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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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40/258

40,準備に走ります

 朝。日が昇る少し前に起きた私は、朝食が始まるまでの少しの間、ヴァンを連れて少しだけ遠乗りに出た。理由は聞かないでほしい。

 ヴァンがあからさまに「え、めんどくさ」って顔をしたけど、口では何も言わずに「はいよ」ってついて来てくれた。ありがたい。


 そして、無心になりたい遠乗りを終えて、気持ちはすっきりとした。


「ふっ。ありがとうヴァン」


「いーえ」


 まだ眠そうな顔は欠伸を隠さない。それを見て少しだけ笑ってしまった。


 私は一度自室に戻ってサッと着替える。高く結っていた髪を下ろして梳きなおす。身支度を整えてから食堂へ向かった。

 食堂には同じようにやって来たランサがいて、私を見て柔らかな表情を浮かべた。


「おはようリーレイ」


「おはよう、ランサ」


 私達が席へ着くと、すぐに使用人達が食事を運んでくれる。

 ありがたく朝食を頂いていると、ランサからの視線を感じる。私もちらりと視線を向けると、なんだか機嫌が良さそうな様子。

 …理由は察しがつくけど。少し恥ずかしくてランサを見るけど、ランサは全然変わらない。相変わらずだ。


 でも、その窺うような目からは私があんまり照れていないと思っているんだって事が、なんとなく読み取れた。

 私はもう気持ちは切り替えてあるから。もう大丈夫!


「リーレイ。今朝はどこかに?」


「うん。ヴァンに付き合ってもらって少しだけ外を駆けてきた」


「成程。それでか……。流石リーレイだ」


「? なにが?」


 どうしてかランサがクツクツと喉を震わせる。私は何のことかさっぱり分からないから首を傾げるけど、ランサは教えてはくれないみたい。

 代わりに、嬉しそうな面白そうな目で私を見る。


 …昨夜の事は、思い出しても恥ずかしい。その気持ちは私にもある。

 だけど、そのままうじうじしてるともっと恥ずかしいから。だから動いて切り替える事にした。

 …うじうじのまま翌朝に引きずった経験が、夜の外でランサを病にかけた時にあったから。あの二の舞は避けようと思った。


 …それになにより、ランサがあんなにも驚いた顔、見た事なかったから。私にとって、決して恥ずかしいだけの時間じゃなかった。


 慣れないとか恥ずかしいとか思い続けていられない。いい加減慣れないと。頑張れ! 私!

 それでちゃんと、私からも気持ちは言葉にできるようにする!


 朝食を終えた私は、今日も砦へ向かうランサを見送る。

 門で愛馬を撫で騎乗すると、ランサは見送りに出た私達を見る。そして屋敷の主から将軍の顔になった。


「行ってくる」


「「いってらっしゃいませ」」


「いってらっしゃい。気を付けて」


 皆が頭を下げる中で私もランサを見ると、ランサは私を見て不意に動いた。

 馬上で身を屈めると、背中の重さの移動に馬が僅か足を踏む。それでもランサは動じた風なく、その長い腕を私の肩に回した。ぐっと引き寄せられ、頬にちゅっと唇が落とされる。


 少し驚いていると、ランサはスッと離れた。体勢を戻したランサの悪戯めいた表情が視界に入る。


「昨夜のお返しだ」


「っ…!」


 それもう貰ったんじゃなかったかな!?

 また頬に熱が集まる。少しだけランサを睨んでも「やっぱりそれがいいな」ってよく分からない事を言って笑うばかり。

 そして手綱を操り、砦へと向かって行った。


「お役目に向かう前に口付けなんて、ランサ様もあんな事するんですね」


「ランサ様のあんなお姿、リーレイ様にだけですね」


「羨ましいです!」


「もうっ…! 皆それくらいで!」


 うふふっって笑みを浮かべてるメイド達の言葉に堪らず制止をかける。

 せっかく切り替えたのにっ…! 人前ではやめてほしいって前にも言ったのに、ランサは聞き入れてくれない。というか忘れてるよね! また言っておかないと。


「…また遠乗りします?」


「愛馬が疲れてるからそれはやめとく!」






 気持ちの切り替えはとりあえず、動き回る事でなんとかこなすとしよう。


 そう決めて私も動き出す。

 昨夜ランサから言われた、王都の夜会に参加する準備をしなければいけない。私はすぐにメイド達とシス、ディーゴにもそれを伝えた。


 生憎と社交の場に出た事がない私は、ドレスは準備してるけど、装飾との組み合わせとか分からないところもある。アンさんのお店で教えてはもらったから全く分からないわけではないけれど、実際にそれが出来るかと言われると怪しい。

