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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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48/258

48,護衛官は逃げたい

 ♦*♦*




「ではヴァン。後は任せる」


「了解です。ありがとうございました、ラグン様」


「…他人行儀にするな。お前も身内だ」


 そう言ってラグン様は眉を下げて肩を竦めた。…いやいや。俺はただの拾われ子ですから。


 ティウィル公爵家の屋敷からシャグリット国の中心、王城へ来た。

 ラグン様は仕事へ戻り、俺はバールートさんと一緒に城内を歩く。あー、ちょっとだけ懐かしい。よくこの廊下も鬼ごっこに使ったもんだ。


 お嬢がツェシャ領へ行く事になって、俺も一緒に行くから仕事を辞めた。事情が事情だったからか。それともローレン殿下の根回しがあったのか、案外すんなり辞める事ができた。

 あれから、またこうやって城に立ち入る事になるとは…。いや別にあれが最後だとか感傷に浸ってた事はないから、別にいいけど。


「ヴァンさんは、やっぱり衛兵とは顔見知りが多いんですか?」


「まぁちょっとは。同じ衛兵でしたし」


 特に城の正面にいる衛兵は、俺も出勤で何度も顔合わせてたし。さっきも「久しぶりだな」って声をかけられた。

 だからなのか。それとも宰相であるラグン様が一緒だったからか。俺らはすんなり城内へ通された。…バールートさんが怪しまれてないのは、俺らが一緒だったからだろう。

 宰相が一緒にいるって、色々とすぐに事が通って楽…。


 そんなわけで、きちんと身元保証がされている俺達は城内を堂々と歩ける。いざとなれば「宰相呼んで下さい」で通る。流石ラグン様だわ。


 王城はとんでもなく広い。

 政を行う執務棟、医学薬学を始めとした色んな研究室。王族が暮らす王宮。騎士団や近衛隊の舎や鍛錬場、寮もある。社交用の棟まであるから、ちょっとでも道を逸れると絶対に迷う。…俺は鬼ごっこのやりすぎで、ある程度の位置は知ってしまった。


 …いやでも嬉しくねぇ。

 今もとんでもなく足が重い。止まってもいい?


 思いながら俺は隣を歩くバールートさんを見た。


 何度か逃亡しようとしたが、それは全部バールートさんに阻止された。クソ…今までここまで止められた事なかったのに。仕事の同僚だって唖然としてただけだったのにっ。さすが辺境騎士。

 そういや…ランサ様が前に、バールートさんは直属隊でも上位者だって言ってたっけ。普段は明朗で軽そうだが、実力は本物ってやつか。


 そういうとこは、ラグン様も同じかもしれない。


 ラグン様は若くして宰相位に就いた人だが、その話が出始めた頃からかなり紛糾したらしい。

 だがラグン様はただ仕事に勤め、政策の立案や陛下や各立場の要望をまとめ、己の力を証明した。そして、前宰相を副宰相位に就ける事で、今の地位に就いた。

 …ラグン様も相当疲れるだろうな。俺なら絶対に無理だ。


 あぁ思考が逃げに走る。

 重いため息を吐くと、隣でバールートさんが笑った。


「ヴァンさん。嫌ならいいですよ。戻っても」


「なわけいきません」


 俺がここへ来たのは偏に、お嬢の頼みだからだ。

 俺一人が来たら鬼ごっこになって時間の無駄になる。辺境騎士であるバールートさんだけが来ても、城内は初めてだし衛兵と面倒が起こりかねない。だから俺らは二人で来た。


『ヴァンお願い。嫌なのは分かるけど…。屋敷で大人しくしてるから』


 そう言って手を合わせて頼まれて、どう断れと?

 お嬢はいっそ、命令っていうのを覚えた方が良い。お嬢は俺にとって主で、その命令なら従う以外にない。


 …ま、お嬢は『主』なんて事、意識してもないだろうな。俺にとってはとっくにそうだけど、それをいちいち言うつもりもなかったし。


 まぁそりゃ、そういうとこがお嬢なわけだし、変われとも言わないけれども。

 けど…もういっそ、これからは従者らしく、仕える相手らしくした方がいい? それならお嬢も「ヴァン。命令です」とか言ってくれる? ささっと物事が進むと思う。


 俺はお嬢の護衛だ。別に四六時中傍に居るつもりもないけど、今回は事が事だ。離れるのは正直気が進まない。

 だから今回も「破ったらランサ様に言いつけますから。リラン様見張っててください」って言って出てきた。


 よし。さっさと終わらせて戻ろう。


「バールートさん。鬼ごっこになりそうになったら止めて下さい」


「えー…俺で止めれます?」


「ハッハッハ。俺の逃亡阻止する人が何言ってんです?」


 出来るでしょそれくらい。というかやって下さい。

 他に出来そうな人は城内にいないんです。


「あ。無理そうなら陛下に出てきてもらえば何とか…」


「分かりました止めます。さすがにそれはやめましょう。俺でも駄目だって分かります」


 そうですか。一発で終わるいい案だと思ったんですけど。

 そうなればさすがに止まるでしょうし。


「というか、それなら屋敷に行った方が安全じゃないですか? 夕方にはなりますけど」


「……多分お嬢、急いでるんです。別に無理な尋問受けてるとかじゃないし、急がなくていいんだけど」


 今の旦那様の状況が分からない。元気なのか。体調はなんともないか。

 だからお嬢は焦ってるのかもしれない。当たり前に傍に居ても、案外すぐにいなくなってしまうと、お嬢は知っている。

 …俺は奥様の事、話にしか知らねぇけど。


 お嬢は人の体調や無理を心配する。大丈夫が大丈夫でない可能性を知ってる。

 冷たさを知ってる。だから…人の手が冷えているのをかなり嫌う。冬にはよく温めようとしてきた。


 旦那様にもリラン様にも長く元気でいてほしいと、お嬢は心から願ってる。

 ツェシャ領へ行く事になっても、心配を常に持ちながら。


 だから今も、無意識に急いでる。早く元気な姿を見たいと。


 考えてため息を吐く俺に、バールートさんはちらりと視線を寄越した。でも何も言わず歩き続ける。

 俺らはしばらく靴音を立てながら歩いた。


 歩いていれば必然城内の人間に会うけど、声をかけてくる奴はいない。城内に通されてる時点で不審者でもないし。多分、騎士の一人とでも思われてるんだろう。王城って人が多いから、行き交う奴をいちいちチェックしねぇし。

