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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
御前試合と夜会編

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70/258

70,足を踏んだり踏まれたり

 ダンスの練習を日々頑張っていたある日。


「リーレイ。今日は午後から休もう」


 ランサにそう言われ、私は同時に頼み事をされて、それを果たす事にした。


 午後。辺境伯邸を出発して貴族街を抜け、一般街へ向かう。馴染み深い光景が周りに見えて来る。そして…


「おかえり。リーレイ。ヴァン」


「おかえりなさい、お姉様。ヴァン」


「ただいま!」


 私の家に行きたいという、ランサの頼みを果たすと同時に、私も久方の我が家に帰って来た。


 一般街の中にある、少し広めの家。それが叔父様所有の邸宅であり、私達家族の家でもある。

 そんな場所に私とヴァン。それにランサとバールートさん、ソルニャンさんもやって来た。


「おぉ。なんか普通の家。安心する…」


「ふふっ。どうぞ寛いでくださいね」


「ありがとうございます」


 バールートさんもソルニャンさんも、リランや父様の空気を受けて程よく緩んでいるみたい。少し嬉しい。


 客間に皆が集まって、私とリランはすぐにお茶を出した。久しぶりに二人で台所に立って、なんだか懐かしかった。

 テーブルには、ランサが持ってきたツェシャ領で採れる果実を使った菓子が広げられている。リランはとても気に入ってくれた。


「ツェシャ領は緑が豊かだと聞きました。お姉様も羽を伸ばしていらっしゃるのですか?」


「そうだな。朝早くや、昼間にも、ヴァンを連れてすぐに駆け出して行く。俺も休日には共に行くんだが、馬を駆るリーレイは誰よりも綺麗だから、いつも見惚れてしまう」


「まぁ…。生き生きとしているお姉様が目に浮かぶようです」


 …ランサとリランは、仲がよろしい事で。そしてバールートさんもソルニャンさんもランサに同意するように笑っている。

 駄目だ。だんだんと顔を上げられなくなっていく…。


「リーレイが元気なようで良かった。馬も剣もしているんだろう?」


「うん。ランサが認めてくれて」


「反対する理由もなかったので。…屋敷のメイド長には、武人の思考が出ていると度々言われます」


 ランサが困ったように言うと、父様もリランも喉を震わせた。

 シスの顔が浮かんで私もクスリと笑みが浮かぶと、ランサが私を見た。


「ですが。リーレイが剣を使えると知っても、思えば最初から、やめさせようという考えはありませんでした」


「それはまた。喜んでいいのか少し困るね」


 クスクスと笑う父様が、まるでシスに同意するかのように頷いた。


 そういえばランサは、私が剣を使えると知ったあの時も、どうしてか笑ってたっけ…?

 不快そうな顔なんて全くしなかった。


 そう思うとやっぱり、私は相手に恵まれたと思う。

 当初からそういう相手を探してくれていた叔父様。それにこの縁をくれたローレン殿下。父様が殿下に私の話をしなければ、そもそも殿下も私を選ばなかっただろう。

 殿下が探すランサの相手の条件に、私がたまたま当てはまった。私が馬も剣も出来たから。


「殿下は、ランサが止めないって解ってて私を選んだのかな…」


「かもしれないな。だが決して、馬と剣が出来るだけで選んだわけじゃないだろう。リーレイだからだ」


 笑みをくれるランサには、やっぱりどうしても恥ずかしくなる。


 あの日。ローレン殿下が家に来た日。まさかこんな日が来るなんて思ってもいなかった。

 私の運命を変えたのも。ランサに会わせてくれたのも殿下だ。


「殿下には、改めて感謝しないとね。夜会でお伝えできるかな?」


「できるだろう。挨拶しなければいけないし。多分世間話に来られる」


 そう言うランサの表情は、少しその時を楽しみにしているような友人のものに見えた。それを見て私も頬が緩む。

 ランサが固い忠を誓う相手。それでいて友人。そんな二人を見てみたい。


「リランも夜会には出るんでしょう?」


「はい。ドレスも全て叔父様が御用意くださって…」


「…うん。叔父様の張り切りが目に浮かぶ」


 笑みがすぐに想像できるから。そんな私にヴァンも「張り切らなかったら嵐ですよ」って少々失礼な事を口走る。それにはランサ達も苦笑い。

 私も乾いた笑みがこぼれるけど、少し気になっている事を聞いてみる


「…ダンスも練習したの?」


「はい。叔父様とラグン様が一緒に練習してくださって。それに先日、おば様が到着されて、ご教授いただきました」


「おば様いらしたの!?」


「はい」


 父様を見ると確かに頷きが返って来た。


 叔父様の奥方でラグン様の母君。普段は領地にある屋敷にいらして、私達も何度か招待されて行った時、快く出迎えてくれた。叔父様と同じように私達家族を大切に想って下さっている、私達姉妹の母のような人。

 今度の夜会にも参加されるだろう。会えるのが楽しみだ。


「ティウィル公爵の奥方か」


「うん。昔からお世話になってて…。領地のお屋敷にいらっしゃるから滅多に会えないの」


「そうか。夜会ではご挨拶しなければな」


「おば様もお姉様に会えるのをとても楽しみにしていらっしゃいました」


「私も楽しみ」


 叔父様。おば様。ラグン様に妹君のスイ様にも会える。久しぶりに皆に会える。少し心が弾む。

 そんな私の傍から、どん底へ叩き落すような笑いが向かってきた。


「お嬢。こりゃよれよれダンスはできませんね」


「…ヴァンの意地悪」


 ガクリと項垂れ突っ伏す。「ヴァン」って物言いたげなランサにもヴァンの笑い声が返っている。

 酷い…。分かってるけど。


「お姉様?」


「リラン…。ダンスのコツを教えて…。出来なさ過ぎてどうしようって思ってて。今も屋敷で練習してるんだけど、ランサの足踏んでばっかりだし。動きが硬くなるし…。全然駄目で…」


