76,傍にはぬくもりがありました
♦*♦*
ランサは怪我の不安もなく勝った。それに少しホッとして、同時に久方に見るランサの剣術に見惚れた。
やっぱり凄い。無駄がない。速くて鋭い一閃が相手を圧倒しているのがよく分かる。
「お嬢。惚れ直しました?」
「っ……うんっ」
「あら。ではそうランサに言ってあげなければいけませんね」
シルビ様がクスリと笑うから頬が熱を持った。恥ずかしい…。
でも、否定したくないから仕方ない。
ふっと気持ちを落ち着けていると、貴賓席の御令嬢方も色めき立っている。立ち去っていくランサを皆様熱い視線で見送っている。
「素敵ね…。『闘将』ってイメージと全然違うわ」
「まだあんなにお若くて…。辺境伯様の御婚約者様ってどんな人なのかしら? どこの貴族?」
「どこかしら? そういえば…それはまだ分からないわね」
「大方どこかの伯爵家か侯爵家の御令嬢ではないかしら? 特別な辺境伯家ですもの」
父様が不正を見つけた事は流れていても、ティウィル公爵家との関係はまだ伏せられている。
…夜会で私だと知られた時が、ちょっと怖い。
「…御当主の高笑いが目に見えますね」
「ヴァン?」
「御当主。情報統制して、夜会で全てを公にするつもりですよ。だから今肝心なところを曖昧にしてるんです。どの家が気付くか、その見定めもするつもりですかね…。で、夜会で旦那様とお嬢、リラン様が出て行って「ふっははは」って内心高笑いです」
…叔父様が高笑い。想像できない。いつも優しく笑ってくれるから。
でも叔父様も公爵家の当主。そういう考えはよくなされているんだと思う。私はそういう貴族らしい考えは全然できない。
私はいつだって、自分の事で手一杯で。ランサの力になる為にどうしようって事で一杯で。
思う私の隣ではリランが首を傾げる。
「私達の為である以外では、それはどういう意図でなされるのでしょう?」
「話題を集める事もあるでしょうが。御前試合というこの場さえ利用して、兄一家を守る事。そして思考と先見に優れている家の見定め。そして知った他家が擦り寄りを見せるか。…それに、辺境伯家への一手と、お二人にも気を引き締めるようにと。仰りたいのかもしれませんね」
「おー。さすが前辺境伯夫人」
「いいえ」
シルビ様も少し考えは読めるみたい。…見習わなければ。
改めて座っているこの席の重さを感じる。…叔父様は優しく、そして強かだ。色んな事を考えている。
「…叔父様がして下さっている事。動き方。私も感謝して、無下にしないように、見習って振る舞わないと」
夜会への意思が固まる。ダンスが…なんて頭抱えてる場合じゃない。堂々としないと。
…私の後ろでヴァンが「お嬢のやる気の注入もあるかも」ってクスリと笑い、皆が笑みを浮かべていたなんて、私は知らなかった。
気合を入れた私は、思った事をソルニャンさんに聞いてみる。
「ソルニャンさん。辺境騎士団の中でランサに勝てる人はいるんですか?」
「そうですね…。良い試合するのは、やっぱり国境警備隊隊長のロンザさんですが、勝てる人はいないですね。お強いですよ」
「まぁ。やはり『将軍』となるとお義兄様はお強いのですね」
「そりゃもう。俺はツェシャ領行って十年経ちますが、ランサ様に勝てたのは行ったばかりの、ランサ様がまだ十代半ばの頃だけでした。手を抜くなってガドゥン様の御命令だったので」
ソルニャンさんは少し懐かしそうに、少し困ったように笑った。
…子供のランサ、か。
私はその話をシルビ様に少し聞いている。ダンスの練習をしていて、ランサが居なかった時に。
ランサは父であるガドゥン様の影響なのか、物心つく前から木剣を振っていた子供だったそうだ。
時が経つにつれ、世話役兼鍛錬相手として屋敷で働くようになったディーゴに剣の鍛錬を受け、時にはガドゥン様にも鍛錬をつけてもらった。そして毎度地面を転がされたらしい。
