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8,令嬢と、『闘将』と、護衛官と

 ♦*♦*




 俺は砦の壁に凭れ、訪れたリーレイ・ティウィル公爵令嬢を見ていた。


 執務室で話を終え、外を案内しようと出てきた。鍛錬場では騎士達が鍛錬をしている。それをまとめているのは国境警備隊の隊長だ。

 その動きを見ながら、同時に視線を動かしリーレイ嬢を見る。今彼女は厩で馬丁とヴァンと話をしている。何か楽しい話でもしているのか、ここまでは聞こえないが笑っているのが見える。


 あれが、五大公爵家の『令嬢』か…。

 これまで見てきた貴族令嬢とは随分違う印象の女性だ。


 五大公爵家の方々は誰もが、家名と長く王家に仕えてきた誇りを持っている。家に恥じない教育を施され、些細な振る舞いも身に付けている。

 品良く、けれど堂々と。淑女の鏡ともいえる女性達だが、一筋縄ではいかない方々だろう。

 俺とて社交の場には何度も参加した。そんな人達を見てきた。


 だからこそ、この辺境地に来る『令嬢』がどういう想いを持って来るのかが分からなかった。

 生憎と女性との関わりは薄い。それこそ社交の場か、騎士団の女性騎士と話をするくらいでしかない。


 元は殿下の計らいで決まった婚約だ。公爵家の『令嬢』は拒みたくとも出来ないのかもしれない。そう思った。


 公爵家の『令嬢』は、王家と縁が結ばれる可能性が最も高い立場にある。ローレン殿下にはすでに御婚約者がいらっしゃるが、もう一人のギルベル王子殿下は身体が弱くまだ婚約者は決まっていない。

 もしかしたら、リーレイ嬢はそちらの縁を望んでいるかもしれないというのに…。


 無理をしているなら、すぐにでも破棄してもらおうと考えた。きちんと言ってくれていいと。

 俺はどうともないし、まだ婚約状態だ。正式に披露目はしていないし、『令嬢』にも大きな影響は出ないはず。


 そう、思っていた。

 なのに、俺のそんな考えは一瞬で吹き飛ばされた。


 最初はその姿と馬を連れている事に。そして意思の強そうな黒い瞳がまっすぐ俺を見た事。

 それに…公爵家の『令嬢』が、自分に深々と頭を下げた。


 この国で王族の次に立場ある尊く誇り高い家の『令嬢』が、特殊な立場とはいえ辺境伯である俺に深々と礼をした。

 淑女らしく礼が出来ない格好だったのは解る。だが、だからといって最大の敬意を示すような礼をするか…?


 俺はまたリーレイ嬢へ視線を向けた。


 本当に、公爵家の『令嬢』らしくない女性だ。


「あれが、五大公爵家の御令嬢ですか…」


 隣にやって来たのは補佐官のヴィルドだ。一瞥した視線を、俺はまたリーレイ嬢に戻した。

 俺達の視線が同じ人物を見る。


「お前でも驚いたか?」


「えぇ。俺は貴族の出ではないので分かりませんが、騎士団の女性以外で乗馬する女性は初めて見ましたから。それも公爵家の御令嬢。貴族の御令嬢は乗馬をするんですか?」


「まぁ…嗜みとして乗れる方はいるが、男装で乗る人は見た事がないな。、跨る事も駆ける事もない。苦手なら従者が手綱を握るのが一般的だろう」


 ヴァンには彼の馬があった。だからそうではない。

 男装だけでのんびり来たという可能性もあるが、わざわざそんな格好をするか? そう思うと導き出される答えがあるが、俺はそれを見た事がない。


 思う事は色々とあるが、とにかく元凶だ。思い出してため息が出る。


「殿下から「嫁を向かわせる」と手紙が来た時、俺は確かに「いりません」と返したはずだったんだが…。内容を間違えたか?」


「完全無視でしたね。貴方がいつまでもはいともいいえとも言わないからでは?」


 ヴィルドの声音が呆れと冷ややかを混ぜている。が、そこは気にするところではないので額に手を当てる。


 別に結婚を考えていないわけではない。いずれはしなくてはならないと思っているし、したくないわけではない。

 俺にも跡継ぎは必要だ。養子となれば色々と面倒もあるし、辺境伯家は役目もある。


「あれからまだ五年だ。いくらカランサ国が現状安定の様子を見せているとはいえ、油断できん。今女性を迎えてもゆっくり話し相手にもなれないだろう。もう五年か十年先で良かった」


