42,背後の『闘将』、眼前の屋敷
王都の玄関は、王都警備隊の騎士達が警備の目を光らせている。
そんな騎士の前で私達は馬を降りた。
そして騎士に向き合うと、目の前の騎士は三人の中心にいる私を見て僅か眉を顰めた。そして後ろに一歩下がっているヴァンとバールートさんを見る。
私に戻った視線は、私の上から下へ動いた。
…男装して馬に跨って、しかも剣を佩いてたら、それもそうなる。
なんだか少し懐かしい反応を受けた。懐かしいと思うくらい、ツェシャ領では広く受け入れられてるんだなって分かって、少し嬉しくなった。
通常、王都への出入りは、貴族なら家紋でも見せればスッと通される事がほとんど。そうじゃないなら一言ずつ騎士の質問に答え、不審がなければ通される。
私は生憎、家紋なんて持っていない。
「どちらから王都へ?」
「ツェシャ領です」
「王都へはどのようなご用件で?」
「家族に会いに」
私達の後ろでは、通過する貴族が馬車で通っていく。その車輪の音に馬が驚かないようにヴァンが宥めている。
馬の蹄音や車輪の音。人の声に馬のいななき。王都の賑わいらしい音が溢れる。
私もたじろぐ愛馬をそっと宥めた。大丈夫だよ。
そう伝えるように触れれば、愛馬はすぐに大人しくなる。聞き分けの良い子だ。
「手荷物はありますか? 検分を…」
不意に私達の前で、別の騎士が割って入ってきた。突然の事にそれまで仕事をしていた騎士も驚いている。
「隊長。何か?」
隊長と呼ばれた男性は、驚いているようにじっと私を見て、そして私の斜め後ろにいるバールートさんを見た。釣られるように私も見ると、バールートさんは「俺? え。身元? 怪しい?」って目をぱちりとさせる。そして「俺はこういう者です」って言うように少しだけマントを捲った。
それを見て隊長と騎士の男性は目を瞠ると、サッと姿勢を正した。
「大変失礼いたしました! どうぞお通りください」
「え…でも…よろしいんですか?」
「勿論です! むしろ今後は並ばず直接お声がけください。すぐお通ししますので!」
…なんだか分からないけれど、通っていいみたい。
まさかバールートさんのおかげ? そう思ってバールートさんを見るけどコテンと首を傾げるだけ。
ヴァンと顔を見合わせてしまうけど「ささっどうぞ」って言われるがまま、私達は王都の門をくぐることになった。
目の前に広がる、久方ぶりの王都の風景。
感傷に浸るつもりはないから、私達はサッと馬に乗った。そしてすぐにバールートさんが私に問う。
「まずはどちらに?」
「私の家に向かいます。リランがいるはずなので」
ヴァンとバールートさんの頷きを受けて、私達は駆け出した。
「…隊長。よくあの男が辺境伯の騎士だって分かりましたね」
「お前、気づかなかったか?」
「…は? 何に、でしょう?」
「あの女性の腰にあった剣。ありゃクンツェ辺境伯様の剣だ。あの女性…クンツェ辺境伯様が剣を預ける程の相手だって事だ」
「それは…」
「とりあえず、俺はこの事をすぐに騎士団長に報告してくる。しばらく頼むぞ」
「了解です」
♦*♦*
家に向かって急ぐ。貴族街や商業街ではなく、慣れ親しんだ一般街へ急ぐ。迷う事は無い。しばらく前まではいつも走っていた道だ。
駆けて駆けて、そして家の近くまでやってきた時、近所の知り合いの姿を見かけた。
「おばさん!」
私が声を飛ばせば、その人はすぐに私に視線を向けた。その表情がとても驚いたものになる。
私はすぐにおばさんの傍で馬を止めて降りた。そんな私におばさんも駆け寄って来る。
「まあまあリーレイちゃん! 久しぶりだねぇ」
「久しぶり。元気そうで良かった」
「そっちもね」
近所でもよく話をして、市場でもお世話になった。懐かしさを感じて胸があたたかくなる。
家に向かう前の不安も緊張も少し軽くなる。
私の後ろでヴァンとバールートさんが同じように馬を降りた。
「あら。ヴァンも久しぶり」
「どうも」
「いきなりお嫁に行くなんてびっくりしたよ。あら…もしかしてその人が旦那さん?」
「へ? 違います違います」
バールートさんが首をブンブン振って否定したのを見て「あらそうなの」ってちょっと残念そうな顔をするけど、すぐに久しぶりの再会を喜んでくれる笑顔に戻る。
そんな私達の側に、気づいた他の皆も「リーレイちゃん!」「久しぶり」って来てくれる。すぐに周りが皆に囲まれる。
こういう親しい空気が懐かしくて。今も変わらない皆の様子が嬉しくてホッとする。
近所の皆は、私達家族がティウィル公爵家の者だとも、あの家が公爵家所有のものだとも知らない。私達もわざわざティウィル公爵家の者だと言ったりもしない。元々そんな実感もなかったから。
だから私は、皆に嫁ぎ先も言っていない。今後皆とゆっくり話ができる時がきたら、言えるといいな…。
そう思う私の前で、おばさんが急に周りを警戒するように見て、声を潜めた。
「リーレイちゃん。ここ最近妙な奴らが捜してるよ」
「妙な奴?」
「俺も聞かれたぜ。ディルクさん所の娘はどこだって」
私とリランを捜してる?
