74,観戦はのんびりです
少々思考が飛んでしまう私の周りでは、ソルニャンさんがシルビ様の後ろでヴァンと話を続ける。
「ヴァンさんとランサ様。それにガドゥン様が出るような試合なら、とんでもなく見応えがあっただろうな」
「ヤですよ、それ俺が負けるだけじゃないですか」
「そうか? ランサ様と良い試合しただろ?」
「それはそれです。あれは仕方なくなんで。ガドゥン様と試合なんかしたら、「俺が勝ったら騎士団入れ」とか絶対に条件付けられるんで断固拒否ですね」
「相変わらずの悪夢だな」
クツクツと笑うソルニャンさんと同じように、私も苦笑いが浮かんだ。
ヴァンの想像力がなかなかのものになっている…。
今回の御前試合、バールートさんは「辺境騎士団代表!」って張り切って参加していた。ソルニャンさんはどうしようかって風だったんだけど、シルビ様が観戦なさるから「お前護衛」って傍にいられないガドゥン様に命じられ、参加はやめた。…これは父の意向を受けたランサも了承済み。
それもあって、今回のソルニャンさんはシルビ様の護衛として一緒に観戦する事になった。服装も隊服は目立つから私服風。でも腰に剣があるから騎士だと一目で分かる。シルビ様の傍に居ると、まさに用心棒って感じだ。
そして、そんなソルニャンさんに護衛を任せたガドゥン様は、今回の御前試合に参加はされない。
ガドゥン様は引退したからと、こういう公衆の面前での試合や催しには一切参加されていないらしい。その理由は私にも解る。
そんなガドゥン様が日頃から鍛えているからなのか。それともランサが出場するからなのか。騎士団の控え場所から「うおおぉぉ!」ってまるで開戦かと思うような雄叫びが聞こえてくる。気のせいでなければ。
…あそこにはランサもいるはずなんだけど。
「ソルニャンさんは参加されたことはあるんですか?」
「ツェシャ領に派遣される前に一度。といっても、あの頃は下っ端で弱っちかったですよ」
「では、今度参加すれば分かりませんね」
「上行きますよ」
リランの言葉にニッと口端を上げ、実力をつけていることを見せてくれる。
元は国境警備隊所属だったソルニャンさんは、ツェシャ領に行ってからかなり鍛えられたんだろう。…ランサの鍛錬、厳しいから。
少しお喋りしていると開始時刻になり、ドオォンッと低く鐘が鳴らされた。
御前試合の始まりだ。
王家の方々はもう少ししてから観戦に来られるらしい。それまでに誰が勝ち抜くか…。騎士達も観戦者もドキドキ状態で、一気に会場が沸き立つ。
ランサや騎士団長、そして近衛隊長という『将軍』階級の方々は、特別枠での出場で、最初の数回戦は出て来ない。ちょっとドキドキするような寂しいような気もするけど、始まった試合にすぐに目を奪われた。
参加しているのは騎士団の騎士達。それに近衛隊の騎士達。皆さん当然素晴らしい実力の持ち主ばかり。
「ん-…。やっぱ砦で見るのとは違いますね。迫力というか…殺気というか…」
「辺境騎士団は鍛錬も実戦。常に気を抜けない試合だからな」
試合を見るヴァンの一言にソルニャンさんも言いながら同意の様子。
それは私も少しだけ感じた。御前試合だからあまり殺気立ってはいけないかもしれないけれど…。辺境騎士団の場合、試合だとしても少し隙があればランサに叩き潰される。
見ていると三回戦、見慣れた隊服と赤みの強い茶色の髪の主が出てきた。
「お。来たなバールート」
ソルニャンさんも楽しみみたい。私もだ。
注目されている一人である辺境騎士は今回、その実力を見込まれて二回戦までは出ていない。だからこれがバールートさんの初戦。
今回試合で使われるのは刃を潰した剣。当たり所が悪ければ大怪我に至るそれを手に、バールートさんは堂々と会場に立つ。
「おぉ。あれが辺境騎士か!」
「やっぱり強いのかしら?」
「お若いのね。どんな方なのかしら?」
バールートさん、貴賓席でも注目されている様子。そんな皆様にヴァンもクツクツと喉を震わせている。
「あれ絶対、娘の相手にって値踏みです。苦労しますねぇ」
「それもあるからヴァンさんは参加しないのかしら?」
「面倒は嫌いなんで」
クスリと笑うシルビ様に、ヴァンは当然のように返す。
ヴァンからもあんまり恋愛とかって話は聞かない。考えてもいいと思うのに。そう思った私は隣の妹にこっそり聞いてみる。
「…ねぇリラン。ヴァンってどんな人が好みなのか知ってる?」
