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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
接近編

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29/258

29,令嬢は警備について学びます

 翌日もまた、ランサは私を砦に連れて行ってくれた。

 執務の合間を縫って私を外に連れ出して、一緒に鍛錬する騎士達を見る。


「リーレイは、国境の警備やその仕組みはどれくらい知っている?」


「まず、国境警備は二つの隊が担ってる。辺境伯直属隊と、騎士団から派遣される国境警備隊。両隊は辺境騎士団とも呼ばれていて、国境を守ってくれる頼もしい騎士達。辺境騎士団をまとめているのが、辺境伯である『将軍』」


「そうだ」


 この地へ来るまでにも私は少し勉強した。それに、来てからも皆に教えてもらった。ちゃんと頭に入ってる。


 鍛錬場には、二種類の隊服を着る騎士達がいる。

 一つは辺境伯直属隊の隊服。色は黒を基調にしていて、上着の裾が少し長いものと通常長さのものがあるみたいで、人によって違うけど、その見た目やデザインは同じ。バール―トさんは裾が長い上着を着てる。ちゃんと邪魔にならないようにはされてるみたい。

 もう一つは、王都の騎士団と同じ隊服を着る国境警備隊。色は紺色みたい。見た目で違うのが分かる。

 ちなみに、ランサの隊服は直属隊と同じ。だけど上着のデザインが少し違うみたい。


「所属がどちらでも、俺達は国を守るという共通の使命を担っている。関所での警備や監察、巡回警備、見張り。他にも町の警備や領内の巡回なんかも役目の一つだ」


「仕事が多いね…」


 鍛錬する騎士達は鍛錬でもとても真剣だ。

 それに、隊服が違えどそんなの関係なく声をかけ合い、真剣に剣を交えている。この地は彼らのおかげで守られている。


「直属隊と警備隊。どういう風にここへ入るの?」


「国境警備隊は、本人の意向と実力を騎士団長や元帥が判断する。本人が望んでも通らない、というのはよくある話だ。ここは実力が重視されるからな。派遣という形で、一応は三年と任期が決まっている」


 危険の多い国境の警備。派遣を決める騎士団長達も慎重だろうと思う。

 派遣だから任期があるのはおかしくない。でも…


「セデクさんはもう十年だって…」


「あぁ。任期を終える前に騎士団長と俺に再任願いを出し、それが認可され続けている。本人が望み実力もある、そして対人関係も良好なら拒む理由もないからな。案外そういう者が多い」


「そうなんだ。……四年くらい前から希望者増えた?」


「……増えた」


 こっそり聞いてみればランサの何とも言い難い表情が返ってきて、思わずクスリと笑ってしまった。


 ミンドさんのように派遣を望んだ人も多いんだろうな。その分、要望が通らなかった人も多いだろうけど。きっと皆、ランサの下で剣を振ってみたかったんだろう。

 ランサはあんまり自分の功績を誇る人ではないから、そういう人には何とも言えないんだろうけど…。


 三年という長くも短くもない時間をこの地で過ごし、それでも危険なこの地での仕事を選んだ。再任を望んだ騎士達にとって、それだけの価値がある、やりがいがある仕事なんだろう。

 本当に、凄い人達だ。


「直属隊は?」


「直接、直属隊への門を叩きに来た者達だ。王都で学んだ者もいるが、剣を持った事のある者は少ない。だからここで一から鍛えている」


「ここで?」


 ランサは頷くと、私の手を引いて歩き出す。


 向かう先は私もまだ行った事がない場所。何かあればすぐに出動できる鍛錬場とは別にある訓練場。

 近付くにつれ、「えいっ、えいっ」って掛け声が聞こえる。


 砦には、見張り台や厩は勿論、奥に行けば騎士達の寮もある。意外と砦の敷地は広い。

 そんな中を歩いて連れて行かれた先で、私は目の前の光景に目を瞠った。


 揃って木剣を振る人達がいた。

 十代半ばから後半の子が目立つけれど、年齢は上の方もいるみたい。指導しているらしい騎士の姿もある。


「彼らは…?」


「直属隊候補生達だ。入りたいとやって来た者は、まずここで騎士になる為の訓練を受ける。一から鍛えるから、恐らく騎士団よりも厳しい鍛錬だ。潜り抜けた僅かな者達が直属隊として騎士になれる」


