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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
御前試合と夜会編

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68/258

68,『闘将』は鍛えてますので

 ♦*♦*




 その日の夕食の席は、歓迎を兼ねて沢山の料理が振る舞われた。

 ヴァン、バールートさんとソルニャンさんも一緒に食卓を囲み、いつもより楽しい食事の席になる。ヴァンとバールートさんがもっしゃもっしゃよく食べていて、皆で笑って見ていた。


 シルビ様は勿論、ガドゥン様も昼間の戦闘とは違う所作で食事をされていて、やっぱり貴族だなと実感する。ランサも綺麗な所作だし…。私も頑張らないと。


「んじゃ、今度の夜会はディルク殿も出席されるのか」


「はい。疑いは晴れましたので。…最初から疑われていなかった様子もあって、出ても問題ないと思います」


「だろうな。道理で勘づいてる風だったわけだ。それより、どいつもこいつも目を剥く様が浮かぶぜ」


 クツクツと喉を震わせるガドゥン様はとても面白がっていらっしゃる様子。…私も何とも言えない。驚かれるだろうなっていうのは解るから。


 父様。大丈夫かな?

 事が知られると、他の部署の方に声をかけられたり、異動を誘われたりしないかな…。あんまり父様が残業があるような役職に就くと、家で一人待つリランが心配になる。


 そう思う私の心配が顔に出ていたのか、ヴァンが隣でけろりと言ってくれた。


「いやー。大丈夫だと思いますよ。旦那様なら上手くかわすでしょうし。あんまりしつこいと御当主に目を付けられますから」


「それはありそうだな。ティウィル公爵は領地に戻って欲しい様子だったが」


 ヴァンはあんまり心配してないみたい。ランサも言いながら喉を震わせる。


 うーん。父様が領地に戻ると、必然リランも戻るだろうし…。そうなるとリランも待ち受けるものが色々あって大変になる。

 父様は戻る気はなさそうだから、とりあえず大丈夫だろうと思うけど。


「では、夜会ではリーレイ様のご家族にお会いできるのですね。私も楽しみです」


「私と妹はそういった場が初めてで…。至らない所があればご教授頂きたいです」


「勿論」


 シルビ様が頼もしい。私は母様がいないから、貴族社会での女性の振る舞いが分からないところも多い。色々教えてもらわないと。

 ランサの隣に立って恥ずかしくないようにしないと! 女の戦場なんだから!


 頑張るぞ、と胸の内で気合を入れなおす私に、ガドゥン様が思い出したような一言。


「って事は、ダンスも初めてか?」


「…はい」


 …そうだ。ダンスがあるんだ。忘れてた。ダンス…。


 ツェシャ領に行く前にも一応、私は屋敷でダンスのレッスンを受けた。受けるには受けた。

 …ヴァンはそれを見て笑うのを堪えてたけど。今だって隣で吹き出しそうになるのを堪えてる。


 そんなヴァンをちらりと見て、ランサは私を見た。


「リーレイは、デビュタントはしていないな?」


「うん…」


「ダンスの経験も?」


「うん…。習ったは習ったんだけど…上手にできなくて…」


 身体を動かすのは元々好き。剣術だって馬だって楽しかった。痛かったりもしたけど、やめたいと思った事は無かった。


 それを始めて思ったのは、ダンス。

 旋律と相手の呼吸に合わせて踊る。それも滑るように滑らかに。優雅に。それがどうにも私には不得手の分類に入るらしい。動きが硬くなって。その都度指摘されて。


 ダンスをしなければいけない。今更のように突き付けられた現実に、私は愕然とする。そんな私の隣でヴァンがもう無理だと言いたげに「ぶはっ!」っと吹き出した。


「お嬢。屋敷でレッスン受けた時も、偶々相手してくれたラグン様の足、何回も踏んでましたっけ?」


「やめてぇ言わないでぇ…!」


 思い出したくない事を言わない欲しい…。顔を覆うしかない。


 ラグン様は何度も足を踏んでしまう私に、それでも辛抱強く相手を務めてくれた。申し訳なくて不甲斐なくて、あの時はこれまでにないくらい落ち込んだ。

 そんな私にもラグン様は「気にするな。慣れなければあぁいうものだ」ってどこまでも優しかった。


 あの時は屋敷だったから。練習だったからよかった。

 だけど今度は違う。


「大丈夫だ、リーレイ。俺が助ける」


 そう言って、優しく安心させるように私を見るランサ。

 その言葉はとても嬉しい。だけど…。


「ランサ。それじゃ駄目」


「…!」


「確かに私は…何度も足を踏んじゃうくらい、ダンスは得意じゃないけど。でもだからって、ランサに助けてもらうばかりじゃ駄目。私…私の力で。私自身が。まずはちゃんと立たないと。ランサの隣に立てるように。ランサが言ってくれたように…その…堂々と婚約者だって。ランサが自慢できるような人に、なるから」


