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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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57,令嬢は御立腹

 アンさんと女性二人は流石に驚いている様子。無理もないし、俺もあれこれと長く説明はできない。

 リーレイ様、アンさんに今の件を話すつもりなさそうだったし。俺からは言えない。


「…あ、ありがとう。だけど何だってここに?」


「野暮用で近くまで。妙な声がしたんで気になって」


「そう…」


 アンさんは顔色は悪いけどホッとした様子。後ろの女性を落ち着かせているのを見て、俺は気絶させた男に近づいた。


 身なりは破落戸よりはいいな。剣だって少々悪くない物だし。

 ん…となると、剣術かじってる奴か。元騎士かな? 個人に雇われてるとか。まぁ、人を脅すなんて事してる時点で破落戸と変わらないけど。


 尋問できないし何か手がかりとか持ってないかなぁと思って、俺はゴソゴソと漁ってみる。


「ねぇ。そいつら知ってるのかい?」


「いえいえ。俺も誰かって手がかりないかなって思って」


 何か持ってないのー?


「コイツら、何か言ってました?」


「……姉妹が来ただろうとか。その子らに何話したとか。薦めた物とか」


 ふーん…。ってことはやっぱりビンツェ染めに関する何かか…。

 それなら、こいつらもディルク様に関わってるって事だ。関係があるか分からなかったリーレイ様も、これで確証を得られるだろう。


「……ん?」


 漁っていた俺は、一枚の紙を見つけた。何だこれ。

 折りたたまれてるそれを開いて……何これ。ブッと吹き出しそうになったのを堪えた。マズイ。アンさんに不審がられてる。


「……ちょっとどうしたのさ」


「なっ、何でもないですっ…」


「いや思いっ切り笑ってるじゃない」


 俺は頑張って笑いを堪えた。長く息を吐いて落ち着かせる。

 これ以上見てたらまた笑う。そう思って持っていたその紙を裏返した。けど次はまた別のものが視界に入る。


 それを見て、俺は紙を懐に仕舞った。これはちょっと拝借。


「アンさん。警吏を呼んでコイツら捕まえてもらって下さい。えーっと…辺境騎士って言わずに、騎士がやってくれたって事にして。詮索されない限りは」


「え…えぇ」


 俺は警吏を呼んで来てもらう間に、男達を縄で縛っておいた。

 それから警吏が到着するのを隠れて見届けてから、ティウィル公爵の屋敷にこっそり戻った。






 ♦*♦*




 翌日。

 ラグン様からの言葉をバールートさんにも伝えると、「ふむふむ」って頷いて聞いてくれた。突然の期日指定には驚いていたけど「ですよねぇ…」って苦悶の表情で頷いた。

 そして、ガドゥン様から貰ったという資料を見せてくれた。


「植物生育…昆虫記…それに気象資料……?」


 机一面に広げた資料。それも文字や絵が記載されていて、専門的で難しい内容だ。

 思わず表情が歪む私達に、バールートさんは「それと…」とガドゥン様の言葉を伝えてくれた。


「ガドゥン様が言ってました。ビンツェ染めとつけてきた相手が関わりあるなら、ビンツェ染めの件はティウィル公爵に任せて、リーレイ様は妙な奴の方を拘束させて吐かせた方が早いって」


