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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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54/258

54,嬉しいですが、恐怖になりそうです

 アンさんはすぐにいくつかの品を持って来てくれた。運ばれてくるそれらに私は言葉も出ない。

 …分かる。どれもお高い物だって。これは「あげる」って言われて貰っていい物じゃない。ちゃんとお代を払わなきゃいけない物。


 …どうしよう。ランサに何て言えば。まだ物のねだり方も分からないのに。


「これが一番お勧めよ。ラスリ織って言ってね。ベットーチェ子爵が途絶えかけていたのを復活させたの。今はこれまで使っていた染料とは違って、ビンツェって植物で染めてあって、今一番流行ってる物だよ」


 恐る恐る手に取ってみてよく分かった。

 思ったよりずっと軽い。染められた色も鮮やかな緑で、耳慣れない名称だけど流行るのも分かった。


 これが今の流行…。今度の夜会でも着る人は多いかもしれない。生憎と私は持ってないけど。

 それにこれは…相当にお値段が…。


「ビンツェが不作で、今は出回ってる物も少ないの。途絶えかけてたから織物職人も少なくて」


「それは…かなり高騰しますね」


 …うん。これはやめておこう。

 頂ける物でもないし、ランサに払ってもらうのも流石に申し訳ない。


 貴族界での流行はめまぐるしい。流行だって一時のことだけど、少しでも貴族の目に留まれば大きな利を得られるきっかけになる。

 それに、希少な物ほど人は欲しがる。今は余計に需要が増えているだろう。

 ビンツェは染物以外に使い道があるのか分からないけれど、それ自体もかなり高騰してるだろう。自然次第とはいえ、野菜なんかと同じで不作は痛手だ。


 頭の中で人とお金がめまぐるしく出入りする。


「アンさん。これは頂けません。いると思ったらきちんと代金を払います。というか、ドレスなんていただけません」


「もうっ。リーレイちゃん。どれか選ばないと今日は帰さないからね?」


「えぇ……」


 そんな…。

 思わず助けを求めるつもりでリランを見たけどニコリと笑顔。


「お姉様。私はアンさんの味方です」


「お嬢。さっさと選んでください。夜になります」


「駄目ですよ。日が暮れるまでには帰れってティウィル公爵に言われたじゃないですか」


 …私、すでに孤軍。何てことだ。

 味方っ…どうしていないの!?


「アンさん。先日見せていただいた、リドゥ織はいかがでしょう? あれもとても素敵なものでした」


「そうね。あれも店の自慢だよ」


 ふ…増えた…。

 リランとアンさん、いつの間に手を組んだの…。


 何も言えない私の前で、アンさんはまた別の物を見せてくれた。

 デーブルや部屋に生地やドレスが増えていく。それに、仕事休憩中なのか店員の女性達も続々やって来る。


 さすがに試着してる時間はないから、皆が私を鏡の前に立たせて次々にドレスをあててみる。


「これなんていいんじゃない? 派手かしら?」


「あらでも、リーレイちゃんって、肌も御令嬢みたいな白っていうよりも、健康的な麦の色だから、色味は少々強くても似合うと思うわよ」


「ふふっ。私達も男装に見慣れちゃって。なんだか改めてリーレイちゃんにドレス選ぶなんて楽しくなっちゃう」


 …皆さんが楽しそうで何よりです。


 この店で働いていた時、アンさんだけじゃなく皆にもよくしてもらった。だから今こうしてもらっているのは少し不思議だけど、嫌な事は無い。

 私も、まさか皆にドレスを選んでもらうなんて思ってもいなかった。


 ヴァンもバールートさんも避難するように下がっている中、私の様子を見ているアンさんとリランはお喋り中。


「アンさん。先程のビンツェ染めですが、やはり希少な物を扱う店は少ないのですか?」


「えぇ。うちも仕入れには苦労したの。どこも入れたいけど入ってこないからね。…そういえば、キンセ商会はビンツェ染めの品は扱わないとかって話があったね。あそこは流行には敏感だから、どこも不思議がってたよ」


