63,やっと、父との再会です
広げた両腕をガシッと掴み、ランサをまっすぐ見つめる。…心なしかランサの笑みが固まっている気がする。
後ろからは「えぇ…そこ…」ってなんだかヴァンの声が聞こえたけど、私はそれどころじゃない。
私が出来たことは本当に微々たるもので。時間を要した事で。
だけど、自分なりに、リランやランサと一緒に考えて、誰にも文句言わせない形にしたはずだ。
「…リーレイ。俺にしては珍しく分かり易くも無言で求めたかもしれない。抱きしめて出迎えてくれたらとても嬉しいんだが?」
「そんな事後でいいの!」
「分かった」
固まっていたランサが、どうしたのか急に真剣な目をして頷いた。その目はリランにも向いて、リランも私の傍にやって来た。共にランサを見る。
バールートさんが捕まえた男。ランサが騎士団長に会いに行き、その男の尋問にも少々協力したらしい。それで自白は得たと言っていた。
だから後は、私達が資料を完成させるだけ。
それは…上手くいったの?
不安を感じながらランサを見ると、ランサは安心させるように柔らかな目を見せた。
「ディルク殿の容疑は晴れた。すぐに解放される」
その言葉に全身から力が抜けた。
良かった…。良かった。
安心してリランと手を取り合う。リランの手は少しだけ冷たくて、それだけ同じように不安だったんだと感じる。
だけど私は、リランの手が冷たいのは嫌だから、私の手でぎゅっと包み込んだ。すぐ温かくなるからね。
「お姉様…」
「良かった…。良かったね」
「…はい」
ぎゅっと互いの手に力が籠った。温かくなった手に二人揃って笑みが浮かんで、そっと手を離した。
そんな私達をランサもヴァンも、優しく見つめていた。
「皆様、二人が作った資料に感服していた。よく作られていると」
「そんな事…。父様が集めてくれた資料があったから」
「財務長官はディルク殿を欲しがっていたぞ」
「え…」
それは…父様どうするんだろう…。
何とも言えない私にランサはクスリと笑った。
そして徐に、また、私に向かって軽く両手を広げる。
「? ランサ…?」
「不安は晴れただろう? 後で、と言った」
「っ…!?」
今更じゃないかな!?
もう出迎えって空気じゃないよね!
やっと安心できたのに今度は別の緊張が襲って来る。ドドドッと心臓が煩い。
目の前に笑顔のランサ。背後にも笑顔のリラン。…妹は姉を助けてくれないのね!
「リーレイ」
…その声は、狡い。優しくて。困らせているって分かっていて。それでも熱を込めた。そんな音。
ここで逃げたらいつもの行動だ。ランサは待っててくれてる。無理強いしているわけじゃない。「嫌だ」って言えばきっと腕を下ろす。
でも……そんな事したくない。
今回は、ランサにはとても助けてもらった。急いで来てくれた。私の為に。私の家族の為に。
それに何より…私だって抱きしめてもらうのは嫌いじゃない。
私だって、してあげたい。
だから――
「っ…!」
ぎゅっと腕を伸ばしてその広い背中へ回す。硬くて逞しい身体は距離が縮まってよく分かる。
あぁ…恥ずかしいな。
私より少し遅く、私の背中に回された腕。ぎゅって力が込められて、いつも眩暈がしそうな強さと熱を感じさせる。肩口からは些細な吐息すら聞こえてきそうで耳が震える。
私の心臓の音が、どうか聞こえてしまいませんように――
苦しくて。安心して。嬉しくて。恥ずかしくて。このままで居たくて。離れたくて。
「ランサ…っ…ありがとう…」
閉じ込めてくれるこの腕は。このぬくもりは。いつからこんなにも安心できて、離れ難いものになったんだろう。
ぎゅっと腕の力が強まったと思うと「…ここが公爵邸でなければっ…」って、なんだか苦悶に満ちたランサの声が聞こえた。
♦*♦*
夕方になり空の色も変わった頃、ラグン様と父様が揃って帰って来た。私達はそれを出迎える。
「お父様…!」
「父様!」
「リーレイ。リラン。ただいま」
父様だ…。いつもの穏やかで落ち着いた声が、私達に向けられる。
堪らず私とリランは揃って父様に抱き着いた。淑女としてよろしくないとか、そんな事はどうでもいい。驚いて抱きとめてくれたぬくもりが、ただただ嬉しくて安心できる。
「二人とも。心配をかけてすまなかったね」
「全くだよ…。でも、元気そうでよかった」
「うん。元気だよ。ご飯もなかなか美味しかったし。騎士団長が時々雑談に来てくれたり。他の人と談笑したり。とても快適だったよ」
それは…うん。良かった。
心配し通しだった身としては、何と言っていいのか分からないけれど。だからって安心はできないかな…?
