56,騎士は隠密行動も得意です
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リーレイ様達と別れ、俺はすぐに王都の辺境伯邸に来た。
王都が初めての俺は、事前にソルニャンさんとか王都に来た事がある仲間に屋敷の場所を聞いていた。興味があったのもあるけど、「いざって時のためだ」って皆が教えてくれた。
今の俺はそれにとても感謝してる。じゃなきゃ俺はここに来る事も出来なかった。ありがとう皆。
ちょっと迷いそうにもなったけど、なんとかそれらしい屋敷に来て、いざ突撃! ってしてみたらガドゥン様がいた。良かった。
で、すぐに俺はガドゥン様と情報交換。今日あったことを報告しておいた。
「ビンツェ染めか…。俺も小耳にはさんだが、今人気らしいな」
「みたいです。あ、奥様に贈りました?」
「ねぇよ。今あるので十分、だそうだ」
おぉ。奥様はちょっと庶民的。貴族なら買って当然とかかなって思ったけど、奥様はそうでもなかった。なんかちょっとホッとする。
やっぱり貴族って、お高いドレスとか当然のように着てるのかなって思ってしまう。クローゼット開けたらずらっと並んでる。みたいな。
…そう思うと、リーレイ様は平民暮らしだったからだろうけど、かなり庶民的だ。親近感が湧く。
昼間だって、用意されたドレスに圧倒されてる感じがあったし。いつもの服もシンプルだし。
「てっきり今度の夜会、ティウィル公爵は令嬢にそのドレスを用意するかと思ったが、どうやら違うらしいな。裏がありそうだ」
「ですよね。でもその裏が分かんなくて…」
「単純に考えりゃ、ビンツェ染め使った小汚ねぇ悪だくみだろうな。いくらティウィル公爵でも、勘づいてるだけで扱わせねぇってことはしねえだろう。それをしたって事は、よほど怒らせたな。これだから身内に手を出すのは恐ぇんだ」
…確かに。
自分達に回る利益とかにも影響するのに、それでも身内を取る。凄いな。
「ディルク様はそれに気付いたって事ですかね…」
「だろうな」
王族の金番と国の財務を預かる文官じゃ接点は薄いし、王族の金番は財務にあんまり関わらないって話だったけど、ディルク様はこの事どこで知ったんだろう…。
うーん…? そもそもその文官もベットーチェ子爵と関わりがあったって事か?
「バールート」
「はい」
「仮にこれが不正に関する事だったら、それこそ公爵家に任せた方がさっさと進む。お前らは別件で証拠を集めるって手もあるぞ」
「別件?」
この件をすでに証拠も集めてるティウィル公爵に任せると早いっていうのは、リーレイ様も俺も解ってる。
だけど、別件でって証拠あるっけ?