「まぁ。…それは不思議な事ですね」


 着せ替え人形のような気持ちになっていた私に、店の皆があれこれと薦めてくれた。その中から多分無難な品を一点だけ頂く事にした。

 アンさんは私にぴったり合うドレスに仕立てるって意気込んでくれていた。今まで断っていたからか、とても喜んでくれて私も良かったと思えた。






 店を出た私達は、ひとまず屋敷へ戻る為歩き出す。…すでにかなり疲れてしまった。衣裳店恐怖症にならないか、若干心配だ。


「…リラン。せっかくなんだから、リランも何か…」


「いえ。私は今で十分です」


 …姉としては少々心苦しい。結婚祝いとはいえ、あんな高い物を私だけが頂くなんて。


「えっと…それなら普段でも付けられるような装飾品とかは? ビンツェ染めがハンカチとかに使われれば…」


「お姉様」


 カタリと、リランが足を止めた。

 思いのほかはっきりとした口調で、私は思わず足を止めてリランを見た。


 行き交う人のざわめきも声も、どこか少し遠くに聞こえる。

 その中で、リランの薄い茶色の髪が日の光を受けて金色のように輝いて、巻き毛がふわりと風に揺れる。


「あのビンツェ染めは駄目です」


「…それは、どうして?」


 リランがこんな風に何かを否定するなんて滅多にない。

 だから驚いて。ただ言葉の意味が解らなくて首を傾げる。


「お嬢。リラン様。とりあえず足は動かしてください」


「あ、うん」


 ヴァンの言葉に、私とリランは歩くのを再開させる。

 後ろをヴァンとバールートさんが歩く中、私は隣のリランを見る。リランは否定の理由を教えてくれた。


「理由は二つあります。一つは、叔父様が以前、アンさんをお屋敷に招かれた時に言っていた言葉です」


 叔父様はリランの為にアンさんを屋敷に呼んだ。その時にもビンツェ染めやラスリ織の物をアンさんは提示したらしい。

 普段の叔父様ならアンさんと一緒になってリランに薦めそうな物だけど、叔父様はその時笑みを浮かべてこう言ったらしい。


『色はいいけれど。これはすぐに社交の場に向かないものになる。他にしよう』


 リランが教えてくれた事に、私は余計に首を捻る。


「私は最初、叔父様は一時の流行は後には続かないという意味で仰ったのだと思ったのですが…。そしてもう一つの理由です。先程アンさんとお話して、キンセ商会はビンツェ染めの品は扱っていないと伺いました。それを聞いて、叔父様の言葉に疑問を持ったのです」


「キンセ商会は扱っていない…って」


 流行なんてそもそも一時的なもの。貴族社会、特に社交界では流行の情報は必須だ。移り変わりが早いから、情報を常に仕入れる事も大切。

 流行に乗り遅れると、それだけ社交の場では女性から下に見られる事もある。


 だけど、その最先端ともいえるビンツェ染めの流行に、叔父様は乗らない。そしてキンセ商会もまた手を出していない。


 貴族にはそれぞれ、投資していたり、運営していたり、収入源になっていたり…って関わりある商会がある。

 その中で、キンセ商会はかなり大きく盤石な基盤を持つ大商会だ。そこと最も繋がりがあるのは…。


 そこまで考えて私もハッとした。


「…だとしても、どうしてわざわざ扱わない方向で動いてるんだろう」


「そこまでは私にも解りません。ですが、これは叔父様に伺ってみるべきかと」


「そうだね」


 キンセ商会は、ティウィル公爵家と繋がりが強い。これは私もラグン様に教わった。

 流行に乗り遅れるとは考えられない大手の商会が、今の流行に乗っていない。何か理由があるはず。叔父様が言った言葉からも、叔父様が商会に何か言ってある可能性がある。


「…だけど。これは父様に関係あるのかな…?」


 気にはなるけれど、父様の容疑を晴らす事とは遠い関係である気がする。

 もっと直接的な事を調べた方がいいんじゃ…


「いや。関係あると思いますよ。可能性は高い」


「俺もそう思います」


 妙に自信たっぷりな声が後ろから背中を押してくれた。


 なんでそこまで自信ありげなのかな?

 そう思って振り返ろうとすると、「前見て歩いてー」ってヴァンにがしりと頭を鷲掴まれた。痛い捻じれるっ! いたたって思わず頭を触ってると、バールートさんがクスクス笑う声が聞こえた。


 仕方ない。とりあえず屋敷に戻ってから叔父様に伺ってみよう。…あぁでも、確か叔父様は城へ行くとかって話だから、戻って来てからになるかな。

 考えながら私達は屋敷へ戻り…


「お嬢。リラン様」


「ちょっと失礼!」


「? ……ちょっ!?」


 戻り道から急に二人が逸れた。

 私はバールートさんに手を引かれ、リランはヴァンに抱きかかえられる。いきなりの力だけど私はなんとかついて行く。


「バールートさん!?」


「リーレイ様ちょっと静かに」


 私の腕を引くバールートさんの声音がいつになく真剣で、まとう空気もその通りで、騎士の顔に私は思わず口を閉ざした。ヴァンに抱えられたリランも二人の空気に瞬時に口を閉じた。

 二人がすぐさま動く事態。まさか…。


 通りを逸れ。小路に入り。ヴァンを先頭に右へ左へ曲がって進む。


「バールートさん。抱えた方が早いですよ?」


「ランサ様に殺されます!」


 それくらいでそんな悲惨な事は起こりませんよ!?

 私は体力はある方だからこれくらいで疲れる事は無いけれど。


 走って走って。足を止めたヴァンとバールートさんは、一度身を隠して前後左右へ視線を向けた。


「……よし。帰りますか」


 次には、二人はいつもの調子でそう言った。






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