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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
接近編

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34/258

34,どうかと、願っています

 ♦*♦*




 関所から南へ進んだ方にタルキル達の村があるらしい。

 それならと、リーレイは同じように南で薬草を探す事を提案した。


 関所より南には森が広がり、そこからさらに南へ下れば川も流れている。

 だが、さすがに入国を容認できない者を関所から遠くへ移動させることはできない。川までは行けないが、行けるギリギリまでとリーレイは薬草を探す事にしたようだ。


 タルキルとスルル、それにヴァンと共に地面を見つめ、図鑑を見て言葉を交わす様子を、俺は離れて見つめていた。


 同行したのは俺とヴィルド、バールートの三名だ。これは護衛であり監視の為でもある。

 例え子供でも、俺達の仕事にそれは関係ない。目を離さず、しかし周辺にも気を配りつつ俺達も役目をこなす。


「これはね、葉っぱを煎じて飲むと、うがい薬になるんだって。ただ、すっごく苦いらしいけど」


「え、苦いの?」


「私も飲んだ事なくて。聞いた話だよ」


 自然の中で風に揺れるリーレイの結った髪が目を引く。タルキル達に教え、タルキルは拾った木の木片に言われたことを刻んでいく。

 これなら持って出てもいいかと事前に問われているのでそれに問題はない。自分が持って来た石で刻んでいる。


 元々、タルキル達は商売を目的にしていたから入国させることはできなかった。商売を捨てるなら入国に問題はない。もしも王都まで行くとでもなればそれは認められなかったが、監視付きの国境沿いなので俺の責任で事足りる。

 が、一応は不通過事案なので、これは後に陛下へ報告書が必要だ。


 ……ローレン殿下に知られればまた手紙が送られてくるな。

 リーレイが来て一月になる。そろそろ「どうだ?」とでも聞いてくる手紙が来てもおかしくない。


「薬草かぁ。俺もその辺に生えてる草食べるとか、子供の頃はやりましたね」


「腹を壊すだろう」


「そうそう。運悪く悪いのに当たって数日寝込みました」


 アハハッとバールートが笑っている。俺は呆れのため息を吐くぞ。

 直属隊に来た頃に比べて、バールートは少し子供っぽくなった気がする。コイツはこう見えて下に弟妹のいる長男なんだがな…。


 俺はそんなバールートからヴィルドへ視線を向けた。

 何を考えているのか分かりづらい目がリーレイから俺に向けられた。


「何か?」


「いや。リーレイには試さずとも覚悟があったようだと解ったな」


「そうですね」


 関所の騎士は通行する者の事情など問わない。知った瞬間に感情移入するのを防ぐために。

 タルキルのように切実に訴える者も稀にいる。だが騎士達は感情を入れない。あくまで毅然と対応する。


 それが関所を守る者の務め。

 それが出来ない者は関所の番には立たせない。


 当然リーレイは関所の番には立たない。だが、俺の婚約者と知ると縋ろうとする者も出ないとは限らない。


 リーレイには砦の事も国境警備の事も教えた。砦への出入りも許可しているからいつでも自由に来てもいい。

 だがそうなると、通行者の事情を知る機会もできるだろう。


 リーレイにも覚悟が必要だった。

 国境を守る者が傍に居る事。将軍おれの婚約者であると言う意識。自身も決して無関係ではないという事。


 だが、試す必要などない程、リーレイはしっかりとしていた。

 タルキル達の事情を知りながらも「できない」としかと告げ、代わりに出来る手を考えた。代わりを考えられるのはリーレイだからだ。俺達にはできない。


 それに…


「なんかリーレイ様。ランサ様の助けにって、直属隊にも負けない意思ですね」


直属隊おまえたちとは違う。愛情と言え」


 俺はリーレイを騎士にするつもりなどないぞ。

 せっかく思い出して嬉しさを感じていたのに、バールートに水を差された。


 不満を視線にしてぶつけるが、バールートは「愛情ってすごいですね」と普段通りだ。

 そんなバールートからリーレイに視線を移した。


 もしも、リーレイが俺達に泣いて彼らの入国を乞うのなら、俺はもう砦への出入りはさせられないと思っていた。

 騎士への士気にも関わる上、リーレイが今後何か問題を起こしかねない危険があるからだ。この考えが可能性としてあまりにも低いとは解っていた。


 リーレイは騎士達にも好意的に受け入れられている。

 馬も剣もこなすリーレイはそれらに関心があるし、騎士達にも楽し気に聞いて回る。そんな令嬢らしくない一面が、平民が多い直属隊には親近感を抱かせ、貴族が混じる国境警備隊には新鮮に映る。

