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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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44/258

44,再会は喜びと安堵をくれます

 ティウィル公爵家の王都の屋敷。

 突然訪れた私にも、屋敷の家令やメイド長はまるで予測していたかのように出迎えてくれた。動じない空気はさすが公爵邸の使用人だと、私もよく感心してたのを思い出す。


 屋敷に入った私に、家令のグナーは深く頭を下げた。


「お待ちしておりました。リーレイ様」


「出迎えありがとう。グナー。リランはいるかな?」


「はい。今はお部屋にいらっしゃいます」


 やっぱりここにリランは来ていたんだ。


 私達家族は普段から、まずこの屋敷に来る事はない。屋敷で開かれるパーティーに呼ばれた事もない。

 叔父様やラグン様が時折呼んでくれる事はあるけれど、そういう時は社交に関係ない穏やかな時間だった。だから一応、この屋敷も領地の屋敷も出入りした事はある。


 ひとまず安心して、グナーと同じように出迎えてくれたメイド長を見た。


「久しぶり。出迎えありがとう」


「お久しぶりです。リーレイ様」


 芯の通った声と姿勢を保つメイド長。彼女と数人の教育係に、私は一か月間教育を受けた。

 それは、昔ラグン様に言われてしていた時よりも確かなものになって、今の私の身に付いている。彼女達には感謝しかない。


 …うん。でも分かってる。今の私の格好に言いたい事が山ほどあるんだろうなって。ちょっと表情が険しいから。ごめんなさい。


 フルフルと思考を戻して、私はバールートさんをグナー達に紹介する。


「彼はバールート。辺境伯直属隊の騎士で、私の護衛にとついて来てくれた方」


 バールートさんはグナー達に挨拶をして、グナー達もすぐに受け入れてくれた。

 ただ、ピシッとした使用人達にバールートさんは少したじろいでいた。「…これが公爵家」って圧倒されてるみたいで、今はそれが少し微笑ましい。


 ここの使用人達は、辺境伯邸の皆とはまた違うから仕方ない。


「ラグン様はお仕事?」


「はい。ですが、社交会の為に御当主が…」


「リーレイ!」


 グナーの言葉をかき消すような、喜色に満ちた声が耳に届いた。私の視線もそちらに向く。


 軽快な足音をたてながらも品良く階段を下りて来る一人の男性。父様より少し若いその人は、質の良い服に身を包んでいる。


「叔父様!」


「リーレイ!」


 私も思わず駆け寄った。


 階段を下りてきた叔父様は私の前で一度足を止めると、優しい眼差しを浮かべて、優しく抱きしめてくれた。そのぬくもりが、なんだか少し懐かしい。子供の頃から変わらない包み込んでくれるようなぬくもり。

