過去話 将軍と補佐官 その4
罰が終了したその日、俺は仲間たちと揃って執務室に呼ばれた。
この一月のことを労われ、終了を告げられる。
「お前たちはこれから村に戻るんだろうが、報告と見回りから、村の畑作業が安定してきているのは分かっている。以前ほど心配になることはないはずだ。それでも何かあればすぐ来い。対処する」
「「はい。ありがとうございますっ……!」」
短期間のうちに、辺境伯はどれほどのことに対処してきたのか。ただでさえ、治めはじめて間もない領地のことや、戦後で忙しい国境のこともあるというのに、俺たちが起こしたことで増えた事案もこれほどの短期間で対処しそれら同様にこなしている。
……そのせいか、疲労が抜けているようには見えないが。
そんな姿を見ていると、仲間の中から思わず問いが出た。
「……最近、寝ていますか?」
「いや。昨日は一時間、今日は日付が変わってから寝ていない」
すでに日は暮れが迫っている。答えに思わず窓の外を見てしまうのは仕方がないだろう。
辺境伯も疲労を感じているのか、凝りをほぐすように首を回す。
「あ、あの……ちょっとはお休みになられた方が……」
「そうだな。俺もそうしたいんだが、横になっても残っている仕事のことばかりが頭をよぎって寝かせてくれない」
軽く、困ったように言っているが、それだけの多忙と立場を感じずにはいられない。
「そうだ。ダンテ。お前、力仕事は得意だな?」
「え。はい。まあ得意っちゃあ得意ですけど……」
「町で、そういった手が必要な人が人材を探している。もしその気があれば行ってみろ。他の者にもそれぞれに合いそうな仕事があるんだが――」
そう言って、仲間たちにそれぞれ紙を渡すのを見て、無意識に眉根が寄った。
……この男は、それほどに己の仕事を増やしたいのか。今でも眠れていないと言いながら、そんな事をしていたのか。
戦で敵を屠る、国からみれば多大なる功績をもち、その腕と非道さを感じさせる『将軍』。お人好しなのではないかと思うほどに気さくで、領民のことを考える領主。国を守るために腕と立場と権威を、迷いなく振るう辺境伯。
全てをその身ひとつで背負い、全てを務める、たった一人のまだ若い男。その姿を見ていると口が開いた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「ああ。なんだ?」
「あなたは、その役目を背負って戦って、そこで死ぬことになったらとは、考えないんですか?」
仲間たちの視線を感じたが、俺は辺境伯だけを見つめた。
領主としては不足ない人物だろうと、こうして傍にいたからこそ分かる。『将軍』として、戦う者としても、それは同じだろう。
ここは国境の地。戦が過去に幾度も起こっている。時代の中にはそういったときに死んだ領主とて、いる。
寝ていない疲労の所為で、数時間後に始まる戦で死んだら? それでもいいと、その御立派な役目を持った立場なら、そう思うのだろうか?
「死ぬために戦いはしない。身命を捧げても、死を覚悟はしない。俺はこの寿命が尽きるまで、死に物狂いで生き抜いて、家へ帰る」
不敵な笑みとともに放たれた言葉に、返す言葉を失った。だが、俺にも少しだけ分かった気がした。
――辺境騎士がこの男の背に魅せられる理由が。
「……馬鹿ですか、あなたは」
「おいヴィルド!?」
周りの仲間が目を剥いて俺を見るが、俺はただ、目の前で俺を見る辺境伯を見返した。
「あなたはとくに体が資本だろう。それを寝ていないなど。俺たちのことまで考えてる時間があるなら寝ろ。ああ馬鹿らしい。仕事の優先順位だの効率だの、もう少しうまく進められないのか」
どうしてか、辺境伯が口端を上げていた。
だが、そんな事はどうでもいい。
「これでも、他の騎士に任せられることは任せているんだがな。なりたて領主で不甲斐ないばかりだ」
「だから……はあ」
ため息が、零れた。
馬鹿馬鹿しいのに。この状況よりも、辺境伯よりも――俺自身が、馬鹿馬鹿しい。
