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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
王都編

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37,初めての町へ行きましょう

 翌日。約束通りランサは一緒に町へ行ける事になった。

 同行者はヴァン、それに辺境伯直属隊のエレンさん。町へ皆それぞれ馬に乗る事にした。馬車でもいいけど、万が一急ぎの使いが来た時にはすぐ動けるようにって事で馬で行く。ランサは移動に馬車を使う事はそうないらしい。


 屋敷を出る前に、厩で馬に鞍をながらランサがそう教えてくれた。


「馬車は、以前は母上が出掛ける時に使っていたり。砦に差し入れを持って来てくれる時に使っていたくらいだ」


「そうなんだ」


「俺も馬車よりは馬の方が良い。いざという時に動きやすいし、小回りが利く。すぐに事態に対処できるからな」


 やっぱりランサはそう考えるんだ。そう思うと少しだけ笑みが出た。


 馬に鞍をつけ、私達は屋敷を出た。

 町への道をゆっくり進む。馬上で感じる風がとても心地よい。


「エレンさん。来てくださってありがとうございます」


「いえ。我らが将軍をお守りし、その手足となる事は、私達直属隊の誇り高い仕事ですから」


 そう言うエレンさんの表情はとても生き生きしている。


 今日のエレンさんは隊服じゃなく、私と同じで男装に近い。その腰には剣が吊られている。凛とした騎士の姿は格好いい。

 短い髪が風と動きに揺れている。その横顔をちらりと見て、町までの間エレンさんとお喋りする事にした。


「エレンさんは、どうして直属隊に?」


「将軍への憧れです」


 憧れ。騎士達の中には抱く人がいるとは聞いていたけど、エレンさんはそれを理由に直属隊に…。


 エレンさんは笑みを浮かべたまま続けた。


「元々、身体を動かす事は好きだったのです。騎士にも憧れはあったのですが、王都へ行って学ぶような余裕はなくて。五年前にこの地を守り、国境を守ってくれた将軍の話に強い憧れを抱いて、それで直属隊の門を叩きました。騎士の中には女性は少ないですし、それは大変でした」


「凄いです…。私なんて十年鍛錬しても騎士には勝てないのに。五年でなんて…」


「いえ。リーレイ様も十分強いです」


 エレンさんの努力がすごい。

 厳しい鍛錬の中でそれをくぐり抜け、騎士になった。ランサへの憧れは、会って一層に強くなったんだろうな…。


 エレンさんの言葉には後ろのヴァンも感心した様子。


「へぇ。凄いな」


「ヴァンさんには及びません。直属隊入ります?」


「あ、間に合ってます」


「ですよね」


 二人のやりとりに笑みがこぼれる。

 ヴァンも騎士の皆さんとは親しくやれているから、私としても嬉しい。


 クスクス笑ったエレンさんは、私を見て続けてくれた。


「直属隊は特に、実力主義なんです。そこに身分や性別は関係しません。元々、身分なんてほぼほぼ平民の集まりですから」


「…そっか。皆さん直接直属隊への門を叩いた方達だものね」


「はい。ソルニャンさんのように転属していたりで貴族出自の方もいますが、隊内では一切関係ありません。物好きや不真面目、怠惰、規律を守らない者は、即刻ヴィルドさんが風紀を乱すとしてつまみ出してますし」


 ヴィルドさん、流石です…。

 以前のように考えがあって泳がせる事もあるんだろうけど…。ニコリともしないヴィルドさんの鋭い眼光を思い出す。


 それに、エレンさんの言葉はすらりと紡がれながらも重要な事実を含んでいる。


 国境は、民がその手で守っているのだという事だ。


 王都で騎士になり、騎士団に入り戦う事があっても、勿論その手で守っているということ。そしてこの地に居る直属隊の騎士は、学もお金もなくとも門を叩き、その意志一つで実力を掴んだ方々。

 どちらも尊く、素晴らしい事だと思う。私はいつも感謝をする側の人間だ。


「直接門を叩いた者もいれば、将軍が引き入れた者もいるんですよ」


「引き入れた?」


 それは、どういう事かな?

 そう思って後ろのランサを見ると、「前を見てくれ」って言われて視線は前へ戻す。


 ランサの代わりに、クスリとひとつ笑ったエレンさんがこっそり教えてくれた。


「本当に稀にですが、捕らえた者の中から直属隊へ誘いをかける事があるそうです」


「えっ…!」


 驚いて声がそのまま出てしまう。

 でもそれは私だけじゃなくて、ヴァンも同じ様子で「そうなんです?」ってランサを見た。


 私も見たいけど、また注意されそうだから首は動かさない。でも聞きたい。

 そんな私の想いが通じたのか、ランサは肩を竦めると教えてくれた。


「ここ数年はないし、俺もそれはあまりしない。それに、当然罰を受け、それを終えてからだ。そういう者は働ける場がそうでない者より少なくなってしまい、また犯罪に走る事もある。俺は『将軍』でもあるが、領主としても治安維持には務める」