でも誰が。どうして?
眉を顰める私の周りで、皆も声を潜めて教えてくれた。
「リーレイちゃんは嫁に行ったって言ったら、「それはいつだ」とか「どこだ」とかってな」
「そうそう。今はリランちゃんしかいないって言えば、「今どこだ」ってばっかり」
「何の用かは知らんが、あんまりいい感じじゃねぇなあ」
「ちょっと待って。リランは家じゃないの?」
思わず遮ったら、皆から頷きが返ってきた。
てっきり家に一人だと思ってたから、門からここまで来たのに…。
「そうそう。リランちゃん、ディルクさんが忙しくてしばらく帰れないから、知り合いの所に行くんだって言ってたぜ」
…皆は父様の事は知らないんだ。
それに、リランはどこかに身を隠してる。でもどこに…。手紙にはそんな事書いてなかったんだけど…。まずはリランに話を聞こうと思っていたのに、捜す事から始めないといけないなんて…。
思わず唇を噛む私の傍で、グッとバールートさんが身を乗り出した。
「あの、すみません。その妙な奴らってどんな風でした? 破落戸っぽいとか、騎士っぽいとか」
「そうさなぁ…。破落戸ってよりはもっとちゃんとしてる感じだったな…」
「そうそう。なんだか終始威圧的で。騎士って見えなくもなかったけど」
皆の情報にバールートさんもふむふむって頷いてる。
こういう時は、辺境騎士のバールートさんも真剣な目をしていて頭を働かせているのがよく分かる。
「お嬢。あんまり長居はやめましょう」
「ですね。どこで見られてるか分かりません」
「…分かった」
二人の言葉に頷いて、私は皆にお礼を言って馬に乗った。そしてすぐに駆け出す。
誰かが私とリランを捜してる。でもどうして? これは父様の件に関係してるの?
それに、リランはどこにいるの?
不安がだんだんと増してくる。
それを察したように「止まりましょう」って言うヴァンの言葉で馬を止めた。
混乱と不安。色々な事があって胸が苦しい。
私の胸の内を察したように、愛馬も少し落ち着かない。
「さて、どうします?」
バールートさんの言葉に一度深呼吸して目を閉じる。そして考える。
落ち着け。大丈夫。少なくとも妙な奴らがリランを捜しているなら、リランはまだどこかにいる。
なら、それはどこ?
リランが頼るのはどこ? 妙な奴らの事はリランは知ってる? 手紙の内容。父様の件。
考える為に閉じていた瞼を開ける。
「リランがいる場所に一か所、心当たりがあります」
「んじゃ、そこに行きましょう」
迷うことないバールートさんの声音には救われる想いだ。私も強く頷いて再び馬を走らせた。
街の風景が変わっていく。
こじんまりとした家々が並ぶ一般街から、大通りの中を通る。賑わう人々のどこか忙しない様子を横目に、私達は駆けた。
そして今度は、その風景も静かなものに変わっていく。周りは広い敷地を持つお屋敷が立ち並ぶ。
王都の貴族街。整備された道を駆け、私達はある屋敷の前へやって来た。
門の前で馬を止め、私は息を吐いた。
白を基調とした荘厳な屋敷。辺境伯邸よりも遥かに広大な敷地を有し、それでいて隅々まで美しく整えられている。
美しく整えられた前庭では、みずみずしく生き生きした緑の植物が育ち、綺麗な花々を咲かせ、庭に品格を漂わせている。その中では鳥や蝶も羽を休めている。
久しぶりの屋敷だ。みっちりと一か月教育を受けた日々を思い出す。
父様の件。リランが頼る場所。知り合いとだけ皆に告げるしかない場所。
それがここだ。
「えーっと、ここは?」
「ティウィル公爵家の屋敷です」
「うっわー……」
バールートさんの圧倒されたような声音には、私も眉が下がった。
私も昔は同じ事を思っていたから。初めて来た時は唖然としたのも懐かしい。
だけど今は――
意を決し、私は屋敷の敷地内へ足を踏み入れた。




