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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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42/258

42,背後の『闘将』、眼前の屋敷

 王都の玄関は、王都警備隊の騎士達が警備の目を光らせている。

 そんな騎士の前で私達は馬を降りた。


 そして騎士に向き合うと、目の前の騎士は三人の中心にいる私を見て僅か眉を顰めた。そして後ろに一歩下がっているヴァンとバールートさんを見る。

 私に戻った視線は、私の上から下へ動いた。


 …男装して馬に跨って、しかも剣を佩いてたら、それもそうなる。

 なんだか少し懐かしい反応を受けた。懐かしいと思うくらい、ツェシャ領では広く受け入れられてるんだなって分かって、少し嬉しくなった。


 通常、王都への出入りは、貴族なら家紋でも見せればスッと通される事がほとんど。そうじゃないなら一言ずつ騎士の質問に答え、不審がなければ通される。

 私は生憎、家紋なんて持っていない。


「どちらから王都へ?」


「ツェシャ領です」


「王都へはどのようなご用件で?」


「家族に会いに」


 私達の後ろでは、通過する貴族が馬車で通っていく。その車輪の音に馬が驚かないようにヴァンが宥めている。

 馬の蹄音や車輪の音。人の声に馬のいななき。王都の賑わいらしい音が溢れる。


 私もたじろぐ愛馬をそっと宥めた。大丈夫だよ。

 そう伝えるように触れれば、愛馬はすぐに大人しくなる。聞き分けの良い子だ。


「手荷物はありますか? 検分を…」


 不意に私達の前で、別の騎士が割って入ってきた。突然の事にそれまで仕事をしていた騎士も驚いている。


「隊長。何か?」


 隊長と呼ばれた男性は、驚いているようにじっと私を見て、そして私の斜め後ろにいるバールートさんを見た。釣られるように私も見ると、バールートさんは「俺? え。身元? 怪しい?」って目をぱちりとさせる。そして「俺はこういう者です」って言うように少しだけマントを捲った。

 それを見て隊長と騎士の男性は目を瞠ると、サッと姿勢を正した。


「大変失礼いたしました! どうぞお通りください」


「え…でも…よろしいんですか?」


「勿論です! むしろ今後は並ばず直接お声がけください。すぐお通ししますので!」


 …なんだか分からないけれど、通っていいみたい。

 まさかバールートさんのおかげ? そう思ってバールートさんを見るけどコテンと首を傾げるだけ。

 ヴァンと顔を見合わせてしまうけど「ささっどうぞ」って言われるがまま、私達は王都の門をくぐることになった。


 目の前に広がる、久方ぶりの王都の風景。

 感傷に浸るつもりはないから、私達はサッと馬に乗った。そしてすぐにバールートさんが私に問う。


「まずはどちらに?」


「私の家に向かいます。リランがいるはずなので」


 ヴァンとバールートさんの頷きを受けて、私達は駆け出した。


「…隊長。よくあの男が辺境伯の騎士だって分かりましたね」


「お前、気づかなかったか?」


「…は? 何に、でしょう?」


「あの女性の腰にあった剣。ありゃクンツェ辺境伯様の剣だ。あの女性…クンツェ辺境伯様が剣を預ける程の相手だって事だ」


「それは…」


「とりあえず、俺はこの事をすぐに騎士団長に報告してくる。しばらく頼むぞ」


「了解です」






 ♦*♦*




 家に向かって急ぐ。貴族街や商業街ではなく、慣れ親しんだ一般街へ急ぐ。迷う事は無い。しばらく前まではいつも走っていた道だ。


 駆けて駆けて、そして家の近くまでやってきた時、近所の知り合いの姿を見かけた。


「おばさん!」


 私が声を飛ばせば、その人はすぐに私に視線を向けた。その表情がとても驚いたものになる。


 私はすぐにおばさんの傍で馬を止めて降りた。そんな私におばさんも駆け寄って来る。


「まあまあリーレイちゃん! 久しぶりだねぇ」


「久しぶり。元気そうで良かった」


「そっちもね」


 近所でもよく話をして、市場でもお世話になった。懐かしさを感じて胸があたたかくなる。

 家に向かう前の不安も緊張も少し軽くなる。


 私の後ろでヴァンとバールートさんが同じように馬を降りた。


「あら。ヴァンも久しぶり」


「どうも」


「いきなりお嫁に行くなんてびっくりしたよ。あら…もしかしてその人が旦那さん?」


「へ? 違います違います」


 バールートさんが首をブンブン振って否定したのを見て「あらそうなの」ってちょっと残念そうな顔をするけど、すぐに久しぶりの再会を喜んでくれる笑顔に戻る。


 そんな私達の側に、気づいた他の皆も「リーレイちゃん!」「久しぶり」って来てくれる。すぐに周りが皆に囲まれる。

 こういう親しい空気が懐かしくて。今も変わらない皆の様子が嬉しくてホッとする。


 近所の皆は、私達家族がティウィル公爵家の者だとも、あの家が公爵家所有のものだとも知らない。私達もわざわざティウィル公爵家の者だと言ったりもしない。元々そんな実感もなかったから。


 だから私は、皆に嫁ぎ先も言っていない。今後皆とゆっくり話ができる時がきたら、言えるといいな…。


 そう思う私の前で、おばさんが急に周りを警戒するように見て、声を潜めた。


「リーレイちゃん。ここ最近妙な奴らが捜してるよ」


「妙な奴?」


「俺も聞かれたぜ。ディルクさん所の娘はどこだって」


 私とリランを捜してる?

