサは少々気難しい顔をしている。

 …また、あまり見ないランサの表情が見えた。


 少し胸があたたかくなる私の前で、ローレン殿下はランサに意地悪い顔を見せた。


「ランサ。そんな事をリーレイ嬢の前で言って良いのか? お前の手紙を見せてやるぞ?」


「殿下…」


「大丈夫です。ローレン殿下。出会った時に「会った事もない相手にどう乗り気になれと?」と言われていますし、私も同じでしたので」


「ハハッ! そんな事を言っていたのかお前は。それでよく怒らなかったな!」


「はい。ランサ様の見方が知れて、互いにちゃんと知ろうという結論に至りましたし。正直に言って頂けて良かったです」


「本当にっ…リーレイ嬢は気持ちの良い女性だな!」


 ローレン殿下は楽しそうに嬉しそうに笑う。

 そういえば、家に来られた時も同じように笑っていた。私、いつも笑われてる気がする…。いいんだけど。


 ローレン殿下の傍では、話を聞いていた陛下も喉を震わせていた。


「リーレイ嬢。今後もランサの役目を尊重し、ツェシャ領を共に頼む」


「はい。ランサ様をお支えし、そのお役目を共に全うしてまいります」


 誓うように礼をし、私達は陛下の御前を後にした。


「…ローレン。これまで見た辺境伯夫人に、共に役目を全うすると言った者はいたか?」


「いえ。私が知る限りは」


「面白い御令嬢だな」


「でしょう? あぁいう女性なので、ランサにはぴったりです」


 陛下の御前を離れ、私は思わず息を吐いた。そんな私を心配そうにランサが見つめる。


「大丈夫か?」


「うん…。ランサは緊張しないの? 陛下の御前なんて…」


「しないな。子供の頃から何度も会っているから」


 …さすが辺境伯家。こんなところで王家との近さを感じてしまう。

 私なんてこの場に来てずっと心臓が飛び出そうなのに…。


 会場の中、挨拶する同士もいれば、楽に合わせてダンスを踊る者もいる。

 駄目だ。場違いすぎる…。


 そんな私の前にそっと差し出される手。見れば微笑むランサがいる。

 その笑みに、心臓がドキリとした。


「愛しい俺の婚約者。一曲いかがか?」


「…が、頑張る」


「リーレイらしい返事だな」


 そう言って笑うランサが私の手を握る。大きくて。優しくて。剣を持つ者の手。

 会場の光がランサの姿を照らす。大きな背中。漆黒の髪。眩しくて。惹き付けられて。逸らせない。


 あぁ――…私の、唯一の人。『国境の番人』でも『闘将』でもない。

 ただ私の、愛しい人。


「……き…」


「? 何か言ったか?」


「っ…なんでもないっ」


 ただ今、この手を離さないで。

 ぎゅっと強く掴んだ手に、少し遅れて応えが返って来た。






 ダンスをなんとか終えた私達の元に、父様とリランがやって来てくれた。

 やっと親しい人が傍に来てくれて心の緊張も解れる。


「ご挨拶が遅れてしまったね。辺境伯様」


「いえ、こちらこそ」


「お姉様。お義兄様。とても素敵なダンスでした」


「ありがとう」


 父様の社交での姿なんて初めて見る。リランだって綺麗でもう…。我が家って本当に貴族だったんだなって改めて認識した。

 並ぶ私達を見て父様はクスリと喉を震わせた。


「だけどリーレイ。やっぱりダンスは苦手かな?」


「うっ…。うん…」


 バレてる…。ランサの足踏んだのバレてる…。でも練習の時よりは踏んでない…と思う。

 夜会での誤算があるなら、ランサの礼装だと思う。


「…練習の時はもうちょっとランサが見えて、上手く踊れたと思うんだけど…。今はその…」


「お義兄様。お姉様はお義兄様が格好良くて、ステップを迷ってしまったようです。それに、お姉様のフォローもさりげなくて、お姉様はダンスをなさるお義兄様に終始ソワソワしていらっしゃいました」


「リランっ…!?」


「そうなのか…。ではこれからは俺もダンスを磨いて、踊るたびにリーレイに惚れ直してもらえるようにしよう」


 しなくていいよ!? 今でも十分だと思う!


 リランのさらっと暴露に私は顔を覆うしかない。妹はどうして姉を追い詰めるのっ…。

 そしてランサ。そんなに嬉しそうな顔をしないで!