「成程。それも一理ありますね。そこの判断は?」


「見極める。更生の余地のない者というのもいるからな。俺が甘いと思うか?」


「まさか。ですけど、そりゃまた難しいですねぇ」


 なんだか後ろの会話が少々不敵だ…。

 でも口は挟まない。ランサならその辺りの失態はしないと思う。


「それをいうなら、ヴィルドがその一人だ」


「そうなの?」


 ヴィルドさんが元は何か罰を受け、それを償った人…。衝撃の事実だ。

 でも、今のヴィルドさんは、真面目にランサや国境警備の事を考えていると感じる。これもランサが与えたものなんだろうな…。


「エレンはさっき直属隊は実力主義だと言ったが、国のやり方を見れば当然だ。今は国の政治も能力によって役職を与えられる。どんな立場の者であっても、まずは個を磨く事が必要だ。生まれは無関係とは言い切れないが、能力を保証するものにはならないからな。個が磨かれていなければ身分もただの飾りにしかならない」


「ですね。五大公爵家でも当主は勿論、御令息御令嬢方も、教養もマナーも、知識もあり、そこから個を磨いてますしね。身分の上に胡坐かいてると、周りの目が厳しいですし」


 言葉が刺さる…。私には身分が飾られているだけだ。

 今はまだまだ磨こうと頑張っている途中で、磨いてランサに相応しく、隣にあれるようになるのか、まだ分からない。


 私とは全く違い、個を磨き、家名を誇りにしているのは、ランサや従兄のラグン様だ。

 ラグン様は、若くして政治の中枢にいるけれど、それを身分故だと思った事は無い。私とは違って、個も身分も磨いている方だから。


 身分だけでいれば国は潰れる。それは当然だ。

 シャグリット国ではお金はいるけれど、比較的誰でも教育を受けられる。さらにそこから上へ上へと自分を叩き上げて、磨き上げていく。血が滲むようなその努力には、尊敬の想いを抱く。


