75,『闘将』にとって唯一なのです
♦*♦*
「いや…すげぇなバールートさん」
「あぁ。あのアーグン将軍とあれだけやり合えるなんて」
「あんな人見たことねぇよ」
試合が終わって控えの場所に戻れば、そう言って騎士団の騎士達が出迎えてくれた。
俺は「ありがと」と礼を言いつつも、かなり悔しくて仕方ない。
「くっそぉ…。もうちょっとやれると思ったのにぃ…」
「そう思うならまだ伸びる」
悔しさが顔に出る俺の耳に、ランサ様の声が届いた。
騎士達もハッとなって視線を向ける先で、ランサ様は砦で見るキリッとピシッとした顔で俺を見ていた。
「よくやったな。アーグン将軍とあれだけやれればなかなかだ。だが、まだ鍛え直しの余地がある。今の試合を顧みて、反省し、次へ活かせ」
「はい!」
ランサ様はいつもそう。出来たところを褒めつつ、次への道を進めと背中を押す。
そうしてくれるから、辺境騎士はできなかったところや反省点を意識して、次の鍛錬に臨める。得意な奴がいれば教えてもらう。そうして容赦ない鍛錬をくぐり抜け、実力を伸ばす。
辺境騎士団はちょっと鍛錬は厳しいってだけで多分騎士団と変わらない。騎士団から来た人が潰れるってくらいで。
なんでか、ランサ様の言葉に頷いてる俺の周りでは騎士達が冷や汗交じりに見えるけど、何でだろ。
ランサ様はそのままやって来て俺の隣に腰を下ろした。
「やっぱあの体躯ですもんね。一撃が重いです。けど闇雲な力の乗せ方じゃないし。うーん…。セデクさんかロンザさんに鍛錬相手してもらおうかな…」
「ツェシャ領ならそうだな。今なら屋敷で父上とできるぞ」
「あ、生贄…。でもそれもいいんですよね。ついてけないくらい長時間ですけど…」
俺がそう言うとランサ様は微かに笑みを浮かべた。
生贄はヤだ。ヴァンさんじゃないけど。
だけど、鍛錬って思うと悪くはない。…いやうん。一度に何十回試合すればいいのかって地獄巡りだけど。
うーん…と俺が迷ってる傍ではコソコソ話が聞こえてくる。
「やっぱ辺境騎士ってすげぇんだな…」
「だよな。あれだけ団長と試合出来るのに、次の鍛錬考えてるとか…」
「クンツェ辺境伯様もさ。話に聞いてただけだけど『闘将』ってイメージから想像した人と全然違うよな…」
「どんな試合すんだろ」
ランサ様は聞こえてくる会話にも聞こえてないみたいに平然としてる。俺もあんまり気にしない。
ランサ様が有名なのは俺も嬉しい。でも、ランサ様はあんまり喜びを出す人じゃないし。ただ役目を全うするだけだから。
だから俺らもあんまり「凄いだろう!」とは言わない。嬉しいけど。
「なかなか良い試合だったぜ」
そう言いながらやって来たのはさっきまでの俺の相手、ガルポ・アーグン将軍。この人はなんていうかガドゥン様に似てる。
その人を前に俺もランサ様も立ち上がった。
「騎士団にもお前みたいな逸材が欲しいわ。さすが辺境騎士団」
「騎士団とて精鋭揃いではないですか。辺境は実力がなければ困るので、少し厳しいだけです」
「少しな!」
アーグン将軍は声をあげて笑う。そんな前でもランサ様は淡々としてる。
二人は騎士であり貴族でもある。だけどなんだろう…全然違うな。
俺だけじゃなく周りの騎士達も二人を見てる。
俺は、ランサ様が王都入りして城に入った時に同行して、アーグン将軍とはすでに顔見知りになってた。
その時の騎士団の中で唯一、俺が辺境騎士だって事を知っていた方で。さっきの試合も当たると分かった時「楽しみだ」ってワクワクする顔をしてた。
俺も同じだった。騎士団の団長と試合なんて滅多にできないから。「楽しみです」って二人で話してたら、なんでか周りの騎士に「え…」って顔されたけど。何でだろ。
「王都に居る間、騎士団にも顔出してくれ。ガドゥン殿と騎士の指導してくれりゃ実力も跳ね上がるだろ」
「考えておきます」
アーグン将軍。猛者が好きって感じだな。