 …それはいいけど、俺の危機察知能力が段々とビシビシ警鐘を鳴らしてくる。ヤダこの先行きたくない。


「ヴァンさん。顔歪んでる」


「……気のせい」


 俺は普段通り。いつも通り。絶対そうだから。


「えーっと、騎士団ってどっち?」


「……このまま外廊行ったら騎士棟があるけど、演習場見た方が早いかもです」


「確かに」


 騎士棟は騎士団の専用棟。部外者は立ち入れない。だから俺も入った事は無い。そもそも行きたくない。


「そろそろ危機察知能力は反応してます?」


「…ちょっと。ってか、便利能力みたく言わないで下さいよ」


「いや、今回は半分それ頼りなんで」


「…まさか逃げるためのこれで探すという日が来るとは…フッ…」


「ヴァンさん戻って来てー」


 騎士棟が見えてくる。同時にだだっ広い演習場も見えてくる。

 屋外のそこには大勢の騎士団の騎士達がいる。…精が出ますねー。俺なら無理だわ。


 俺らは演習を少し離れて見る。バールートさんはすぐに目的の人物を探し始めた。


「お…発見」


 バールートさんの声が、早く見つかった安堵と喜びに染まる。でも、俺は危機察知能力がガンガン鳴り響いてる。


 視線の先。目当てのその人は、かなり離れてるのに俺らに気付いたように振り返った。

 目が合った。そう思った瞬間、俺は本能に従って身を翻した。






 ♦*♦*




 俺はすぐに隣へ手を伸ばした。その手でがしりと捕まえる。


「はい逃げないでー」


「逃がしてくれ頼むからっ…! 騎士団断固拒否っ! 死にたくないっ!」


「どんだけ必死なんですか…」


 ヴァンさん、よっぽどな目に遭ってきたんだな…。ちょっと同情します。

 分からなくはないですよ。あの方ってちょっとそういうとこ…いや分からないかも。俺にとってはすごい騎士で、ヴァンさんみたいな目に遭ってないし。


 でもちょっと、ヴァンさん見てると涙が…とか思ってると、逃げようとしてるヴァンさんの肩に、トンッと別の人の手が置かれた。

 デカくて、日に焼けた色の肌。傷のある武骨な手。


 俺は思わずヴァンさんのすぐ傍に立つその人を見た。…いつの間に来たんですか? かなり離れてたのに。


「よぉヴァン。久しぶりじゃねぇか」


 余裕と笑みを含ませた低い声。

 その声と視界に入ったその人に、ヴァンさんが「げっ」ってあからさまに顔を歪めた。


 それを見て肩に置かれた手にグッと力が込められた。…見て分かる。あれ痛い。


「ティウィルの令嬢について行くって辞めちまうとはな。だが…これからも長い付き合いになりそうだ。なぁ?」


 あ、完全に楽しんでるな。声音で分かる。

 ちょっとヴァンさんを不憫に思いつつ、俺は大丈夫かなって思ってヴァンさんを捕まえてた手を離した。…やっぱヴァンさんはすでに逃げられないらしい。


 一歩足を引いて、俺は改めてその人を見る。


 ランサ様とは全く違う。見て分かる圧倒的強者の威風と貫禄。無駄のない筋肉に覆われた逞しい体。白銀の髪と、白銀の瞳。ランサ様も同じ色だけど、この人はまるで肉食獣のような獰猛さと鋭さを宿していて、それでいて余裕を持っている。


 俺とヴァンさんはこの人に用があって来た。だからまず、ヴァンさんを捕まえてるその方に礼をした。


「ガドゥン様。いきなりすみません。俺は…」


「ランサの直属、バールートだろ」


「! はい。え…俺の事覚えてます?」


「当然だ。四年前はまだひ弱な風体だったくせに。随分逞しくなったな」


 ガドゥン様、俺の事覚えてたんだ…。びっくりした。


 俺はランサ様の直属隊騎士だから、ガドゥン様との直接的関わりなんて少ない。五年前の戦もランサ様の下に居た。

 名前まで覚えてもらってるとは思ってなかった。もう四年も会ってないし。…ちょっと嬉しい。


 俺はランサ様について行くけど、ガドゥン様の事も尊敬してる。純粋に武人として。だから、ランサ様に対するような情とは全く違う。

 ランサ様に対するのと同じ忠は、この方に誓えない。


 俺が一生かけてついて行くと決めたのは、ランサ様だから。


「あ、ガドゥン様。ヴァンさんが圧死します」


「あ?」


 ちょっとしみじみしてたけど、すぐにガドゥン様の腕が首に絡まってるヴァンさんに気付いた。危ない危ない。


 ガドゥン様も「おぅ」って、そうだったみたいな顔して腕を離す。離されたヴァンさんは、ものっすごい恨めしそうにガドゥン様を睨んだ。


「……俺、この人ヤです」


「…ヴァンさんって、本当に誰が相手でも変わりませんね」






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