32,令嬢、関所問題解決に挑みます
「ロンザ。リーレイを困らせるな」
「こりゃ失礼」
肩を竦めるランサにもロンザさんは一度だけ笑みをこぼした。そんな二人をちらりと見る。
ロンザさんはあくまで気軽に気さくに接する方みたいで、それはランサにも変わらないみたい。
「先に説明した通りだ。リーレイに代わってくれ」
「了解です」
だけど、しかとランサの言葉に従う様子は、やっぱり将軍に従う騎士の一人だ。
国境警備隊隊長は国境警備隊をまとめる立場にある方。ロンザさんのランサに対する姿勢は、他の国境警備隊の騎士にも手本になり、隊全体の士気にも影響するだろう。
……気さくなのは性格なのかな? それとも何か理由が?
そんな事を考えてしまったけど、ロンザさんも壁際に控えた事で、私は目の前の別の光景に思考が現実に戻された。
目の前の椅子、ロンザさんが座っていた正面に、子供が二人座っていた。
見るからに貧しそうな身なり。日に焼けた肌。一人は十歳にもならないだろう年頃の男の子で、もう一人はもっと幼い女の子。
机には何かが入ってる小さな袋が置かれている。
でも、どうして関所に子供が…?
それにどうして私がここに呼ばれたの?
困惑する私に、ランサはそっと教えてくれた。
「リーレイ。あの子達はすでに三度、今回で四度目になるが、関所を通してくれと来ている。だが、俺達は通す事ができない」
「うん…」
「さすがにこのままにはしておけないが、現状で手は打てない。このままが続くなら俺達も手を打たねばならなくなってくる。その前に…」
皆の視線を感じる。ランサが言いたい事が何となく分かった。
ランサの目が、じっと私を見つめる。
「リーレイならどういう手を打つか、その意見を聞きたい」
ぎゅっと胸元で拳をつくった。
座っている年長の子は私達を睨んでいる。その目を見つめてからランサを、それから控えるロンザさん達を見た。
「皆さんもよろしいんですか?」
「はい」
「確かにリーレイ様なら、俺らとは別の側面から意見を頂けそうですから」
バールートさんもロンザさんも頷いてくれる。それを受けてもう一度ランサを見た。
どうして私にと、思う事はある。少しだけ緊張もする。
だけど、ランサが望むなら応えたい。私の意見が何か少しでも手助けになるなら。私の意見をどう考え判断を下すかは、ランサ自身だけれど。
「分かった。ランサ。あの子達から話を聞いても良い?」
「あぁ」
どうしてか少しだけ口端を上げたランサが、そっと私の背を押してくれる。それはとても心強い。
ヴァンも傍に立って、私は子供達の前に座った。睨むような視線をじっと受ける。
後ろにいるランサ達の視線も緊張と安心をくれて、心は不思議と落ち着いていた。
室内はとても静かになって、些細な音も耳に届きそう。
「こんにちは。私はリーレイ。君達の名前を聞いても良いかな?」
「…タルキル。こっちは妹のスルル」
少し不機嫌そうな声だけどちゃんと返ってきた。
それに少しだけホッとする。会話も拒絶されてしまうと話もできなくなるけど、この子達とはまだ話をすることが出来る。
二人は兄妹みたい。揃って少し疲れているみたいだけど、その目はしっかりとした光を持っている。
「二人はカランサ国から来たの?」
「そうだよ」
「何かシャグリット国に用事?」
「商売」
…商売?