「一握り…」


「あぁ。かなり厳しい。厳しい鍛錬を受けるからこそ、見習いでも恐らく騎士団とは実力が違うぞ?」


 今鍛錬をしてるのはざっと見て数十名。この中から僅かな人数だけが選ばれる厳しい世界。

 そして騎士になり、ランサの下で国境を、国を守る役目を担う。


 すでに真剣な眼差しを見せていて、騎士と言われても頷けそうだけど…。そう思って後ろにいるヴァンを見る。

 ちらりと視線が合うと、私が聞きたい事はすぐに伝わったみたい。


「俺も騎士団の方は詳しく知りませんけど。確かに見てる限り、こっちは騎士でも士官候補でもいけそうで……あぁ悪夢が…」


「ごめん忘れて」


 ヴァンに騎士団の事聞いちゃ駄目だった。気を付けよう。


 木剣を振っている一同を指導していた騎士は、ランサに気付き鍛錬を一旦止めた。すると候補生達もランサを見てぱっと表情を明るくさせる。

 流れている汗が日の光に煌めていた。


 鍛錬に励む姿を見て、ランサは注目を浴びながらも動揺すら見せない。


「邪魔をしてすまない。皆よく鍛錬に励んでいるな。これからもその調子で頼む」


「「はいっ!」」


「紹介する。彼女は俺の婚約者、リーレイだ」


「リーレイです。皆様が直属隊騎士を目指し鍛錬なさっていると聞き、敬意を抱くばかりです。ランサ様の為、国の為、私も皆様と共に頑張ります」


「「ありがとうございます!」」


 騎士ではないけれど私も鍛錬する身だ。支えたい人がいるのはきっと一緒なのだと思う。


 ランサは指導している騎士に後を任せると、また私の手を引いて元の鍛錬場へ歩き出す。

 隣にと引いてくれる手に嬉しさを感じながら、私はランサに聞いてみる。


「前に転属の話があったよね? あれは認められてるの?」


 辺境伯直属隊は、力を持ちすぎないようにと制約が付けられている。

 それを考えると、騎士団からの異動には問題があるように思うのだけど…。以前の話じゃ異動希望者が結構出てるみたいだったし…。


 私の問いに、ランサは少々困ったように眉を下げた。


「本人が希望すればな。制約が絡んでくるから誰にでもは認められない」


「制約にはどんなものがあるの?」


「人数制限や他領での行動制限、騎士団からの無理な引き抜きや勧誘の禁止。両属の禁止。当然領民への乱暴や略奪の禁止。他にも細かなものも幾つか」


 成程。力を持ちすぎないようにとされているから、確かに頷ける制約だ。

 辺境伯直属隊が大きくなりすぎれば、騎士団でも手に負えなくなるし、敵になってしまうと厄介だから。…これは多分、歴史でそれが起こったからだろう。


 武を誇っていた家が国を裏切り、逆に同じように武に秀でていた家が国を守った皮肉な歴史。

 今の辺境伯家を「特別」へと位置付けた歴史。


「でも、転属はその…引き抜きにはならないの?」


「あぁ。引き抜いて所属が変わったところで、待遇も一切変わらないから引き抜く意味はない。転属を望む者は、まず騎士団長と国境警備隊長にその旨を伝える。同時に引き抜きや勧誘の有無が調べられる」


「ランサはそれを知ってるの?」


「知らない。俺が知らされるのは問題が無いと判断された後、騎士団長からの連絡でだ。俺はそこから直属隊の制約に照らし合わせ、判断する」


 なんとも難しくて時間がかかる手続きだ。でも、それくらい慎重にしなければならないのも理解できる。


「冗談話のようにする事はあるが、制約に抵触するような事案は、拷問紛いの事をしたり本人の精神状態に影響を与えるような詰め寄りだ。直属隊がそこまでする理由はないし、それが見つかれば即除隊になる」