それでも、子供の頃のランサは楽しそうに毎日木剣を振っていたらしい。
それが少し変わったのは、ガドゥン様の役目を少し理解出来るようになり、砦に連れて行ってもらった頃らしい。
それからランサは、それまで欠かさなかった剣の鍛錬をあまり楽しんでやらなくなったそうだ。シルビ様もディーゴも急にどうしたのかと不安になったらしい。
やがて、木剣を持たなくなったランサに、さすがに心配になったシルビ様はガドゥン様に相談したそうだ。
そしてガドゥン様は、遠乗りにランサと出掛け、帰って来た。
それからランサはまた少しずつ木剣を振るようになった。それでも時々気が進まなさそうな時もあって、シルビ様はそんな時は剣ではなく、美術品の鑑賞や読書に時間を使わせたらしい。…でも時々読んでる本が戦術に関してとかで、何とも言えなかったそうだけど。
ランサは成長し、木剣は真剣に変わり、砦へも足を向けるようになった。そしてだんだんと役目や騎士について学び、自分もまた力をつけていった。
だんだんと自分の直属隊についても考え始め、それが今のバールートさん達に繋がっている。
その話をしながら、シルビ様は少し悲し気な目をしていた。
『ガドゥン様は、若い頃から有名で名を馳せた御方だった。だからランサにはとても苦労をかけたと思うの。父親が有名で、あの子はどれだけ苦しい想いをしたか…』
ランサは決して生まれながらに今の実力を持っていたわけじゃない。努力をして。そして今の力をつけた。
そんなランサを、まるで初めから全て持っているように思う人もいる。
幼いランサの心を考えて、胸が痛んだ。
『私は騎士ではないから何と言っていいのか分からなくて…。だけど、成長したランサを見て、あぁ大丈夫だって。何も出来なかった情けない親だけど…』
『…ランサは危険と緊張を持って常に国境を警備して。それでも直属隊や国境警備隊、仲間の前では少し力が抜けているように見えるんです。ランサは…自分について来てくる人達がいることを、いつも嬉しく、感謝しています』
『そう…』
『それに…屋敷の皆の前でも、同じように力が抜けています。それを見ていると思うんです。きっと…力が抜ける、抜いても大丈夫だと思える人がいつも傍にいて、子供の頃からそうあれたんだと。じゃなきゃ今になってあんな顔できません。そして、それは決して誰でも良い訳ではなくて。子供だったランサにとっては、見守り傍にいてくれた、シルビ様ではないでしょうか?』
『私…』
『実は…ツェシャ領で準備をしている時、御両親はどんな御方か聞いたんです。そしたらランサ…「母はいつも優しく穏やかで、傍にいてくれたぬくもりに溢れた人だ」ってそう言ってました。だからシルビ様。何も出来なかったなんてこと、ありません』
自分について来てくれる人がいる。自分を見守り傍にいてくれた人がいる。それがランサの力になっているんだと思う。
誰も、一人では生きられない。立てない。周りの力はとても強いものだと思う。
私も、周りに恵まれている。だからそんな周りの皆に。支えてくれる皆に、恥じない自分でいたい。
叔父様に。ラグン様に。父様に。リランに。ヴァンに。
そして、ランサに――…
私の想像だったけれど、話の直後に戻って来たランサは、すぐにシルビ様の様子に気付いて心配そうな顔を向けた。
『母上どうしました? どこか痛むところでも?』
そう言って。とても心配そうにして。シルビ様はそんなランサを見て少し揺れた瞳で「大丈夫よ」と安心したような笑みを浮かべていた。
努力を続けたランサを凄いと思う。そして今もそれを怠らない姿勢を尊敬する。
その背中が強烈な光のようで。辺境騎士達を引き付けて止まない。
私も、そんなランサに相応しくあれるように頑張らないと。
ランサの隣で堂々と貴族と挨拶ができるように。そしてダンスも完璧は難しくとも…足は踏まないように。小さな目標を立てておこう。よし。