思わず首を捻ってると、ガドゥン様は「お前な…」ってちょっと呆れたため息を吐いた。…すんません。
「ティウィルの令嬢達を狙ってる奴がいんだろ? この件に関係してるなら、そいつらとっ捕まえて、この件…恐らくベットーチェ子爵との関係を吐かせるってのがお前らにしか出来ない事で、てっとり早い」
「確かに」
それなら、俺も制約には抵触しない。王都での動きは陛下と騎士団長から許可が下りてるし、それにランサ様からのリーレイ様護衛命令の内だ。
「了解です。戻ったらリーレイ様に提案してみます」
リーレイ様は多分、リラン様も同じように狙われてて一緒に動いてるから、そこは考えてないと思う。
…というか、ディルク様が心配で、無実を晴らそうって必死で。思いついてないのかもしれない。
必死になって当然だ。だから俺は逆に別方向からの提案ができるようにならないと。
難しいな。俺頭はあんまり良くないし…。ただ剣振ってる方が性に合うし。
「そうしろ。それから俺が調べた事だが」
「はい」
「ディルク殿は、気象研究室、植物研究室、生物研究室なんかに出入りしてたようだ。見てたって資料、借りてきたぞ」
「ありがとうございます」
俺はガドゥン様が机に置いた封筒を見た。資料が詰まってるのが見た目にも分かる。
ちらっと中を見てみるけど、俺には難しい単語とか絵図とか、天候、植物の生育記録ばっかり。……うん。これは戻ってリーレイ様に見てもらおう。俺には難解だ。
ささっと封筒に中身を戻して、俺はガドゥン様を見た。
「ありがとうございました、ガドゥン様。一日でこんなにしてもらって。リーレイ様に代わってお礼申し上げます」
「構わん。俺も早々に終わらせたいからな」
ガドゥン様もディルク様が無実だって思ってるんだろう。ティウィル公爵もまぁ、身内だからかもしれないけど調べて、無実だって確証を得てる。
「でも、この件って実際はもう一月前の事ですよね? まだ証明に梃子摺ってるんですね」
「……どうしてだと思う?」
「ん? 証拠がないからじゃないんですか?」
思わずガドゥン様を見る。
現場にハンカチ。数日前に口論。本人が否定してるとはいえ、処理が進められてもおかしくないと思う。
…んだけど。ガドゥン様、なんで不敵に笑ってるんです?
「俺も知らねぇよ。本人が毅然と否定してるってのがあるかもな。誰かが妙だと訴えてるのか…誰かがディルク殿が無実だと知っていて処理を止めてるのか…」
「…って、ティウィル公爵とか…?」
「…さぁな。ともかくさっさと終わらせろ。例の店行くんだろ?」
「あ、はい。んじゃまた」
俺はガドゥン様に礼をして、屋敷を出た。
外はすっかり暗い。ツェシャ領の町ならもう暗いのに、王都の町はまだ灯りが所々残ってる。
王都は明るいなぁ。砦で警備してると辺りは真っ暗だし、暗闇に慣れて、代わりに感覚が鋭くなる。目に頼れないから。
一度通った道だからもう覚えた。
周りの店とか景色とか、常に周囲に視線を向ける。こういうのは自然と身に付く。ツェシャ領じゃ周りは森とか自然だから、油断してるとすぐ間違える。
俺は一応周囲からの敵意とかも警戒しながら、衣裳店にやって来た。
表から見ても店は暗い。ふむふむ…と思って裏手に回る。店の脇の小路を入って、音をたてずに進む。
もう夜だからあんまり堂々と目立てないし。あくまで様子見で…ん?
俺はすぐに動きを止めて身を屈めた。
殺気…ってほどじゃないけど、明らかな敵意を感じる。けどこれは俺に向けられてるものじゃない。どこからだ?
周りにある灯りは、大通りの街灯と、人が残ってるらしい店の一室からの明かりだけ。小路なんてほぼほぼ暗い。俺は目が慣れてるから平気だけど。
敵意の出所を探りながら進むと、衣裳店の一室から明かりが漏れてるのが見えた。
俺はすぐに音をたてずに窓へ駆け寄って身を寄せた。
「……え…の……来て…」
んー。あんまりよく聞こえない。
だけどこの声、店の奴じゃないな…。
聞こえてくるのは男の声だ。店はほぼほぼ女性店員だったし。数少ない男性店員はこんなに荒い声の主はいなかった。
聞いた事のない声に、俺は一層警戒する。
無意識に腰の剣に手を伸ばした。
…いや。店内で殺傷沙汰はマズイか。うーん…剣が振れない…!