思わぬ答えに驚いたのはヴァンも同じだったみたいで、隣から「ん?」って思わず零れた音が届いた。だけどそれには答えずに私は二人を見る。
二人は商人…には見えないし、子供だけの商隊はまずない。責任者である大人がいるはず。
だけどランサ達が止めたのは二人だけ。
「…商売の為に来るには通行手形がいるけど、それは持ってる?」
……答えは返ってこない。それが答えみたい。
それなら当然、ランサ達も関所を通す事は出来ない。
タルキルは少し不機嫌そうな表情を浮かべてしまった。兄のそんな表情を見たスルルが不安そうに顔を歪める。
「関所を通りたい理由を教えてくれる?」
「教えたら通してくれるの?」
「分からない。…ここの人達は理由なく止めたりしないから」
「じゃあアンタもそいつらと一緒だ!」
バンッと机を叩いた大きな音が室に響いた。吐き出された大きな声にはスルルがビクリと肩を跳ねさせ、その目に涙を浮かばせた。
涙目の妹に袖を引かれ、タルキルはすぐに謝るようにスルルの頭に手を置いた。
「ごめんスルル。びっくりさせたな」
「ふぇっ…」
ぽろりと涙が頬をこぼれる。
スルルの手が目許を擦るのを見て、私はすぐにハンカチを取り出してスルルの傍に膝を折った。
そっと目許にハンカチを当てる。
「擦っちゃ駄目よ。そっと拭こうね」
そっとそっと拭っていけばスルルの涙も止まる。良かった。
小さい時、私はよくこうしてリランの涙を拭った。リランが一番泣いていたのは母様が亡くなった頃で、そんなリランを見てると私まで泣いちゃいけないって思えて。
あの頃は、いつも穏やかな父様も流石に沈んでいたから。私まで泣くと家がもっと暗くなるから。せめて私は笑っていないとと思って…。
泣き止んだスルルを見て少し昔を思い出していると、タルキルがぷいっと視線を逸らした。
「タルキルはどうしてスルルを連れて来たの? 長かったでしょう?」
「…スルルが……一緒に行くって……聞かないから…」
なんだ。タルキルは優しいお兄ちゃんなんだ。
長い道のりを大変だと分かっていて。でも妹の頼みに否は言えなくて。絶対に連れて行かないという選択もできたはずなのに。
スルルの頭を撫でてあげると、ニコリと笑みを浮かべる。嬉しそうな無邪気な笑みは私も笑顔にさせてくれる。
「分かる分かる。コイツ絶対引かねぇなって分かるから仕方なくってやつ。分かるわうん」
「どうしてヴァンまで頷くのかな?」
私の後ろで腕を組んで深々と頷いてるヴァン。
誰かにそんな目に遭わされた経験でもあるのかな?
「…兄ちゃんも妹いんの?」
「いや。妹っつーか、走り回って馬乗りこなして人を無理やり振り回すっていう主が…」
「ヴァンその口閉じようか」
一体いつ誰がそんな事したのかな? 君嫌な時は是が非でも動こうとしない人でしょう。
王都に居た時にそんな覚えないし、ツェシャ辺境領に来てからもそんな覚えないけどっ!
思わずムッとしてヴァンを睨むけど「何か間違ってます?」ってケラケラ笑う。そんなヴァンと同じように、室内にコロコロと笑うスルルの楽しそうな声が響いた。
その笑顔を見て肩を竦めた。仕方ない。今はヴァンも許してあげよう。
スルルの頭を撫でて、私は改めてタルキルへ視線を向けた。
「タルキル。訳を教えてくれないかな?」
タルキルの目にはさっきまでの睨む鋭さはない。一度スルルを見て、そしてまた私を見た。
キュッと眉を寄せていたけど、その力が不意に弱まった。
「…金が欲しいんだ。金がないと…薬も医者も頼めないから」
「病人がいるの?」
「病気じゃないけど…母ちゃん。疲れてて、しんどそうで…ちょっと熱もあるみたいだし…。……ウチは貧しいから、薬も買えないし、医者も呼べない…」
成程。それで商売をしたいって国境を越えて来たんだね。
事情は分かった。
「だけど、そのお金はどうやって得るつもりなの?」
まさか盗みを働くわけじゃないでしょう?
疑問を持つ私に、タルキルは机の上に置いてあった袋を指差した。
私もそれを見て立ち上がる。タルキルは机の上に袋の中身を出してくれた。バラバラと音をたてて袋の中身が出て来る。
それを私とヴァンは揃って見つめた。
中から出てきたのは、大きさも色もバラバラの石だった。
緑や青、黄色、それに真っ黒な石まで色々ある。澄んだ綺麗な物から少しくすんでいる物まで。
「これは…?」
「これを売ろうと思った。ウチからちょっと行った山で採れるから」
「価値があるの?」
「分かんない」
その即答振りに、私とヴァンは「なんじゃそりゃ」ってずっこけた。




