33,令嬢なりの答えを出します
一応タルキルに許可を貰ってその石を手に取って見る。
これ自体に価値があるかは正直怪しい。無い可能性が高いと思う。
でも、鉱石の一種なら価値が出るかもしれない。それはまた調べないといけないから、その分価値を証明するために手間もお金もかかる。
多分タルキルはそこまで考える事はできてない。
私の隣でヴァンもひょいと石を覗き込む。
「色は綺麗ですけどね。お嬢はどう見ます?」
「磨いたら綺麗になると思うけど…。安易に手に入る物は価値を低く見られもするから…。磨いてないから店の物とは比べられないかな」
「流石、衣裳店金番」
いや。お金の管理をさせてもらっていただけで、宝石類はあまり見てないから…。アンさんに色々見せてもらったけど、私にはさっぱりだったし。
装飾品は縁がないな…って思ったのはあの時だった。
少し懐かしくもなってしまうけど、すぐに思考を戻す。
ランサがタルキル達を通せない理由は分かった。国を跨いで商売をする場合は手形が必要になる。この子達はそれを持っていないから、ランサ達も通す事は出来ない。
「二人の家は国境に近いの?」
「うん」
二人は石を集めて、何度も何日もかけて国境を渡る。そしてもう何度も追い返されているのに、それでもやって来る。
何度もやって来るタルキルと、何度も追い返すランサ達。想像して胸が痛んだ。
タルキルはお母さんの為にしている。それは褒めてあげたい。
でも……
「お嬢」
ヴァンに呼ばれてハッとなった。いつの間にか噛んでいた唇が痛かった。
呼んでくれたヴァンはじっと私を見ていた。いつもの気だるそうな目に少しだけ心配するような色が見えて、私はなんとか笑みを浮かべ返した。
それを見たヴァンは、まるでやれやれっていうようにそっと瞼を下ろした。
「タルキル。これはカランサ国では売れないの?」
「村から町に行くまではここへ来るよりずっと遠いし…。他にも石採ってる人いるから、シャグリット国の方が珍しいって思って買ってくれるかなって」
言いながらタルキルはキュッと唇を噛んだ。
「俺が小っちゃい頃に戦があって、それで村の男も…父ちゃんも…出て行って死んじゃって…。だから…俺がなんとかしないと…」
胸の痛む言葉だった。
タルキルが言うのはきっと五年前の戦だろう。タルキルが暮らす村が国境に近いのなら、徴兵されて村の男達も参戦する羽目になったのかもしれない。
あの戦は王位争いの延長とはいえ、混乱する国内で覇権を握ろうとする王族や貴族が多くの国民を巻き込んだ。
「あの戦は、カランサ国が「シャグリット国が国内の混乱を利用して攻め入ろうとしている」という、でっち上げの大義名分を掲げていましたからね」
「防衛の強化はしましたけど、そんな意思これっぽっちも王家にもなかったんですけどねぇ…」
ヴィルドさんやバールートさんがため息交じりに呟いた。
元々、シャグリット国とカランサ国は度々睨み合って衝突もしていた。
カランサ国の軍部の強硬派が、混乱に乗じて攻め入ろうとしてもおかしくはない。それをしても、余計に国を困窮させ民を苦しめるのに…。本当にシャグリット国に攻め入られればどうしたんだろう…。でっち上げの大義名分は正当化され、軍部を掌握して勝利を勝ち取ったんだろうか。そうなれば確かに王位争いも決着がすぐに着いたかもしれないけど。
そんな王家や貴族の私欲に巻きこまれて、タルキルとスルルの父親は亡くなった。
タルキルが必死になる理由も分かる。このままじゃ母親も危ないかもしれない。だけど、彼らの商売を認める事は出来ない。
「頼むよ姉ちゃん! どうしても金が要るんだ!」
私個人が持っているお金は本当に微々たるものだけど、あげられるならあげたい。でも、それは出来ない理由がある。
事情を知った以上、何か考えたい。
ランサにも騎士達にもできない。彼らには国境を守る大切な役目があるから。
でも私は違う。ランサや騎士達の迷惑にならない、私にしか出せない意見を求められている。
私ならどうする。どんな手を打つ。
必要なのはお金。それは薬と医者の為に……。
「タルキル。ごめん。私もここを通す事は認められないと思う」
私をまっすぐ見る目に告げると、その目が少しだけ揺れた。キュッと唇を噛んで視線を下げる。ひどく傷ついた表情をしてぎゅっと拳を握りしめた。
そんな兄をスルルは心配そうに見つめている。
「ただ、教えて欲しい事があるの」
そっとタルキルの肩に手を置いた。
下がっていた視線はゆっくりと私を見る。でも傷ついている様子は変わらない。
「……もういいよ。どうせ姉ちゃんも同じ…」
「お医者は呼べないけど、薬はなんとかなるかもしれない」
「え……」
ただ、あくまでこれは私の意見であって、ランサが承認するか否かによる。
私はそれは言わずに、ランサの元へ足を向けた。
「ランサ。私なりの答えを出した」
「聞こう」
ランサはまっすぐ私を見てくれる。
この答えがランサにどういう感情を抱かせるのか。ランサがどう答えを出すのか私には分からない。
だけど、ランサはまずはきちんと聞いてくれると、私は知ってる。
「タルキル達が商売をするための入国は、私も認められないと思う。国境警備に殉ずる者は通行者から金品を受け取る事も与える事もしてはならない決まりで、私も準ずる立場だと思う」
だから私は、タルキル達にお金も薬も与えられない。