「貴方はいつまでも身を固めないつもりですか…」


「そうは言ってない」


 なぜそうなる。まだ戦から五年しか経っていないんだぞ。

 もしまたカランサ国が好戦的な様相をとればこちらも対応が迫られる。五年だろうが十年だろうが警戒は必要だろう。


 だというのにローレン殿下は…。本当に頭を抱えたくなる。

 結婚などまだ考えていなかった俺に、『婚約者』を送ってくるとは…。


 およそ三か月前。

 俺の元にローレン殿下の名で手紙が送られて来た。時折業務連絡の如くやり取りはしているので、それだろうと特段不思議がる事もなく封を開けた。…開けなければ良かった。


 ただ一文「お前の嫁を見つけた。向かわせる」とだけの内容に、俺とその時一緒にいたヴィルドはしばし言葉が出なかった。

 一瞬宛先を間違えたのではないかと思ったが、間違いなく俺宛てだった。すぐに「いりません」と返事を返した。

 それからは音沙汰なく、仕方ない…と諦めてくれたんだろうと思っていた。


 その約一月後。

 再びローレン殿下から手紙が送られて来た。

 嫌な予感しかしなかった。が、無視するわけにはいかないので、仕方なく封を開けた。


 今度は数文。「嫁が出立した。気持ちの良い女性だ。仲良くしてくれ」と。加えて「両家の親からも了承は得ている。手続きも終えた。逃げるなよ」とまで書かれていた。

 それを見た俺はまたヴィルドとしばし黙り込んだ。「ローレンめ…」と声が漏れ出てしまい、手紙にぐしゃりと皺が出来た気がしたが気のせいだ。


 …昔から、ローレン殿下には振り回される。身分が下である俺は従うしかないが、子供の頃に二人で城を抜け出し町へ繰り出した後、互いの父親にこっぴどく叱られたのは今も忘れられない出来事だ。


 今回もまたローレン殿下に頭を抱えさせられる。


 来てしまうなら仕方ない。もう引き返せとは言えない。

 なので屋敷の使用人達に事を伝え、俺も出迎えるつもりだった。

 だというのに、野盗の動きが目立つようになり、屋敷を空ける事になった。『令嬢』が到着するだろう二ヶ月後には一度屋敷に戻るつもりだった。


 が、想定より早く『令嬢』が到着したと屋敷から知らせを受けた。早いなとは思ったが別におかしな日程ではなかったし馬車を走らせたのだろうと思っていた。

 合間に少しでもいいから戻り、挨拶だけでもしよう。どういう女性なのか分からないが、婚約者としてこれから共に暮らす事になるんだ。出来るなら良好な関係を築けるといい。


 そう思っていたが手が空かず、『令嬢』がこちらへやって来た。

 しかも男装して、馬を連れて。


 そこでやっと理解した。

 ローレン殿下が送ってきた『令嬢』は乗馬の出来る人なのだと。だが、手綱を従者が引いていないという事は己で操るという事。

 それが解り、今更のように浮かんだ疑問。


 なぜ、ローレン殿下はこの『令嬢』を選んだのか――


 生憎と、リーレイ嬢が渡してくれた手紙にも「彼女の事は彼女に聞いてくれ。良好な関係を築けることを願う」との内容しか書かれていなかった。


 疑問の答えはまだ出ていない。考えながら俺はリーレイ嬢を見た。

 護衛のヴァンと何かを話し、怒るような顔を見せている。それに対してヴァンはケラケラと笑っているようだ。

 …かなり親しそうに。


「……リーレイ嬢は、随分護衛と仲が良いな」


「そうですね……。邪推な想像ですか?」


「していない」


 ヴィルドの言葉には少々不快も感じたが、それはヴィルドに対してではない。

 では、誰に…。


 俺はすぐにそれを振り払い、リーレイ嬢の元へ足を向けた。

 騎士達の鍛錬している声が少々聞こえないような気もしたが、そんな怠惰な者はいない。


 俺は厩まで行くとリーレイ嬢の傍で足を止めた。

 厩には騎士達の馬もいる。草を食む咀嚼音。鼻息。少し蒸せるような空気にも、リーレイ嬢は平然とヴァンと馬丁と話をしていた。俺に気付いたリーレイ嬢が視線を向ける。


「馬に乗られるのですか? お邪魔でしょうか?」


「いや」


 すぐ傍にいる馬が擦り寄ってくる。慣れているので宥めるように鼻筋を撫でてやると喜んでいるようだ。

 馬を片手で撫でながら、俺はリーレイ嬢を見て言葉をかける。


「リーレイ嬢。馬は好きか?」


「…はい。あの…辺境伯様」


「ん?」


 視線を向けると、リーレイ嬢がどうして俯き加減で表情を曇らせている。

 なぜ、そんな顔をする? さっきまで楽しそうだっただろう?


 俺が見ていると、リーレイ嬢がまた俺をまっすぐ見つめる。まるで意を決したような目をして。


「私は乗馬を嗜みます。しかし…やめろと仰るならそう致します」


「なぜ、やめる必要がある?」


 俺の理解が追いつかない。乗馬をやめる必要がどこにある?


