79,重圧が…
♦*♦*
騎士団と近衛隊の慰労会は、賑わったまま終了した。
その間、ランサと話をする時間はなくて、騎士の皆様に囲まれ続けていた。騎士団も近衛隊も仲良さげに喋っていて、隊服の違う両者に少しだけツェシャ領の砦での光景を思い出した。
そして私達は屋敷へと帰って来た。
リランはもう家へ帰ったようで、シルビ様が出迎えて下さった。
「おかえりなさいリーレイ様。遅かったですね」
「すみません…。アーグン将軍に見つかって、慰労会に混ざっていました」
「まぁ。ふふっ。そうだったの。楽しかったかしら?」
「はい。とても」
安心したような労って下さるような笑みに心から疲れが癒された。
ドレスから私服に着替え、やっと部屋でホッとする。すぐに夕食になればメイドに呼ばれるから、それまで休める…。
にしても、疲れた…。観戦は楽しかったけど、まさか慰労会に混ざることになるなんて。
アーグン将軍には助けて頂いたし。突然の私を騎士達は歓迎してくれたし。…さすが騎士団長の知り合い効果だと感じた。あれもアーグン将軍が日頃から慕われているからなのかな。凄い。
「リーレイ」
突然、ノックなく部屋の扉が開いた。一瞬びっくりして、それがランサだと分かるとホッとした。
…ランサ。シルビ様に注意されてたけど忘れてるのかな?
「どうしたの?」
ソファで寛いでいた私は、やって来たランサを見る。ランサはすぐに私の隣に腰を下ろした。
またぴったりと距離を詰めて。…うん。恥ずかしいな。加えて私の手をきゅっと握るから逃げる事もできない。
と、何を思ったのか、ランサが急にぎゅっと私を抱き締めた。背中に手が回ってその熱に包まれる。
「ランサ…!?」
「ん」
肩口でくぐもった声が返って来る。それが妙に恥ずかしい。
どうしようと思って、そっと肩を叩くけど、離れてくれそうにない。どうしよう…。そもそもいきなりどうしたの…?
色々と頭を巡る考えはどれも言葉にならなくて。すぐ傍の黒髪を見る。
「ランサ…?」
「リーレイ…」
「うん? なに?」
きゅっと少しだけ腕の力が強くなる。
恥ずかしい。心臓がやっぱり煩い。だけど二人ならまだ大丈夫。頭はちゃんと動くようになった。成長してる。
そっと、ランサの背中に手を回す。
「…リーレイ」
「うん」
「騎士達と話をしたのは楽しかったか?」
「? うん。楽しかったけど…」
「俺は楽しくなかった」
ちらりとランサを見てもその表情は分からない。だけどなんだか少し、拗ねた子供のような言葉で面食らった。
トントンッと背中に回した手でそっと叩く。
「話、しなかったの?」
「そうじゃない。試合の最中も終わってからも、色々と話はした。悪意はあまり感じなかったから、大丈夫だ」
…そういう見られ方もするよね。
そう思いつつも、今のランサの状態に繋がる話ではないようで少し首を捻る。
うーん。他。他に何か…。
婚約者だとはバレてないし。私の素性も同じ。
「えっと、私が勝手に騎士団に行ったから…?」
「違う。…何か用だったんだろう?」
「ランサを迎えに。アーグン将軍がまだ帰らせるつもりがないみたいで私も参加する事になって…。アーグン将軍、言ってなかった?」
「…聞いていない。わざとだな」
あれ…? ランサの不服が増してしまった。
これはもうどうしたらいいんだろう…。こういうランサをこれまでに見ていないから、どうしていいのか分からない。
「リーレイ。俺は常に思った気持ちはそのまま伝えるようにしている。言わなくとも伝わるとは思わない」
「うん」
「だが、そうでない男もいる。その人の事を綺麗だ好ましいだと思っても口にせず、視線や態度だけで時間をかけて分かってもらおうとする者もいる」
「…うん?」
ランサは言うと、腕は私の背に回したまま顔を上げた。
やっと見えたランサの目はとても真剣で。それでいて少し拗ねているようで。私は首を傾げてしまう。
ランサの言う事は解る。ランサのように思う事を口にしてくれる人はあまりいない。多くは後者で、傍目に見ていた夫婦の姿だったから。
だけど、それは今の話にどう繋がるのかな?