 そして何より、リーレイは強い。実力主義である辺境騎士団では、それだけで好感が湧く。「女なのに…」と言う者が出ないのは、直属隊始め実力ある女性騎士もいるからだ。


 それは俺にとっても微笑ましくもある。…時には近すぎる騎士が少々以上に気に障るが。

 だが、だからこそリーレイには自由な出入りを認めた。…ヴァンを引き入れる口実にもなったしな。


 ヴィルドの提案を受けたのはそういう一面もあったからだ。

 俺は思案を胸にヴィルドを見る。


「風紀に問題はなさそうか?」


「そうですね…。まぁ問題は起こさないでしょう。問題があるとすれば、貴方が砦でだらしのない顔をしないかという点ですね」


「しないししていない」


 お前には俺がどう見えているんだ。

 バールート、お前も「あー…」と心当たりがあるような声を出すな。


 さすがに俺もため息がもれた。


 ヴィルドは真面目だ。よく仕事にも取り組んでくれている。

 真剣に国境警備の事を考え。辺境騎士団の事を考え、そして俺の事を考えてくれている。だからこそ外から来たリーレイには少々厳しい。それは必要な厳しさだ。


 俺達は揺らいではいけない。一瞬でも甘えを見せてはいけない。

 一歩を間違えれば国を危うくさせる。


 ヴィルドはリーレイを嫌っていない。嫌いならば話しかける事もこういう風に試そうともしない。問答無用で「出入り禁止を」と俺に提言してくる。


 ヴィルドが嫌う人間は分かり易い。

 国境警備及び辺境騎士団の風紀を乱す者。不真面目、怠惰、規律を守らない。そういう奴らだ。


 そういう者がいると、いつもは動じない表情が珍しく歪む。先の離反者に向けた目も、最早ゴミを見るような目だった。

 そういう時と心底疲労している時だけは表情が変わるから、俺は苦笑うしかない。


 つらつらと考えていると、視線の先で動きがあった。


「分かった! これで探してみるっ」


「うん。これがお母さんの薬になる事…私も願ってる」


「うん…。姉ちゃん、本当にありがとう。姉ちゃんだけだ。こんなにしてくれたの。本当にありがとう!」


 タルキルとスルルは、揃って表情を明るくさせていた。俺達にはさせられない笑顔だ。

 リーレイはその笑みを見て、安心したような祈るような顔をしていた。






 タルキルとスルルを関所まで連れ帰り、二人はそのまま関所からカランサ国側へと帰って行った。

 リーレイはタルキルとスルルに手を振って見送る。


 俺は少々呆れに似たため息を吐いた。

 カランサ国の関所は随分と出て行く者に緩い。入る者にまで緩いなら国として問題だな。…それか、タルキルが関所を通って出て来ていないだけか。


 タルキル達に向いていたリーレイの視線が俺を見る。


「ランサ。ありがとう。許可をくれて」


「リーレイの意見に助けられたのはこちらだ。ありがとう」


 リーレイはただタルキル達の母の助けになっただけじゃなく、将来的にも使える知識をあの子達に与えたのだ。

 それはきっと、彼らにとっても力になる。


 そんな事をしてくれたリーレイに、俺はそっとその頬に手を添える。

 少し照れくさそうな顔をするリーレイに自然と口端が上がるが、俺は一つ言わなければならないことがある。


「リーレイ。一つ訂正しよう」


「なに?」


 コテンと首を傾げながらもその目はまっすぐ俺を見ている。

 だから俺も、リーレイをまっすぐ見つめた。


「リーレイは「自分には何の力もない」と言ったが、それは違う。リーレイには俺の婚約者という力がある。これは他の誰も持っていない、リーレイだけの力だ」


「それは…ランサの力でしょう? 私のものじゃないよ…」


「いや。リーレイの力だ。もしも必要な時は、その力を遠慮なく使ってくれ」


 確かに俺の立場に裏付けされた力だ。だが、これは誰もかれもが持っているものではない。

 そして、決してこれは無力ではない。


 何かあった時、リーレイと俺の責任によって行使する事ができる。


「俺は、この力はリーレイにしか与えない。時には重く感じるかもしれない。だがそんな時は俺が支えよう。だからどうか、リーレイも手放さないでくれ」


「……うん。分かった。ありがとう、ランサ」


「では、砦に戻ろう」


「うん」


 嬉しそうに俺に向けてくれる笑み。それだけで俺の心には光が生まれ、ぬくもりをくれる。

 それをくれたのは、リーレイ。君だけだ。






 ♦*♦*




 ひとまず解決は出来たみたいだけど、私には他にも気になる事がある。


 ランサに連れられて入った砦にある執務室。ヴァンとヴィルドさんとも一緒に戻って来た。

 けど、部屋に入ってすぐ、私は後ろからぎゅっとランサに抱きこまれた。


「っ、ランサ…!?」


「ん」


「ん、じゃなくて!」


 きゅっとくっ付いたぬくもりが背中で熱い。首元に回った手が放してくれない強さを感じさせる。

 けど、心臓が跳ねて仕方ないし、覆いかぶさるような体温が余計に恥ずかしくなる。


 でも、このぬくもりが少し心に安心や喜びをくれる。

 自覚してしまうと余計に恥ずかしくて、知られたくないと思ってしまう。


 でもそれはあくまで二人ならの場合で! 今ここにはヴァンもヴィルドさんもいるから!


