26,羞恥を余裕に変えたいです
ランサの姿はまだ見えないから、私はこの機会に少しセデクさんとミンドさんとお話してみる。騎士達とお話する時間はあまりない。皆さんお忙しいから。
「お二人は、国境警備は長くされているんですか?」
「私は十年以上になります」
「俺はまだ四年です」
…という事は、セデクさんは戦を経験したんだ。その頬に傷痕がある。戦の時のものかな?
逆に、ミンドさんは戦が終わってから辺境領に来たんだ。
色んな人がいて、務める年数にも幅があるみたい。
「王都の騎士団からの派遣は、どういう形で決まるんですか?」
「本人の希望や上官の判断です。必ず通るってものではないですが」
「俺は戦が終わってから、騎士団長に要望書を出してこっちに来たんです。戦が終わってから来た奴は大体ランサ様に会ってみたいとか、憧れとかですよ。んでこっち来て打ちのめされてます」
打ちのめされる? 何で?
戦があって、ランサは『闘将』と呼ばれて一躍注目の的だった。それは王都に居た私も知っている。
騎士に憧れる子供だって多くなって、騎士達も同じだったのかもしれない。だからツェシャ辺境領に派遣されるのを望んだとしても、それは何となく分かる。
私が首を捻ると、聞いていたバールートさんとエレンさんがクスクスと笑った。思わず二人を見ると教えてくれた。
「こっちに来た騎士のほぼ全員が、ランサ様の鍛錬に潰されてますから」
「王都の鍛錬より遥かに地獄、だそうですよ。私達は元々受けてる鍛錬なので、潰れる事はあまりないですが」
「あ、ないとは言い切らないんですね」
…そういえばエレンさん。ランサの事を話してくれた時、鍛錬も戦場みたいだって言ってくれたっけ。こういう事だったんだ。
でも、そうなるとちょっと気になる。どんな鍛錬なんだろう。
「……ねぇヴァン」
「ヤです」
「まだ何も言ってないよ?」
「絶対ヤです。どうせ「今度見せてもらおうよ」でしょ。ヤです絶対断固拒否」
ヴァンの拒絶がすごい…。そんなに嫌なの? 何で?
確かに普段からやる気のないヴァンだけど、見るだけなら何てことないはずなのに…。
そんなヴァンに、どうしてかバールートさんはニヤニヤって顔して「いつでもいいですよー? 例の件待ってますんで」って言ってる。対するヴァンは、ものすっごく渋いし嫌だって全面で訴えてる顔をしてる。
何の話か分からないけど、来るならヴァンを引き摺って来ないと駄目だって事は分かった。……あんまり嫌がるなら屋敷で待っててもらおう。
「リーレイ様、興味あります?」
「はい少し。でも、流石にそこまでランサに迷惑はかけられないですね……」
「俺が何だ?」
首を傾げたミンドさんに答えているとランサの声が聞こえた。こっちへ来ながら私へ声をかけてくれる。
視線を向けると、すぐにランサは私の傍で止まる。そんな姿を見つめていると、ランサは私を見て「何の話だ?」って首を傾げた。
「…ううん。何でも…」
「今度ランサ様の鍛錬見たいなって話です。リーレイ様興味あるんですって」
「…そうなのか?」
バールートさんがなんでか嬉々としてランサに言ってる。
思わずバールートさんを見ると、何でかヴァンがバールートさんを締め上げん勢いで跳びかかっていた。仲良いのかな?
