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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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47/258

47,親と子は似た者同士

 ランサは、私の身を守る手段と同時に、何が起こっているか分からない王都で、私の力になるようにとこの剣を渡してくれた。

 その気持ちが痛い程嬉しくて、それ以上に驚きと恐ろしさも貰ってしまった。…何てことだ。


 私にこれを渡したという事は、私がこの剣を持って為す事はランサもまた同じだけの責任を負うという事。

 私の為に。私の家族の為に。


 …慎重に使おう。もしもの時や、これしか方法がない時に。

 それがいい。そうじゃなきゃ…それこそただ権威を振りかざすだけになってしまう。それは駄目だ。

 よしと決め、私は深く呼吸をした。うん、大丈夫。落ち着いてきた。


 そんな私をラグン様はじっと見つめ、おもむろに口を開いた。


「ところでリーレイ」


「はい」


「相も変わらず、馬も剣もやっているらしいな」


 防ぐ暇なくぐさりと直撃。油断していたっ…!

 うっ…って反論のできない私に、ラグン様はため息を吐く。…リラン、どうして隣でクスクス笑うのかな?


 ラグン様は元々、騎士になるでもない私が馬も剣もやっていることに良い顔はしなかった。それには、これでも一応、私がティウィル公爵家の令嬢である事が大きかったんだと思う。

 貴族女性がそんなことはしないから。叔父様が籍を外さない限り、もしかしたらティウィル公爵家に戻るような日が訪れないとも限らない。


 それに剣術なんて、王都にいれば騎士がいるし、自分が振るうことなんてまずない。馬だって、乗馬服でも着て貴族女性のように乗っているならともかく、男装して跨って駆けていたから、何度頭を抱えられたことか。

 どちらも「人前でさらすな」と口酸っぱく言われたし、剣術は家で鍛錬する時だけ、馬はヴァンと遠乗りに行く時だけで、他でする事はまずなかった。そこだけはラグン様もホッとしていたかもしれない。


「クンツェ辺境伯殿にはきちんと説明し、きちんと了承を得ているんだな?」


「はい」


「バールート殿、相違なく?」


 …ラグン様。どうして聞き直すんですか。

 バールートさんは私に続いて力強く肯定してくれた。


「ないです。辺境騎士団も全員知ってますし、リーレイ様も砦に来た時なんて騎士と楽しそうに剣術話とかよくしてますよ。それに、直属隊騎士の中から俺ともう一人、ランサ様からリーレイ様の鍛錬相手仰せつかってます」


 そこは言わなくていいです…!

 心の中で叫ぶ私の目の前で、空気がまた冷えた。それを感じているのかいないのかバールートさんは続ける。


「ランサ様は、リーレイ様が馬も剣も出来る事、感心してましたし、多分安心してると思います」


「ほぉ。安心…」


「はい。もしもの時、リーレイ様が自分で動けるって事ですし。あ、勿論ランサ様はリーレイ様を絶対守るって思ってますけど、一定の余裕ってあると思うんですよ。まぁ…すぐ駆けてくんで心配も増えてると思いますけど…。ランサ様、リーレイ様が馬乗って駆けてるとか、生き生きしてるとか、すごく嬉しそうな目で見てますから。あんな顔、俺らも見た事ないです」


 言っているバールートさんがなんだか嬉しそうで、少しだけランサの想いを知ったようで少し恥ずかしくなった。

 …でも、すごく嬉しい。


 叔父様もラグン様も、その言葉を聞いて少しだけ安心したような顔をしていた。

 …心配させていることが少し申し訳ない。やめるつもりもないから、また申し訳ない。


「…そうか。良かった」


「ラグン様…」


「父上が高位貴族との縁談を薦めていたと知っていたから、正直心配だったんだ。お前がティウィル公爵家に籍を置く以上、平民との結婚では相手も怯むだろうと思ってもいた。逆に貴族では、お前の奔放で不快を与える可能性もあったからな」