「そうなのですか? そうですね…」


 誰でもいいから助けてほしい。


 練習の中で、ガドゥン様とシルビ様のダンスを見せていただいたけど、あんな風になれるのか正直分からない。なれない可能性が高い気がする。

 だってお二人は本当に綺麗で。流れるような足どりで。完璧なんだもの。あれを私とランサがするなんて…。


「リーレイ。あまり気にしなくていい。リーレイはよく頑張っているし、今は慣れてくれれば、夜会では俺がリードできる」


「そもそもお嬢。今ガチガチでどうするんです? 当日なんてそりゃもうランサ様の婚約者ってだけで注目の的ですよ?」


「ヴァン。余計に重圧を与えるな」


 呆れてるランサの声が聞こえるけれど、最早私は床に手をつくしかない。

 この護衛官は、私に止めを刺したいのかな…? 望み通り倒れた方が良いの?


「…お姉様。剣を振る時のようにはどうでしょう? お姉様はヴァンと鍛錬している時、時々飛ぶような軽やかな動きをされていて。足運びやターンなら、それを意識してみるのが一番、お姉様がやりやすいのではないかと思ったのですが…」


「…成程。剣の足運び…」


「リーレイ、ちょっと待って」


「お嬢。それダンスじゃなくて鍛錬」


 どうしてか待ったをかけるランサに冷静なヴァン。笑うバールートさんにソルニャンさん。

 そんな皆の中で、クスクスと笑う父様。なんだか楽しそうな笑みに、私は少しムッとして視線を向けた。


「父様。私真剣なんだよ?」


「ごめんごめんっ…」


 笑って言っても謝られている感じはしないけど。

 そう思って見やるのに、父様の表情は変わらない。どころか、どうしてか笑みのまま私とランサを見た。


「昔を思い出したよ。私も、足を踏まれた事があってね」


「それって…父様がティウィル公爵家に居た頃?」


「うん」


 思わぬ昔話に私は思わず座り直して父様を見た。


 父様は昔話をしない。ティウィル公爵家に居た頃の話なんて聞いた事もない。母様の事だって、昔話はしてもそれは全部私達が生まれてからの事ばかりだった。

 だから今、思わぬ話に少し驚いた。私と同じリランも父様を見る。


 社交の場でのダンス。それは教養であり、貴族であれば出来て当然の振る舞い。それでこけたり、足を踏むような失態は、貴族として如何かと笑われたり、醜態とされたり。とにかく怖い。

 父様は公爵家の者として問題なく振る舞えるだろう。そんな人と踊ろうという御令嬢なら、よほど自信のある方なのかと思うけど…。まさか踏まれた事があったなんて。


「公爵子息の足を…。それはまた…」


 さすがのランサも驚いているみたい。…ごめんね。私はよく踏んでて。本番は本当に気を付けるから。


「…怒った?」


「いいや。あの頃は私も完璧にして当然だって立場だったから、逆にいつもよりもずっと楽しい気持ちで踊れたよ」


「踏まれたのに?」


「うん。とても痛かったけど。けどそれから他のパーティーでも見かけてね。また踏まれるかなって思って、それでもその人とのダンスが一番楽しくて、一緒に踊ってもらったよ」


 …ちょっと驚いた。色々な内容に。

 父様も振る舞いに緊張していた大変な時があったんだって事にも。その中にも楽しいと思える時間があった事にも。それほどにその人とダンスを踊りたかったんだなって事も。


 ランサも父様の話に耳を傾けている。少し驚いているバールートさん達も聞き入っているみたい。


 懐かしんでいて。優しい目をしている父様。

 そんな父様に、そっと聞いてみる。


「その…御令嬢は…今も社交の場に…?」


「…もういない。リーレイもリランもよく知る人だ」


「……それって」


「うん。初めてダンスで足を踏まれた相手は、カロ。二人の母親だ」


 驚きの昔話は母様の話だった。私もリランも驚きで言葉が出て来ない。


 父様は、私達が生まれる以前の母様の話を一切しない。母様を愛していた父様にとって話すのも辛いんだと、私もリランも聞かなかった。

 私の母の話に、ランサも少し驚いたように父様を見た。


「…ディルク殿の奥方は、貴族だったのですか?」


「うん。と言っても、没落寸前の家の御令嬢だったから、父には結婚を反対されて。それで私は家を出たんだ」


「それが…今の生活に至った経緯ですか…」


「そう。父の言い分も理解はできたんだけど。……どんな理由があろうとも、私は彼女と共に居たかったから。あの頃は私も若くてね」


 私達姉妹でも詳しくは知らない話だ。

 物心ついた頃から貴族なんて縁遠かった私は、さして知りたいとも思わなかった。


 祖父様と喧嘩して家を出た父様。その原因が母様との結婚だったんだ…。少し驚いた。


「では、奥方の家も夜会に?」


「いいや。今はもう爵位のない平民だ」


「そうなの?」


「そうだよ」


 …そうだったんだ。じゃあもう母様の家族は平民として暮らしているんだ。


 それまで全く知らずにいた話の内容に少し驚いて。そして、母様の事を思い出した。






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