73,御前試合、当日です
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「秘密だ。俺と義父の」
ランサは父様と何を話したのか教えてくれなかった。二人の話だからそれはいいんだけど…。
ランサ。あんまり直球すぎる事言ってないよね? あんまり父様に聞かせたくないような事言ってないよね? ランサは思うままを口にする人だからちょっと不安だ。
だけど、父様もなんだか嬉しそうだし。…大丈夫かな?
その日の夕食は、久方ぶりに私とリランで作って、皆で食卓を囲んだ。
ヴァンとバールートさんはよく食べて、リランはそんな二人を見て驚きつつも、もっと沢山食べさせようとしていた。ソルニャンさんは困った顔をしつつも「美味いです」って沢山食べてくれて。ランサも父様も、ヴァン達を見て笑っていた。
そんな食卓が、なんだかとても幸せに感じた。
それから私達はクンツェ辺境伯邸に帰った。楽しい一日を噛みしめて、ベッドに入ると瞼がすぐに下りた。
翌日からまたダンスの練習を続ける日々。
ランサは時折ヴァンやバールートさん、ソルニャンさんと鍛錬をしていて。御前試合に向けての準備もしている。
ランサがいないそんな練習の休憩中には、シルビ様が昔のランサの話をしてくれた。…これはランサには秘密。ランサが父様と秘密の話をしたのなら、これは私とシルビ様の秘密。
そうして練習をする日々の中、御前試合の日がやって来た。
ランサとバールートさん、ガドゥン様は一足先に城へ向かった。私とシルビ様は身支度を整え、開始時間に合わせて馬車で屋敷を出た。城に到着すると…
「お姉様」
「リラン!」
リランも同じように到着したみたいで、すぐに駆け寄って来る。綺麗なドレスに身を包んだ妹は文句なく綺麗だ。
だけど傍に人はいない。思わず周りを見てからリランに聞いた。
「来てたの? 父様は?」
「お父様はお仕事に。叔父様は陛下の元へ向かわれました」
「一人で待ってたの?」
それは流石に心配になる。会場のすぐ傍で警備はされているとはいえ令嬢一人は目立ってしまう。
だけどリランは安心させるようにゆっくり首を横に振った。
「先程までお父様が一緒でした。クンツェ辺境伯家の馬車が見えてからお仕事に向かわれたのです。本当はすぐ行かなければいけなかったのですが、ギリギリまで一緒にいてくれましたから大丈夫です」
「そう。なら良かった」
一緒に夕食を摂った時に聞いたけど、父様は例の一件以来、仕事が積み上がっているらしい。大変だ…。
それでも、優先順位をつけて仕事をこなし、必ず定時で帰ってリランと夕食を摂る。
今日もきっとしなくちゃいけない仕事は多いだろう。だけど待っていてくれた。
無意識に頬が緩むけど、私はすぐにリランにシルビ様を紹介する。
「リラン。こちらはランサの母君でシルビ様。シルビ様。私の妹、リランです」
「初めまして、リラン様。ガドゥン・クンツェの妻、シルビです」
「初めましてシルビ様。リラン・ティウィルと申します」
淑女らしく礼をする二人はなんとも所作が美しい。思わず見惚れてしまう。
「…やっぱあれですね。お嬢は…」
「貴族らしくできないでしょ。もうっ」
「俺の言葉の先を読むとは…。自分でも思ってます?」
「ソルニャンさん。今からヴァンを騎士団へ連れて行きましょう」
「了解です」
「すんませんでしたやめてください」
口早に謝るヴァンに、私もソルニャンさんも、シルビ様もリランもクスリと笑った。
案内役である近衛騎士にはシルビ様が身元を名乗り、私達は案内を受けて会場入りした。…んだけど。
「…あの、ここは公爵家の席ですよね? 間違えていませんか?」
「いえ。前クンツェ辺境伯夫人及び御令嬢方はこちらへお通しするようにと、言付かっております」
「…ちなみにそれは誰からでしょうか?」
「ティウィル公爵及び、宰相閣下からです」
知らない間に特等席が用意されてたっ…!
