50,令嬢と妹は、案外似ています
♦*♦*
「――ってな事があって、いいように鍛錬相手に使われました」
「いやぁすごかったですよ。騎士団相手に七人抜き! リーレイ様にもリラン様にも見て欲しかったです」
「まぁ。それは見てみたかったです」
その時を思い出して輝く目をしているバールートさんに、リランも手を合わせて笑みを浮かべている。
…うん。それは私も見たかった。けど…。
ちらりとヴァンを見る。
ちょっとムスッとしてるような、疲労困憊ですっていうような、そんな顔がある。
やっぱり悪い事したかな…。ヴァンが騎士団の悪夢に悩まされてるのは知ってたし。
私がこの案を提示した時も、ヴァンは嫌そうな顔をしてた。反射的に逃げようとしたヴァンを、バシッとバールートさんが捕まえてくれたけど。
バールートさんだけに行ってもらおうとすると、どうしてもラグン様の案内が必要になった。だからヴァンに行ってもらうしかなかった。
私は城には入れない。ランサの剣を見せれば入れるだろうけど、今はまだクンツェ辺境伯家が裏にいるというのは知られないようにしておきたい。
あくまで、私の力で調べたいから。
「ヴァン。ごめんね…嫌な事させて」
「お嬢が謝る意味が分かりません。俺は俺の意思で了承しましたんで」
「そう…なんだけど…。守るって言ったし…」
「大丈夫です。騎士団入れとか言われなかったし、騎士団長も運良くいなかったし。鬼ごっこも回避出来ましたんで。そうなったら陛下でも引っ張ってこようかと…」
「それはやめてね」
君は何をとんでもない事考えてるのかな?
わざわざ入隊拒否のために国家最高権力者を巻き込もうとしないで。そんな事考えるのヴァンぐらいだよ…。
リランと楽しそうだったバールートさんは、その視線を私に向けると頼もしい笑顔を見せてくれた。
「ガドゥン様は何もご存知無さそうでしたけど、情報が得られれば教えてくれるそうです。明日動くそうなので、明日の夜、俺は屋敷へ伺ってみます」
「それなら私…」
「お嬢は駄目です」
「どうして?」
ヴァンがきっぱり告げるから、私は思わずヴァンを見た。ヴァンは眉間に皺を寄せて私を見ている。
城でないから私もお会いできる。ご挨拶なく頼み事をしてしまった身としては、挨拶を兼ねて伺えるならそうしたい。
それなら、ランサの剣を使う事もなく、私個人で動ける。
なのに、ヴァンは「駄目です」ってもう一度言った。そしてどうしてかため息を吐いた。
「お嬢…狙われてるって分かってます?」
狙われ……そういえばそうだった。すっかり忘れてた…。昼間、その情報を町の皆にもらったんだ。
私は首を傾げるリランにもその情報について教えた。
「私とお姉様を探す誰か…ですか…。心当たりはありませんね」
「…ですよね。ちなみにリラン様、ここ最近外出てます?」
「いえ。それが…外と屋敷の前庭には出ないようにと、事があってからラグン様に言われたので、一切出ていません」
…ラグン様に?
リランの言葉に私は瞬く。
つまり、リランに屋敷から出ずにじっとしているようにと言ったという事。ラグン様がそんな事を言うとは思えない。
ラグン様なら自由な出入りを許すだろうし、制限なんてしないはず。今もリランには数人メイドを付けてくれているくらい、リランの事を考えてくれている。
そんなラグン様がリランに自由を許していない。リランはそれに何も言わず守っているようだけど、おかしくは思っているみたい。
屋敷でじっとしているのも、それなりに窮屈でストレスになるだろうに…。
「ですが、ラグン様も叔父様も店の方を呼んで下さったり、中庭でお茶をしてくれたり。私はとても楽しいですよ」
「なら、いいんだけど…」
リランは声音通りに笑みを浮かべている。
叔父様もラグン様も、リランの為に色々してくれているのは分かった。それはとてもありがたい。
ただ、だからこそ不可解だ。
「成程。やっぱりか…」
「ヴァン…?」
私の傍でヴァンが何やら神妙な面持ちで納得している。
そんなヴァンを見上げると、ヴァンはちらりと私を見た。…けど、すぐにバールートさんを見た。
私も釣られて見ると、バールートさんも何やら納得顔。
だから、私も考えた。
いつもならしないだろう、ラグン様と叔父様の不可解な言葉。リランも外には出ていない。
…いや。叔父様達が外に出さなかった。それならなぜ?