辺境騎士団に一矢報いてやろうと集まった俺たちは結局、負けたどころか懐柔された。
結局、俺たちは。俺は。この男の言葉に、姿に、なにも勝てはしないのだろう。
「――なってやりますよ。あなたの補佐官というものに」
仲間たちが俺を凝視するなか、辺境伯だけは口角を上げていた。
♢*♢*
そんなことを言ってしまって、結局、本当にそこまでいくことになった。
国境警備隊隊長や陛下への説明と通達も、ランサ様はやり遂げた。私も直属隊へ入るために鍛錬し、試験を突破。入隊してすぐにランサ様は私を補佐官に任命した。
……こんなことになるなど、昔は思ってもいなかった。
ランサ様は直属隊騎士候補生を鍛えるために畑仕事に従事させ、同時に村を回る医師を手配した。騎士の鍛錬の手当などをするのかと思えば、薬や医師がいない村の者まで診てくれる。おかげで私の妹も元気になった。
「お兄ちゃん。いつまでいられるの?」
「明後日には戻ります」
「もう、また早い!」
なぜか、怒られてしまった。
あまり帰ってこず、来てもすぐに仕事に戻るような兄に、とうとう愛想を尽かしたのだろう。妹には幼馴染がいるので、なにも心配はしていないが。
「お兄ちゃん。本当に変わったね」
「なにがです?」
「そういう言葉遣いとか、いろいろ」
昔は確かに違っただろう。ただ、ランサ様の補佐官として仕事をするには、ぞんざいな態度ではいられないと思い、直した。それは普段も変わらず、いちいち切り替えはしていない。
だからだろう。当初、妹には驚かれた。
「でも、今のお兄ちゃんもいいと思うよ。なんだか、領主様のために頑張るんだって、そういう感じがして」
「……そうですか」
「あ。家にいるならやってほしいことはいろいろあるけど、ちゃんと身体も休めてね」
「……分かりました」
今度は私を見て、にこりと笑顔でそんなことを言う。それを見て、敵わないと内心で息を吐いた。
ランサ様にもらった久方の休暇は、思ったよりはゆっくりと過ごせたように思う。
あまり帰らない兄にも妹はあっさりとしていて、「いってらっしゃい」と気軽に見送ってくれた。……そういう妹なので助かるところもあるのだが。
砦が見えてくれば、どうにもほっとするような感情が胸をよぎる。
安堵できる家とはまた違う。けれどここもまた、居場所になってしまったのだろう。
――あの背中があるこの場所も、悪くはない。
だが決して、安心できる場所ではない。そうなってはいけない。
「あれ? ヴィルドさん」
砦に近づいて聞こえた声に見れば、入り口に騎士とリーレイ様がいるのが見えた。
今日もまた顔を見せに来たのだろう。そういう時間がこの人には大切なものでもある。
「お出かけされていたんですか?」
「いえ。休暇をもらっていまして。今日より仕事です」
「そうだったんですね。気分転換になりましたか?」
「ええ」
この人もまた、辺境騎士とは同じようで違う、ランサ様に魅せられた一人だろう。
まるで騎士のようでもあり、辺境騎士団にもあっさりと馴染んでしまった。自覚があるのかは知らないが、それはそれで恐ろしい人だ。
そしてこの人もまた、ランサ様のように力をもっている。
しかし、必要時にしか行使せず、力の有無に縛られず行動する、そういう人でもある。
そうできる人だから、ランサ様もこの人ならと思ったのだろうか?
脳裏によぎる阿呆な顔には、あまり深い考えがあるとも思えなくなり、すぐに振り払った。
と、ちょうどランサ様が砦から姿を見せ、私を見た。
「ヴィルド、戻ったか」
「ランサ様。休暇をくださりありがとうございました」
「気にするな。お前は帰れと言わないと帰らないからな。妹と話はできたか?」
「ええ。まあ」
「そうか。出勤早々悪いが、机の書類を頼む。これから見回りだ。今日はリーレイも同行させる」
「分かりました」
「ではヴィルドさん。いってきます」
「お気をつけて」
騎士が引いてきた馬にすぐに騎乗する。リーレイ様と同行する者たちも同様に、一行はすぐに見回りに向かった。
さて。では、私も仕事をすることにしましょう。




