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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
番外編

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過去話 将軍と補佐官 その3

 辺境伯が言ったとおり、それは、優しい判断などではなかった。


 俺たちは、この、辺境騎士団を攻撃したのだ。

 雑用として働けば、いやでも騎士には接する。その度の悪態、嫌味、入隊希望者が増えたことで雑用も増えている状況は、それなりに苦しいものだった。

 といっても、騎士から乱暴は受けない。そういう線引きはきちんとなされているらしい。


 軽い罰。だが、精神的には辛い。

 しかしこれも、当然のものだ。まだ軽いものだ。


 俺たちは全員、それを理解している。

 首が飛ぶことすら覚悟していたのだから。


 俺たちの不安は、村に俺たちがいない間の村の事だった。

 だがそれは、辺境伯が宣言通りの手をうってくれたおかげで、なんとかまとまっているらしい。辺境伯も村々への視察を再開させたそうだ。


 今日も俺は、砦にある洗濯場で仕事をこなす。こういった仕事は村ではしていたことなので大して苦ではない。

 あらかたを終え、俺は鍛錬場に視線を向けた。


 そこで鍛錬に励む、辺境騎士団の騎士達。バールートの姿も、国境警備隊騎士の姿もある。隊服が違う両者は所属が分かりやすい。

 そしてその中、鍛錬を共にしつつ指導も飛ばすのが辺境伯だ。


 辺境伯とは忙しいものだ。こうして将軍として務めをこなしつつも、領主でもあるのだから。

 そして、怠れば国を危機に陥れる役目を担っている。休息など許されない。


 そんな姿を見て、俺はまた仕事に戻った。






「人数の増えた騎士の鍛錬を、もう少し別のやり方で進めたい。案をくれ」


 罰も半分を過ぎた頃、突然辺境伯に呼ばれ、開口一番にそんな言葉をもらった。


 ……なぜ、それを俺に言うのか。他の仲間に聞けばそれでいいだろうに。

 執務机をはさんで対する俺と辺境伯の傍では、バールートがせかせかと書類を運んで動き回っている。


 俺の怪訝は表情に出ていたんだろう。辺境伯は頬杖をついて口端を上げた。


「お前達が行っていた辺境騎士団へのちょっかい。あの立案はお前だろう?」


「……そうですが。なぜ?」


「ここしばらく、お前達の様子は俺も見ていた。直情的な者、リーダーについていく者、いろいろいるが、お前は少し違う。表情に出さず、その目は周囲をよく見て、冷静だ。罠というのは中身も重要だが、相手の人数、行動予測、立地、周りを見る目が重要だ。お前はそれを持っていると思った」


 確かに、辺境騎士団に仕掛けた罠の立案は俺がした。

 簡単な落とし穴。足を掬う罠。小刀を飛ばしたり、編んだ蔓で捕縛したり。音も気配もなく作動させれば、人の気配に敏感な騎士でも、かかることもある。

 それに、何度か巡回の様子を見ていれば、その行動も予測ができる。騎士だからこその動きを予測するのは、難しいが苦労は感じなかった。


「お前が考えた罠は単純だが、その配置には目をみはるものがあった。森の中を熟知し、騎士が歩く道まで読んでいたもの。だから、こちらも負傷者が出た」


「……それは、失礼を」


「責めているわけではない。そういう見方ができるなら、そういう頭を持つなら、少し借りたいと思ってな。それで聞いた」


 そういうことか。

 納得はするが、それをよりによって罰を受けている俺に問うことには、言いようのない感情が出てくる。


 この男は、周囲の者を区別なく使う男なのだろうか……。


「いくつか、聞いてもいいですか?」


「ああ」


「先日、洪水が起こったと聞きましたが、対処は?」


「当初は土を盛り、応急的に処置をした。今は工事が本格的に始まっている」


「その応急対処に辺境騎士団は使わなかったんですか?」


「ああ。国境警備隊を国境警備外で働かせることはできない。まだ戦後の緊張や野盗の対応が忙しくてな。それはできなかった」


 俺は、辺境騎士団や国境警備隊を詳しくは知らない。動きたくとも動けないようなことも、あるのだろう。

 辺境伯の言葉がその通りなら、国境警備隊の鍛錬は砦で行うしかないのだろう。


 だが、辺境伯には騎士団がある。つまり、こちらは動かすことができるということ。

 以前、辺境伯も「人数が増えた」と言っていた。国境警備隊は確か、王都から来る騎士だ。派遣だからこそいきなり人数が増えることはないだろう。

 だからこそ、辺境伯もいきなり増えた人数に頭を抱え、一時的に帰宅させたのだ。……俺たちの決起理由も含めて。


「ならば、畑仕事でもさせてはいかがですか?」


 そう言うと、辺境伯ではなく、動いていたバールートが動きを止め、こちらを見た。

 辺境伯は変わらず、俺をじっと見ている。


「鍛錬でも体力や身体づくりはできるのでしょうが、農作業でも同じです。村々は人手が減り、困っている場所もあるでしょう。加えて、砦では鍛錬騎士の食糧も確保しなければいけないという点も解決できます。収穫量が増えれば村も潤い、あなたへの税収も増える。村によっては男が出稼ぎに出ているところもありますし、戦後の今、治安面で不安がありますが、そこに騎士がいれば村人も安心です。増えているという入隊希望者も、全員が入隊できるわけではないでしょう? それが落ち着くまで続ければ、村に男手が戻り、状況もまた変わるかと」