ニコリと笑みを浮かべて案内してくれた近衛騎士はササッと場を後にする。言葉も出ない…。
王家の観覧席に近い貴賓席。しかも公爵家が座るような席。そんな場所に案内されると少し困る。
いや…うん。かなりいい席で試合もよく見えるんだけど…。
末席も末席な私達姉妹。それに前辺境伯夫人が座るには、あまりにも不相応。流石にシルビ様も驚いていらっしゃる。
叔父様やラグン様が用意してくださったのなら無下にするのは申し訳ない。…だけど、うん。弁える事は必要だ。
招待を受ければこうした席に座れるけれど、今回は繋がりも他からは見えないだろうし…。
「お嬢。座ってください」
「だけど…」
「いいから、ひとまず。目立ちます」
ヴァンがこそりと言ってくれ、私達はとりあえず腰を下ろした。
だけど、このままはよくない。そう思ってヴァンを見ると、後ろに控えているまま、私達以外には聞こえないくらいの声量で続けた。
「実は、昨夜呼び出されてラグン様に聞いたんですけど。今、城や貴族間では、クンツェ辺境伯が夜会に参加する事および、婚約者を連れている事が広まってます」
「もうっ…!?」
驚きに声が出るけど、しーっとヴァンに促され私は慌てて口を閉ざした。
隣ではリランとシルビ様の視線もヴァンを見る。そしてシルビ様はすぐに「では、このままが良いですね」とひとつ頷いた。
私は思わずシルビ様を見る。シルビ様はふわりと微笑んだ。
「ラグン・ティウィル様は宰相閣下でいらっしゃいますね。では、リーレイ様の父君が娘と不正を暴いたという事も、同時に広められたでしょう。そしてそんな親子に注目が集まる中、これまで貴族社会に一切顔を出していない二人の御令嬢が、公爵家の席にいる。頭の悪くない方ならすぐに察します」
「そっ。つまり今、ここで挙動不審は余計に目立ちます。御当主とかラグン様とかランサ様がここまで来ない限りは、噂の内容を探ろうって貴族の視線だけで済みます。解ります?」
「解ります…」
ちらちらと感じる視線。大勢の人々の中で誰かは分からないけれど少し感じる。
叔父様もラグン様も、不正とランサの婚約者の両方にティウィル公爵家が関わっているとは一切広めていない。だから夜会で全てが広められ、私達がここに座る意味も夜会ではっきりとされる。
だから叔父様とラグン様は、知られていない今私達をここに座らせ、そして、ティウィル公爵家が堂々とここに座らせるだけの人物なんだと、夜会で知らしめる。例え立場の低い当主の姪であるとしても、当主が、ティウィル公爵家が、それだけ重きを置き扱っているんだと。
父様と私達の素性を暗に見せつけ、同時に、前クンツェ辺境伯夫人としてすでに知られているシルビ様を座らせる事で、すでに回っているクンツェ辺境伯の婚約者話にも関わっていると告げている。
夜会で叔父様は話題を集め、同時に――…
「ティウィル公爵家は、身内に手を出す者に決して容赦しない。ティウィル公爵は本当に、お二人をとても大切にしていらっしゃるのですね」
口許を扇で隠したシルビ様の笑みに、胸を衝かれた。
膝の上で握る拳に力が入る。
「リラン…」
「はい。お姉様。叔父様には感謝してもしきれません。姪という存在が弱みになりかねないのに…。いつも本当に守って下さって」
「うん…。でもリラン。これで本当に貴族界の仲間入りになるよ…? 縁談話、大丈夫…?」
「暮らしはこれまでと何も変わりませんから。少しだけ社交界に出るくらいで。それに…縁談はしかと皆様、見極めさせていただきます」
リランが逞しい…。立派になって…。
妹の成長に涙が出そうだ。
「シルビ様もすみません。叔父様の考えとはいえ了承もなしに…」
「いいえ。貴族として何ら不思議はありません。それに…こんなに良い席でランサの試合が見れるなら、それは嬉しいです」
「それは確かに」
ヴァンとソルニャンさんがクツクツと喉を震わせた。シルビ様の少し子供らしい言葉には私も笑みが浮かぶ。
その言葉には私も同意だったのだけど、ふと思った。
「…というか、シルビ様がいらっしゃるんだから、私かリランのどっちかが婚約者だって、バレるよね?」
「二人のどっちかってのがバレるのは別にいいんですよ。見せたいのはそこじゃないですし、家名と繋がりの方が重要です」
「成程…」
それに、私達がいるのは公爵家の席。つまり他家には干渉関与しない他の四家が周りにいる。…これも一種の守りかもしれない。
そういえばと思ってみると、シルビ様は扇で口元を隠し、帽子を少し下げている。傍目からは顔が見えづらい。
シルビ様はもしかして、元々バレないような恰好を…?