苦笑して、私とリランは改めて父様を見た。
私が王都を出た時と変わらない。確かに快適だったのか、やつれている様子もない。
目を合わせた父様は優しく微笑む。
「リーレイも来てくれたんだね」
「当然。リランから手紙をもらって心配したんだから」
「ありがとう」
本当に良かった。
そう思う私の前で、父様の目は私達の後ろに向く。そこには私とリランと同じくらい、父様を心配していた家族がいる。
「ヴァン。心配をかけたね。リーレイと来てくれてありがとう」
「全くですよ、旦那様。今後一切、こういう事でお嬢を振り回さないでください。俺まで引き摺り回されるんで」
「うん。気を付ける」
そう言いながらヴァンの目もどこか安心したようなものだ。父様もそれを見て優しい顔をする。
久しぶりの家族の再会を喜んだ父様はその目を、何も言わずバールートさんとソルニャンさんと見守っていてくれたランサへ向けた。そっと私達から離れてランサの元へ近づくと、ランサも姿勢を正して対する。
対した両者は見つめ合い、父様は徐に頭を下げた。
「ランサ・クンツェ辺境伯様ですね。此度の御尽力、甥から聞きました。誠にありがたい事。感謝してもしきれません」
「ディルク殿。頭をお上げください。貴方は私の婚約者の父君。役目に差し支えぬ限り御力になるのは当然の事です。それに…今回の事はリーレイとリラン嬢が成し遂げた事。私は些細な力にしかなれていないので、そう言われると少し困ります」
苦笑交じりのランサの言葉に、頭を上げた父様もクスリと笑った。そして両者が握手を交わす。
「改めて。リーレイの父、ディルクです」
「ツェシャ領を治める辺境伯、ランサ・クンツェです」
親子ほど年が離れているのに、二人がまとう空気はそんな印象を抱かせないくらい、堂々たるもの。公爵家の者と辺境伯家の者なのだと、強烈に意識させる。
思わず、そんな二人をじっと見つめ…
「うーん…。籍があるとはいえ私は家を出た身だし、弟が継いでいるから、辺境伯様にそんなに丁寧にされると少し落ち着かないかな…?」
「そうですか…?」
「それにクンツェ辺境伯様は、私の初めての息子、でもあるわけだから」
「! では、互いに自分のままで、というのは如何でしょう? 義父殿?」
「そうだね。義息子殿」
…ドテンッとずっこけだ。
こんな事前にもあったよね!? ほら。私の隣でリランがすごく笑顔で今にも飛び跳ねそうだもの!
「皆して気が早い!」
思わず物申す私に、父様もリランも、皆が笑っていた。
場所を談話室に移した直後、仕事を済ませ急いでやって来た叔父様が父様に駆け寄った。
「兄上っ!」
「ジークン。あぁほら、大丈夫だよ。動かないでくれたんだね」
「本当ならっ、即刻でベットーチェ子爵もカルタッタ伯爵も陛下の御前に突き出して尋問でもなんでもして洗いざらい吐かせてすぐに解放したというのに! リランと、来るかもしれないリーレイの為だったんでしょう? 解りますよ!」
「うん。ありがとう」
「え、あれ本当にティウィル公爵ですか…?」
「はい。叔父様です」
さらっと物騒な言葉が出てるけど、兄が好きな叔父様だ。よく見る仲の良い二人だもの。
バールートさんとソルニャンさん、それにランサも戸惑いや苦笑いが出ている。
ひとまずソファに座り、私達は父様から少しだけ話を聞くことになった。
そもそも、どうして父様がこの不正に気づいたのか。私の疑問でもあった事を、父様に聞いてみると、父様はひとつ頷いて教えてくれた。
「この疑惑、気づいたのはローレン殿下なんだよ」
「殿下が…!?」
「うん。それを調べてくれないかと頼まれてね」
だから父様は調べを…。そうして集められていた証拠の資料を思い出して、改めて父様の手腕に感服する。
私の隣ではリランが父様を見て首を傾げた。
「ですがお父様。なぜ殿下はお父様に?」
「うーん…それは多分…」
「今度の夜会に兄上が出るから、だろうね。一介の文官の価値を国の中央に知らしめ、さすがティウィル公爵家の者だと思わせる。さらに、証拠をまとめあげたこれまた能力ある娘が辺境伯と婚約してもおかしくない。と、そう思わせる意図もあっただろうね。今の兄上は公爵家に籍はあるけれど家を出ているし、地位だってないようである、ただの文官。だから」
「…うん。そうだね。殿下に伺ったけど、今回の告発にティウィル公爵家の名は出さなかったそうだから。うーん…。今度の夜会が怖い」
叔父様がスラスラと並べた言葉に、父様は困ったような笑みを浮かべて頬を掻いた。
それを聞いて思う。
確かに今の父様は、ティウィル公爵家の長兄であったにも関わらず家を出て、それでも籍だけは公爵家にあるまま。周りからどう見られるのかも薄々理解できる。
だけど今回、父様は一人で人知れず動き回り、あれだけの証拠を集め、確実にベットーチェ子爵を追い詰めた。
殿下からの頼みであったことは多分公表されない。父様が気付きした事になり、それは政治の重鎮方にも知られた。
その能力を、遺憾なく知らしめた。
今はまだ父様はティウィル公爵家の者だとは知られていない。
だけど、今度の夜会に参加すれば知られる。当然そこには城に勤める人も山程いる。
「ベットーチェ子爵とカルタッタ伯爵の事はすぐに知られる。その解決の一手をディルク殿が成した。加えて二人の娘まで遜色ない。それが他者に知られれば、確実に見る目は変わる」
「そうなのですね…」
説明するランサに、リランも納得の表情を浮かべた。
…だけど、私はそれに素直に頷きたくなかった。