 …言い返す言葉もありません。


 確かに、もし私が町の誰かと結婚すると言ったら、反対はされないだろうけど、私がティウィル公爵家に籍を置く身だと言わなければならなくなる。そうなれば相手の出方も変わるかもしれない。

 いくら私が相手の家に入るといっても、私の家が決して無関係であるわけじゃないんだから。


 逆もまた同じ。

 貴族の中で私は変わり者であり、存在すら知られていないだろうティウィル公爵家の者。立場は低くとも貴族社会なら一層、公爵家と縁を持ちたい家はあるはず。

 叔父様はそういうところも考えて縁談をくれたんだろうし、私の変わり具合に理解を示してくれる人も条件に入れていた。


 だけど、あくまでこちらの想像で、本当に理解を示してくれるかは分からない。叔父様はきっと確信に近いものを得ていただろうけど、その相手はそうでもその家族もそうかは分からない。


 …私は自分勝手で。叔父様にもラグン様にもとても迷惑をかけていた。


「特に高位貴族となると、社交の場で悪評でも広められたらそれを消すには時間がかかる。お前にも…かなり辛い思いをさせる。だから、お前の奔放振りにも好きにしろと言えなかったんだ」


「っ…」


 その想いが胸を刺す。

 ティウィル公爵家の令嬢だから、ラグン様は私の行動に良い顔をしなかったのだと思っていた。


 でも本当は――…


「ラグン。私がそんなろくでなしをリーレイの相手に選ぶか。お前も候補者は見ただろう」


「えぇ見ました。まぁ納得のいく人選でしたよ。もし選んでいたら、父上は俺の敵でしたね」


「お前との勝負など断る。身内で揉めているなど損しかない上、国の益にもならん。もし相手がリーレイを傷つけていれば話は別だがな」


「そうですね。そんな事になれば…とりあえず潰しますか」


「当然だ」


 …おかしいな。今までちょっと感動する話だったのに、いつの間に恐怖話に?

 バールートさんも「こわっ…」って身を引きそうだ。…気持ちは分かります。


 そんな私達を見て、叔父様はニコリと笑顔。


「リーレイ。もしもクンツェ辺境伯に嫌な事を言われたりされたり、傷つけられるような事があればすぐに言いなさい」


「叔父様……。あの、大丈夫です。ランサ様はそんな事はされません。いつも…優しくて、私の事を考えて下さっています。もし彼が私を傷つけるなら、それは……」


 そんな事があるとするなら…。

 マンシュ湖の傍で言ってくれたランサの言葉を思い出す。


 失う事が恐ろしいと。傍に居て欲しいと。


「ランサ様が私の傍から離れてしまう方が…嫌です。いなくなってしまうこと以外、ありません」


 それ以外でランサは私を傷つけない。

 私を想ってくれていると、いつもいつも、そのまっすぐな言葉と行動が教えてくれる。その心を信じられる。


 叔父様やラグン様も、リランも私をじっと見ていた。どこか真剣で、どこか驚いたようなそれぞれの表情が私の視界に映る。

 そんな中で、呑気な声が二つ。


「あらー。やだお嬢大胆」


「今の言葉ランサ様に聞かせたかったっ…! 絶対喜んだのに!」


 ……やめて二人とも。急に恥ずかしくなるから。

 ランサが居たら絶対に言えないから!


 いやぁ…って顔を覆っていると、追い打ちをかけるような声が耳に入る。


「…お嬢って、ランサ様が浮気するとか考えてなさそうですよね」


「!?」


「大丈夫大丈夫。ランサ様はそんな事しませんから。これまでだって剣や警備、役目一筋だったんですよ? リーレイ様にだけですから、あんな顔するの」


 う…浮気…? ランサが? 考えた事もなかった。

 いやでもランサは…そんな事…。他の女性に心が移るなんて…あるのかな? ランサだって人の子だし男性だし…。いやいや! ランサはそんな事しないよ!