御前試合はその後も順調に進み、いよいよ決勝戦になった。
「優勝決定戦! 騎士団長、ガルポ・アーグン将軍!」
「ツェシャ領、辺境騎士団団長。ランサ・クンツェ将軍!」
試合する二人の登場に会場が盛り上がる。歓声が凄まじい。特に観戦に出てきた騎士達から「将軍ー!」って声が止まない。…どっちも将軍なんだけど。
二人はどちらも高位貴族。だけど今この場にそんな空気はない。
武の猛者として。剣を握って睨み合う。
強者の試合に自然と緊張して、握る拳に力が入る。
久方の御前試合とまず見れない二人の対決。冷めない興奮の中「始め!」と試合開始が告げられた。
次の瞬間には両者の剣がぶつかり合っていた。
ガキィッと金属音をたて、一気に観客は息を呑んで試合を見守る姿勢になる。
眉一つ動かさない真剣なランサと、不敵に口端を上げるアーグン将軍。こちらにまで伝わる両者の気迫。
剣を横に流してすぐさま次の手を打ち出す。そんなランサにアーグン将軍は冷静に剣を振る。
傍目にも、アーグン将軍の一撃の重さが伝わって来る。ランサの一撃は強く、早くて鋭い。無駄のない最小の動き。
戦うランサの目はいつもの目とは違う。まさに刃のように強く鋭く相手を見据え。そして射抜く。
そんな姿に心が震える。あれが『将軍』であり、『闘将』と呼ばれる人。
刃を潰している剣でも怪我はする。だけど両者はそんな事一切考えていない。
体勢を低くさせたランサが素早く剣を振り上げる。アーグン将軍は紙一重でそれを躱し、攻撃に転じた。
観客も全員声が出ない。その気迫に。緊張に。目が逸らせない。
「本気だな。アーグン将軍…」
ヴァンがつらりと頬に冷や汗を流して試合を見ている。私も握り合わせた手に汗がにじむ。
そんな私の隣でシルビ様はおもむろに口を開いた。
「アーグン将軍には、感謝しなければいけませんね」
「感謝ですか?」
落ち着いたシルビ様の声音にリランが首を傾げた。その声にひとつ頷き、シルビ様は続ける。
「ランサの実力は『闘将』と呼ばれる程に優れています。ですが…王都という場所は、噂ばかりでその実際を知らない者ばかり。かつての戦さえ…ガドゥン様の功だと思っている者もいるでしょう」
「俺達はツェシャ領でいつもランサ様を見てますから、何の違和感も疑問も持ちませんが。それに…五年前はランサ様もまだ若かったですしね」
私もそうだった。王都で知るランサの事は噂と異名だけ。その実際なんて何も知らない。
それは、この会場でランサを見ている全員がそうだろう。
一騎士として戦で最前線を任され。それが終われば辺境伯位を継ぎ。
「ガドゥン様は思い切った決断をされたんですね…」
「私ももう少し後で良いのではないかと思ったのですが…。ランサならもう大丈夫だと…」
「それだけ奥様との時間も大事だったんですね」
「本当は王都に来るのは先にしたくもあったのですが…子供達には勝てませんから」
クスリと笑み混じりのソルニャンさんの言葉に、シルビ様は眉を下げた。
ガドゥン様は肉体的な理由で身を引いたわけじゃない。今だって十分現役なのは屋敷で手合わせしているのを見ても分かる。騎士団の指導をしつつ、身を引いたから堂々と表に出て武の腕は披露しない。
その実力が、ランサを打ち負かすほどであっても。
試合をじっと見つめる。相変わらず本気の剣がぶつかり合っている。
両者の気迫は、その刃が互いの首筋に添えられるまで一切緩むことはなかった。
呼吸も忘れた観客の歓声が「引き分け」の言葉に思い出されたように轟いた。
二人には陛下直々に、翡翠の勲章と、一輪の花が授けられた。かつて国一番の武人に当時の王が贈ったとされる白い花を、二人は胸のポケットに誉として抱いていた。
惜しみない実力を発揮した二人には、鳴りやまない拍手と歓声が送られた。