セデクさんが止めに入ってくれたから、私はそっとランサを見る。ランサもまた私を見ていた。
「リーレイ」
「…ごめんなさい。迷惑になる事、しないから…」
「俺はリーレイの事を知りたいと言った。どうして俺に何でもないと嘘を言うんだ」
「…ごめん」
「リーレイが言ってくれる事。望み。迷惑なんて事は一つもない。リーレイは俺が口にする事を迷惑だと思うか?」
私は謝ってばかりだ。心に思ってる事は我儘ばかりで。
ランサには私なんかよりもずっと重要な役目がある。私は決して、その邪魔だけはしたくない。
役目に誇りを持っているランサだからこそ、私も力になりたいと思う。支えたいと思う。だから、私個人の望みは、どうしても言いづらいと思うし…何より、我儘で振り回したくない。
いつの間にか心にそんな感情が生まれた。でも不思議と逆はない。
「思わないよ。ランサが私に何かを望んでくれるなら、私はそれに応えたい」
私の答えに、ランサは嬉しそうに頬を緩めた。
「ありがとう。リーレイ。それは俺も同じだ。だから言ってくれ。俺は君に、自分の心の中だけで完結させられると、逆に少々不満だ。ちゃんと言葉を交わそう。それが互いの為だと思う」
「……うん。ありがとう」
私もきっと、ランサが役目以外の事で、私に関係がある事を私に何も言わず決めてしまったら、きっと同じように思う。
ちゃんと知る。それにはまず遠慮せず、迷惑もかける心づもりで言葉を交わさなければ。もしも本当に駄目な事なら、ランサはきっとはっきりそう言ってくれる。
言葉を重ねて、ランサの事をもっと知りたい。
私の頬にそっと触れランサは微笑むと、すぐに話を戻した。
「それで、俺に用件は?」
「…もう分かってるよね?」
「いや。リーレイの口から聞いていない」
…そうだけど。もうバールートさんが言ったのにランサは私の口からも聞こうとする。
でも、不思議と安心した。
ランサはいつもそうやって、私を見て、ちゃんと話を聞いてくれる。そういう姿勢に嬉しさを感じるから。
「皆さんに、ランサの鍛錬は厳しいって伺って。一度見てみたいなって…」
「そうか。それなら機会を設けても良いが…別に楽しくはないぞ?」
「でも私、ランサが鍛錬してるところ見た事ないから、見てみたい」
ランサは強い。それは過去の活躍や一度少しだけ見た戦い方から分かった。
子供の頃から剣を振っていたって言ってたけど、どんな鍛錬をしているのか、私も剣を使う身として少し興味がある。
私の言葉に、ランサはどうしてか少し驚いた顔をした。
「…リーレイ」
「だ、駄目ならいいけど…?」
「それはつまり、俺を見に来てくれるのか?」
「……うん?」
側にいたヴァン達がどうしてかススッと後退する。誰も助けてはくれないみたい。
ヴァンの目が「頑張って」って言ってる。自力はまだ鍛えてないんですが…。でも、頑張るしかないみたい。
「……えっと、ランサの鍛錬がどういうものなのかなって…」
「あぁ。俺も指示を出しながら鍛錬はするから、俺も鍛錬する身だ」
「…うん。鍛錬する皆さんとランサを見に…来る事になるのかな…?」
それがランサを見に来る事になるのかな? あれ、ランサの言った事に頷く事になった。でも、ランサも一緒に鍛錬するならそれもそうなるし…。
「…そうか。そうか。分かった。一度と言わずいくらでも機会を設けよう。あまり楽しい時間ではないが、俺も気合が入るし騎士達を鍛えるにはいい時間になる」
「あ、これ俺らも潰れるやつになる」
…ボソリと小さくバールートさんの声が聞こえた気がした。
目の前のランサは隣にいるヴィルドさんの呆れたような表情にも気づかず、なんだか嬉しそう。
「そうだリーレイ。せっかくだから、ヴァンにも少々鍛錬に付き合ってもらいたいんだ。なかなかの腕だから騎士達ともいい鍛錬が出来ると思う。いいだろうか?」
「うん」
「俺を売るな!」
今度ははっきりヴァンの怒声みたいな悲鳴みたいな声が聞こえた。
ヴァンの参加について私が拒否する理由はない。ヴァンは嫌がるだろうけど、偶にやってみるのもいいんじゃないのかな。
「諦めろヴァンさん。一緒に潰れようぜ」
「くそぉ…」