 バールートの視線を感じるが、俺は、目の前の辺境伯から視線を逸らせなかった。


 騎士達に厳しい鍛錬を課し、昂然としたその将軍が、喉を震わせ笑っていた。

 心底おかしそうに。心底楽しそうに。そんな顔を瞬いて見つめるしかない。


「ランサ様なに笑ってるんですか~!」


「いやなに……。村に収めておくには惜しい人材だな」


 なにも答えになっていない。


 笑いが収まったのか、辺境伯はその視線を俺に戻した。

 強く鋭い。しかし、これまでの言葉どおり、将軍だけではない辺境伯。名を轟かせた前辺境伯に比べれば、まだまだ若すぎる現領主。

 ……だというのに、なんなのだろうか。この男は。


「一理ある答えだ。検討させてもらおう」


「……御力になれたならよかったです」


「では、もうひとつ」


「何でしょう」


 まだ、何かあるのか。それともこちらが本題か。

 無意識に背筋が伸びる俺に、辺境伯は口角を上げて言った。


「お前がほしい。――俺の補佐官にならないか?」


「……は?」






 ツェシャ領領主。カランサ国との国境を守る『将軍』。

 この目で見たその人物は、厳しく昂然とし、存外に気さくで、部下とよく交流している、他者とそう変わらない男に見えた。

 貴族だという驕りもなく、しかし、誰とでも対等ではない、しかとした立場を崩さない男。


 違う点があるというなら、やはり、その武の腕だろう。

 鍛錬でも、誰も勝てていないように見えた。人によっていい勝負をする者もいるようだが、辺境伯の敗北などそれこそ体力がなく動きが鈍れば勝機があるかというもの。


 知ってしまえば、自然と視線が向いてしまうような、不思議な男だ。


『お前がほしい。――俺の補佐官にならないか?』


 ……相応しい者など、他にもいるだろうに。

 なぜ俺なのか分からず、考えてもため息が出る。


 辺境伯のあの発言からしばらく、あまり前向きな思考にはならず、朝の掃除をしていた。

 その時、ぶんっと空気を裂く音が聞こえ、何かと鍛錬場へ足を向けた。


 そこに、剣を振る辺境伯がいた。

 曇りない輝きを放つ剣が、その手に収まっている。その眼差しはその剣と同じように鋭く、強い。均整の取れた体から放たれる一撃は空気を裂き、ぴりぴりと肌をさすものがある。


「――なんだ。ヴィルドか」


 その声か聞こえ、はっとした。素振りの手を止めた辺境伯が、俺を見ていた。

 呼吸も乱さず、肌を刺す空気が静まっているのが分かり……息を呑んだ。


 今、この男は戦場にいたのだ。目の前の敵を斬り伏せ前へ進む。斬って斬られて、その身に背負うものを守るための場所。

 少し前とはいえ、戦は収束した。だというのに、この男はまだ、その場から戻っていない。明日、この地がそうなっても動揺せず、毅然と向かうことができるほどに。


「どうした」


「……いえ。名を呼ばれたのは、初めてだったので」


「なんだ。そんなことを気にしたのか。お前たちの名は仲間たちに聞いたから覚えている」


 道理で、最近の仲間たちが辺境伯に好感をもっているわけだ。

 咄嗟の言い訳に思わぬ言葉をもらい、一つ息が漏れた。


 朝の砦は静かだ。鳥の声しか耳には届かない。しかしこれも、建物の中に入れば違うのだと、ここ最近で知った。


「そういえば、以前、砦の騎士が俺に取り次がなかったと言っていただろう」


「ええ」


「注意しておいた。誰であっても、どんな用件でも、俺に必ず知らせろと」


「……それは、戦後処理や野盗対応があれば後回しになるでしょう。あなたが忙しいのは、騎士が一番よく知っている」


「ああ。だが、それは俺の事情であって、民には民の事情がある。優先対処は聞いて決める」


 それが、己の仕事を常に忙しくさせる要因だろう。

 領民とて、領主がどれほど大変な役目を担っているのか少しくらいは解っている。この地は何度も戦の危機に晒され、その度に、領主が戦っているのだから。


「……あなたと、領民の間に立てる騎士を決めればよいのでは? あなたが留守でも、声を聞く者を」


 そうすれば、辺境伯の体ばかりが動かずに済む。国境警備隊の騎士は動かせないとしても、直属隊の騎士ならばそれはできるはずだ。

 そう思い辺境伯を見れば、その白銀の瞳が俺を見た。


「ああ。だから、補佐官がほしいんだ」


「……なぜ、俺なのですか」


「お前は、俺をはめる罠すら考え着くだろうからだ」


 意味がよく解らない。

 怪訝が顔に出ているのか、辺境伯が俺を見て喉を震わせた。


「そもそもに、俺はこうして罰を受けている身です。それがあなたの補佐官など、他の騎士が許すわけがない」


「それは結局、お前がどうするか次第だろう。陛下や国境警備隊隊長ならば、俺が説得する」


「……俺は、剣は強くありません」


「最低限の直属隊基準を満たせばいい。頭に最前線を走れとは、余程でない限り言わないだろう」


 ……この男、諦める気がないのか?

 そう感じて見れば、平然と俺を見て口端を上げた。


「……存外、面倒くさい人ですね」


「本音が出たな。俺にそんな事を言うのはお前くらいだ」


 領主に対し言っていい言葉ではないだろうに、辺境伯はおかしそうに笑う。

 それを見て、どうにも力が抜けるように、ため息がこぼれた。






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