表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/258

59,喜びが一入で…

 ♦*♦*




「皆様。クンツェ辺境伯様が御到着なされました。どうぞ。応接間に」


「ランサが?」


 グナーに聞かされた私達は、すぐに応接間に向かう事にした。


 ランサが来た。思ったよりずっと早く。きっと急いで来てくれたんだろう。

 嬉しい。会いたい。


 私達は応接間に急いだ。到着した部屋の前に立てば、グナーが扉の向こうに声をかけてくれた。「どうぞ」って中からの入室許可に、私はグナーが開けてくれた扉の向こうを見た。


 屋敷の応接間。荘厳な室内に向かい合うソファ。

 ソファに座る叔父様。向かいに座るのは隊服姿のランサ。


 一か月ぶりに見るその姿に。目が合って微笑む姿に。少し胸が苦しくなった。


 ランサ…ランサだ…。たった一月会ってなかっただけなのに。こんなにも嬉しい。


 ランサは立ち上がってすぐ、入室した私の前に来てくれた。

 少し見上げるその姿。漆黒の髪の間から見える、優しい白銀の瞳。精悍さと端正さを合わせる顔立ち。


「リーレイ。会いたかった。やっと追いつけた」


 耳を震わせる声。心臓の鼓動を早めて、なのに安心をくれる声。


 そっと頬に触れる手。慣れ親しんだぬくもりが、私の心に沁み渡る。

 頑張ろうって思って強張る心を、少しだけ解いてくれる、たった一つのぬくもり。


「ランサ…」


「うん」


「ランサ…」


「うん」


 この想いが、言葉にならない。ただ名前を呼ぶだけの私に、ランサは何度も優しく答えてくれる。

 ランサだ。優しくて。いつもまっすぐ私を想ってくれるランサだ。


 頬に触れる手に思わず私の手を添えて、ぎゅっと握るように掴む。

 もう少しだけ離れて欲しくないと、そう想う心を伝えたくて。


「……これは夢? 試練か?」


「ランサ様頑張ってー」


 ぼそりと何か呟いたランサに、バールートさんが何か言っていた。


 だけどそれを聞いて、私は急にハッと思考が現実に戻った。慌ててがばりと周りを見れば、当然ヴァンもリランも、バールートさんも、それにソルニャンさんもいる。

 皆いる。皆の視線の前。


 一気に羞恥が沸き上がった。恥ずかしすぎてランサの手を思わず離す。


「っ…ランサ早かったね!? 何でここに!? 何でこんな早く!?」


「お嬢、必死感出すぎ。いいじゃないですか。いつもの事だし。お嬢がちょっといつもより甘えたって」


「っ、ヴァン!」


 そんなにさらって言われるとどうにかなるから!

 それに、バールートさんもソルニャンさんも、そんなに深々頷かないでください!


 違う! 違うの! こんなはずじゃない!

 だって私はまだ言葉も満足に操れないのに。何だか色々別な事をしでかしてばかりな気がする!


 いやぁ…って打ちひしがれるしかない私なんて放っておくことにしたらしいヴァンがささっと話を進める。


「リラン様。この方がお嬢の御婚約者、ランサ・クンツェ辺境伯様です」


「お目にかかれて光栄です。クンツェ辺境伯様。リーレイ・ティウィルの妹、リラン・ティウィルと申します」


「こちらこそ、リラン嬢」


 淑女の礼をして見せるリランに、ランサも堂々と挨拶を返している。…なんだか様になってる絵だ。


 リランは初対面のランサにも人見知りせず、微笑みを浮かべて応じている。我が妹ながら貴族に物怖じしない凄い子だ。


「ヴァンとバールートさんに伺いました。辺境伯様は姉をとても大切にしてくださっていると。いきなり婚約することになり、妹としても少し不安だったのですが、とても安心しました。辺境伯様。どうか姉をよろしくお願いします」


「勿論。俺はリーレイを愛しているし、他にない唯一無二の存在だと思っている。心配はいらない」


「まぁ…。ではその…お義兄様とお呼びしてもよろしいですか?」


「嬉しいな。リラン嬢は俺の義妹になる方だ。寧ろそう呼んでくれ」


 飛んでる! なんだか色々飛んでる内容が!

 まだ結婚してないし籍も入れてない! 気が早い!