「あ。でも、ヴァンは嫌がるだろうから、無理強いはしないでね。私も勧めてはみるけど、本当に嫌ならやらせたくないし…」
「お嬢よく言った!」
何だろう。離れたヴァン達が賑やかだ。思わず視線を向けると、「そんな気遣いいらないですよ!」ってなんでかバールートさんがこっちを向いて叫んでる。
私は思わず視線を向けたけど、ランサは問題ないって言いたげな笑みを浮かべた。
「分かった。リーレイの言う通りにしよう。腕の良いヴァンの鍛錬をリーレイは見た事があるのか?」
「少し。でもいつも一人だったから…誰かとしてるのは見た事はないかも…」
「見て見たくないか?」
「……見たい。でもヴァンは嫌がるだろうし…」
「例えば、俺とヴァンの手合わせ、なんてどうだ?」
「! 見たいっ!」
何そのとっても魅力的な試合! 想像するだけでワクワクする。
思わず声音も跳ね上がると、ランサも「だろう?」と笑みのまま。
手合わせは怪我の危険もあるから、少しソワソワする。だけどそれと同じくらい凄腕の試合は魅力的だ。
そんな人同士の試合だからこそ見えるものもある。
ランサは強い。その腕を見るまで、私の中で一番優れた武人はヴァンだった。
だから、そんな二人の試合はとても見てみたい。
「リーレイがこんなに楽しみにしてくれているんだ。きっとヴァンも参加してくれる」
「えー……お嬢がせっかく思い直したのにっ…! くそぉ…まだ根に持ってやがる…!」
「これは諦めるしかないですね、ヴァンさん。将軍も一戦で水に流してくれますから」
離れた所でヴァンが蹲って頭を抱えてるのを、エレンさんが慰めてくれていた。その傍ではバールートさんがやったぜと言わんばかりに拳を突き上げている。
なんだか、皆さん揃って賑やかだ。
ランサはそんな皆さんを見ると「戻って来い」とすぐに声をかけた。
それに応じて皆さんが戻ってくる。ヴァンは戻って来ながらもうすでに疲れ切ってるみたいだった。そんな様子に少し心配になる。
「ヴァン。あの…」
「いいですよ別に。面倒ですけど」
やれやれって大きなため息を吐くけど、話は聞こえてたみたいで受け入れてくれたみたい。
本当に嫌なら無理強いはしたくないけど……。
ヴァンはちらりとランサへ視線を向けた。向けられるランサはどこか不敵な笑みを浮かべてる。
「…まぁ確かにそれなら安いし。お嬢じゃなく俺がやるならいいですよ」
「付き合わせるのは今回だけだ。お前とは一度手合わせしてみたかったからな。無理やりは否定しない」
「あんたって…」
なんだかヴァンが言葉も出ない様子。はぁってため息吐く事で、言いたい言葉を全部吐き出したみたい。
そんなヴァンを見てランサも少し口端を上げると、次には私を見てスッと持っていた物を差し出した。
「リーレイ。巡回の間これを渡しておく」
そう言って差し出されたのは、一振りの剣だった。騎士達が使うような物。
流石に驚いてランサを見るけど、その目は普段と何も変わらない。
「当然俺が守る。だが、初めて国境に近づくリーレイにはあった方が安心だろう? あくまで念の為だ」
「あ…ありがとう」
確かに、野盗が出る事を知ってるから少しだけ気がかりではあった。勿論ランサや皆さんがいるから危険な事になるとは思っていない。
けど、身に付けた自衛の手段がなく、何も出来ないのは正直心苦しくなる。
受け取った剣はずしりとした重さを手に伝えてくる。懐かしいような慣れているような感覚だ。
私は鍛錬も騎士が使うような長さの剣を使っていたから、正直短剣よりも慣れている。ランサがこれを選んでくれた事は嬉しい。
預かった剣を腰に佩けば、加わった重さに少し違和感があるけど、すぐに慣れた。
「行くぞ」
ランサの声で馬に乗り、私達は砦を後にする。
「ヴィルドさんは一緒じゃないんですか?」
「はい。ヴィルドさんは、砦で国境警備隊隊長と共に将軍の留守を預かる役目がありますので」
「ヴィルドさん、剣はあんまり得意じゃないんですよ」
馬を並べるエレンさんが教えてくれた。
そうなんだ。将軍の補佐官だからって剣の凄腕ってわけじゃないんだ。でも、ヴィルドさんも辺境伯直属隊の一員でもあるから、得意じゃないだけで凄い腕だと思うけど…。
色んな人がいるんだな。
私は一団の後方の中にいて、その前をランサが進む。