 さらっと物騒な単語が聞こえたけど…。さすがにそこまでになれば他の隊員達が気付くし、何よりランサが気付くだろう。


「それに、引き抜いたところで、そいつが直属隊に入れるかどうかは分からない」


「そうなの? 国境警備隊で実力があって、制約と照らし合わせて問題なければ入れるものじゃないの?」


 てっきりそういう判断だから引き抜きがあるのかと思っていた。

 少し驚いてランサを見ると、「違う」と笑み混じりに否定された。


「リーレイ。直属隊と国境警備隊。一番の違いは何だと思う?」


「一番の違い?」


 何だろう。少し考えてみる。


 実力は多分大きな差はないと思う。一から厳しい鍛錬をしている直属隊は勿論強いし、国境警備に派遣される騎士だって同じはず。

 役目に対する心意気? でもそれも、派遣を志願した騎士も直接直属隊の門を叩いた人達も、あまり変わらないような気がする。

 年齢や性別にも差は無さそうだし…。


「成程。俺は分かりました」


「え…」


 ヴァンがどうしてか納得の表情をしてる。

 私はまだ分からない。うーん。一番の違い。違い…。


 考える私の視線の先では、鍛錬場で鍛錬している騎士達がいる。

 ソルニャンさんとバールートさんが手合わせしてるみたい。ソルニャンさんは元は国境警備隊だった方だ。バールートさんは直属隊の騎士。


 所属を変えたソルニャンさん。バールートさんはランサの名声を嬉しそうな顔で聞いていた。


「……ランサの下で剣を振りたいって事?」


 私が出した答えにランサは困ったような、でも少し嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その隣でヴァンはどうしてか口端を上げている。


「どうしてか、俺の下でと、俺について行くと言う者がいるんだ。直属隊はそういう集まりだ。物好き達で俺には全く分からん」


「…そっか。王都騎士団である国境警備隊の主君は、あくまで国であり、王家だものね。直属隊の主君はランサだから…。ランサについて行く…。それ、少し分かるかもしれない」


「そうか?」


 ランサは本気で分からないって顔をしてる。


 二つの隊、違うのはランサを見る目だ。

 国境警備隊は、憧れや尊敬の混ざった上官に対する目をする。でも直属隊は違う。憧れや尊敬は勿論、生き生きとした嬉しさを光にしている。


 この人と共に行くと。共に戦えるのは誇りだと。


 私はちらりとヴァンを見た。

 一度だけヴァンも同じ事を私に言ってくれた。


『俺の主は貴女ですから。リーレイ様』


 だからヴァンは一足先に解ったんだろう。

 この機会だ。聞いてみよう。そう思って私はランサからヴァンに向き合う。


「ヴァン。前に言ってたけど、私はヴァンの「主」なんて大層な人間じゃないよ。どうして、そこまで言ってくれるの?」


「え。そんな事?」


 そんな事って…。聞いておいてなんだけどガクリと力が抜けた。

 目の前のヴァンはキョトンとした目で私を見てる。


「お嬢はもう十年近く前から主ですけど?」


「そうだったの!? しっ、知らないよそんな事っ」


 さらっと衝撃の事実を暴露されて慌てる。

 オロオロするのは私だけみたいで「そうだったのか」「そうなんです」とランサとヴァンは平然としてる。私が変なのかな?


 そんな私にヴァンはケラケラと笑っていた。


「いいんですよ。お嬢はそのままで。だから俺の主なんです」


「? よく分からない…」


「んじゃ一つ。お嬢は俺に主だって言われて、嫌だって思いました?」


「? 思ってないよ? そんな御大層な人じゃないとは思ったけど…」


「んじゃいいです」


 何がいいの? 全然分からない。

 首を傾げる私にヴァンは笑うばかり。


 ヴァンがいいのなら私はいいけど…。

 なんだかヴァンは時々不思議で、よく分からない。でも嫌な事は顔に出るからすぐ分かるし、そうじゃないならいいんだろうなってなんとなく思う。


「…ヴァンの気持ちが分からない」


「大丈夫です。俺は分かってるんで」


 そりゃ本人だもん。


「リーレイにも分からないヴァンの事があるのか」


「ある。でも、ヴァンはすぐ顔に出るから分かり易いところもあるよね」


「それは俺も思った」


「スッと伝わってるようで良かったですー」


 思わずランサと一緒になって笑ってしまった。

 笑みを浮かべたまま、またランサに手を引かれる。「こっちだ」って案内してくれる後に続くと街道に出た。


 今行き交う人の姿はない。ランサはその中を関所に向かって進む。

 砦に来てから関所には行った事は無い。これが初めて。


 関所は大口を開けるように建っている。その脇には騎士が立っていて、中にも騎士がいる。

 全員、ランサを見るとピシっと礼をした。ランサもそれに手を上げて応じる。


「リーレイ。関所では通行人や荷の検分を行う。不審人物、それに持ち込みが許可されていない物がないかなどを調べる」


「怪しかったら?」


「通行は許可出来ない。カランサ国の者なら向こうの砦へ伝令を送る。物は没収だ」


 その見極めも大変だ。


 国同士は勿論交易を行っているけれど、商隊の行き来もある。商隊には国から通行手形が発行される。商隊の多くは大きな商会を後ろ盾にしているから、問題を起こせば商会へも影響が出る。