「いいえ。…どんな人でしょう?」
「どんな人だろう?」
「何がです?」
「「何でもないです」」
コソコソ話終了。ササッと互いに離れるけれど、なんだか物言いたげなヴァンの視線を感じる。気のせいだ。
そんな事をしているうちに、バールートさんの試合が始まった。
相手は騎士団の隊服を着ている騎士。そんな二人の打ち合いが始まる。
バールートさんは鍛錬の時と変わらない気迫の様相で戦い、相手が応戦する。
それまでの試合とは違う迫力に、観客も息を呑んで見守る。
地を蹴り。打ち込み。刃を滑らせ、懐に入り込む。
バールートさんの丈の長い上着が翻る。
そして、ガキィッと音を立て、相手の剣が弾き飛んだ。一瞬の静寂から会場が熱気に包まれる。
少しホッとして息を吐いた。
「当然だな。すぐ負けてみろ。辺境騎士の名折れだ」
「さっすが、ランサ様も認める実力者」
「まぁ。そうなのですか? 凄いです」
どこか楽し気な護衛達。
バールートさんは相手の騎士と握手を交わすと何か言葉を交わし合い、観客に向かって手を振った。
…貴賓席の娘がいるような御婦人方がコソコソと談義している。見てない事にしよう。
全方位に手を振っていたバールートさんは、私達を見つけるとニッと笑みを浮かべて手を振ってくれた。いつもの表情にこっちまで笑みが浮かぶ。
試合が進み、いよいよ勝ち残った主戦力者が集まる。そして――
「レイゲン国王陛下、並びにゼティカ王妃殿下、お越しでございます!」
「ローレン王太子殿下。レイウィ様。ギルベル王子殿下、ミギャ王女殿下。お越しでございます!」
おいでになられた王家の皆様を私達も礼をしてお迎えする。
ここからが、御前試合の盛り上がりどころ。
「いよいよここから、お義兄様も出られるのですね」
「優勝はランサ様か…騎士団長か…。どっちだと思います?」
「難しいですね…。どっちが優勝してもおかしくないですし」
いきなり決勝の話になってる。その組み合わせは変わらないのかな?
ランサは勿論強い。だけど騎士団とはどう実力が違うんだろう。
ヴァンは、砦の騎士達は騎士団でも十二分に通用するって言ってたけど。それに、私は騎士団長に会った事もないし、実力も知らない。
…ここでヴァンに聞いてみたい気もするけど。聞いたら悪夢が…。
やっぱり『将軍』階級にもなると、騎士団長も近衛隊長も強いんだろうな。
と思って、ふと気づいた。
「ねぇヴァン。もう一家の辺境伯様は出ないんだよね?」
「聞いてないですよ?」
もしかして王都にまだ来られてないのかな? それとも辞退されたとか?
と思っていると、隣でシルビ様がクスクスと笑った。
「夜会の為いらしているとは思います。ですがランサが出るので、出場はされないと思います」
「そうなのですか…?」
両家が出るのはあまりないのかな? どっちが出ていても『国の要』として貴族や騎士、民に実力を示す事はできると思うけど。
今回はランサが目立ってるから任せたのかな?
つらつらと考えていると、次の試合の声が届いた。
「五回戦第一試合! クンツェ辺境伯直属隊、第一級騎士、バールート!」
「騎士団長、ガルポ・アーグン将軍!」
両者の登場と紹介に、一気に会場が沸き立った。熱気が凄まじい中で私もドキドキして見守る。
バールートさんの相手は国一番の騎士。
鍛え上げられた体躯。逆立った赤髪と同色の瞳。太い首筋から伸びる広い肩幅。シャツを捲って見える鍛え上げられた腕。
五大公爵家の一家、アーグン家の御令息でありながら、若くして騎士団をまとめあげる根っからの武人。
騎士であり貴族でもあるけれど、ランサとは違って貴族って感じがしない。人それぞれだ…。
「うっわー…。アーグン将軍だ…」
天を仰ぐヴァンに、悪夢を知る私もソルニャンさんも苦笑うしかない。
威風堂々と立つアーグン将軍に、バールートさんはそれまでの試合通りの空気を纏っている。
ちらりと会場の隅を見れば、騎士団長の試合が見たいのか騎士達も試合を観戦している。騎士達も気になるくらい、今回の御前試合の目玉になってるみたい。
見ている騎士達の方がソワソワしているけれど、バールートさんは怯むどころかワクワクしているように見えた。
「…楽しんでる?」
「ですね」
クツクツとソルニャンさんが喉を震わせる。
ちょっと意外な反応に驚いていると、すぐに両者の試合が始まった。