 二撃三撃と続けて攻撃を受けた私は、言い返す言葉すら出ない。

 そんな私に救いの声が…


「クンツェ辺境伯。そろそろいいかな?」


 …救い、というには少々冷え冷えとした声音だったけど。

 ソファに座る叔父様に全員の視線が向いた。ヴァン…「え、こわ」って言わないの。


 視線は向いても声が出ない私達とは違って、ランサは臆した様子もなく叔父様を見返す。

 笑顔なのに笑顔じゃない叔父様。…後ろに見える黒い影は気の所為かな…? うん、きっとそうだよね。叔父様は優しい方だもの。


 私の傍でリランが叔父様を見て眉を下げた。


「叔父様、申し訳ありません。やっとお会い出来て嬉しくて…」


「いやいや、いいんだよリラン。まずはゆっくり腰を落ち着けてはどうかと思ってね」


「そうですね」


 それもそうだった…。

 ランサが立ち上がってきてくれたとはいえ、長々立って話をしてしまった。いけない。ランサには状況の説明もしなくちゃいけないのに。

 私もそう思い至るのに「そうなんですか?」「絶対違います。仲睦まじいのが腹立たしいんです」なんて、バールートさんとヴァンが妙な事を言い合っていた。


 私がすぐにランサをソファに促せば、ランサも応じてソファに座る。

 座る動作の中、ランサの脚が少し震えているように見えた。そういえば…と思ってソルニャンさんを見れば、椅子に座って数言バールートさんと話をしている。


「…ランサ。もしかして、かなり急いで来てくれたの? 休まなくて平気…?」


「大丈夫だ。確かに強行軍だったが、話や少しの行動に問題はない」


 私がツェシャ領を出て約一月。ランサはしばらく仕事をしていたはず。それから発ったなら、かなり馬を走らせたはず。

 その想いが。行動が。嬉しくて。胸が少し痛い。


 リランも座り、私は改めてランサを見た。


「国境は、予定通りヴィルドさんとロンザさんが?」


「あぁ。何かあればすぐに伝令が来るが、今のところその様子はない。大丈夫だ」


 国境警備は、『将軍』であるランサが目立ちがちだけど、当然騎士達全員強力だ。国境警備隊も。その隊長であるロンザさんも。ランサ不在の中でランサの大切なものを守る直属隊の騎士達も。

 それに、皆さんランサの地獄の鍛錬をくぐり抜けてる人達だから、とっても強い。私もこれまでも見てきたから知っている。


 ランサが王都に来ることは、役目を重んじるランサにとっては苦い事かもしれない。けれど貴族達にとっては、国境の番人たる『将軍』が領地を空けても問題ない、平穏である。という受け取られ方もする。

 だからランサも、必要だけとはいえ社交の場に出る。


「ティウィル公爵に話は伺った。容疑は晴らせそうか?」


「やるだけやってみる。今は父様が調べてたらしい事を探ってるの。あ、ランサの御父上にご助力いただいて…」


「らしいな。礼は終わってから言う事にしよう」


 挨拶より先に頼み事をしてしまった礼儀知らずなのに、協力してくださったその寛大な御心には感謝するばかり。

 うん。ヴァンを騎士団に入れる代わりのお礼を何か考えないと。


「リーレイ達をつけている者がいると聞いた。危険はなかったか?」


「大丈夫。それに…その人達ならバールートさんが捕まえてくれたよ」


 ランサは少し口を閉ざすと、何か考えるような顔を見せて、その視線をバールートさんに向けた。向けられたバールートさんはピシッと背筋を正す。


「王都に入ってからを仔細報告しろ」


「はい。俺の動きは、陛下と騎士団長の許可が出たとラグン・ティウィル宰相から伝わっています。それからガドゥン様に知っている事がないか聞き、協力を要請。昨日昼間には、リーレイ様知り合いの衣裳店に行ったんですが、そこでつけられている事を感知。夜になってガドゥン様から成果を聞き、念の為衣裳店に向かいました。そこで、店主と店員にリーレイ様やビンツェ染めに関して問い詰めている現場に遭遇したため、拘束して警吏に引き渡しました」


 バールートさんのスラスラとした報告に耳を傾けていたランサは、聞き終えて「分かった」と頷いた。そしてまた少し考える。


「拘束して吐かせなかったのは何故だ」


「優先すべきは俺の都合ではなく民の安全と安心です。こっちの手はまだ考える事ができますし。大丈夫だという安心を目に見える形にすべきだと思いました。ランサ様の意思と信念に沿う。それが俺のやり方です!」


「俺の、じゃなくて俺達直属隊だろうが」


 バールートさんが胸を張って言った言葉に訂正を入れ、ソルニャンさんがコンッとその頭に手を置いた。

 そんなバールートさんの言葉と、二人を見て。ランサは少し口元を緩める。


 あぁ…。良い関係だな。ランサと直属隊の騎士を見ていると、いつもそう思う。


「そうだな。ありがとう、バールート」


「いえ!」


「だが、辺境騎士だとは言ったのか?」


「警吏への引き渡しは隠れて確認したので知られていませんが、店主は知ってます。騎士がやってくれた事にしてくれとは言いましたけど…。その手柄上げた騎士が警吏や警備隊から出なきゃバレるかなぁ」


 …それは確かにバレそうだ。

 肝心のその貢献者がいないんじゃ、アンさんにもう一度話を聞くかもしれない。アンさんも必ず黙っていられるわけじゃないだろうし。

 人目のない夜間。王都入りしている辺境騎士だと、騎士団長は気付くかもしれない。


「…バールートさんが王都入りしてる事は、今は陛下と騎士団長、それにラグン様が御存知だけど。警吏の中では知られていないから、今頃正体不明になってないかな?」


「だろうな。その店主に再度聞き直すという事があるかもしれない。…リーレイ。辺境伯家が関わる事も、秘したいんだな?」


「うん。 だけど…騎士団長は気付くかもしれない。それに、バールートさんは店に行くってガドゥン様に伝えて向かったそうだから。ガドゥン様から騎士団長に伝わってないかな?」