 そうじゃなきゃ、私はランサに手を引かれるだけの婚約者になる。そうなりたいわけじゃない。

 私は何一つ持っていないけど。それでもランサが「リーレイだけだ」と言ってくれるなら。…その言葉に、そうあれる自信をつけたい。


「リーレイ…」


「だけど先に謝っておくね。足踏む。ごめん」


 至って真剣に、ランサをまっすぐ見て謝る。

 屋敷で練習した事があっても。今から夜会まで練習しても。いきなり上達なんてしない。他の貴族の皆様のように出来るようになるには、これからずっと重ねる努力が必要になる。きっとそれは、今から夜会までじゃ間に合わない。


 でも。それでも…。

 頑張りたい。情けない、笑われるダンスになろうとも。


 私はとても真剣だったのに、どうしてか周りからは「ぶふっ…!」って堪えられなかった笑いが吹き出されるような音がした。

 つーっと見てみると、当然笑ってるヴァン。それにバールートさんにソルニャンさん。ガドゥン様まで肩を震わせていらっしゃる。声には出ていないけど、シルビ様もクスクスと笑みがこぼれてる。それは控える使用人達も同じで、肩を震わせ俯いてる。…笑っていないのは私の隣のランサだけ。


 そーっとランサを見てみると、どうしてか動きが止まっていた。


「…ランサ?」


「…うん。大丈夫だ」


「そう…?」


「問題ない。足くらいいくら踏まれたとて問題ない。父上のような相手ならともかく、リーレイに踏まれても足は砕けない。後々に影響はない。問題ない」


「問題ってそっちなの!?」


 全く考えるところはそこじゃない気がするけど!?

 逆に驚かされる私の隣ではもう、お腹抱えてゲラゲラとヴァンが笑い転げている。


 ランサは普段通りに話しながらも、なんだかちょっと混乱しているようにも見えた。…本当に大丈夫かな?


「そうじゃないの、ランサ。そうじゃなくて…えっと」


「違わなくない。リーレイ。足は重要だ。動きの全ての要だ」


「そうなんだけど!」


 …駄目だ。余計に何て言っていいのか混乱しすぎて分からなくなってきた。


 言葉に迷う私の前で、ランサは一度だけワインに口をつけると一口飲む。まるで冷静になろうとしているような表情を、私は思わず見つめた。


「ランサ…あの…」


「…リーレイ。すまない。少し取り乱したな」


「…うん」


「リーレイが、ラグン宰相とダンスをしたという事に少し思うところがあった。だが、俺の為にダンスを頑張ると言ってくれてとても嬉しかった。足は本当に問題ない。そんな軟な鍛錬はしていない」


 …足の甲はそんなに鍛えられるものなのかな?

 ランサがあまりに静かに並べる言葉に、一瞬真剣に考えてしまった。


 少々放心状態な私だけど、ランサは私を見て良案を思いついたような笑みを浮かべる。


「思わぬ事態だったが、早く到着して夜会までは時間ができた。リーレイ。ダンスを練習しよう。一緒に」


「え。あ、うん…。ランサも…?」


「あぁ。俺も六年振りだ。あまり動きには自信がない」


 そう言ってランサは笑みを浮かべる。

 それを見て、心が少しだけホッとした。頑張る気持ちは変わらないけれど、一緒ならもっと頑張れる気がするから。


「うんっ!」


 笑みを交わしていた私達だけど、ククッと喉を震わせる音に気付いてハッとなった。見ればガドゥン様が私達を見て笑っている。

 しまった! またやってしまった…! 思わず頭を抱えてしまう私とは違って、ランサは平然としている。


「父上。何か?」


「いや。お前のそういうところは面白えもんだと思っただけだ。よっぽど惚れてんな、お前」


「父上ほどではありません。俺は思うままを伝え、普通に愛しています」


 …ランサ。君、バールートさんとソルニャンさんを見た方がいいよ。ほら。同意できない部分が多いですっていうあの顔を。


 ガドゥン様はランサを見て笑うと、口端を上げたまま続けた。


「ランサ。ダンスの練習も結構だが。お前。夜会の一週間前にある御前試合に出ることになってるからな」


「…は?」


 ガドゥン様から出たその単語に私も視線を向けた。


 御前試合。数年に一度、社交が始まる前に行われる騎士達の武術大会。貴族は勿論、王家の方々も観戦される名誉ある試合だ。

 王都で暮らす人々も観戦する事ができるくらい、その試合は広く開放される。

 御前試合もここ数年は開催されていなかった。それが今回は行われるみたい。


「そのような話、陛下からの手紙には書いてありませんでしたが」


「昨日。お前が会議室出て行ってから、殿下が待ってましたと言わんばかりに陛下に進言してたぞ。「せっかくですし御前試合にランサにも出てもらいましょう」ってな。ガルポ騎士団長も乗ってた」