 なんとか切り抜けたい私は、意識して切り替えながら父様を見た。


「父様こそっ…。大丈夫だったの? 城勤めの知り合いとか…」


「うん。とても驚かせてしまったけどね。予想の範囲内だ」


「そう…」


「ディルク殿。財務長官が引き入れたがっていたので、中央へ勧誘してくると思います」


「うん、断るから大丈夫」


 …父様。さらっと当然のような返事を…。

 あまりに自然な答えにランサも苦笑う。リランはすでにそういう場面を見てきたのかクスクスと喉を震わせている。


「そういえばリラン嬢。例のパートナー候補はどうだ?」


「はい。何人かの方とは少しお話をしました」


「俺の手が必要ならいつでも言ってくれ。力になる」


「ありがとうございます」


 叔父様の本気度が窺えるリランの相手探し。私もリランの相手はしかと見定めたい。一番は当然リランを大切にしてくれる人だ。


「よぉ。クンツェ辺境伯。リーレイ嬢」


 貴族らしくない豪快な声音が聞こえて視線を向けた。

 そこにいるのは礼装に身を包んだ、アーグン将軍。逆立った赤髪は明かりの下で眩しい。


 私とリランは揃って淑女の礼をした。こんな場でもアーグン将軍は以前と何も変わらない空気をまとっている。

 そして不意に、私を見て口端を上げた。


 何かな? もしかしておかしなところでもあった?

 そう考えて、はたと思い出す。


「先日は騎士団慰労会に参加させていただきありがとうございました。改めてご挨拶申し上げます。リーレイ・ティウィルと申します」


「おぅ。ガルポ・アーグンだ。あの慰労会はなかなか面白かったぜ。あんたのお隣の婚約者とかな」


 クツクツと笑うアーグン将軍には乾いた笑みしかこぼれない。

 ランサの慰労会の不機嫌を知っているから。アーグン将軍もそれを解って言っているんだろうけど…。


「アーグン将軍…。今後あのような事はやめて下さい」


「何だよクンツェ辺境伯。言ったろ? 嫉妬深いのも嫌われるぜ?」


「アーグン将軍、それほどに…」


 もう揶揄いは十分です…。あれが次にあると私も怖い。後々のランサが何を言い出すか…。

 恐い。もうやめてほしい。


 喉を震わせたアーグン将軍はその視線を父様とリランに向けた。


「アーグン将軍。先日はありがとうございました。楽しいお話ができました」


「いいですよ。俺の雑談に付き合ってもらったようなもんですから。場所が場所でしたが」


 アハハっと笑い合う二人。

 それって父様が拘束されてた時の事かな? 騎士団長が雑談に来てくれたとかっていう。笑い話なの?


「こっちは娘のリランです」


「お初にお目にかかります。ガルポ・アーグン様。リラン・ティウィルと申します。先日の御前試合、あまりの迫力と勇猛さに目を逸らせませんでした」


「そいつは嬉しい言葉だ。リラン嬢。いつでも騎士団に来てくれていいぜ? ラグン宰相に案内させてな」


 気さくなそのお言葉にリランも喉を震わせる。


 豪胆なその空気にランサは肩を竦めながらも、決して嫌な顔はしていない。それを見て少し笑みが浮かんだ。


 ランサと騎士団長は仕事上関係が深い。辺境騎士団の一隊、国境警備隊は辺境領では『将軍』であるランサの指揮下にあるけれど、あくまで騎士団からの派遣。つまりアーグン将軍の部下。その派遣や直属隊への異動も、決定権を持っているのは騎士団長であるアーグン将軍。

 二人は、場所は違えど同じものを背負っている同士。


「アーグン将軍。アーグン公爵家の皆様は?」


「あっちだ。親父は近衛隊隊長トコの侯爵家と話し込んでてな。兄貴はセルケイ公爵家と話し込んでる。俺は抜けた」


 アーグン将軍が示す先には、アーグン公爵家当主の姿。離れた所にはアーグン将軍と同じ赤髪の男性と、傍には黒髪の女性がいる。

 アーグン将軍は次男だから、比較的自由が利くみたい。


「ところでクンツェ辺境伯。俺は今から騎士団の連中の身内んトコ行くが、ツェシャ領(そっちの)国境警備隊も回る。行くか?」


「…そうですね。俺は…」


 ランサの視線がちらりと私を見た。

 共に国境を守る部下の身内への御挨拶。ランサにも大事な役目だろうし、ご家族も話を聞ければきっと喜ばれる。


「私も行った方が良いよね?」


「やめとけ。揃って動けば目立つぞ? それに、これからこういう場に慣れるなら、ちょっとは一人も体験しとけ」


「一人にさせるのは不安なんだが…」


「お義兄様。では私が、お戻りになられるまでお姉様とお待ちしております」


「…すまない。ありがとう」


 ランサは少し眉を下げると「すぐ戻る」と言い、アーグン将軍と共に向かわれた。

 その背中を見送って、少しだけ寂しいような気持ちになった。






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