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6,不審人物ではありません

「私が行く」


 そうきっぱり告げると、シスは微笑み、ディーゴも申し訳なさそうにだけど頷いてくれた。


 少しでも早く辺境伯様にお会いできるなら、その方が良い。これは私の為でもある。

 そう決めて告げたら、どうしてか後ろからクツクツと笑う声が…。思わず見ると、やっぱりヴァンが喉を震わせていた。


「どうして笑うの?」


「いえ…。ほら。やっぱり会いに行くってなったなぁと」


 一瞬何を言ってるのか分からなかった。でもすぐに昨日の事を思い出した。

 私は結局ヴァンの提案を受け入れたようなもの。そう思うとちょっとムッとするけど…。いいもの。ちゃんと用事があって行くんだもん。


 ふんって胸の内で言う私の気も知らず、ヴァンは「じゃあ」とすぐに笑いを止めた。


「俺は馬の用意してきます」


「うん。ありがとう」


 言うとすぐにヴァンは離れていく。その姿を最後まで見送るより早く、「あの…」とメイドの一人が恐る恐るというように口を開いた。

 それに釣られて私もそのメイドを見る。少し身を縮こまらせていて、なんだか少しこっちが困惑してしまう。


 けれど、その胸の内は彼女が続けた言葉で消えた。彼女がそうなった理由がすぐに解ったから。


「あの……う…馬で向かわれますか?」


「え? あ……えっと、馬車が良いかな?」


「いえ。馬でよろしいと思います」


 これまで通りにヴァンの言葉に頷いたけど、すぐにそれが間違いだったと気づいた。


 辺境伯様は知らない。私が乗馬をこなす令嬢だと。

 こういう時、他の令嬢なら馬車だろう。護衛とはいえ他の男性と同じ馬には乗るべきじゃない。緊急事態でもないのに。


 けれど、私やメイドの戸惑いは、すぐにシスによって否定された。

 思わずシスを見るけど、シスもディーゴも微笑んでいた。そしてはっきりと自信ありげに言った。


「我らが主、ランサ・クンツェ辺境伯様は、それほど狭量な方ではございません」






 私はすぐに男装に着替え、元々預かっていた殿下からの手紙も持って外へ出た。

 門の傍ではすでにヴァンが馬を二頭連れて待っていてくれた。私は愛馬にそっと触れる。そうすると久しぶりだなって挨拶してくれるみたいに、鼻先を摺り寄せて来た。


 とんと触れて、すぐに出迎えに来てくれたシス達を振り返る。そして差し入れの荷物を受け取る。思ったより重い…。

 私が行くと決めて、使用人達も出て来てくれた。なんだか申し訳ない…。


「ランサ様はここより東にある砦にいらっしゃいます。近隣では野盗が出る事が偶にございます。どうかお気をつけて」


「分かった」


「ヴァン様、リーレイ様をよろしくお願いします」


「勿論。護衛ですから」


 ヴァンの腰には剣がある。その様は一武官としては困惑するくらいやる気無さそうなのに、弱く見えないのがいつも不思議。


 私は生憎と、ヴァンがその剣を抜いて戦うところは見た事がない。王都でもそんな事態に遭遇する事もなかったし、私に稽古をつけてくれた時も木剣だったから。

 でもヴァンは、私にその剣を抜かせてくれた。「真剣をちゃんと知っとく事も大事ですよ」って言って。だから私も真剣を振った事がある。


「ちゃんと届けるね」


 そう言って私は馬に乗った。久しぶりで心が弾むと、愛馬も嬉しそうに数歩地を踏んだ。そんな動きにも笑みが浮かぶ。

 私の傍でヴァンも同じように馬に乗った。

 そんな私達を皆が見つめて、そして頭を下げた。


「「行ってらっしゃいませ」」


 やっぱり慣れないなぁ…。でも、メイド達もきちんと教育されてるんだな。令嬢教育も付け焼刃の私とは大違いだ。

 こんな私が、彼女達の上に立って差配を振るう事が出来るのか……。分からない。


 でも、逃げないと決めた。時間はかかるかもしれないけれど。

 全部をもう一度、覚悟する。

 だから――


「行ってきます!」


 声を大に、私は屋敷を後にした。後ろをヴァンは付いて来る。


 屋敷を出れば剥き出しの道が伸びている。王都の石畳とは大違い。だけど、自然の中を走る風の心地良さは王都よりもいいかもしれない。

 そんな事を、風を受けながら思う。

 それに何より、久しぶりの乗馬は気持ちが良い。


「ヴァン! 気持ち良いね!」


「お嬢生き生きしてますね」


 ずっと言い出せなかった事が。諦めていた事が。例え一時でも叶った。

 どこまでも走って行きたい。この心地良さに乗って、どこまでもずっと…。