将軍の婚約者がそんな事をしてしまえば、それは将軍の責任問題になる。この人に物を渡せば甘い対応をしてもらえるなんて、そんな印象を与えてはいけない。
国境警備にも様々な規則があるという事は、私も学んだ。元は直属隊に属していたディーゴも教えてくれた。
「では、リーレイならどうする?」
「薬草の知識を教えられないかな?」
「薬草?」
少し面食らったような表情を見せるのは、ランサだけじゃなくロンザさん達も同じ。
その表情に私は頷いた。
「屋敷の庭にもあるよね? 花だけじゃなくて、薬草になる植物が多く植えてあるってレレックが教えてくれた。その時に聞いたの。国境沿いでも条件はさして変わらないから育ってるって。それなら、タルキル達がカランサ国に戻ってから探せるし、今後の知識にもなって同じ事は起こさない」
辺境伯邸の庭は控えめな花々が植えられているけれど、そのほとんどが薬やリラックスに使う事もできるもの。植物も同じ。
どうしてそんなものが多いのか気になったけど、ツェシャ辺境領で暮らし、ランサにも砦の事や警備の事を教えてもらって、だんだんと理解した。
それに、ティウィル公爵家の領では今、薬学医学の研究が進んでいて、風邪を引きやすいリランも時々お世話になっていた。
そんなこともあって、私は王都に居た頃から、薬草や栄養になるような食べ物には少し関心があった。辺境伯邸に来て時間をかけて植物図鑑を読めるのは嬉しかった。
「商売しないなら、短時間の入国は認められないかな? 私は二人に、『ちょこっと薬草講座』を開きたい」
ランサを見て言うと、ランサは少し考えるように腕を組んで顎に手を当てた。その目はとても真剣だ。
熟考してくれている。私のこの提案はランサにも迷惑をかける事。
だけど。タルキル達に出来る事はこれしか思い浮かばなかった。
出来ないとだけ言って、突き放す事は出来ない。それはランサ達にもできることで、私に求められていることじゃない。
思案するランサの隣で、ヴィルドさんの視線が私に向いた。
「カランサ国国境沿いの村では、男手がなく苦労している人は少なくないでしょう。リーレイ様は、そんな彼らの事情全てを考慮し、今回のような事があれば手を打つつもりですか? それとも…彼らが子供である故の、同情ですか?」
…少しだけ胸がツキリと痛んだ気がした。
何かを言おうとしたバールートさんを、ソルニャンさんとロンザさんが止める。ランサは何も言わずヴィルドさんを一瞥した。
同情。確かに母親の為にと言うタルキルに私は同情した。
「…否定できません。確かに、全ての人に手を差し伸べる事はできないと思います」
全ての人を豊かにできたら、どれだけ良いだろう。
でも、たとえ王でもそれは出来ない。全てに冨は行き渡らない。そんなに簡単じゃない事くらい、私も分かる。
「私には何の力もないし、何も持っていません。でもそんな事、傍から見れば何の理由にもならないでしょう?」
立場があれば何でもできるの? 冨を手にしていれば何でもできるの?
そんな事はないと思う。
全てが叶うなんて、何でも思い通りなんて。そんな事はありはしない。
そんな事が出来るなら、ランサは苦労なく警備ができる。
「まずは、自分が何か動かなきゃ。何か出来るかもしれないって考えないと、誰も何も変わらない。私はランサの婚約者として、ランサが難しい事があるなら一緒に考えるし、私なりに助けになりたい。そのために、やれることをやります」
ランサ達はきっとタルキル達の事情を知っていた。でも手は出せない。
一度でもそうしてしまうと、そこから付け込まれる。次々に人が溢れる。だから毅然と対応する。きっとそれが正しい。
そして、タルキル達も何とかしたくて必死で。変えたくて。
私は私なりの意見を求められている。それはランサ達からは出せないもの。私なりの側面で助けになれる事。
ランサは少し驚いた表情をしていたけれど、やがてフッと口端を上げた。そしてヴィルドさんを一瞥する。視線を向けられたヴィルドさんはやれやれと肩を竦めていた。
「確かに、今後を見通しては悪くない意見ですね。多少なりと村で知識が持てれば、同じ事をする者は減るでしょう」
「あぁ。カランサ国で得るならシャグリット国内で問題にはならない。今後の注意は必要になるが…。ただリーレイ。彼らに教えられる知識はあるか?」
「うん…一応。レレックにも教えてもらったし本も読んだし。後は効果効能とか…」
実際に生えているのを見てちゃんとこれだと分かるかと言われると…だんだんと不安になってくる。植物には似たものでも全く別の種類のものもあるっていうから。
もやもやしてしまう私の傍で、不意にヴァンが声をくれた。
「お嬢。屋敷から本持ってきます?」
「ランサ。いいかな?」
「あぁ。構わない」
「ヴァン、お願い」
許可をもらったヴァンが「了解」ってすぐに室を出て行った。ヴァンならきっとすぐに戻ってくるだろう。
私はランサに周辺の地図を貰って、それを机に置いてタルキル達に向き直った。
「タルキル。スルル。薬草を探そう」
「薬草…?」
「うん。二人のお母さんの不調に少しでも効果があるものがあるかもしれない。お母さんの様子とかも教えて?」
「! うんっ!」
二人の表情はすぐにパッと明るくなった。それを見て私も気を引き締める。
教えてもらった知識を総動員して、少しでも二人の力になれるようにしたい。




