55,この家族、絆はどこよりも強い
「つけられてた…?」
「はい」
夕食を終えて今後の事を考えていた時、ヴァンとバールートさんが教えてくれた。
まさか…と思っていても、実感してしまうとやっぱり身体は震える。
「元々お嬢達を探してた連中ですかね。旦那様が拘束されてからと考えるとそれ絡みでしょう」
「店出てから敵意強く感じたんで。何かあるとは思います」
ヴァンにこれまで鍛えられていたし、実戦経験から殺気も分かる。辺境騎士団の皆さんとも手合わせして感覚は養えているつもりだった。
ちらりとヴァンとバールートさんを見る。騎士として逞しい身体といざって時の頼もしさ。
「…敵意から守ってくれたの?」
「「護衛ですから」」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
リランと一緒に頭を下げてお礼する。当然のようにさらりと動いてくれる二人には感謝してもしきれない。
頭を上げてから私は考え直す。
今回の事、単純に何かビンツェ染めに良くない側面があって叔父様が動いた。とも考えられる。
だとしても、そこに父様はどう関わる? 父様が叔父様のする事に何か口出すとも思えない。
私達がアンさんの元を訪れて、何者かはビンツェ染めの事を知られるのを嫌がった?
「…! ヴァン。アンさんに危険はないかな?」
「んー…今のところ商会の人間が巻き込まれてるってのはないですし。それならまずキンセ商会がやられそうですね」
「でも、リーレイ様達狙ってるなら、知り合い人質って策もあるかもしれません」
私達が行った所為で危険が迫っていたら…。そう考えて私はすぐに立ち上がった。
そんな私にヴァンが顔を歪める。
「ヴァン。すぐ…」
「駄目です。狙われてんのはお嬢とリラン様です。ここでほいほい動いて相手の策に嵌ったらどうすんですか」
「そ…うだけど…」
だけど、もしもの事があれば…。考えてしまうと不安が広がって仕方ない。
思わずグッと拳をつくる。
「んじゃ、俺が行きます」
ハッと見ればバールートさんが強く頷いてくれた。ヴァンもちらりと見る中バールートさんは続ける。
「どうせこれからガドゥン様んトコ行きますし。帰りにちょっと見てきます」
「バールートさん…。すみません。何から何まで…」
「いえいえ、これが俺の仕事です」
いつもとなにも変わらない笑顔が今は安心をくれる。
バールートさんは言うと、「んじゃ行ってきます」って部屋を出て行った。気になって仕方ないけど今はバールートさんに頼むしかない。
「お嬢。ビンツェ染めの件ですが、ジークン様は遅くなりそうですし、ラグン様にお聞きしては?」
「ラグン様は宰相の仕事でお忙しいし、公爵家の事は…」
いや違う。
考えてすぐに頭の中で否定した。
ラグン様は確かに仕事で忙しい。だけど、公爵家の事を把握していないはずがない。叔父様だって伝えているはずだ。
叔父様と同じで父様の事だって全て把握しているようだった。それなら関係あるかもしれないこれも把握しているはず…。
「お聞きしてみる」
「んじゃ、俺がその旨伝えて来るんで、大人しく、大人しくしててくださいよ。リラン様見張っててください」
「はい」
…ヴァン。君は私を何だと思ってるのかな? そしてどうして強調して言うの?
そんなに信用ないの? そんな事ないって知ってるけど。
一度部屋を出て行ったヴァンはすぐに戻ってきた。ラグン様はすぐに会ってくれるようで、私達はすぐにラグン様の仕事部屋に向かった。
仕事部屋に行くと、ラグン様は執務机に向かって仕事をしていた。入った私達に視線を向け、持っていた紙を机に置く。
「座ってくれ」
「はい。……あの、お忙しいなら後でも…」
「問題ない。これら全て今夜中に終わる」
…終わるんですか? その机にある紙の山は。
ラグン様はいつもこんなに忙しいのかな? 国を動かす大変さをこんなところで感じてしまった。
「何か分かったか?」
藤色の瞳が座った私達を見る。
忙しい合間に時間を取らせてしまっていることは少し申し訳ないけれど、すぐに終わらせようと決め私もラグン様を見る。前置き不要。単刀直入。
「キンセ商会にビンツェ染めの品を扱うなと言った理由は何ですか?」
「昨日の今日でそこへ辿り着いたか」
そう言いながらもさして驚いている様子はない。そして調子を変えず続けてくれた。
「理由は簡単。俺達が落とす金は太らせるための金ではなく、領民を豊かにするための金であるからだ。ビンツェ染めの品は確かに良品だ。だが、それに値しないどころか価値を下げているうつけがいる」
「……それが、ベットーチェ子爵」
「そういう事だ」
つまり、ベットーチェ子爵はビンツェ染めを使って私腹を肥やしているという事。
ビンツェ染めに使われているビンツェは不作で、だからそれを使った品は市場に出回る数も少なく価値が跳ね上がっている。値段にもそれは反映されていて、誰でも手に入るという状況でもない。それでも、手に入れたいのが貴族。
私腹を肥やしているとしても、どういう方法で?