 母様を亡くした私達姉妹を、叔父様はいつも明るく優しく抱きしめてくれた。沢山沢山愛情をくれた事を思い出して、少しだけ視界が滲んだ。


「…えーっとヴァンさん。あの人は…?」


「ティウィル公爵家御当主。ジークン・ティウィル様です」


「うぇっ! あの人が…?」


 叔父様は抱きしめてくれた腕を緩めると、私をじっと見つめて少し困ったように笑った。


「本当は、もう成人して婚約もしているリーレイを抱き締めるなんて、いけないんだけどね」


「いいえ。私はとても嬉しいです。叔父様は、私とリランが子供の頃からずっと…こうして大事にしてくれて。いつもそれを感じられるので」


「そう? そう言ってもらえて私も嬉しいよ」


 あぁ…いつもの叔父様だ。

 私とリランだけじゃない。母様を亡くした父様の悲しみも埋めてくれた、優しい叔父様だ。いつもいつも、私達家族を想ってくれている方だ。


 叔父様はそっと私の頬に手を添え、優しい目で私を見た。

 …いつも頬に添えられる手とは違う事に、少しだけ違和感を感じた。それほどにランサが触れているんだと思って、少しだけ気恥ずかしくなった。


「元気そうだね。いきなり辺境伯殿と婚約すると聞いて心配だったんだ。そっちはどうだい? 仲良くやれてる?」


「はい。屋敷の皆も騎士の皆さんも、とても親切で心優しい方達ばかりです。ランサ様も、とても素晴らしい方です」


「…そう。なら良かった」


 叔父様は安心したような、ホッとした顔をした。心配させていたことが少し申し訳ないけれど、安心してもらえて良かった。


 元々、叔父様は私にいくつも縁談を薦めてくれていた。叔父様は私が剣や馬をする事を考慮してくれていたから、きっとそこを心配させたんだろうと思う。

 だから、ちゃんと言っておかないと。


「叔父様。大丈夫です。剣も馬も…ランサ様はご理解下さって、今もさせてもらえています。なので…私は大丈夫です。元気です」


「! ……うん。兄上から聞いたよ。良かったね、リーレイ」


 一瞬驚いた顔をして、次には少しだけ眉を下げた。…少しその表情に言葉が出なかった。

 どうしてそんな顔をさせてしまったんだろう。私は何かいけない事を言ったのかな…?


 そう思ったけれど、叔父様の表情はすぐに私の腰元を見て、「ん?」とその目を瞬かせた。

 その様子に私もすぐに思い出して慌てた。


「あっ…叔父様これはっ! 剣を佩いたままでごめんなさい。…持っているようにとランサ様に言われてっ…! 無礼は重々承知です。屋敷内では控えるので、所持を許可していただけませんか?」


 腰元でカタリと音をたてる剣。ランサに持っているようにと言われた、ランサの剣。


 剣を使う事を知っているとはいえ、私はヴァンやバールートさんみたいに騎士じゃないし、咎められても仕方ない。いくら籍がティウィル公爵家にあるとはいえ、立場は低いし、当主である叔父様が駄目だと言えば、それに従うしかない。

 急いでいたとはいえ、私はこれを佩いたまま屋敷に立ち入り叔父様と話している。部外者なら許されない行動だ。本来なら一度家令に預け、叔父様の許可を得てから身につけなければいけない。


 慌てて身が縮こまる私に、叔父様は剣をじっと見て「ふーん…」と長い息を吐いた。その様子は呆れているものでも怒っているものでもない。


「…身を守る上に役に立つ、か…。まずは及第点かな」


 口の中だけの小さな言葉で、ちゃんと聞き取れなかった。

 首を傾げる私に、叔父様はニコリと笑みを浮かべてから、私の後ろを見た。


 釣られて後ろを見れば、そこにヴァンとバールートさんがいた。そんな二人に叔父様は堂々と声を投げる。


「構わない。二人とも来なさい」


 その言葉に、剣を佩いた二人はゆっくりと歩み出た。

 いつもののんびりなヴァンと、意外にも平然としているバールートさん。さっきまで圧倒されていたのが嘘みたい。


「久しぶりだな、ヴァン。しかとリーレイの護衛を務めているようで何よりだ」


「お久しぶりです、ジークン様。駆け回るお嬢に何とかついてってますよ」


 口角を上げて日々の苦労を訴えるようなヴァンに、叔父様もハハッと笑う。どこでも誰が相手でも変わらないヴァンには、私も肩を竦める。


 叔父様の視線は、ヴァンからバールートさんに向いた。


「辺境伯の騎士殿だな。名は?」


「クンツェ辺境伯直属隊、第一級騎士、バールートです。リーレイ様の護衛と御力添えを命じられ、同行させていただきました」


 胸に手を当て礼をするバールートさんは、臆する事無く堂々としている。その声音には確たる意志と強さを感じる。

 そんな言葉を、叔父様も鷹揚と、けれど堂々と受け取った。その様には貴族としての風格を強烈に意識させられる。私にとっては優しい叔父様も、やっぱり五大公爵家の当主なんだ。


「承知した。リーレイを頼む」


「はい。ランサ・クンツェの名にかけて」


 かけないで!?

 バールートさんがランサの直属隊の騎士であるとはいえ、何かあればランサにとばっちりが…! 分かってるよランサだって無関係になれないって!


 がばりとバールートさんを見てしまったけど、当のバールートさんはそんな私にニッと眩しい笑顔をくれる。

 違う! そうじゃないの!