 それに国同士の間には、持ち込み禁止や持ち出し禁止の物もある。動物や貴重な植物、危険な薬物、金銀などなど。

 関所を預かる騎士達はそれらを検分しなければならない。ここにも大変な仕事があった。


「皆様、毎日ご苦労様です。国を守って下さりありがとうございます」


「「いえ。仕事ですので!」」


 そう言って、騎士達は笑顔を浮かべる。

 もっと物々しい空気かと思ってたけど、思ったより友好的で少しホッとした。


 ランサに手を引かれ関所を抜ける。

 関所の先に広がるのは広大な国土。関所から伸びている街道。だけど周囲に森はなくただただ草原が広がっていて、よく見ればその草原も草の生えていない所がある。


 そんな草原のずっと先をランサは指差した。


「ここをずっと進めば低い柵がある。そこが国境だ。それより先にカランサ国側の砦がある」


「ちなみに距離はどれくらいあるんですか?」


「およそ二日。休まず馬を走らせれば一日かからないが、伝令ぐらいしか走らないな」


 ヴァンもじっと国境の方を見ている。

 私も同じように見つめた。この先が戦場になった場所なんだと思うと、少しだけ胸が痛んだ。

 その痛みをそっと胸に仕舞い、ランサを見る。


「国境までって距離があるんだね…」


「いやお嬢。関所出てすぐ国境じゃ戦えませんよ。相手が国境破って侵入して来たぞ、ってなったら即戦になります。準備も迎え撃ちも出来ません」


「ご…ごもっともでした」


 これは私がいけない。

 そうだよね。関所出てすぐが戦場じゃ町の皆も穏やかじゃない。


 私の不甲斐ない思考にもランサはクスリと笑う。「ごめん」と謝ると「いや」って許してくれる。

 情けない…。もっとちゃんと勉強しないと。

 そう思ってフルフルと頭を振る。


 五年前に戦が起こったとは思えないくらい、今の目の前の風景は穏やかだ。

 だけどそれは、シャグリット国側が勝利を収め、ランサやローレン王太子殿下が復興に力を尽くしたから。負けたカランサ国側はきっとこちらより酷い有様になっただろう。


「ねぇランサ。前にバールートさんが、カランサ国側の砦に攻め込んだ時のランサが語り継がれて…」


「それは忘れてくれ」


 食い気味に遮られた。


 カランサ国側の砦があるって聞いて、前に話に出たのを思い出してしまった。

 ヴァンも興味あり気にしてたから。私も少し気にはなったけど…。


 だけど、ランサは少し額に手を当ててしまった。聞かれたくない事だったんだろう。軽率な事をしてしまった…。


「えっと……ごめんなさい。言われたくなかったね」


「いや…。俺はあくまで相手の拠点を落とすため、短期決戦で攻めただけなんだ。参戦した部下は何かと言うが、そんなつもりは一切なく…」


「それだけランサが凄かったって事かな?」


 一体どんなものだったのかなとは思うけど、これ以上聞くのはやめよう。

 ランサはツェシャ辺境領の事を色々教えてくれるけど、あまり戦の事は話したくないみたいだし。


 それにきっと、ランサは戦を長引かせないために必死だったんだと思う。騎士達の為にも。領民の為にも。

 だからこそ、戦は半月で終結させられた。


「砦が拠点になってたんですか?」


「あぁ。だが、こちらが攻めた時に向こうの主要首級が数名逃亡していてな。後を追って少々長引いた。結局逃がした者もいる」


「…だからランサ様は依然警戒を緩めないと?」


 少し真剣な声音のヴァンに、ランサは同じように真剣な目を返した。


 それを見て私も少し背筋が震えた。

 敗北を味わった相手が、まだこちらを狙っているかもしれない。


 震える私の手に力を籠めたランサは、そっとその手を口元に寄せた。

 少し屈んだ目が私をじっと見る。


「大丈夫だリーレイ。また個人戦力で挑んでくるなら返り討ちにする。カランサ国側は今は国内平定に動いていて、少なくとも、五年前の戦や内政の影響で戦をする力はない」


「…うん。でも、気を付けて。私に何かできる事があれば何でも言って」


 何か少しでも、力になれる事があるなら。


 そう思ってランサを見ると、ランサはフッと優しい目をして私を見る。

 そしてグッと引き寄せられるとちゅっと額に唇が落とされた。


「今はこれで充分だ」


 頬に熱が集まったけど、ランサは嬉しそうな余裕そうな笑みを浮かべるばかり。


 驚きと羞恥で少し睨むけど、握る手を離したくないと思ってしまうのだから、どうしようもない。






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