 …それは確かに。

 だけどそれは、一緒に動くリランまで危険に晒す事になる。ヴァンとバールートさんがいるとはいえ、相手がどういう者かも分からない。

 それに、捕まえて吐かせる方法がない。警吏に突き出すにも言い訳を考えないといけないし、私達の身元まで探られるとちょっと厄介だ。


「それと、その妙な奴らですが、昨晩アンさんの店に来てたんで、俺が気絶させて、警吏に持ち帰ってもらいました」


「! アンさんに怪我は!?」


「ないです」


 良かった…。もしかしたらとは思ったけど、バールートさんが向かってくれて本当に良かった。

 心から息を吐く私の傍で、リランもホッと胸を撫でおろした様子。


「…ってことは、捕まえて吐かせる作戦無理じゃね?」


「そうなっちゃいました」


「えー…。拘束すりゃよかったのに、しなかったんです?」


「俺騎士ですから。人々の安心安全が優先です。それに尋問するにしてもほら…人前じゃ少々…。それに喚かれると周りの人に気付かれるんで。やむを得ず…」


「え。それどんな尋問するつもりで?」


 冷静なヴァンに、バールートさんも腕を組んで肩を落とす。ヴァンの言葉もバールートさんの言葉も、どちらも理解できた。

 警吏に引き渡してしまったのなら、私達が尋問する事はできない。騎士か、身分があるか、騎士団と関わりある人じゃないと、そもそもに牢屋まで行けない。


「あ。でも証拠は掴めました」


「証拠?」


 肩を落としていたバールートさんは、フフンッて鼻を鳴らして胸を張る。

 よほど確かなものらしい。私達も思わず身を乗り出した。


 そんな前で、バールートさんは隊服から一枚の紙を取り出した。


「これです」


 そう言って出された紙を受け取り、折りたたまれた紙をパラリと開いてみた。


 紙の上部には『ディルクの娘。二人。今回の標的』と書かれている。…やっぱり狙いは私達。

 それを感じながら視線を下げた。そして…「ん?」と声が漏れた。


 ……何かなこれ。

 子供の落書きのような、あまりにも雑な人の顔の絵。それも二人。

 一人は髪が長いらしい。もう一人は髪が長いけどうねうねしてる。人物絵らしい傍には特徴も書き記されている。


「……うん。誰かなこれ」


「お嬢とリラン様ですね」


「いいえヴァン。お姉様はこんなのっぺらではありません。もっと美しい方です」


「いやでも…お嬢とリラン様ですね。ほら。似顔絵の上に名前まで書いてます」


 確かに奇怪な絵の上には、それぞれ『リーレイ』『リラン』と名前が書かれている。


 …私は、自分が平凡だと知ってる。リランはこう言ってくれるけど、リランの方がずっと可憐だし綺麗だ。

 私はドレスを着てもドレスが浮くだろうし、街の男達からだって「生意気」とか「行き遅れ」とか「じゃじゃ馬」って言われたのも一度や二度じゃない。男装して、馬にも乗って、毎日走り回って恋愛事の欠片もない。

 うん。別にそれで良かったし。それについてどうこう言うつもりはない。


「うん。私はいいの。どうせこんなだし。でも…リランはもっと可愛いし花もあって綺麗なの!」


「お姉様! お姉様だってお綺麗です!」


「ちょっ! リーレイ様破れる! 破っちゃ駄目! リラン様も破ろうとしない!」


 なんでかバールートさんが必死に私達を止めようとしてくる。


 いやだって怒るでしょう! 妹がこんなのっぺらな顔で書かれてるなんて!

 誰よ書いたの! リランの前に引きずり出させて謝罪させてやりたい!


 一人でゲラゲラ笑ってるヴァンはバールートさんに「笑ってないで止めて!」と怒られて、私の手から紙を取り上げた。


「はいはい。落ち着いてお嬢。リラン様」


 私達が取れないように、紙を頭上高くに持ち上げたヴァンを睨む。

 ヴァンは持ち上げた紙を見上げて笑いを堪えてる。…腹立たしい。そのプルプル震えてる口許がすごく腹立たしい。


 だけど不意に、ヴァンは「…ん?」って笑いを止めて紙を見た。そしてバールートさんをちらりと見る。

 返ってきた頷きに、ヴァンは「成程な」って少し口端を上げた。


「ヴァン…?」


 思わず呼びかけると、ヴァンは視線を下げて私達を見た。


「お嬢。リラン様。この家紋、目に入ります?」






 ♦*♦*




 王都の門を抜け、急ぎ馬を走らせる。長い距離を駆けて来たが、都度馬を乗り換えて来たから馬が潰れる事は無い。

 駆け抜け、俺はある屋敷までやって来た。


 門まで着くと俺は馬を降りる。共に来た部下が降りた拍子に少しよろけた。

 無理もない。俺も流石に足が震えそうになっている。こうも疾走して来たのは初めてだ。いくら馬に慣れていても長距離をこうも短期間で駆けて平気ではない。


 だが、まだ倒れるわけにはいかない。俺は手綱を部下に預け、ひとまずその屋敷の敷地へ足を踏み入れた。


 王都にある。クンツェ辺境伯邸。

 王都での滞在はここだ。リーレイがもしかしたら居るかもしれないと思ったが、屋敷にその様子はない。ここではないならリーレイは自分の生まれ育った家か? それならその場所を俺は知らない。


 カツカツと進む俺は、屋敷の庭に立つ一人の女性を見つけた。その久しい姿に自然と足が向く。

 彼女の傍には仕えるメイド達もいて、俺に気付いて女性に声をかける。


 と、その人物も俺を見た。そして嬉しそうにふわりと微笑んだ。


「ランサ。いらっしゃい。久しぶりですね」


「お久しぶりです。母上」


 約四年ぶりに会う母に、俺は胸に手を当て礼をする。そうすれば母上はクスリと笑う。


 顔を上げて改めて見る母上は、ツェシャ領を離れた時と何も変わっていない。美しい黒髪。優しい金色の瞳。俺の歳の子がいるとは思えない若々しさ。俺が子供の頃から変わらない、ぬくもりに溢れた眼差し。