そう思いつつ私はまたヴァンに視線を向けた。
「ヴァン。ラグン様が広めた話はそれだけ?」
「後は、バールートさん…辺境騎士とランサ様が今日の御前試合に参加する事は公表したそうですよ」
「それでなんだか盛り上がってるんだ…。人も多い…」
「今回はかなり観戦者多いですね。それに、そのおかげでお嬢達に向く視線も減ってます」
そういう面もあるんだ…。
貴賓席から観覧席を見る。一般席はすでにいっぱいで、人の賑わう声が聞こえる。かなり人が多い…。
これも『闘将』がいるからなのかな…。王都でのその有名具合に苦笑いが出る。
「ねぇ聞いた? 『闘将』のクンツェ辺境伯様がお出になるって!」
「聞いたわ。どんな方かしら? 夜会にも出られるのでしょう? 素敵な方ならお近づきになりたいわ…」
「あら。だけどすでに御婚約されて、婚約者もご一緒だって話よ?」
「チャンスがあるかもしれないじゃない。第二夫人でも愛人でもいいわ。すぐに蹴落としてやるもの」
「「まぁ…!」」
……離れた侯爵家の席から御令嬢方の話し声が聞こえた。
貴賓席は一般席とは違って静かだから、距離があっても声量次第では聞こえる。かなり高揚してるのか声が大きい…。
聞こえた内容に、キュッと手を握り合わせた。
大丈夫。解ってる。ランサは人気だから。
王都の御令嬢なら顔も知らない可能性が高い。ランサはここ六年は王都に来ていないから。だけど…それ以前には顔を出していただろうし。ランサを知る御令嬢もいるだろう。
…でも。でも、もし。ランサが夜会で…。
キュと瞼を閉じた。大丈夫。ランサだって言ってくれた。ダンスだって他の令嬢とは踊らないって。約束してくれた。我儘なのに、嬉しいって言ってくれた。
あぁ嫌だ。こんな気持ち。
「リーレイ様。大丈夫ですよ。ランサ様の一途っぷりは、ガドゥン様に似て揺るぎませんから。ねぇシルビ様?」
「ふふっ。少し照れくさいですね」
「いやいや。本にまでなってる御夫婦じゃないですか」
ソルニャンさんが安心させるように言ってくれた言葉に、私は顔を上げて首を傾げた。
シルビ様を見るけれど、手に扇を持って口元を隠してしまう。帽子の下に見える目許だけでも声音通りなのが解った。
だけど、ソルニャンさんの言葉はどういう意味だろう…?
私が首を捻っていると、リランがシルビ様に身を乗り出した。
「もしかしてと思っていたのですが…。あの本は前クンツェ辺境伯と夫人の話なのですか?」
「えぇ…。どうしてか本になってしまったようで…。あれは見る度に恥ずかしいです…」
「リラン。本って…?」
「お姉様もご存知ですよね? 知らない女性はいない恋愛本『辺境伯愛妻物語』です!」
目を輝かせるリランの言葉に、そういえば…と思い出す。
私が生まれた頃に出版され、今なお絶大な人気を誇る恋愛本がある。王都の本屋ではどこでも必ず置いてあって、知らない女性はいないとさえ言われる、誰もが一度は読む恋愛本。
それが『辺境伯愛妻物語』という本。
とある国のひっそりとした緑豊かな土地に暮らす夫婦の物語だった。確か…パーティーで望まない相手に婚姻を迫られた令嬢を一人の男性が助け、それから二人の交流が始まったとか…。やがて二人は婚約。「俺の妻はこの人だけだ!」と男性が声高々に宣言し、二人は国中で知らぬ者はいない程、愛し合う夫婦になった。とか。
私はリランに薦められて読んだ。へぇ…って思いながら。
ただの創作物だと思っていたんだけど。え…。モデルがいたの?
思わずシルビ様を見るのは、知らなかったヴァンも同じ。私達三人の視線にシルビ様は帽子と扇で顔を隠してしまった。でも照れているのが分かる。
「あ、あれはですね…。事実とは異なる点があるんですよ…?」
「では、パーティーで「俺の妻はこの人だけだ」と言い放ったというのもそうなのですか?」
「あ、あれは…!」
「……リラン。事実のようだからあまり問い詰めないの」
「はい。分かりました」
シルビ様は恥ずかしいのか、身を小さくさせてしまう。…シルビ様の反応が可愛い。
ガドゥン様はそんな事をされたんですね。それは、される身としては恥ずかしいです。分かります。思っていてもそれを言われると。それも堂々と公衆の面前では…はい。
「お嬢。若干目が遠い」
「…なんで皆、人前でやめてくれないのかな…」
「そういう人だから」
今度の夜会でそんな…ないよね? 怖くなるからランサにはきちんと言い含めておこう。うん。
そしてふと理解した。
シルビ様が扇と帽子まで用意していたのは、その本のモデルなのだと周知され、皆さんに色々と質問されたりと囲まれるからなんだと。
シルビ様も、大変なんですね…。