そこが掴めないとはっきりとした証拠にはならない。今度はそこを掴まなければ。
ベットーチェ子爵は…確か、カルタッタ伯爵の縁戚にあたる家だ。
私もツェシャ領に近い領地や貴族の家を学ぶ中で知った。全ての家やその家族を覚えるなんてできていないけれど、少しずつ頭に入れるようにはしている。
特に、五大公爵家と、もう一家の辺境伯家は重点的に頭に入れた。ランサは「主要で十分だ」って言ってくれたけど、家名と爵位が結びつくくらいにはしたい…。どれだけ年数がかかるか分からないけど。
とにかく。
この件が父様に関わりがあるなら、一番考えられるのは、父様がこの事に気付いたという可能性。そして嵌められ、拘束された。
「では、そのベットーチェ子爵は、お父様がティウィル公爵家の者だとは知らないのですね」
「だろうな」
リランの言葉にラグン様もため息を吐いた。…心なしか呆れに聞こえた。気の所為かな?
「私腹を肥やす阿呆であるだけでなく、他者を嵌めるほど救いようのない者だったとはな」
だんだんラグン様の言葉が雑になっていく…。
何とも言えませんが、気持ちは分かります。
そんなラグン様にはヴァンも同じ思いらしく、憐れむような息を吐いた。
「キンセ商会の動きから怪しいって思わないんですかね? 俺でもなんで?って思って考えるのに」
「ヴァンでも出来る事が出来ないとは。ますますだな」
「あ、ちょっとラグン様。どういう意味です?」
「お前が言ったままの意味だ」
やれやれって首を振るラグン様に、ヴァンは心外って顔をする。そんな顔を見てラグン様は面白そうにクツクツと喉を震わせた。
…なんだか、こういう二人を見るのは随分久しぶりな気がする。少し懐かしさを感じてしまった。
ヴァンは叔父様にもラグン様にも、やる気なさげだけど丁寧に接する。拾ってくれた恩のある人とその息子だからかもしれない。
だけど、ラグン様はそんな事関係なく、兄弟のような空気でヴァンと接する。そんな二人が私は大好きだ。
ラグン様は少し笑うと、その視線を私へ向けた。
「どうする? まだ調べるか?」
「勿論です。肝心の中身がまだ分かりません」
「いいだろう。ただし明後日までに片付けろ」
いきなり期日指定!? しかも早い!
ギョッとしてラグン様を見るけど嘘でも冗談でもない目で私を見る。そのまま机に両肘をついた。
「後一月すれば夜会。その前には御前試合もある。長引かせればそれだけ王都入りしている貴族に情報を掴まれる危険も高まる。そうなれば夜会にも影響しかねない。全てが終わってから伯父上を解放するのは遅い。夜会ではお前とクンツェ辺境伯殿の婚約が知られる。この意味は解るな?」
「! はいっ!」
私が夜会に出るということは、私の素性が知られるという事。それは父様も同じ。そうなった時に、父は牢の中ですなんてティウィル公爵家にもクンツェ辺境伯家にも迷惑をかけてしまう。
全てを明らかにし、早々に父様を解放しないと。
ティウィル公爵家を出た父様。平民と同じ暮らしをして、これからもそうあれるはずだったのに、私がランサの元に行く事になったから…。
父様にも、リランにも、叔父様やラグン様にも迷惑をかけて…。
「お姉様。私もお父さまも、お姉様を一人で行かせたくないだけです。とうに私は自分で決めました。一緒に行きます」
「リラン…」
「だから。暮らしを変えたなんて事、思わないでくださいね」
「身内の事を考え案じる事の何が迷惑になるのかさっぱり分からんな。お前とリランは俺にとっても…妹のようなものだからな。お前達に売られた喧嘩は、俺に売られたと同然だ。蛆を潰すにも丁度いい」
口端を上げて物騒な言葉が出ていても、優しい目をしているラグン様に、私は何て言っていいか分からない笑みがこぼれた。
だけど、二人の心が何より嬉しかった。私にはこんなにも、私を大事に想ってくれる家族がいるんだ。
「リラン。ラグン様。ありがとう」
「いいえ。そういえばラグン様。スイ様は夜会にはいらっしゃるのですか?」
「あぁ。そのはずだ」
「では久方ぶりに会えますね!」
すでに嫁がれた従妹に会える!
それを知って喜ぶ私とリランに、ラグン様は優しい笑みを浮かべていた。…んだけど。
「あ。ラグン様、一つご報告が」
「何だ?」
「昼間、お嬢とリラン様を誰かがつけて来ました。明らかな敵意ありだったんで、多分関係者です」
「ほぉ…やはり来たか。よほど潰されたいようだな」
「ラグン様大丈夫ですから!」
ヴァンの報告に、至極不機嫌で悪い顔をするラグン様を慌てて宥める羽目になった。