 でも誰が。どうして?


 眉を顰める私の周りで、皆も声を潜めて教えてくれた。


「リーレイちゃんは嫁に行ったって言ったら、「それはいつだ」とか「どこだ」とかってな」


「そうそう。今はリランちゃんしかいないって言えば、「今どこだ」ってばっかり」


「何の用かは知らんが、あんまりいい感じじゃねぇなあ」


「ちょっと待って。リランは家じゃないの?」


 思わず遮ったら、皆から頷きが返ってきた。

 てっきり家に一人だと思ってたから、門からここまで来たのに…。


「そうそう。リランちゃん、ディルクさんが忙しくてしばらく帰れないから、知り合いの所に行くんだって言ってたぜ」


 …皆は父様の事は知らないんだ。

 それに、リランはどこかに身を隠してる。でもどこに…。手紙にはそんな事書いてなかったんだけど…。まずはリランに話を聞こうと思っていたのに、捜す事から始めないといけないなんて…。


 思わず唇を噛む私の傍で、グッとバールートさんが身を乗り出した。


「あの、すみません。その妙な奴らってどんな風でした? 破落戸っぽいとか、騎士っぽいとか」


「そうさなぁ…。破落戸ってよりはもっとちゃんとしてる感じだったな…」


「そうそう。なんだか終始威圧的で。騎士って見えなくもなかったけど」


 皆の情報にバールートさんもふむふむって頷いてる。

 こういう時は、辺境騎士のバールートさんも真剣な目をしていて頭を働かせているのがよく分かる。


「お嬢。あんまり長居はやめましょう」


「ですね。どこで見られてるか分かりません」


「…分かった」


 二人の言葉に頷いて、私は皆にお礼を言って馬に乗った。そしてすぐに駆け出す。


 誰かが私とリランを捜してる。でもどうして? これは父様の件に関係してるの?

 それに、リランはどこにいるの?


 不安がだんだんと増してくる。

 それを察したように「止まりましょう」って言うヴァンの言葉で馬を止めた。


 混乱と不安。色々な事があって胸が苦しい。

 私の胸の内を察したように、愛馬も少し落ち着かない。


「さて、どうします?」


 バールートさんの言葉に一度深呼吸して目を閉じる。そして考える。


 落ち着け。大丈夫。少なくとも妙な奴らがリランを捜しているなら、リランはまだどこかにいる。

 なら、それはどこ?


 リランが頼るのはどこ? 妙な奴らの事はリランは知ってる? 手紙の内容。父様の件。


 考える為に閉じていた瞼を開ける。


「リランがいる場所に一か所、心当たりがあります」


「んじゃ、そこに行きましょう」


 迷うことないバールートさんの声音には救われる想いだ。私も強く頷いて再び馬を走らせた。


 街の風景が変わっていく。

 こじんまりとした家々が並ぶ一般街から、大通りの中を通る。賑わう人々のどこか忙しない様子を横目に、私達は駆けた。

 そして今度は、その風景も静かなものに変わっていく。周りは広い敷地を持つお屋敷が立ち並ぶ。


 王都の貴族街。整備された道を駆け、私達はある屋敷の前へやって来た。


 門の前で馬を止め、私は息を吐いた。

 白を基調とした荘厳な屋敷。辺境伯邸よりも遥かに広大な敷地を有し、それでいて隅々まで美しく整えられている。

 美しく整えられた前庭では、みずみずしく生き生きした緑の植物が育ち、綺麗な花々を咲かせ、庭に品格を漂わせている。その中では鳥や蝶も羽を休めている。


 久しぶりの屋敷だ。みっちりと一か月教育を受けた日々を思い出す。


 父様の件。リランが頼る場所。知り合いとだけ皆に告げるしかない場所。

 それがここだ。


「えーっと、ここは?」


「ティウィル公爵家の屋敷です」


「うっわー……」


 バールートさんの圧倒されたような声音には、私も眉が下がった。


 私も昔は同じ事を思っていたから。初めて来た時は唖然としたのも懐かしい。

 だけど今は――


 意を決し、私は屋敷の敷地内へ足を踏み入れた。






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