 私も、頑張らないと。

 そう思ってちらりと後ろを見た。


 国の要。国境の番人。『闘将』の異名を持つランサは、一体どれほどの努力をしてきたんだろう…。


 私の視線に気付いて微笑むランサから、堪らず視線を逸らした。






 町の入り口で馬を預け、私達は町へと足を踏み入れた。目の前に広がる風景に息が零れる。


 ツェシャ辺境領の中心地、ツァット。王都に負けないくらい活気があって、賑やかな人の声が聞こえてくる。

 町の建物は石造りが多いみたいだけど、何か塗ってあるのか綺麗な乳白色や淡黄色の建物が多い。その色が太陽に当てられて眩しいくらい。


 色んな店があるし露店も開かれてる。人の行き交いが多い町は心が弾む。

 周りにあるものすべて珍しい。王都の商業街では見た事のない食べ物もあるみたい。


 辺境領の町がこんなにも賑わっているなんて、来てみないと知らなかった事だ。


「ツェシャ領は交易の要所だよね?」


「あぁ。だから緋国の物やカランサ国からの物もある。それにツェシャ辺境領特産の織物や食べ物。海産物はないが、代わりに肉や野菜は豊富だ」


 ランサも町を見回して教えてくれた。その目は少し柔らかくて、町を大切に想っているんだと感じさせる。


 ツェシャ領は海に面していないけれど、代わりに緑は豊富。その恩恵を受けているし、交易の地としても大きな役割を持っている。


 町を少し歩きながら気付いた事がある。


「…道、入り組んでる?」


「あぁ。慣れていないと少し迷うかもしれない」


「これは…侵入者用?」


「そうだ」


 辺境の地ならではかもしれない。

 道幅も馬車が二台三台すれ違える程広くない。一直線に伸びている道だってあまりない。


 町の人達は慣れたように進むけど、私は迷いそう…。


「これじゃ、駆け回るお嬢追いかけるのは難しいですね。いやー良かった良かった」


「何が良かったのかな?」


「え? だってお嬢も走り回れないでしょ」


 …当然のように言ってくれるヴァンに言いたい事が溢れて仕方ない。

 不満一杯で睨んでもどこ吹く風。確かに王都では走り回ったりしてたけど…。


「リーレイはよく王都を走り回っていたのか?」


 笑みを含んだランサの声に少し恥ずかしくなる。隣を歩いてくれるランサを見れそうにない。


「そんな…ほどではないと思う。仕事とか…買い物とか…町の皆の頼まれ事とか…色々してたけど…」


「仕事をしてたのか。どんな?」


「市場の手伝いとか、衣裳店の金番とか」


 ランサやエレンさんは少し感心したような声を出す。


 それを見て思い出した。

 王都での暮らしの事はあまり話してなかったんだ。家族の話が多かったから。


「王都のような大きな店はないが、この町の衣裳店もなかなか質の良いものを揃えている。見に行こう」


「うん」


 町の中心までやって来ると、人の賑わいが肌で感じられる。その中を、私も心が弾んで歩いた。


 中心地には大きな噴水があって、その傍では楽団が楽器を奏でている。周りには人々も多く集まっていて耳を傾け、中には体を揺らしている人もいる。

 ちらりと見える楽団が持つ楽器は見たことない物だった。ポンポンッと筒状で革を張った物、膝に乗せて弦を弾く物、吹く物。明るくて軽快な音が奏でられている。


 その演奏が終わるとワッと歓声が上がった。

 そして人々は楽団の傍に置いてある箱に硬貨を入れていく。


「リーレイ。入れて来るか? 少しなら話が出来る」


「うんっ」


 ランサから硬貨を受け取り、私は楽団の元へ走った。私の後ろからはヴァンが付いてくる。

 硬貨を払い、楽団の方に声をかける。


「とても素敵な演奏でした」


「ありがとうございます」


「国内では珍しい楽器ですね。私初めて見ました」


「これは緋国の楽器で、北の方に住む民族のものなんです」


 なんでも楽団の方も緋国の方なのらしい。

 少しの話にも心が弾み、私はお礼を伝えて後にした。


 ランサの待つ場所に戻って…


「領主様! お久しぶりです」


「久しぶりだな」


「今日も見回りですか?」


「いや。今日は所用だ」


「先日は盗人を捕えてくれて、ありがとうございました」


「それはセデクがしてくれた事だ。礼なら彼に言ってくれ」


 …ランサが囲まれていた。町の方々だろう。皆さん楽しそうに、ランサを見つけて嬉しそうに声をかけている。

 その中で、ランサは声をかける一人ひとりを見て言葉を返している。


 私の隣で「あらま」ってヴァンの呑気な声が聞こえる。

 けど、どうしようとヴァンと見合って、少しだけ離れている事にした。


 ランサを見つけ駆け寄る人は絶えない。


「ランサ。町の皆様に好かれてるんだね」


「自分らを守ってくれる将軍で、領主の辺境伯ですし。頼られてるんですね」


 凄いな…。

 これまでランサと領民の関係は見た事がなかったから、少しだけ新鮮であり、新しく知ることができた一面でもある。


 ランサの傍には幼い子供達もいる。


「領主様領主様! 俺十歳になったから、もう少ししたら騎士になれるよ!」


「そうか。十歳になったか」


「私も私も。いつか領主様と一緒に町を守るの」


「それは頼もしいな」


 ランサは子供達を見つめる。子供達もキラキラと輝くような目をしてランサを見つめている。

 ランサに憧れる子が多いんだろう。そういう子らが未来には直属隊に入る事になるのかな。


 ランサの傍では、同じようにエレンさんも町の皆さんに声をかけられている。直属隊も尊敬や憧れを持たれているみたい。


「騎士様も格好良いね。いつもありがとうね。町を守ってくれて」


「いえ。当然の役目ですので」


 エレンさんが好意的に受け入れられているという事は、きっと他の騎士達も似たものだろう。

 それはつまり、騎士達も町の方々と言葉を交わし関係を築いているという事。王都じゃ町の警吏でもそんな人は少ない。ツェシャ領は人同士の垣根が低い。


 町の方々と話をするランサの表情は、将軍の顔ではなくて領主の顔をしてる。

 その手が子供達の頭を撫でていると、不意におば様がランサに「領主様」って声をかけた。


「こんな事言うのもなんですけど…領主様、そろそろご結婚は? 私らの為にお仕事してくださってありがたいけど、色々あるんじゃないですか?」


「そんな心配をさせていたのか。それはすまないな。だが心配ない。婚約者がいる」


「あらそうなの?」


 おずおずという風に聞いていたおば様も、周りにいた方々…特に女性達が反応した。

 そんな中でもランサは笑みを浮かべる。嬉しそうな笑みに少しだけ気恥ずかしい。


「今日も婚約者のドレスを見に来たんだ」


「あらあら。ではご一緒してるの?」


 一瞬皆さんの視線がエレンさんに向いたけど、エレンさんは目を剥いてブンブンと手と首を横に振っていた。

 …そんなに否定しなくても大丈夫だと思います。


 ランサの視線が動く。その目は少し離れて見ていた私をすぐに捉える。

 視線が合って、少しだけドキリとした。


 だけど、必然皆さんの視線も私を見て、今度はビクリと肩が跳ねた。

 その中をランサが悠々とこっちへ向かって来る。…逃げたい。ものすごく。


「諦めって…大事ですよね」


「諦観の顔して言わないで!」






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