 母上は俺を見て、すぐに屋敷へ促すような仕草を見せた。


「中へどうぞ。予定より早く来たのなら、少し話をしないかしら?」


「その前に母上。リーレイは来ていませんか?」


 久方の再会を喜びたい母上の気持ちは理解する。だが俺には先にしなければならない事がある。


 俺の言葉に、屋敷内へ向かおうとしていた母上は踏み出しかけた足を止め、俺に向き直った。その表情は少し眉を下げていて悲しそうにも寂しそうにも見える。


「えぇ…。ガドゥン様が到着を知らせてくださって、挨拶が遅れると言伝はいただいたのですが、何か今は御父君の事で大変な事が起こっているようで…。あ。挨拶など気にはしていませんよ? ただその…ガドゥン様がとても楽しそうにお話しくださるから、早く会いたくなってしまって…」


「そうですか。父上が…」


 という事は、リーレイは父上と接触したのか…。そうする必要があったという事か。

 考えながらも、俺は母上の言葉に笑みが浮かんだ。


「母上。そのお言葉、リーレイが聞いたらきっととても喜びます。彼女も母上にお会いするのをとても楽しみにしていましたから」


「まぁ。そうなの?」


「はい」


 少し驚いた顔をして、そして嬉しそうな笑みを浮かべた。


 準備をしていた時、リーレイは俺に聞いてきた。父と母はどんな人かと。俺はなるべく主観を除いて答えたが、リーレイはそれを聞きながら…特に母について話している時は、楽しみな様子を隠してきれていなかった。

 それを見て、リーレイは幼い頃に母を亡くしたんだったと思い出した。


 今、俺の前で母も楽しみにしてくれている。その笑みに二人が良好な関係を築けるだろうと確信に近いものを感じる。…これはさっさと俺も事態を把握しなければ。


「母上。俺は少々、リーレイを助けに行ってきます。後日、改めて」


「はい。分かりました。いってらっしゃい」


「…はい。行って参ります」


 母上の「いってらっしゃい」を受け、俺は身を翻した。


 母上がその言葉を言うのは、いつも父上に向けてだった。幼い頃から俺は、国境での衝突が発生した時に父上を送り出す母上の顔をよく見ていた。

 …知っている。様々な想いを抱えていた事を。いつか俺も、同じことをさせるのだという事を。


 五年前のあの日。母上はどんな想いで屋敷で俺達の帰りを待っていたか――


 いつか俺は、母上にさせたと同じ想いを、リーレイにさせるかもしれない。


 それでも俺達は、行かねばならない。

 この手で。この背に。守らねばならないものがある。


 だから俺は今も、前を向いて一歩を踏み出す。


 門ではソルニャンが待っていた。俺はすぐに手綱を受け取り騎乗する。それを見てソルニャンも騎乗した。


「今度はどちらに?」


「リーレイの居場所を知っているのは恐らくティウィル公爵か御子息だ。ティウィル公爵邸に向かう」


「先触れなしに、ですか?」


「緊急事態だ。大目に見てもらおう」


 言い置き、俺はすぐに馬を駆った。


 王都にある貴族の邸宅。俺とて貴族だ。五大公爵家の邸宅の場所くらいは把握している。

 迷わず馬を駆り、我が屋敷とは比べ物にならない程荘厳なその屋敷へと来た。

 …さて。リーレイが出るか。公爵が出るか。


 出て来てくれた男性にいきなりの訪問を詫び、俺は名乗った。男性はさして驚いた様子も見せず俺達を屋敷へ入れた。

 そこでリーレイの事について尋ねようとした矢先、敵意でも殺気でもない、だがこちらをじっと見る視線を感じて頭を動かした。


 視線の先に、一人の男がいた。目が合ったその人物はニコリともせず俺を見る。


「ようこそいらした。クンツェ辺境伯」


「ティウィル公爵…。先触れのない礼に反したいきなりの訪問、失礼いたします」


「国境の番人として常に緊急と前触れのない事態に対処する貴方ならば、こちらも先触れの有無にとやかくは言いはしない。さて…」


 スッと鋭く光る眼光が俺を射抜く。


「よほど慌てておられるようだが。何用かな?」






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