「その可能性はある」


 となると、騎士団長やガドゥン様の周りで知る者が出てくるかもしれない。

 ランサが王都入りしたことも、もしかしたらバールートさんに早く行動許可が下りたように陛下には連絡が入ってるかもしれない。


 考えていたランサは不意に私を見て眉を下げた。


「リーレイ。君の助けになりたいんだが、俺は先に少し城に行って騎士団長に会ってくる。部下がした事は俺からもきちんと伝えなければいけない」


「分かった。ランサはランサのするべき事をして」


「同時に騎士団長にのみ衣裳店での件を話し、上手く収束させてもらおう。バールートの行いは明日まで秘する事にする」


 何よりも私の事を優先して欲しいなんて思わない。ランサが誇りを持つ役目を、支える為に私はいる。

 それにやっぱり、ランサは役目を重んじながらも私の事も考えてくれている。それが嬉しいから、私も頑張れる。


「それなら俺も行きます。俺がした事ですし」


 手を上げたバールートさんに、ランサはちらりと視線を向けた。返ってきた沈黙にバールートさんは「ん?」って目を瞬かせる。


「ランサ様…? えーっと役割をソルニャンさんと交代…は駄目ですか?」


「…いや。許可する。ただしバールート、隊服は脱げ」


「了解です」


 バールートさんはすぐにランサの命令に従った。マントで隠すよりも確実な方をランサはとったんだと思う。騎士団内部に行けば騎士にバレる可能性が高い。

 話を聞いていたグナーが、すぐに朝用意していた服にしようとバールートさんを連れて一旦応接間を出て行く。それを見送ることもなく、ランサは続けて指示を下す。


「ソルニャン。リーレイの護衛と現在の案件に手を貸すように」


「了解です」


 言いながら、ランサも席を立った。そして少しソファから離れると、徐に隊服の上着を脱いだ。

 隊服の上着がないと、剣を佩いた一人の騎士にしか見えない。それでも充分に威風は感じられる。


 私は思わずランサの傍に近づいた。そんな私にランサは上着を差し出すから、私は素直に受け取る。

 けれど同時に、少し疑問も感じた。


「ランサ。城に行くなら、辺境伯だって分かりやすいように隊服を着た方がいいんじゃないの?」


「そうなんだが…。今回は少し、辺境伯おれが来ているとまだ知られない方がいいと思ってな」


「それは…。でも、ランサが役目の為に行っても、私との関わりはすぐには分からないよ…?」


 騎士団長に会いに行く用件が、父様に関わりがあるから? 私個人が動こうとしているから?

 どちらにしても、ランサの剣を私が持っている時のような、関わりが悟られるような物を、ランサは持っていない。


 首を傾げる私の前で、ランサはちらりと叔父様を見る。私も思わず見ると叔父様は「それがいい」と頷いた。

 ランサを見ると少しだけ口角を上げている。ランサがそうすべきだと思うのならそれでいいと思う。


 渡された隊服の上着は、『将軍』であるランサを示す物。辺境騎士団でこれを身につけられるのは、只一人。

 同時にランサの腰元にある剣を見て、私ははたと思い返った。


「ランサ…! あの剣は? ランサの…」


「あぁ。あれもまだリーレイが持っていてくれ。必要になれば返してもらう」


「分かった。…けど、あの剣の事、どうして教えてくれなかったの? あんな由緒正しい物…」


 少々恨めしい声音になっても許して欲しい。

 あんなにも由緒正しい名剣を私なんかが気安く佩いていいわけがない。


 私の前でランサは「ん?」って少し首を傾げて考える様子を見せた。


「あぁ…。言うとリーレイは絶対に拒んだだろう? 私なんかが持って良い訳ない、と」


 ……返す言葉もありません。その通りです。

 ぐうの音も出ない私にランサはクスリと笑った。


「言わなくてすまない。だがリーレイ。前に言っただろう? 俺の婚約者であるという力だ。それに、俺の力はリーレイの力でもある。そうだろう? 俺の半身」


 おかしいとしか思えません!

 ランサの力はランサのものだからね!


 二人で力を合わせようというのは分かるけど、私はとてもランサの力なんて使えない。まだ…そこまで行ける気がしない。


 …私には、私の力すらないのに。

 家も。籍も。婚約者も。全て何もない私にぶら下がっているだけで。何もない私を吊り上げてくれているもので。ランサの元へ行ってやっと意識と覚悟が持てたばかりで。


 貴族社会で、私は皆さんの後ろをただ一人でとぼとぼと歩いている状態。

 まだまだこれから、頑張らないといけない。


 ランサが引いてくれる手だけを頼りに、しなくていいように。


「ランサ。私は私で頑張るから。ランサはランサのするべき事をして」


「あぁ。では行ってくる。ティウィル公爵。失礼します」


 力強くて、頼もしい頷き。

 叔父様に礼をすると、ランサは応接間を出て行った。それを見届けた私の背中に叔父様の優しく厳しい声が飛ぶ。


「リーレイ。もう少し、頑張りなさい」


「はい!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