そもそも王都の騒ぎは警吏の仕事だ。本来なら俺が出しゃばるのは宜しくない。
だけど、俺はすでに王都内での行動が許可されている。許可がなくても、こういう偶然の遭遇では動く事が認められている。そういう事態は、出来るだけなしであってほしいっていうのが直属隊の本心でもある。
辺境伯直属隊が動けば、その地の騎士には賞賛される事もあり、あんまりいい顔されない事もあるらしい。
ランサ様も、あんまり自分や直属隊が国内で有名になるのを喜ばない。元々そういうのは興味ない人だけど、そうじゃないって国境警備隊隊長のロンザさんが言ってた。
『危険視してくる目も増えるからな。ランサ様はあくまで、陛下に忠を尽くし、その為に動く。危険視も担ぎ上げられるのも避けたいだろ』
…俺には難しい話だった。でもちょっとは分かった。
ランサ様はあくまで、ツェシャ領の為に、国の為に動いてる。
その守ってる大事なものが敵になったりするのを、何よりも嫌がるだろうから。何より…悲しむだろうから。
要は、直属隊は、他領では目立たず動けって事だ。
よし。それなら頑張るわ。
そうと決めれば即行動。決めた俺は店の裏口に回った。
ささっと移動して扉の向こうの気配を探る。…気配なし。音なし。
国境警備をしてると、常時全方向に気を付けるから、感覚が鋭く鍛えられる。
…時々、目隠しして鍛錬っていうのもある。そんなでもランサ様は容赦ない。
ちょっと思い出して体が震えたけど、俺は音を立てないように裏口を開けた。
まずちょっと。音なし。気配なし。
確認したら音をたてず素早く開けて中に侵入。同じように音を立てないよう閉めて物陰に身を潜める。
さて、人の気配がするのはどこかな…。
声がするのは同じ方向から。そこ以外から音はない。
判断してすぐ俺は人がいる部屋へ向かった。
昼間に入ってない部屋だ。簡単なテーブルと椅子、棚もあって、なんか従業員の部屋って感じがする。
入り口からこっそり気配を窺って、こっそり中を覗き見る。
「いい加減吐けよ。昼間来た二人の姉妹だ」
「知らないね。生憎とこの店には色んなお客が出入りするんだ」
部屋の隅にアンさんと二人の女性。あれ従業員か? リーレイ様の傍でドレス選んでた気がする。恐怖で震えてる二人の前に出て守ってるアンさんだけど顔色が悪い。
対してるのは男が三人。俺と同じでマント付けてる。アンさんの前にいる奴が剣を突き出してる。
…騎士じゃないな。騎士ならあんな民への乱暴はしない。仮に騎士だとしても俺は認めない。
用心棒…いやただの破落戸って事にしよう。
俺は改めてこの部屋以外の人の気配を探った。…なし。よし、ここだけだな。
「あんたら、なんだってそんな姉妹を知りたいんだい?」
「関係ねぇだろ」
「おい。たらたらやってらんねぇぞ」
「分かってる。最後だ。吐け。じゃなきゃ後ろの女を斬る」
アンさんが守ってる女性が声も出ない様子で身を縮めた。それを見て俺はすぐに動いた。
本音を言うなら、意識保たせたまま拘束して吐かせたい。それなら俺らもてっとり早く事が進む。
だけど、店内でそれはできない。破落戸片手に出て行くなんて人目に触れたら少々問題だ。それに…この場で気絶させて警吏に渡した方がアンさん達も安心できるだろう。
すみませんリーレイ様。手がかりになるかもしれませんが、別の手考えましょう。
俺はランサ様の意思に従い、それを守る。直属隊の騎士なんで。
俺はすぐさま床を蹴って音をたてず侵入。まずは気づくのが遅い男の鳩尾に拳をお見舞いして倒す。
そうすればすぐに他の二人が気付くから、そいつらが動くより先に俺はアンさんの前に立って守った。
「貴方…!」
「ちょいとお待ちを」
俺はすぐに正面の男に向かって、鞘のまま剣を払った。刃を躱して首元へ落として意識を奪い、同じように最後の一人も倒した。
鞘のままの剣を腰に戻して、俺は息を吐いた。完了。
俺はすぐにアンさんを振り返った。驚いた顔をしてるのは、二人の女性も同じだ。
だから俺は、安心させるためにニッと笑みを浮かべた。
「もう大丈夫ですよ」