「はい砦までですよ」


「…分かってる。ヴァンは意地悪だね」


 私の手綱がしっかりと握られている…。安心だけども。






 駆けて、歩いて。ゆっくりそうして進んできた先に目的地らしい場所が見えてきた。

 私とヴァンは見えてきたその光景に足を止めた。


 街道沿いに建っているのは砦だろう。堅固なその建物は威風を漂わせている。外装は黒くて煉瓦で出来ているみたい。十分迫力がある…。

 街道には行商人や通行人、警備中の騎士達が通る。


 砦よりさらに国境側には、通行人を改める関所がある。大きな口を開けたようなその中を人が通っている。細かい様子は見えないけれど、あそこでは国を守るためのお仕事に勤しむ騎士達がいる。お邪魔できない。


 私とヴァンは一旦下馬した。するとヴァンが私の手から荷物をひょいと取る。何でと思ってると「挨拶で邪魔でしょ」と言われた。

 頷くよりも首を傾げてしまいそうになるけど、ヴァンに促されて砦へと向かう。


「辺境伯様。いますかね?」


 差し入れは最悪騎士に受け取ってもらうにしても、殿下から預かった手紙は渡せない。これは私が直接渡すように言われている。

 シスのせっかくの心遣いを無駄にしたくない。

 辺境伯様が砦にいらっしゃって、すぐに出てきていただけることを祈るしかない。


 手綱を手に砦に近づくと、見張りの騎士が私達を見た。

 少しだけ距離を取って止まる。


「どちら様で? 何用でしょう?」


「辺境伯、ランサ・クンツェ様に御目通り願いたいのですが、取り次いでいただけますか?」


「将軍に?」


 見張りの二人の騎士は互いの顔を見合わせ、怪訝そうに私とヴァンを見た。

 ヴァンの腰には剣がある。それを認めて少しだけ騎士の表情は硬くなる。…警戒されたかな?

 だけど、護衛であるヴァンに剣を捨てろとは言えないし、ヴァンは多分それはしない。


「将軍の屋敷の方ではありませんね。部外者を入れるわけにはいきません」


 ……もっともです。えぇこんな格好ですから。

 でもこちらも引けません。


「では、私が訪れているとお伝えいただけませんか?」


「将軍とはどのようなご関係で?」


 関係…関係? え……嫁? いや違う結婚してない。

 婚約者? えーっと…全く自覚ないけどそれでいいの? お互いに一度も会った事がないんだけど。

 というか、辺境伯様は騎士達にそんな話をしてるのかな? されているのか分からないと、私もなんて答えていいものか…。だけど押し通すわけにはいかない。余計不審人物になってしまう。それは避けねば。


 迷って迷って答えられずにいると、騎士達の表情も怪訝に変わっていく。

 あ、待って。そんな顔しないで。


 運が良いのか悪いのか。砦の方からだんだんと騎士がやって来る。

 見張りの口から口へ話が伝わって、私達も騎士に囲まれる。非常に気まずい…!

 ヴァン! そこの護衛何か気の利いた事を言って! もう伝わってるか分からない事ぶっちゃけていいですか!?


「何をしている」


 そこに、スッと耳に入る、若くも堂々とした昂然たる声が舞い降りた。


 たったその一言で、この場にいた騎士達が背筋を正して声のした方向へ身を向けた。その動きに合わせて私もその方向を見た。


 馬に乗る一人の青年。歳は多分私と大きく変わらない。後ろには同じように馬に乗った数名の騎士を従えている。スッと伸びた背、漆黒の髪は日の光に当てられて毛先が赤みがかっているように見える。そして、まるで刃のような鋭い白銀の瞳がこの場を射抜いている。


「申し訳ありません。将軍」


「!」


 騎士の誰かが言った言葉に、私も目を瞠る。

 この人が…。『将軍』とはつまりこの辺境の地を守る長にして、国境を守る騎士達全員を統べる人。辺境騎士団の団長。


 この人が、辺境の『闘将』…。


「実は…この者が将軍に会いたいと…」


 見張りの騎士が私をちらりと見て、辺境伯様へと視線を向ける。

 その言葉を受け、僅か眉を動かした辺境伯様は私を見た。私はその視線を逸らす事無く受けとる。


「俺が将軍だが。何用か」


『闘将』は私の勝手なイメージとは全く違う人だった。それが拍子抜けなのか安堵なのか、今の私には分からない。

 ただ一つ思ったのは、若いのに凄いな…って事だった。


 一呼吸分の間を開けて、そんな思いが少し呑気だなと思い至ると、フッと体の力も抜けた。






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