それに、あんまり騎士団とか辺境騎士団とか深く考えてなさそう。ランサ様も少し困ったような、やれやれって様子で肩を竦めてる。
そんなアーグン将軍がこそっとランサ様に真剣に言った。
「ついでに、ヴァンも連れて来てくれるとありがたいんだが?」
「逃げますよ」
「んだよアイツ…。辺境伯でも無理か?」
「無理ですね。ヴァンは主以外の頼みも命令も受けないので」
「…ってことは、やっぱり令嬢頼みか。それか強制的に気絶させて入隊書にサインでもさせるか…」
あ。ヴァンさんに危機が…。後で伝えとこう。
今もくしゃみしてそうだけど…。「悪夢が…」とか言って。
その時、ワッと会場の方から盛り上がりの歓声が聞こえた。それを聞いたアーグン将軍は一度視線を向けてから、改めてランサ様を見る。
「それじゃ辺境伯。決勝まで来てくれよ」
「勿論です」
さして表情を変えず言うランサ様に、アーグン将軍は笑った。
試合から戻って来たらしい騎士に何か声をかける様子をちらっと見て、俺は歩き出したランサ様について行く。
次の試合、いよいよランサ様の試合だ。相手は近衛隊の騎士で隊長直属隊の第一級騎士。
騎士団にも直属隊はあるけど、どっちでも実力者揃い。
控えの天幕から出るランサ様に、次の試合が楽しみな騎士達も続くように出てきた。俺は当然一番前で見る。
剣を受け取ったランサ様はさっきまでのリラックスした顔じゃなく、『将軍』の顔になった。
刃のように鋭い白銀の瞳。立ち昇る風格。まとう空気が一変して、俺の周りで騎士達が唾を飲む。
鍛錬の時に見るランサ様の顔だ。『将軍』であり『闘将』の呼び名に相応しい、俺達の主。
その姿を見るだけでワクワクしてくる。
それに今回はリーレイ様が見に来てるから、ランサ様もやる気が違う。
「第三試合! 近衛隊隊長直属、第一級騎士、ケイニック!」
「ツェシャ領、辺境騎士団団長。ランサ・クンツェ将軍!」
ドッと会場から歓声が沸き上がってる。盛り上がりが凄い。
さすがランサ様…って思うけど、当のランサ様は表情を変えない。
そのままゆっくり歩いて進み、会場に立った。
その背中を。『将軍』の背中を。戦闘でいつも最前線を走っている背中を。
俺はワクワクしながら。誇らしく見つめた。
♦*♦*
試合や手合わせ。それは決して嫌いではないし、むしろ、強い相手と手合わせが出来ることは、実力をつける機会にもなって良い。
そもそも辺境伯は『将軍』として敬意を抱かれる事もあるが、危険視してくる目もある。だから俺はただ役目をこなす事にのみ力を尽くす。
辺境伯として、目立つ事は望まない。だが、俺が実力を示す事が、民が安心して日常を送れる事にもなるという事は理解している。
騎士達に手本として見せるものならともかく、こういう観戦される試合は気が進まない。
ローレン殿下は俺のそういう心情を知っている。だが殿下は俺一人よりも民の安心をとる。そういう人だ。それが王族だ。
周囲の熱気とは裏腹に、俺の頭は冷えていく。
どう戦い。どう終わらせるか。相手の動きから目を逸らさず、感覚と勘を張り巡らせる。
フッと小さく息を吐き、俺は視線だけを周囲に巡らせた。
貴賓席。つらつらと並ぶ顔。その中で唯一、俺の視線を捕えてやまない女性がいる。少し心配そうに。けれど剣を持つ者故なのか、じっと俺を見つめている。
そんな彼女らしい視線に、俺は少し心が安らぐ。
リーレイに見てもらえるなら。見惚れてもらえるなら。いくらでも見せよう。
俺の為にと。俺の助けになれるようにと。いつも頑張ってくれるリーレイを繋ぎとめるために、何度も惚れ直してもらわなければならないのだから。
そう思うと、気の進まないこの試合も、少しはやってもいいかと思う気になる。
「――始め!」
試合開始の掛け声と共に、相手のケイニックが地面を蹴った。
打ち込んでくるその剣を俺は見極め。躱し。流す。
もしもここで俺が怪我でもすれば、リーレイは「もうしないで」と言うだろうか…?