「…成程。そちらの可能性を考慮しておいた方がよさそうだ」


「そうですね。それでもしリーレイを傷つけるような事があれば…」


「ランサ様はそんな事しませんから! 大丈夫です!」


 やめて! 叔父様もラグン様も落ち着いて!

 あんまりランサを悪い印象や疑いを持って見ないでくださいね!


「…ティウィル公爵家は身内を傷つける相手に容赦ないって聞きましたけど、想像以上に恐いですね」


「私も思います…」


 …バールートさん。お願いなので、ランサは大丈夫だとしかと二人に伝える手伝いをしてください。


 私はもう何て言うか…言葉が出ない。

 やめよう。これ以上この話は。余計な事は言わない。ランサもきっと言葉より行動で示すだろうから。


 そこで私は、話を切り替えるつもりで上着から手紙を出した。


「叔父様。ラグン様。ランサ様から手紙を預かりました。少し遅れましたがお渡しします」


「うん。受け取ろう」


 渡す必要はないとも言われたけど、こうして会ったわけだから渡しておこう。渡さないでいて何かあると良くないし、ランサが用意してくれていたものだから。

 渡しておく事で、ティウィル公爵家とクンツェ辺境伯家の小さな繋がりになるかもしれない。


 叔父様は手紙を受け取るとすぐに目を通し始めた。


「元々、もしもランサ様が夜会に参加できなくなったらと用意されていたものだったんですが、今回は突然の事態だったので…」


「成程。リーレイをよろしく頼むと…。承知した」


 叔父様はその手紙をラグン様にも渡した。ラグン様もすぐにそれに目を通す。

 ラグン様…視線の動きが早い。書類は慣れてるって風がある。すぐ目を通したラグン様はその手紙を机に置いた。


「それでリーレイ。伯父上の事、お前はどうしたいんだ」


「私は…」


 ラグン様の問いに少し考える。


 叔父様やラグン様に任せるか…。すぐ来ると言っていたランサと一緒に何か探るか…。


 いや。叔父様が動けばそれは、ティウィル公爵家が動くという事。

 そんな事になれば、一文官の無実を晴らすとはいえ、公爵家の動きは他の貴族にも知られ、父様の素性が公になってしまう可能性がある。

 父様はきっと苦笑いで済ませるだろうけど、問題はそこじゃない。王都の警備隊や騎士が正式な手順と捜査で行っている案件に、公爵家が立ち入る事になる。

 ここは王都。情報を提供はできても、堂々と乗り込むなんて事はできない。


 ランサも同じ。今はまだ、クンツェ辺境伯家が動けば怪しまれるだけ。私とランサの関係は貴族達もまだ知らない。


 身内が動けば、証拠の信憑性が疑われるかもしれない。…それに、すぐさま集められるとも思えない。

 叔父様やラグン様も、身内だからこそ大きく動く事はできない。だけど身内だからこそすでに調べはつけてあると思う。

 その情報をもらうのは簡単だ。それを突き付ければ。文句の出せない証拠であれば。父様はすぐに解放される。…ただし、父様の好きな平穏を犠牲にして。


 それは、したくない。私達家族は、ただ穏やかに。平穏に。笑って暮らせるのが一番で。大好きで。


 それに私は、何もせずにいるなんてことはできない。

 私に出来ることは少ない。だけど…。


「…叔父様やラグン様に動いてもらうのが、一番迅速に事を終わらせられると思います」


「そうだな」


「ですがまず、調べます。私が。自分で。個の能力を大切にする陛下のお考えに沿って、私が自分で調べれば、それは家名も関係ありません。一切出しません。父様が城内で素性を知られていないように、私も知られていません。だからこそ、まずは私が調べます。出来ないところは、叔父様とラグン様にお任せします」


 家が集めた情報で父様の無実を晴らせば、父様の素性が知られ、無罪放免は家の力だと言われかねない。

 だけど私が調べ、それを突き付ければ、今は納得が得られるはず。私は身内だけれど、一文官の娘で顔も知られていない。叔父様も「関与していない」と言うことができる。叔父様が手を出していない事は、私の周りからも叔父様の周りからも証言がとれるはず。