 ドレス数着、装飾品、靴などなど、持って行かないといけない荷物も少し増える。けれどこれは仕方ない。


 ドレスはまずメイド達に候補を用意してもらう事にして、私はその間にもう一つの大事な準備をしなければいけない。

 そのために、シスとディーゴに声をかけた。


「シス。ディーゴ。教えて欲しい事があるんだけど」


「はい。何でしょう?」


「王都にはランサのご両親がいらっしゃるでしょう? ご挨拶に伺うのに、何か持って行きたいの。何がいいか分かる?」


 長くクンツェ辺境伯家に仕えている二人は、勿論先代様、つまりランサのご両親がこの屋敷に居た頃から仕えていた。そんな二人ならきっと喜んでいただける物が分かるはず。

 私はランサのご両親の嗜好が分からないから、知っている人に助言をもらいたい。


 私の問いにシスはひとつ頷くと、すぐに候補を挙げてくれた。


「大奥様には、こちらで好まれていらした茶葉などはいかがでしょう? 宝飾などもお嫌いではありませんが、元々華美な物は好まれませんから。それよりも、ツェシャ領で採れる果実や菓子の方が、きっと喜ばれます」


「分かった。…ランサの母君は、どんな御方?」


 この屋敷でシスがよく出してくれる茶も確か、ランサの母君が好まれていたものだったと思い出す。確か緋国の物で、私はあまり王都では見なかった。…我が家に縁がなかっただけかもしれないけど。

 お好きな物みたいだから、それにしてみようかな。


 私の問いに、シスは柔らかな目を見せた。


「穏やかな方ですよ。ですが、しっかりとした意思をお持ちで、ずっと大旦那様を支えてこられた素晴らしい御方です。リーレイ様のような義娘ができたとお知りになれば、きっととてもお喜びになられます」


「そ、そうかな…」


 そうだといいな。このままランサと結婚できれば、ランサの母君は私にとっても義理の母になる。

 また、誰かを母と呼べる事は私も嬉しい。


 無意識に指を絡める私の前で、今度はディーゴが「そうですね…」って考えるような声を出した。


「大旦那様は…物欲が無い方ですし。何をお渡ししても感謝を示す方ですが…」


「…ディーゴは、元はランサの父君の直属隊の騎士だったの?」


 元は辺境伯直属隊の所属だったとは聞いたけど、年齢的に父君かなと、ふと思った。

 ランサの周りにいるランサの直属隊の騎士達は、年齢層はバラバラだけど、比較的二十代が多い気がする。多分、年が近いというのもあるんだろうけど、肉体的体力的な全盛だからだとも思う。

 国境警備はそれだけ過酷だから。


 首を傾げた私にディーゴは「はい」と頷いた。けれど、すぐに眉を下げて逞しい身体を小さくさせる。


「騎士といっても、私はずっと下級騎士だったのです。なかなか剣の腕が上達せず…。どちらかというと、雑用で動き回っている方が性に合っていたようで」


「だから屋敷に?」


「最初は、幼いランサ様の鍛錬相手兼世話役、という話だったのですが、今ではこういう立場になりまして」


「そうだったの? でも、ディーゴが屋敷の事や皆をまとめてくれてるの、すごく頼もしいよ。てきぱきしてるし、自分から率先して動いてるのを見てると、私もって思えるもの」


「ありがとうございます」


 屋敷に来たばかりの頃から、シスとディーゴは私にとってとても頼れる人だ。

 シスはてきぱきと仕事してメイド達をまとめ、私の話も聞いてくれる。ディーゴは使用人達全員に目を向けて、指示もてきぱきしている。時には自分が掃除をしたりって率先してるし、ランサの領主としての仕事も支えてる。


 辺境伯家は、使用人達も皆実に優秀だ。私も頑張らないと。よし!