ランサの動きを邪魔しないように、一番前をバールートさんとセデクさんが行き、私の傍にはヴァンとエレンさん。殿をミンドさんが進む。
前を行くランサがくるりと私を振り返った。
「リーレイ。今日は国境を北に進む。途中には岩山や森があるが、そこを進めばマンシュ湖という湖がある」
「うん。ツェシャ領の北にあって、緋国との国境にある湖だよね」
「あぁ。あの周りは草原で、国境が近いが穏やかな場所だ。そこへ向かう」
「分かった」
馬に乗って進むのはいつも楽しくて心が弾んでいた。でも今は大事な役目の最中で、私も気を引き締める。
砦を後にしてしばらくは比較的見晴らしのいい風景が続く。ツェシャ辺境領は穏やかで優しい風が吹く。賑やかでどこか忙しい王都とは違って、心が安らぐ場所だ。
私の傍で、ヴァンもいつも以上に気の抜けた顔をしてる。ヴァンはこういう場所が好きだろうな。
やがて森に入る。獣道になるのかと思っていたけど、進みやすい道になっていた。
それでもこういう場所には野盗がいる事もあるから、周囲には気を付けないと。静かだから蹄の音が大きく聞こえる。
周りでは皆さんも意識を集中させているのがよく分かった。けれど不思議と空気が張りつめたり緊張したりという事はない。絶妙な間を保っている。
そのおかげで私も比較的落ち着いていられた。そんな私にエレンさんは微笑みを向けてくれる。
「さすが。落ち着いてらっしゃいますね」
「皆さんのおかげです。でも、緩みすぎないようにしないと」
「大丈夫。リーレイ様の事は将軍が守ってくれます」
「っ…は…はい……」
さらっと言わないでくださいっ…!
微笑ましいものを見るような視線に目を合わせられない。駄目だ恥ずかしい。
守ってくれる人なら、これまでにも傍にはヴァンが居た。…私にとっては家族だったけど、いつもさりげなく助けてくれた。
だから守ってくれる人がいるのは何も初めてじゃない。
でも、ヴァンとランサじゃ違う。ランサが言ってくれると心臓が少し煩くなって、どこか落ち着かなくなる。
ヴァンが「守ります」って言っても頷けたのに、ランサが「守る」って言うと……
「わっ、私もランサを守れるように頑張ります…!」
私ばかりが何かを貰うようなことをしたくないと思ってしまう。
ランサがくれる度、私もちゃんと返したいと思う。
少し切羽詰まるような必死な感じが出たかもしれないけど、言った私にどうしてか周りでヴァンやバールートさん、ミンドさんが吹き出し、エレンさんもクスクスと笑い、セデクさんとランサは困ったように眉を下げていた。
思わぬ反応に言葉が出ない。
な、なんで笑うの…? そんなにおかしい事言った?
「…リーレイ。頼むから以前のような無茶はやめてくれ。危ない事は程々に」
「え…うん…」
「ランサ様守るってっ…リーレイ様頼もしっ…!」
「お嬢言いますねぇ」
言われた瞬間カッと羞恥が沸き上がった。
ランサは『闘将』と言われる程の強さもあるし、将軍として文句ない人。辺境騎士団をまとめる人なのに対して、私はヴァンに剣術を習っただけ。
なんて烏滸がましい事を…!
「…ごめんなさい」
「どうして謝る? リーレイが俺を守ってくれるという事は、今日は俺の傍に居てくれるという事だろう?」
「えっ…!?」
ランサの思考回路には時々追いつけない。それもさらりと私が恥ずかしくなるような事を言うから余計に。
そういうつもりで言ったんじゃないのに…。でも、ランサは嬉しそうな顔をするから、違うとも否定できない…。
ランサは狡い…。
そんな事を思う私の前で、ランサは自由で楽しそう。
「セデク。お前は愛妻家だが、何か夫婦円満の秘訣はあるか? 参考にさせてくれ」
「そうですね…支え合う事ですかね。俺も何度も妻には助けられていますから」
「成程。では俺もリーレイを支え、支えてもらう事にしよう」
「ランサ様。さらっともう嫁になってますけど、俺らもそういう認識でいいんですか?」
バールートさんが私の心を代弁してくれるけど、ランサは笑うばかり。
私はこれに慣れる日が来るのかな? …来ないと思うな! もう体が熱いし心臓が煩いし、頭が理解不能にならないように必死なんだけど!




