52,調査と久方の店
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「そういやお嬢。昨日はちゃんと大人しくしてました?」
「……してたよ」
「はい。ヴァン。私もずっと一緒だったので、保証しますよ」
「なら安心です」
…私の証言は信用できないのかな?
そう思ってヴァンを見るけど、「何か?」って悪びれてない目が少々憎らしい。私は子供じゃないからね。
私達は四人で賑わう王都を歩く。
動きやすい男装である私。シンプルなワンピースを着たリラン。バールートさんは昨日同様、隊服を着ている上に隠すようにマントを羽織っている。バールートさんもヴァンも剣を腰に佩いている。
バールートさん。昨日は騎士団に行ったけど、騎士団の騎士達には辺境騎士だとは名乗っていないらしい。
『昔ガドゥン様に教えてもらってた者だってことにしときました。ガドゥン様も合わせてくれて、俺の騎士じゃねぇよって言ってくれて。辺境騎士だとはバレてないです』
配慮してくれていて、ありがたい思いだ。
同じように今の私は、クンツェ辺境伯家の関わりを悟られないように、剣も袋に入れて手に持っている。見る人が見れば分かってしまうものだから気を付けないと。
男装でもマントでも、色んな人で賑わう王都では怪しまれるような格好ではない。上手く隠れている。
私達はできるだけ人気の多い通りを選んで歩く。町はどこからも明るい声が聞こえてくる。
「ツェシャ領の町とは全然雰囲気違いますね。すごい明るいけど、なんか王都の方が忙しそうです」
「人が多いですからね」
「ツェシャ領にも一度行ってみたいです」
「是非来てくださいよ。ランサ様もきっと喜んでくれます。皆親切で明るい町、俺が案内します!」
「それは楽しみです」
リランがツェシャ領に、か…。それは私も楽しみだな。いつかそんな日が来るといい。
そんな日を想像して少し頬が緩みながらも、私達は歩いた。
ヴァンもバールートさんも周りをさりげなく警戒している。二人なら怪しい人物がいればすぐに気づくだろう。
私も少し警戒しつつ歩く。目的の場所は、事件があった現場。
貴族街に近い一角。夜間になれば人気がなくなるだろう静かな場所。そこが現場だった。
現場に来た私達は周りを見る。
「もう一月経ってちゃ、得られるものはないかなぁ」
「警備隊が調べてるでしょうし」
事があったのは夜。昼間は人通りがちらほらとあるけれど、夜になれば一気になくなるだろうから、目撃証言はないと思った方が良い。
ヴァンやバールートさんも物陰なんかを見たりしてる。私も同じように見て回るけど、何もない。
何かあると思っていたわけじゃないし、無いだろうと思っていた。でもやっぱり、見つからない事に肩を落とす。
父様…。諦めないから。必ず。
何かしないと。動かないと。何も変わらない。当たり前に傍に居てくれるなんてないんだ。何も気づけないなんて、もうこりごりだから。
ぎゅっと拳を握りしめた。
「確か、ここにお父様のハンカチが落ちていたのですよね?」
「らしいですね。でもほら、旦那様、転んだ子供の傷当てに使ったりもして誰かにあげるとかよくありましたし。盗まれたって線もなくもないですかね」
父様は仕事に行く時出かける時、必ずハンカチを持っていた。誰かの為にも使えるからって言って。
家の近くで遊ぶ子供達を、いつも微笑ましそうに見ていた父様らしい言葉だった。
そういう父様を知る家族にとって、父様の手元からハンカチがなくなっても不思議じゃない。
周りを見ていたバールートさんは、ふむ…って少し考える仕草を見せた。
「現場に遺留品なし…。手がかりはディルク様と文官の関係ですけど。直接的な関係は見当たらないし。『何か』はどうすれば掴めますかね?」
「『何か』…。それが原因で旦那様は汚名を着せられた。としたら、まだ関わってる奴がいるな」
「そうなるのですか? ヴァン」
「リラン様。誰が文官ナーレンを殺したんです?」
「…確かに、そうですね」
父様でない以上、誰かがいる…。そして多分その人も、父様やナーレンに関わっている。
考えるヴァンとバールートさんの顔は真剣そのもの。事件や警備に関して二人は私達よりも次や他をすぐ考え着く。
それは多分、武官として。騎士として。身につけたものなのだと思う。
「旦那様はナーレンと話をするって証言も否定してたな。それも誰かがでっち上げたとしたら…」
「その誰か、の線が濃いですね。何のために、がその『何か』になるでしょうけど」
大本はその『何か』
でも、だとしたら…。
「その『何か』は、城で調べる方が出て来る可能性が高いね」
「「ですね」」
ヴァンとバールートさんの声が揃った。
だけど、そうなると今の私達にはガドゥン様頼りになる。…少し歯痒い。
私に出来る事はあまりにも少なくて。結局人頼りだ。
「……難しかったら、叔父様かラグン様にお願いする」
「それがいいですね。時間の浪費だけはやめましょう」
バールートさんがはっきりと告げてくれる事に、私も少しだけ楽になれた。
そうだ。今回は長引かせたくない。
出来る事、出来ない事。しかと、瞬時に判断して、ダラダラと引っ張るような事はしない。しちゃいけない。
「となるとお嬢。これからどうします?」
「うーん……。城外で情報を得られそうなのは…」
父様の仕事上の付き合いは分からない。家でも話題にしなかったし…。同じ金番室に勤める金番人も誰なのか分からない。
それ以外でなら、一番に浮かぶのは近所付き合い。だけどこれはすでに外れてる。
他に父様が親しくしていそうな人は…。誰だろう。ラグン様に聞いてみた方がいいかな…。
「お姉様。アンさんは、私が叔父様のお屋敷に居る事をご存知です」
「アンさんが?」
思っていない名前に思わずリランを見た。リランは確かに頷く。
アンさんは王都でも有数の衣裳店の主で、私も雑用兼金番人として働かせてもらっていた。私がそこで働いていることは父様もリランも知っていた。
だけど、私はアンさんに、私がティウィル公爵家の者だとは言っていない。なのに屋敷に来てくれた…?