「そういう話でいいなら、大旦那様がとても喜ぶものがありますよ」


「なに?」


 具体的な中身が出ていなかったけど、思いついたディーゴは笑みを浮かべた。


 お渡しするなら、やっぱり喜んでもらえるものがいい。そういう顔を見られると私も嬉しい。

 だから、ディーゴが良い物を思いついたなら聞きたい。そう思って少し身を乗り出すと、ディーゴはクスリと笑った。


「大旦那様は根っからの武人ですので。鍛錬相手、です」


「……そういえば」


「お嬢、ちらっとこっち見ないでくれます? ヤですよ生贄」


 生贄って…。こら。

 ヴァンの表情が言葉と同じだ。ものすごい拒絶が…。その表情を見てディーゴも吹き出していた。


 よっぽど嫌なんだね。…でも、ヴァンも王都に行くんだけど。大丈夫なのかな。

 今さら心配になってくる。


「お嬢。本当に頼むんで、俺を守って下さい」


「ヴァン…切実…」


 今まで聞いたことないくらいヴァンの声が真剣だ。悲しいくらいに。

 護衛対象に護衛を頼まなければいけないくらいの事態。


「…ヴァン。うん。分かった。守るからね。安心してね。私がちゃんと護衛するからね」


「ありがとうございます。頼みます。…んで、なんで涙出てるんです?」


 はらりと零れてきたの。ヴァンがあまりに切実だから。


「お嬢…本当に大丈夫ですか? 俺を守れます? 御当主かラグン様に頼んだ方がいいですか?」


「それはやめてね」


 わざわざそこにティウィル公爵家を出さないで。親達が睨み合うなんて何も良い事ないからね。


 ランサの父君は生まれ育ったツェシャ領を大切に想っていらっしゃるらしいから、何か名産品を持って行こうかなと考えながら、私は父親の好みを把握していそうな息子に助言をもらうことにした。






「バールートとソルニャンを父上の手合わせ相手にするから、それでいい」


「あー…俺ら生贄ですか」


 日が暮れて屋敷へ帰って来たランサは、バールートさんとソルニャンさんを連れてきた。そして夕食前の少しの間に、談話室で私は相談してみた。

 そしたら返ってきた答え。…手合わせ相手になる事は生贄と同義らしい。ちょっと怖い。一体どんな事になるんだろう。


 生贄回避のヴァンは、バールートさんの肩を叩いて慰めてる。


「それが手土産でいいの?」


「あぁ。父上は体裁なんかは好まないから。それよりも本当に好む事をさせるほうがずっと喜ぶ。勿論、リーレイが父上の事を考えてくれているのは、俺もとても嬉しい事だが」


「うん…。分かった」


 ランサがそう言うならそれでいいんだろう。そうだ。ランサの母君に菓子も贈って、それをお二人で食べてもらえるようにしよう。


「リーレイ。俺も君の父上と妹に何か手土産をしようと思うんだが、何がいいか教えてくれないか?」


「装飾の類は普段付けないから、それ以外かな? リランは甘いものが好きだし、父様はカランサ国の物とか珍しい物が好きだよ」


「分かった」


 ランサも私の家族に会うつもりだったんだと、今更のように身に沁みて少し嬉しくなる。

 父様にもリランにも早くランサを会わせたい。こんなに素晴らしい人なんだよって。


 楽しみに思う私の近くでは、バールートさんがヴァンに縋るような視線を向けた。


「ヴァンさん。ヴァンさんもやりません? いけに…じゃなくて手合わせ」


「あ、結構です。俺はお嬢に守ってもらうんで」


「そんなぁ~!」


 けろっとしてるヴァンにバールートさんは恨めし気。そんな二人に思わず笑ってしまった。

 と、私の隣でランサは少し呆れたように息を吐いた。


「ヴァン。護衛が護衛されてどうする」


「これだけですよ。俺じゃ絶対に締め上げられるか叩き潰されるかして、気を失ってる隙に騎士団入隊書にサインさせられますから。回避優先です」


「…お前は人の父をなんだと思っているんだ」


 …ヴァン、そんな本気な目をして失礼な事を言わないで。鬼ごっこの悪夢が相当ヴァンを苦しめているみたい。…もう、私が言う事は無い。


 ランサも大きくため息を吐いたけど、困ったような顔をしたままその目を私に向けた。


「リーレイ。リーレイもだ」


「? 何が?」


「リーレイはまるで、王都では自分の家に滞在して俺の両親を訪ねるように言うが、俺の婚約者として行くんだろう? 滞在は王都にある辺境伯邸だぞ」


「……あ」


 そうだった。ランサに言われて思い至る。

 顔に出る私にランサは困ったような顔のまま肩を竦めた。


 私は滞在先に関してあまり考えていなかった。しまった。

 ランサの言った通りに挨拶に伺うつもりでいた。何てことを…。


「旦那に嫌気がさした嫁は早々に実家に帰るんですよね。もしかしてお嬢…」


「リーレイ…! 俺に至らないところがあるなら言ってくれ。すぐに直す」


「ないない! 大丈夫! 私が失念してただけで。謝罪しなきゃいけないのは私だから。ごめん」

 

 けろりとしたヴァンの言葉にランサが私の手をぎゅっと握った。

 離れないでくれと言われているようで否定にも慌てる。こらヴァン! なんてことを言うの!


 それから、直して欲しいのはなんでか縮まってる座ってるこの距離かな!

 夜会に行くって知らされたあの夜からだんだんと定位置みたいになってるんだけど。これは直らないの? 前に戻らないの?

 近いんだけど。すぐに体が触れてしまいそうで慣れないんだけど! 今もランサが近いっ…!