 声に出せない私の前からクスクスと笑う声が聞こえる。けれどすぐに「さて…」って取り直した叔父様が私を見た。


「リーレイ。用があって来たんだろう。行こうか」


「はい!」


 叔父様はグナー達に「後は私がしておく」と言うと歩き出す。私達はそれについて行った。

 歩く叔父様の隣に駆け寄り、私は声をかけた。


「あの、叔父様…」


「リーレイ。その剣についてだが」


「はい」


「外出時には必ず持って行きなさい。身を守ると同時にそれは力になる」


 …どういう意味?

 そう思って叔父様を見るけれど、それ以上は教えてはくれないみたい。だけど、その言葉には覚えがある。


『リーレイ。これは自衛の為ではなく、君の助けになる物だ。だから持っていてくれ』


 ランサもそう言ってた。


 確かにこの剣は、貴族やこの家紋を知る人が見れば、クンツェ辺境伯家の物だと一目で分かる。

 だけど、そういうものは他の貴族でも同じで。家紋を見せたところで、それがどう力になるのか分からない。…見せびらかすものでもないし。


「…分かりました」


 ランサや叔父様がそう言うのなら何か意味があるはず。だから私は叔父様の許可に頷いた。


「叔父様。父様の事なんですが…」


「リーレイ。あまり心配しなくても大丈夫だ。何も兄上は正式に勾留されているわけじゃない。今は事情聴取と容疑で一時拘束されているだけだから」


「……はい」


 容疑。その言葉に少しだけ視線が下がる。

 やっぱり、父様は何かに巻きこまれたのかな…。


 そう思う私の背に、叔父様は歩きながらそっと手を添えてくれた。


「大丈夫。まずはリランに会おう」


「はい」


 そうだ。リランにだって、もしかしたら危険が迫っているかもしれない。

 父様と同じくらい心配だった。無事をちゃんとこの目で確かめたい。


 歩いて進んだ先で、叔父様はある部屋の前で足を止めた。その扉を叩く。


「リラン。私だ。リーレイが来てくれたよ」


「! どうぞ。お入りください」


 少し驚いたような嬉しそうな声が扉の向こうから聞こえた。


 がちゃりと扉を開ければ、明るくも品のある色に囲まれた室内が見える。上品さと落ち着きを感じさせる室内にはメイドが数人控えていて、ソファには私の大切な妹が座っていた。

 目が合うとパッと表情を明るく、安堵を感じさせるものに変え、すぐに立ち上がる。


「お姉様…!」


「リラン!」


 駆け寄ってぎゅっと抱きしめると、同じように抱きしめ返してくれる。茶色の巻き毛がふわりとしていて柔らかい。髪と同じ柔らかな色の目が私と合うと、ふわりと笑みに変わった。


「来てくださったのですね」


「当然だよ。でも、どうしてティウィル公爵家にいるって書いてくれなかったの? 心配したよ」


「あら…。私書いていませんでしたか?」


 キョトンと目を瞬かせるリランは本気だ。私の後ろでドテンッて何かが転げるような音がしたけど、私も少し頭を抱えてしまう。

 うん…。リランもきっと慌ててたんだよね。なんとなく分かるから怒れない。


 頷いた私にリランは眉を下げて「ごめんなさい」と謝ってくれた。行先にはすぐに心当たりが思いついたから、それはそれで良かった。反省してるなら怒る必要もないかな。

 一度だけ頭を撫でると、リランは少し気恥ずかしそうに笑った。


 それを見て私も安心をもらい、リランは私の後ろに視線を向けた。


「ヴァン。久しぶりですね」


「お久しぶりです、リラン様。思ったより元気そうで何よりです。散歩でも行きます?」


「あら。家に居た時と何も変わりませんね」


「俺はいつでもこんなです」


 軽快なヴァンにリランもクスクスと笑う。家でよく見た光景だ。

 昨日まで一緒にいたみたいな口調で、私も苦笑した。でも、そこがヴァンの良いところでもあると思ってる。


 そしてリランの目は、ヴァンの隣にいるバールートさんに向けられ…なぜかパッと表情が明るくなる。


「お義兄様ですか?」


「「違う」」


 私とバールートさんの声が重なった。

 リランが「そうなのですか…」ってちょっと残念そうな中、「そんな呼ばれ方したら殺される…」ってバールートさんのぼそりとした声が聞こえた気がしたけど、応えないでおこう…。ランサはそんな事しません。

 それからヴァン。面白がってゲラゲラ笑わないの!






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