心配させたくはないが。そうなると常にリーレイに惚れ直してもらえるように、もっと愛情を伝えなければならない。それか、もっと乗馬や狩りの腕でも披露した方がいいだろうか? 領民と交流している所を見せるべきか?
そう考えてふと思う。
俺はこうも、リーレイを繋ぎとめる方法を考えさせられる。リーレイはいつも俺の内面を見て、知ろうとしてくれるから。
……あぁそう。それが本当に、彼女のまっすぐな瞳をそのまま表しているようで、堪らなく愛おしい。
リーレイ。君は知らないだろう?
『私は、貴方の事を知る為に、ここに来ました』
『幼い頃からかなりの鍛錬を積まれたのですね』
出会ったばかりのあの時、君がくれた言葉が、俺にとってどれほど嬉しいものだったか――
常勝将軍『益荒』を父にもち。「あの父親の子だしな」「さすが『益荒』の息子」と言われ続け、生まれついたものに押し潰されそうになった。
そこから引き上げてくれた他の誰でもない父上や、俺についてくるという直属隊の騎士が居て。彼らが居たから、俺は『将軍』としてやれるだけの事をその時に精一杯やることができた。
そして『将軍』としてと同じくらい、貴族として。辺境伯としての己も磨いた。
相応しくあるために。武の腕と己を磨いていた俺の元に来てくれたのが、リーレイだった。
リーレイと接する時、初めて感じた。それまで培い、磨いてきたものが、何の役にも手助けにもならないと。
貴族に染まっていない。騎士でもないリーレイは常にまっすぐ、俺を見てくれたから。
ヴァンに嫉妬して。感情的に怒って。どう接するのか考え。距離感に迷い。
一人のただの男として。愛すること。悩むこと。心配させること。知らなかった想いを教えてくれた。
ただひたすらに役目を果たし、辺境伯として『将軍』として生きていた俺に、リーレイだけがくれたものが沢山ある。
他の誰かでは感じない。こんなにも胸の内が苦しくなることも。嬉しさと幸せで満たされることも。
リーレイを手放せない。離れて欲しくない。
背負う役目と同じくらい、俺にとって大切なただ唯一の女性。
そんな彼女が見ている前で、俺に敗北は許されない。
攻撃に転じた俺は、相手の剣の腹に己の剣を当て、軽く捻った。そうすれば相手の剣は弾き飛ばされ、俺の勝利が宣言される。
「さすがです辺境伯様。手も脚も出ませんでした」
「いや。貴殿もなかなかの腕前だ。冷静でよく見えている」
周りの歓声を受けながら、ケイニックと握手を交わす。
会場を後にする前に、俺は視線だけを貴賓席に向けた。
ほんの一瞬。それでもリーレイと目が合った気がした。ホッとしたような彼女は微笑んで、膝の上で小さく手を振ってくれた。
……何だその可愛い攻撃は。今すぐ駆け寄って抱きしめたくなるんだが。
滅多に見せないリーレイの可愛い行動に、俺は内心で理性を全神経を使って抑えつけながら会場を後にした。