「ローレンめっ…!」


 ぼそりとランサが怒り交じりの言葉をもらした。やってくれたなと言わんばかりの声音に、私は何とも言えない。


「直接言えば俺が断るから耳に入れないようにしたな…。俺が早く来ると知った時点で狙って…」


「だろうな。実際、お前やらねぇだろ。だが今回は陛下の了承が出た。お前は参加だ」


 …ランサ。やめようか。嫌ですけどってその目。心底嫌ですって目。

 この勢いのまま直接断りに行きそうでちょっと怖い…。


 そんなランサを見ていたガドゥン様はヴァン達を見た。


「お前らも出たけりゃ出られるぞ」


「あ。俺結構です」


「ヴァンさんの即答はいつも通りだな。バールート。どうする? 辺境騎士代表、やるか?」


「いいですねそれ! ガドゥン様。俺やります」


「俺直属の辺境騎士が出るならいいですね。俺は断りに…」


「お前は決まってんだよ」


「そうですよランサ様。俺、勝ち上がってランサ様と試合したいんですから」


 …ランサ。小さく「チッ」って舌打ちしないの。どれだけ嫌なのかな。

 なんだか拗ねる子供みたいで苦笑いが浮かぶ。


 隣からトントンッて軽く指で肩を叩かれて、私はヴァンを振り向いた。まるでコソコソ話でもするみたいなヴァンがいた。


「何?」


「お嬢。早くランサ様のやる気引き出してください。このままじゃ陛下や殿下に断りと言う名の殴り込みですよ」


「そんな大袈裟な…」


 ヴァンの言い方にはそう思ってしまうけど、ヴァンは「ありえます」ってなんだか真剣だ。…あるの? ないと思うけど。

 ランサだってそんな考え無しじゃないよ。


 私はそっとランサを見た。少し不機嫌そうにガドゥン様を見て…睨んでる。

 やる気を引き出すって言っても…。どうやって? そもそもランサは何を言えばやる気になるのかな?


 王家の方々も貴族も、王都の騎士団も近衛隊も観る御前試合。それは当然、辺境伯である『将軍』にも大きな意味を持つものだけど、そんな事私が言うまでもなくランサは解っているだろうし…。


 …ランサの試合か。そういえばヴァンと一度したのを見たことがあったっけ? ヴァンも強いけど、あの時の二人は見た事ないくらい真剣で、とても見惚れた。

 ランサが出るならまたあれが見られる…?


「…それは嬉しいかも」


「ん? リーレイ。何か言ったか?」


 ガドゥン様を見ていたランサがクルリと私を振り向いた。

 どうしてすぐ気づくのかな? 今だって小さかったと思うんだど。


 隠せない事が少し不満で。少し恥ずかしくて。そう思う私にランサは首を傾げる。

 その目を見ると言わないという選択はさせてくれないって思うから。私は正直に言う事にした。


「…前に、砦でヴァンと手合わせしたでしょう?」


「あぁ」


「あの時のヴァンもランサも…すごく真剣で。緊張と落ち着きがあって。…もっと見ていたいなって…その…見惚れたから…。また、見えるのかなって」


「…俺とヴァンに?」


「うん…。でも今回、ヴァンは出ないでしょう? だからランサが出るなら…見たいなって。ごめん。ちょっと思った」


 これはランサをやる気にさせるものでも何でもない。ただの私の欲だ。私の願望だ。

 そんなものを言ってしまって、少しだけ気が沈む。こんな我儘…。


「…そうか」


「うん…。ごめ…」


「そうか。リーレイが見に来てくれるのか。それなら参加しよう」


「…うん?」


 するの? あんなに嫌そうだったのに?

 項垂れていた頭を上げると、なんでか嬉しそうなランサの顔があった。


 そんな表情に思わずパチリと瞬く。


「リーレイ。俺を見ていてくれ。俺だけを。俺だけに見惚れていてくれ。それなら俺は、バールートだろうが騎士団長だろうがなぎ倒して、リーレイに勝利を捧げる。俺の勝利は全てリーレイの勝利だ」


「…うん? ランサ違う。何か違う」


「違わない」


 違うよね?

 助けを求めるように周りを見るけど、皆笑い転げていて助けてくれない。


 誰かランサを止めてくれないかな!?






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