リランの行動を制限させつつも、本人の為に色んな事をしてくれている。
『ただ…今回の件、全くもって面倒で不愉快でね。ティウィル公爵家の力を使わないのは構わないが、滞在はこの屋敷にしなさい』
…叔父様は、どうしてあれほどに今回の件に不愉快そうだったんだろう。
それに、私の滞在だってこの屋敷に…。
そこまで考えてハッとした。
「まさか…叔父様もラグン様も、私とリランが狙われてるって知ってて…」
「でしょうね」
「ティウィル公爵にとっては、ディルク様の無実を晴らす事と同じくらい、お二人の安全も大事なんでしょうね。この場合は後者を取ったかなぁ。無実はすでに証拠持ってるみたいですし」
私が調べる事。私が自分で動いても、叔父様には関係がない。
叔父様はすでに全てを把握している。だけど私の動きに合わせてくれている。
…やっぱり叔父様は凄い人だ。公爵家の当主としてその堂々たる姿を思い出す。
「父様だけじゃなく私達まで狙っている…。だとしても、叔父様なら身内に何かあればすぐ動くと思う」
「今回、何か別の件も絡んでると思いますよ。財務官と旦那様。これが肝になるでしょう」
調べていけば、何か掴めるかもしれない。それに早く父様の無実を証明したい。
「よし。調べよう」
「お姉様。私もご一緒させてください」
「…リラン。狙われてるから。ね?」
「はい。ですがそれはお姉様も同じですよね? まさか私は駄目でお姉様はいい、なんて仰いませんよね?」
ニコリとした笑顔。ちょっと叔父様に重なって見えたのはなぜ…。
えーっと…なんて言えばいいかな…。
リランは聞き分けの良い子だ。我儘もそうそう言わない。優しくて穏やかで。
ただ時々頑固な事もある。…困った事に。
「お姉様。私もお父様の娘です。ありもしない罪をお父様になすりつけられ、腹立たしく思っているのです。もう充分じっとしていました。もう動いてもいいでしょう?」
「…うんリラン。お怒りなのはよく分かったから」
どうか落ち着いて…。
笑顔なのに笑顔じゃないリランに、私もなんとか宥めに入る。
「えーっと…意外とリラン様も行動派?」
「そりゃまぁ、あのお嬢見て育ってる方ですからねー」
ヴァン。それどういう意味かな。揃って諦観してないでほしいんだけど。
できるならリランにはこの屋敷で待っていて欲しい。だけど、このままにしているとリランが一人で動きそう…。それなら一緒の方が良い。
それに、リランの気持ちも分かる。
「分かった。一緒に調べよう」
「はい!」
「ヴァン。リランをお願い」
「了解です」
こういう時は、長年一緒の家族の手を借りよう。
私にはランサがバールートさんを付けてくれているし、離れて行動するわけじゃないから安心だ。
「ま、調べるのは明日からですね。もう日が暮れますし」
頭を掻くヴァンの言葉に私は窓の外を見た。
外はもう夕暮れ。すぐに空は暗くなるだろう。
…一日が過ぎる。
今日、王都に来て詳細を知って。ガドゥン様に伺いを立てて。
まだ何も、掴めていない。
胸の内を吹く風に、思わずぎゅっと胸元で拳をつくった。
動き回っていれば考えなくてすむ不安が、今更大きくなってきて、思わず唇を噛んだ。