「リーレイが楽しそうにしているのを見る度。相手の騎士と距離が近いのを見る度。嫉妬でどうにかなりそうだった」
「!」
「バールートにもヴァンにも殺気を抑えろと何度も言われた。気付いていたか? 綺麗だと、結婚しているのか婚約者はいるのかと。騎士達が気にして話していたのを」
「…知らない」
…それは。一体いつ。全然耳に入らなかった。
色々と混乱する情報で一度視線を下げた。
ランサが嫉妬してた…。周りも騎士達ばっかりだったし、騎士は男性が多い。話をしていると必然距離は近いし、私も話すのは楽しいと思っていた。
実際そうだと思い至る事があって言われると、何て言えばいいのか分からなくなる。
「ごめんなさい…」
「違うリーレイ。責めていない」
悪い事をしてしまった気持ちになってしまう。思わず謝るとランサの手がそっと私の頬に触れた。
導かれるように視線を上げると、優しい目が私をじっと見ていた。
「でも…」
「リーレイ。俺は…父上達には執着していると言われるが、度量は広いつもりだ」
「しゅう……うん。ランサは私に剣も馬も許してくれたもの。心の広さは知ってる」
「…それは少し違うな。まぁいい。リーレイに他の男と仲良くするなとは言わない。俺が我慢すればいいだけだ。ただ、手ずから何かを受け取ったり。触れられたり。そういうのは嫌だ。こうしてリーレイに触れるのは俺だけがいい」
それは、私にも分かる。私も思う。
こうして大切だと伝えるように触れてくれるのは、ランサだけがいい。ランサじゃなきゃ嫌だ。
そっと頬に触れる手に私も手を添える。と、ランサは目を細め、少し不敵な色を見せた。
「リーレイを不埒な目で見る男もいる。視線や空気で好意を分かってもらおうとする男もいる。そういう目はきちんと見極めてくれ。でなければ俺はそいつを斬ってしまう」
「!? いきなり物騒!」
ギョッとしてランサを見ると、拗ねていたのが一転、揶揄うような笑みを浮かべた。
私は恐いだけだけど!
「向けられる好意。それに距離。俺は騎士団の慰労会は心底楽しくなかった」
「うん…。意味が解った」
「ではリーレイ」
「はい…。気を付けます」
これは…かつてない重圧を感じる。ダンスの重圧なんてまだ軽かった…。
色んな意味で身体が震える私を見下ろして、ランサはクスリと笑う。
「リーレイはずっと男装で駆け回って仕事をして、恋愛色事の欠片もなく、男達からは嫌味を散々言われたらしいから、鈍くて気づかなさそうだが、頑張ってくれ」
「うっ…!」
グサリと何かが刺さった。痛い…。
私は決して可愛らしい天然じゃない。ただ嫌味を言われ続けて捻くれているだけ。平凡だし。好意の目より嘲笑と軽蔑の一瞥を向けられるものだったし。
それに何より、初めて好意を教えてくれたランサが、こういう表現をする人。
マズイ…。普通の好意的な視線が分かりづらい。どういうもの? 騎士達の中にいたの? 歓迎の目しか見えなかった。
ヴァンは参考にならない。バールートさんもソルニャンさんも違う。他…ほかに…誰か教えて!
真剣に悩んで苦しんでいるのに、すぐ前のランサからは笑う声が聞こえてくる。
「ランサ…」
「すまない。真剣な姿が可愛くてつい」
待って。そういうのをさらっと出さないで。私はそうじゃない表現を知りたいの。
頭を抱える私を覗き込むようにランサの瞳が私を映す。
と、今度は旋毛や髪にとちゅっと口付けが降って来た。
「っ…!? 待ってランサっ…!」
「待てない」
驚いて頭を上げれば、額に目元に頬にと、次々と降って来る嵐。
耳を震わせる音が鳴りやむまで、きゅっと体が強張っていた。
いくら二人きりでも、あまりこうも次々と落とされるのは恥ずかしい。
「リーレイ。リーレイからのが欲しい」
「っ…」
あぁほら…。
その表情は、狡い…。