「俺。最近のランサ様って、前にリーレイ様が言ってたように誰かが入れ替わってるんじゃないかと思うんですよ。ほら。リーレイ様に会う前って、気さくだったけど将軍って空気が強くて、触れたら斬れそう…みたいな感じだったのに」


「言うなバール―ト。それについては、辺境騎士全員が感じてる事だ」


「ランサ! 君の威厳に関わる重大案件が発覚してるっ!」


 すみません辺境騎士団の皆さんっ…!

 ランサは「本当にないのか?」って捨てられそうな顔して言わないの! ないから!






 ♦*♦*




 私とランサは余裕をもって王都に入る為、移動日数も考えて、夜会の日より二月前に屋敷を出るよう日程を調整していた。私はともかく、ランサは明日にも予定が変わるかもしれない身だから、予定が変わる可能性が大きくあった。


『もしそんな事態が起こったら、陛下には申し訳ないが夜会は断る』


『……ねぇランサ。その場合、せめて私だけでも参加できないかな? それなら、クンツェ辺境伯家と王家との信頼も繋がりも、他者から見て取れるものになるでしょう?』


『それはそうだが……リーレイ一人を行かせたくない』


『大丈夫。王家の夜会なら叔父様もラグン様もいらっしゃるから、一人で慌てる事は無いと思う』


 私もランサの為に出来ることはしたい。

 夜会なんて緊張するし、一人は不安だけど。知っている人がいないわけじゃない。勿論、叔父様に頼りっぱなしにもなれないけれど。

 それに、王都にはランサのご両親もいらっしゃる。不甲斐ないけど助言をいただこう。


 もし緊急事態になれば、陛下もランサの意を汲んでくれると思う。だけど、それは周り全てもそうであるとは言い切れない。

 辺境伯家はただでさえ「特別」な位置にあって、周りの目が厳しい。

 ランサが参加できない事態になれば、それは私が代わりを務めなければ。ランサの婚約者として。それは私にしか出来ない事だから。


 ――私の、役目だから。


 私が言えば、ランサはとても渋い顔をしていた。


『…そうなれば事を起こした奴は秒で斬って早期解決させる』


 …少々恐ろしい言葉が出た気がしたけど、ランサは最終的には頷いてくれた。


 でも今のところその気配はない。

 最近屋敷に来たバールートさんが「何か砦にいる時のランサ様がものすごい形相で国境睨んでるんで、最近野盗まで減ってる気がします」って言ってた。…何も言えなくなった。

 野盗がいないのは…良い事だよね? うん。良い事だ…。


 そんなことがありながらも、日々の事と準備に追われていた。

 私とランサが王都に向かうのを半月後に控えた、ある日の事だった。


 ランサと共に朝食を摂っていると、ヴァンが駆け込んできた。


「お嬢!」


 その声と突然の行動に私達全員の視線が向く。使用人達もヴァンを見て、ランサも手を止めた。

 だけどヴァンは「食事中にすみません」とだけ言うと、私に一通の手紙を出した。宛名は私。それを受け取る。


「早馬でさっき着きました。俺宛てにもあって読んだんですけど…」


 珍しくヴァンが言い澱む。


 どうしたの? そんなに驚くか困るかって内容だったの?

 そう思ってくるりと手紙を裏返す。差出人は…。


 その名前を見て驚いて、私は食事よりも手紙へ完全に意識が移った。


 差出人『リラン・ティウィル』は私の妹だ。

 しかも、よく見れば手紙の封をしている蝋にはティウィル公爵家の紋が刻まれている。何で…。リランはティウィル公爵家の名を出すような子じゃないのに。

 それに早馬。これは他の通常便よりもお金がかかるから、リランも私も余程でない限り使う事はない手段。


 まさか、リランに何か…。

 ブワリと膨れ上がった言い知れない感覚に、私はすぐに手紙の封を開けた。蝋がぱらりと落ちたのも気に留めず、すぐに中を確認する。


 そして、思わず立ち上がった。

 ガタンッと食器が音をたてる。普段ならこんなマナー違反、屋敷の中でも絶対にしないけれど、そこまで意識が向いていなかった。


「リーレイ。どうした?」


 いつの間にか、ランサがすぐ傍に立っていた。

 今になって気づいてランサを見る。いつもより少しだけ眉間に皺を寄せている表情は、まるで我が事のように案じてくれているもので、心が少しだけ解けた気がした。


「ランサ……」


 ぎゅっと唇を噛んだ。心を落ち着ける事に必死だった。


「父様が……」


 リランの綺麗な筆跡が記してくれた内容は、その字とは違って、綺麗な事ではなかった。


『突然こんな手紙を送ることになって申し訳ありません。お姉様。――お父様が不当に拘束されました』






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