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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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53/258

53,令嬢…撃沈

 ずんずんと進んだ私は店の扉を開けた。カランと心地良い音が耳に入る。


「いらっしゃいませ……リーレイちゃん!」


「あ…。お久しぶりです」


 入って早々店の皆が私を見て、仕事モードの表情を親しい人へのものに変える。

 それは仕事の休憩中に見ていたもので、私にとっても懐かしい。それに今もその顔を見せてくれるんだと思うと、胸があたたかくなって…すごく嬉しい。


「やだっ久しぶり! 元気?」


「はい」


「相変わらずの格好ね。うん元気そう」


「アンさん呼んでくるからちょっと待ってて。ほら。ドレス見てていいからね」


「ありがとうございます。でも…はい。見てるだけ…」


 駆け寄って来てくれた皆の笑顔が眩しい。

 私がこういう高級品に慣れない事も知っているから、尻すぼみになる言葉にも皆の笑みが返ってきた。


 懐かしい店内を見つめる。

 ローレン殿下から婚約話をいただいて、それからすぐにアンさんにお店を辞める事を話した。皆とても残念がってくれた。それから屋敷で一か月間勉強して、王都を出る挨拶もちゃんとできなかった。

 会えるのが嬉しい。だけど少し怖い…。


 少しだけ苦しい胸の内を抱えていると、大きくないけれど喜色に満ちた声が耳に届いた。


「リーレイちゃん…!」


「! アンさん…」


 奥にいたのか、呼ばれてすぐに来てくれたアンさん。

 以前と何も変わらない美しい人。お高い服も品良くしかと着こなしている。さりげない装飾も輝いているのに、やっぱりアンさんの顔に視線が向く。


 私を見て。目を瞠って。けれど不意に力が弱まった。

 そしてすぐ、ぎゅっと力強く抱き締められる。


「アンさん…」


「もうっ…相変わらずこの格好してるの? ドレス、いくらでもあげるのに」


「…私には、勿体ないですよ」


「何言ってるの。前よりずっと可愛くて、綺麗になって。髪も随分綺麗に手入れされてる」


 そう言って、アンさんはそっと体を離した。

 懐かしい嬉しいぬくもり。アンさんはやっぱり変わらない。姉のような…母のような人。気遣ってくれるその心に、これまでだってどれだけ助けられてきたか…。


「さてはリーレイちゃん。恋してるね?」


「……こい?」


「うんそう。それとも…愛?」


「……あい?」


 …久方の再会の空気がパリンッと砕け散った気がした。なぜそうなったのかな?


 クスリと少し悪戯に笑うアンさんに、その後ろで店員の女性方が「きゃぁ」とか「まぁ」ってはしゃいでる。

 …そういうお話ですか? それもあまり私とは縁がないような…。


「あ、の……アンさん…?」


「肌艶も髪艶もいい。リーレイちゃんが人に見られる事を意識してるって事は、婚約者さんの事大好きって事でしょう?」


 ……大好き? 誰を?

 婚約者って…ランサを?


 私がランサを大好き…。いや、それは大袈裟なんじゃ。そうだよ。私はあくまでランサが好きなのであって、それは大好きって程じゃ…。

 見られる意識も何もメイド達が用意してくれた物を使ってて。あぁでも、ランサはよく頬や髪に触れてくれるから綺麗にしたいとは思ってるかな。


「お嬢。否定したいんでしょうけど、婚約者の前で他人に見せないくらい、嬉しさも楽しさも幸せも隠し切れてないっ顔してますから」


「してますねー」


「っ…!」


 ヴァンとバールートさんの深い頷きに、途端に羞恥が沸き上がった。

 頬が熱くなっていく。視線まで下がるから皆の表情は分からない。だけど「あら…」って少し驚いたようなアンさんや店員の皆の声が聞こえた。


「ふふっ。詳しく聞かせてくれないかい? リーレイちゃん」


 私達はアンさんに連れられ、店の奥へ行く事になった。






 店の奥にはお客さんとゆっくり話をしたり、注文を受けたりするために使う部屋がある。アンさんが通してくれたのはそんな部屋の一室だった。

 少し懐かしい。この部屋の掃除も私の仕事だった。


「いきなり、婚約者になるかもしれない人に会いに行きます、なんて。私もびっくりしたんだから」


「すみません。ご心配とご迷惑をおかけして…」


「心配は程々。迷惑なんていくらでも。リーレイちゃんが自分で決めた事で私達が被る迷惑なんて、どうって事ないよ」


 優しい言葉とぬくもりが胸を衝く。少しだけ胸が苦しくて視界が滲みそうになる。だけどそれは隠した。余計に心配させちゃう。


 淹れてくれたお茶を一口頂くと懐かしい味がした。店での色んな記憶が思い出されて頬が緩む。


「ありがとうございます。アンさん」


「お礼を言われる程の事なんてなにも。リーレイちゃんにも会えたし。ヴァンも顔を出してくれたし」


 アンさんの目はソファに座る私とリランの後ろ、控えるヴァンとバールートさんに向いた。

 ヴァンも少しだけ笑みを浮かべて「お久しぶりです」って軽く頭を下げる。それを受けたアンさんの視線がバールートさんに向いた。


「そちらは?」


「俺はバールートと申します。リーレイ様の護衛です」


「ここの店主のアンよ。リーレイちゃんの護衛は大変だろうけど、私からもしかとお願いするよ」


「しかとお受けします」


「リランちゃんは久しぶりね」


「はい」


 リランとアンさんもすでに親しそう。屋敷に来てくれたからかな。

 そう思ってるとアンさんは私を見て、少し困ったように長い息を吐いた。


「リーレイちゃん。ティウィル公爵の姪だったんだね。リランちゃんが妹なのは知ってたけど、まさかティウィル公爵家に御声をかけられて、行ってみたらリランちゃんがいて「私の姪にドレスを」なんて」