 心底不思議なので問うが、なぜかリーレイ嬢は少し唖然としているようで言葉がない。

 こういう表情も『令嬢』にはあまり見ない。微笑みを浮かべ感情を隠す人が多いからな。


 少々答えを待っていると、代わりにリーレイ嬢の後ろからヴァンが補足してくれた。


「お嬢は、はしたないから咎められるんじゃないかと気にしてまして……。バリバリ乗りこなして跨って駆ける人なので」


「成程」


 ……やはり、それをする女性だったのか。貴族女性には見ない行動だ。

 ヴァンの言う通り、はしたないと咎められる行動。


 だが、だから王都から半月早く辺境領に着き、砦までやって来たのだろう。屋敷の者達は知っていたな…。

 それでもそれを止めずに来させたという事は、ディーゴやシスには俺の考えが解っていたからだろう。理解のある者がいるのはありがたい事だ。


 俺は視線をリーレイ嬢へ戻す。

 少しだけ唇を噛んでいる。意を決して伝えて、何を言われるのか恐らく想像がついているのだろう。


 馬に慣れているリーレイ嬢は、恐らく王都でも触れ合っていたのだろう。よく公爵が許したと感心するが、本人が願ったのかもしれない。

 それでも、他の貴族に何を言われるかも理解している。婚約と言う状況の変化と相手に与える影響も。


 それでも、心は嫌だと叫んでいるように見えるのだがな……。

 それに生憎と、俺は他の貴族とは違う。


「リーレイ嬢。俺は別に咎めないし、やめろとも言わない。むしろ、この辺境では自分で馬に乗って逃げられるくらいがちょうどいい」


「そう…なのですか…?」


「そうだ。リーレイ嬢が馬に乗れるなら、その馬に同乗して子供を一人救えるかもしれない」


 リーレイ嬢の驚いた顔が俺を見る。


 かつて戦となった時、町には避難命令が出た。大人も子供も避難した。その時には騎士が動けない者を連れて行く事もあった。

 割り振れる人数には限りがある。そんな時リーレイ嬢のように馬に乗れる者がいれば、それはそれだけで心強い。

 徒歩で迫る相手がいれば、逃げきれる確率も上がる。


 だから俺は、男でも女でも子供でも老人でも、乗馬を咎めるつもりはない。


「乗馬とて簡単な事ではない。その立場でよく練習できたな」


「あ…はい……」


 馬を乗りこなすにはそれなりの時間と訓練が必要だ。時には馬から落ちる事もある。

 怪我をするそれをよく出来たものだ。それとも周りを従者や護衛が固めたか? 邪魔だな。余計に馬が暴れる。


 唖然としていたリーレイ嬢が、なぜか少し頭を抱えるような動きを見せた。


「……お許し下さり、ありがとうございます」


「いや」


 礼を言われるような事ではない。

 頭を下げたリーレイ嬢をじっと見て、俺も伝えておく事を言っておくことにする。「俺からも一つ」と言えば、リーレイ嬢はすぐに頭を上げた。


「現在、国境付近は少々野盗が煩い。砦周囲で被害はないが、離れれば森の中に居ることも少なくない。国境沿いは隣国から流れてくる野盗もいる」


「はい」


「騎士達を配置しているが、リーレイ嬢も国境には無闇に近づかないでくれ」


「分かりました。私にはヴァンが居てくれますので、大丈夫です」


「……そうか」


 リーレイ嬢の視線が「ね?」と後ろのヴァンに向けられるのを見て、俺も釣られて視線を向けた。「護衛ですから」と言葉とは裏腹にさらりとした調子が返って来る。

 ちらりとリーレイ嬢を見れば、俺を見るのとはまた違う目がヴァンを見ている。


 事前にローレン殿下からの手紙で「供は護衛官の男一人だ」とは知らされていた。

 別に気にはしなかった。大方殿下か『令嬢』の父である公爵がつけた護衛だろうとは予測していた。「『令嬢』の意向で供はそれだけだ」と書かれていた事には驚いたが、屋敷内でいらぬ対立は生まれないし、大して重要には考えなかった。

 余程強力な護衛なのかと、その腕前に少々興味が湧いたくらいだ。


 だが…こうして実際に見て、いやに親しいのが分かってしまうとどうも良い気がしない。


 リーレイ嬢は俺との婚約を前向きに考えているように思う。俺の事を知る為に来たのだと驚く発言を貰ったが、これはいい関係を築けるかもしれないと嬉しくも思ったのだ。

 それなのに、まさかそんな俺を弄んで、別の‟男”を連れて来たのだろうか…? それなら流石に不快だ。


 それとも、王都から一緒だったから、ついさっき会ったばかりの俺とは違うだけか?

 俺が婚約者で、ヴァンが護衛だから違うのか?


 何がその違いになっているのか分からない。だが、リーレイ嬢が俺にくれた言葉は俺も同じ想いにさせられた。


 知らなければ。もっと。リーレイ嬢の事を。

 勿論、この護衛官の事も含めて。


 俺がヴァンにちらりと視線を向けると、ヴァンはススッと後退し、リーレイ嬢は首を傾げていた。






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