 私の言葉に、叔父様とラグン様は頷いた。叔父様は肘掛に肘をつき、ひとつ息を吐く。


「分かった。リーレイがそうするのなら私もしばらく何も手は出さない。やってみなさい」


「はい」


「ただ…今回の件、全くもって面倒で不愉快でね。ティウィル公爵家(うち)の力を使わないのは構わないが、滞在はこの屋敷にしなさい」


「ですが…それではティウィル公爵家が後ろについていると思われてしまいます」


 無関係を装うために、私は王都の家に行くつもりだった。それならティウィル公爵家との関わりは深く調べられない限り分からない。

 そう思う私だけど、叔父様は首を横に振った。


「ヴァンとバールート殿がいるなら余程がない限り大丈夫だろうが、これ以上ティウィル公爵家(うち)に喧嘩を売られて侮られるのは、私も不愉快だ。大丈夫。リーレイが自分の力で証明する事に、私はいくらでも無関係を装うよ」


 …なんだろう。安心させようとしてくれているんだろうけど、叔父様の笑みが恐い…。

 全然笑ってない。まるで悪人のようにフフフッて笑う声が聞こえる気がする。


 ラグン様に助けを求めるけど、ラグン様も同意しているような表情を浮かべていた。


「……お嬢。ここは甘えましょう。大丈夫。ジークン様なら権力の一つや二つや三つや四つ行使したって問題ないですよ」


「そうだ。父上もティウィル公爵家も、王家に喧嘩を売るような阿呆はしない。そうなれば俺が父上を処断する。問題ない」


「…そうですか」


 …ティウィル公爵家は身内を大事にする。それは私も知っていたけど、同時に身内に厳しいのだという事も、私はこの瞬間知った。

 どうか、父と息子の戦いが始まらない事を祈ります…。


「大丈夫だよ、リーレイ。今回の獲物…相手は王家ではないからね。私だって王家に喧嘩は売らないさ。無駄だからね。今回の相手はただの鼠さ」


 …叔父様、今本心が出ませんでしたか? 気のせいだと思っていいですか?


「…いや、なんていうか…さすが公爵家の御当主…」


「そうですね…」


 圧倒されているバールートさんに、私は心底同意した。

 公爵家当主としての顔を、私は初めて見た。


 話が進んでいるのか逆戻りしているのかという状況の中だけど、やりたい事を考えつつ、私はラグン様に問う。


「ラグン様。バールートさんの王都入りが陛下に伝わっているということは、城内でもすでに?」


「いや。そもそも広げるような内容でもないからな。陛下と騎士団長さえ共有していればそれで問題ない」


 それなら、バールートさんは私と一緒に行動できる。バールートさんもランサの命令上別行動はしないけれど、辺境騎士であると知られていないなら、動ける幅が広げられる。

 クンツェ辺境伯が後ろについていると、思われない。


 考えて、私はバールートさんを見た。


「バールートさん。お願いしたい事があるんですが、私服をお借りするか、これまで通りマントをつけて辺境騎士だとバレないようにお願いできますか?」


「問題ないですよ。ただ、俺も一応仕事中なんで…マントにします」


「はい。ありがとうございます」


 バールートさんの答えに私も頷いた。そんな私の隣でリランが首を傾げる。


「お姉様。何をするのですか? 調べるにも…お父様と被害者である文官は、王城の中でのお知り合いですよね?」


「うん。一人だけ、事を知ってるかもしれない人に心当たりがあるから、その人に聞いてみる」


 私の言葉に叔父様とラグン様の視線も私に向いた。そんな人がいるのかって問うような目に私も頷く。


 今回の件を調べるにはいくつか条件がある。

 父様の素性を知っている人。城内の事が分かる人。私と父様の関係を知る人。父様が不当に拘束された事を知っている人。


「リーレイ。それが誰か聞いてもいいかな?」


 私が叔父様の問いに答えようとしている中、逃げようとするヴァンをバールートさんがしかと捕まえていた。






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