「すみません…。黙っていて。それに素性を隠して働いて」


「いいよ。貴族を雇うのは雇う側にもリスクがある。でもリーレイちゃんは一文官の娘。さして気にするところじゃないさ」


 そう言ってくれるけど、実際は決して安いリクスではないはず。

 私がもし何か問題を起こしても、当然私も父様も叔父様に言う事なんてなかっただろうけど、それだけでは済まない事態だって考えられる。


 貴族の御令嬢でも働かなくちゃいけない事はある。

 だけど、そんな時は貴族の屋敷か王宮で働くのが多いと聞く。私みたいに市井で汗水流して働いてるなんて、没落寸前かよっぽど追い詰められていないとない事。


 そして、貴族と平民じゃ、問題を起こした時の影響が違う。

 私はそんな事を考えずに仕事を探していた。元々知られていなかったというのもあるけれど、意識が薄かった。

 今はもう、そんな事はできない。今の立場になってやっと分かることがある。


 そんな私にアンさんは笑みを浮かべてくれた。


「ディルクさんは久しぶりの帰郷を喜んでくれたでしょう? リーレイちゃんも嬉しかったんじゃない?」


「…はい。とても」


 笑みが、ぎこちなくなっていないか少し不安になった。


 アンさんは知らない。それは分かっていたつもりだったけど、その言葉が少し痛い。

 父様には会えていない。喜んでくれるのかも分からない。私はどんな顔で父様と再会できるんだろう…。


 アンさんには見えない膝の上で拳をつくる。

 心を少しだけ落ち着けて、アンさんの言葉から推測できる情報を整理した。


 アンさんは貴族からもお声がかかるような店の主。店に来る貴族だっている。

 そんなアンさんが、父様の事を知らない。つまりその貴族達も知らない可能性がある。


 私が思うより、情報規制がされているのかもしれない。


 そう思っていると、不意にアンさんが口角を上げて少し身を乗り出した。


「ところでリーレイちゃん」


「はい?」


「婚約者は、辺境の『闘将』様みたいだけど、良くしてもらえてる? 酷い事されてない?」


 アンさんの問いに私はぱちりと瞬いた。


「…良くしてもらえてますけど……私、相手の事言いましたっけ?」


「実はね…ティウィル公爵に聞いたの。いきなり嫁に行くなんて…やっぱりちょっと気になってね」


 少しだけ案じるように沈む声音に、胸が少し苦しくなった。


 いくら私が仕事させてもらっていた縁があるとはいえ、公爵家の内情を問うなんて。不快に思われたり不敬だと言われるかもしれないのに…。

 アンさんをとても心配させていたんだ…。


「アンさん。ありがとうございます。大丈夫です。とても良くしてもらっていますし…行く前には想像もしてなかったくらい、大切にしてもらっています」


「…そう。良かった」


 私がちらりと視線を向けると、バールートさんは頷いた。そして着ていたマントを取った。

 その下にある隊服に、アンさんは「へぇ」って少し感心した様子。


「俺は辺境伯直属隊騎士です。ランサ様からしかと護衛を命じられているので、ご安心を」


「騎士だろうとは思ったけど…。へぇ。直属隊の騎士だったの。それなら辺境伯様とも近いよね? どう? 二人は?」


「傍目から見ても相思相愛。ランサ様はリーレイ様一途ですし、もう…。愛情表現も直球。リーレイ様は……えーっと、店に来た時のままです」


「あら」


 どういう意味でしょうかバールートさん。アンさんどうして楽しそうなんですか?


 バールートさんはランサにも近いし、私も会ってからよくしてもらっているから、必然私とランサの距離をよく知っている。

 …うん。なんですけど。さらっと言うのはやめませんか? 恥ずかしいので。


 思わず視線を下げてしまう私の隣で、リランの楽し気な声が聞こえた。


「大丈夫です、アンさん。お姉様は辺境伯様にドレスを買って頂いたそうなので」


「リランっ…!」


「へぇ。ふーん。ドレスをねぇ。私は何度も言って断られたのに。私も見たいなぁ」


 言葉は不満そうなのにどこか楽し気に言うアンさんを私は見る事ができない。

 …すみません。だってほら。王都に居る時は必要ない物だったので。


 私の後ろで、ヴァンだけじゃなくバールートさんまで笑ってる気配がする。傍観できていいよね!

 羨ましいような腹立たしいような気持ちになっていると、アンさんがパンッと手を叩いた。


「そうだリーレイちゃん。結婚祝いにドレスあげる」


「!? いらないですっ! というかまだ結婚してません!」


「でも、その様子じゃすぐにでもするんじゃない? その時に向けて。ね?」


「お嬢。まだって言ってる時点で結婚したい気アリですね」


「いやー。ランサ様に聞かせたい。明日にでも式になりそう」


「まぁ。辺境伯様はそれほどお姉様を想って下さっているんですね」


「「そりゃもう」」


 地雷を踏んだっ…! しかも自分で!

 派手に爆発して吹き飛んだ私を他所に、アンさんはウキウキしながら部屋を出て行くし、リランは表情を輝かせてバールートさんと楽しそうに話し、ヴァンはゲラゲラと笑っている。


 ……もう、帰りたい。






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