「どうして?」
「叔父様は、事が起こって数日後に屋敷にいらしたのです。少し忙しくされていたのですが、落ち着いた頃から、私ともお茶をしてくださったりと時間をつくって下さって。そんな中で、私にドレスを…と。お呼びになられたのがアンさんでした。アンさんも、とても驚いていらして…」
リランが思い出したように困った笑みを浮かべた。
それは…そうなるだろうね。アンさんの気持ちもリランの気持ちも分かる。
叔父様は多分、リランがいるから張り切っただろうし。退屈させたくないって気持ちもあったんだと思う。優しい方だから。
ツェシャ領に行く前の私にも沢山ドレスを用意してくれた。あの時叔父様はいなかったけど、届けてくれた量に、叔父様の笑顔を見た気がした…。
うーん…って何とも言えない私の傍で、ヴァンはリランを見て目を瞬かせた。
「ジークン様。キンセ商会の方は呼ばなかったんですか?」
「はい。もしかしたら…お姉様がお仕事されていた事、ご存知だったのかもしれません」
「店の名前言ってないのに!?」
仕事をしてるとは言ったけど、一度も店の名前も店主の名前も言ってない。
なのに伝わってた!?
仰天する私の後ろから「…把握してそうですね。姪の事なら」って、なんだか少々慄いてるバールートさんの声が聞こえた気がした。
そんな私にリランは笑みを浮かべる。
「以前の話から、アンさんはお父様の事をご存知ないと思います。ですが、せっかく王都にいらしたのですから、会いに行ってはいかがですか?」
「うん…でも…」
「いいですね。息抜きしましょう」
「俺も賛成です。ランサ様への話題になりますし」
「もうっ…」
皆の軽い言い方に思わず力が抜けた。そんな私に皆も空気を柔らかく笑みを浮かべる。
確かにここにいてどうにかなるものでもない。そう思って、私達は現場を離れる事にした。
また賑わう王都の通りを歩く。
アンさんの店は貴族街に近いけれど、王都が初めてのバールートさんがいるから商業街にも行ってみないか、とのリランの提案でそっちへも足を延ばした。
商業街は人も多く賑わっているから、バールートさんも物珍しそうに周りを見ている。
「おぉ! 賑わってる」
バールートさんが周りをキョロキョロしている。初めての場所に興奮気味な様子が少し微笑ましい。
色んな店が集まっていて色んな物も買える。娯楽店もあって行き交う人は楽しそうだ。
最近は緋国からの輸入品もある。だけどやっぱり、ツェシャ領とは違ってカランサ国の物は少ない。置いてある物は織物や細工品、日常用品で、食べ物は少ない。
人で溢れる街。通る馬車。私達も時折足を止めながら歩いた。
そして、見えてきた一軒の大きな店。品があり落ち着きもある外観。扱う品々に相応しい素敵な店だけど、生憎私は正面から入った事は数えるほどしかない。
今更正面って、妙に緊張する…。
思えば、この店にいた時にヴァンが来て、全てが始まったんだっけ…。
私の隣ではヴァンも同じように思っているのか、店を眺めて感慨深げに…
「いやー思い出しますね。ランサ様へのお嬢のド緊張ドレスおねだり」
「っ!?」
全然違ったっ…! 急に何言うのかな!?
「ヴァン。何ですか? 少し気になります」
「あー、エレンが付いてったってやつですか? そうだったのヴァンさん?」
「そうなんですよ。いやお嬢がね、ランサ様に…」
「言わなくていいから!」
ちょっとその口閉じなさい! いつもベラベラ喋って!
怒ってるとかじゃない。言われると思い出して恥ずかしいの!
顔が熱くなるのが自分でも分かる。そんな私を三人があらま…って言いたげな目で見る。
なんでそんな目をするのかな?
三人にくるりと背を向け、私はすぐに店に向かって歩き出した。
「早く行くよ!」
ぴしゃりと言うと、後ろからは少々不満そうな了承が返ってきた。
全くもうっ!