 ランサの腕をパシパシと叩くとやっと放してくれた。放してくれても体は熱い。

 そんな私の手を引いて、ランサはソファに腰を下ろした。隣に座った私にランサは優しい声で伝えてくれた。


「事の間は触れるなと、ヴィルドに釘を刺されていたんだ。傍に居るのに触れられないのは…思っていたより試練だな…。余計に触れたい感情が出てしまう…」


「そうな……うん?」


「いや大丈夫だ。ゆっくり俺を意識してもらえるよう努める。驚かせてすまない、リーレイ」


 …うん。何だろう今のは。流していいのか分からない内容がさらっと出たような。これは問わない方がいいのかな?


 私と違ってランサは恋情も思うままに伝えてくれる。

 私は生憎これまで無縁だったせいか、歳に合わない子供じみた反応をしていると思う。だから時々何て言っていいのか分からない事がある。


 ランサは私を振り向かせると言うけれど、私はもう……。

 ドクンッと一度、心臓が強く脈打った気がした。


「ランサ…その…」


「うん?」


「その……どうして私に任せてくれたの?」


 違う! そうだけど言いたいのはそれじゃない!

 頭の中で私は私を叩く。


「リーレイに国境警備の意識と覚悟を持ってほしかった。ヴィルドからの提案だったんだが、心配は何もなかった」


「ヴィルドさんの?」


 これには少し驚いてヴィルドさんを見るけど、ヴィルドさんは変わらない表情をしていた。

 書類を手に淡々と仕事をしていたようで、少し申し訳なくなってしまう。


「えぇ。ランサ様の婚約者とて、決して無関係ではありませんから」


 それは確かに…。

 私が今回した提案も、必然ランサの責任になる。


 ランサは色んなものを背負っていて、それはとても重くて。

 私はそんなランサの婚約者。それに何より、私も力になりたいと思ってる。


「そうだったんですか。私はどう見られたのでしょうか」


「話にならないと切って捨てる事はありませんでした。これからも毅然とお願いします」


「はい」


 国境警備、関所の務めは責任重大だ。それを今回肌で感じた。

 その機会をくれた事にとても感謝してる。


「そういえば、タルキルが持って来た石はどうするの?」


「あれは没収だ。ひとまず手は打ったが、効果がなくてまた商売に走る危険がないとも言えないからな」


「そっか…」


 どうかと、願う。

 タルキルとスルルのお母さんが一日も早く良くなる事。薬草がカランサ国でも採れる事。それが効果がある事。

 贅沢な願いだと思うけれど…。


「…リーレイ」


「なに?」


「答えたくなければいいんだが……君の母君は?」


 ランサが少しだけ痛そうに、そして答えを予想しているように私を見る。

 そんな目が私の心に小さな痛みとぬくもりをくれた。


「亡くなったよ。私が五歳の時に病で」


「そうか…」


 母様の顔はもう覚えていない。ただ、優しく穏やかな顔をする人だったように思う。

 そうだった気がするとか、たぶんとか…母様に関する記憶はいつも朧気。でも、一つだけはっきりと覚えていることがある。


 母様の事を想う時、思い出す時、まずそれが思い出される。


「リーレイ」


「!」


 ハッと思考が引き戻された。

 戻った思考と下がっていた視界に、自分の手が見えた。


 ランサの手をぎゅっと掴んでいる、私の手。


「! ごめんっ。痛かった?」


「いや。リーレイから握ってくれるのは嬉しいが、何か考え事か?」


 体ごと向き直ったランサが私を見つめる。

 優しい目。優しい問い。その眼差しに、心のどんよりとした想いがスッと晴れていく。


 父様はこんな時、心配そうな不安そうな目をしていた。それを見ると心が痛んで、そんな顔をさせちゃいけないと思って「大丈夫」だって言い続けた。

 それは本当の気持ち。でも、いくら言っても忘れられない。


「リーレイ…?」


「…ううん。大丈夫」


 ただ少し。ランサの目に。心に。私の心が緩んでしまいそうになって。


 だから少しだけ、その肩にトンッと額を当てるように身を預けた。

 ランサは何も言わず、ただそっと私の頭に手を置いてくれた。


 今も忘れられない母様の記憶。

 いつものように「おやすみ」と言って眠り。翌朝起こしに行けば、まだ眠っていて。「朝だよ」って起こそうと思って触れた手が。いつも温かくて優しかった手が――


 思わず手を引っ込めてしまう程、冷たかった。

 それが、死の冷たさだった。


 あの冷たさを。あの感覚を。私はいまだに忘れられないでいる。






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